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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
23/121

17周年記念・猫化サイヨウ③/ユカ×ましゃむにぇ

 猫化は増殖する!! 今回の犠牲者は当然のように彼です。

 ユカまっしぐら、な彼に本人はどう対処するのか、どうぞお楽しみくださいませ。


 登場キャラクター:ユカ、政宗

「……政宗?」

 とある日の夕方、ユカが借りているアパートの一室にて。

 仕事終わりに部屋の蛍光灯を取り替えて欲しいと頼んでいたユカの願いを叶えた政宗が、つつがなく役割を果たして部屋を出ようとした瞬間――くるりと踵を返し、ユカのところへ戻ってきたのだ。

「政宗、どげんしたと?」

 忘れ物でもあるのかと思って周囲を見渡すが、特に目立って落ちているものはない。

 顔に疑問符を浮かべたまま彼を見上げたユカは……彼の瞳に覇気と意志がないことに気が付き、思わず顔を引き締めて警戒心のレベルを上げる。

「政宗、ちょっと何が――」


「にゃー」

「……にゃー!?」


 笑顔で猫の鳴き声を真似する成人男性に、ユカは目を見開いて驚愕する。

 一瞬、自分をからかっているのかと思ったが、違う。そしてとある可能性に思い至り――まばたきをして、視える世界を切り替えた。

 そして、その原因に気が付き……頭を抱える。

「……動物痕……!!」

 どうやら政宗の『因縁』に猫の動物痕が持っていた『関係縁』が絡みつき、政宗にとり憑いてしまったようだ。つい先日も遭遇したばかりではあるが、こんなに短期間で再会したくはなかった。

 しかも先日、自分もまた、猫の動物痕に憑かれていたらしい。ユカ自身は覚えていないのだが、確かに該当のその日は記憶の一部が抜け落ちており、『仙台支局』内にあるソファの上で意識を取り戻した。

 何が起こったのか分からず困惑するユカに、呆れ顔の統治が事情を説明してくれたのだ。

「あたし達……猫の『遺痕』にでも呪われとるとやか……」

 ここ最近、猫の動物痕によるトラブルが多すぎる。本格的に名杙に相談した方が良いのではないだろうか。

 ユカはゲンナリした気持ちを何とか切り替えて、この状況をどうするのかを整理することにした。

 対処法としては、政宗の『因縁』に絡みついている最初の接点を見つけて、その接点における『関係縁』側だけを切ればいい。人間の『因縁』とまとめて切ってしまうと、最悪、動物痕の『関係縁』の消滅に引きずられて、人格崩壊を招きかねないのだ。

 要するに、冷静にポイントを見極めてから刃を入れる必要がある。

 ユカも当然、動物痕への対処はやったことがあるのだが……地味に繊細な仕事が必要になるため、福岡では大体セレナがやっていたのだ。

 しかし、今、この場にはユカしかいない。

 彼女が対処しなければ、政宗の『因縁』と動物痕の『関係縁』が同化して――最悪、政宗の人格が消えてしまう可能性がある。それは『仙台支局』の崩壊を意味するようなものだ。

 政宗が築き上げたものが、3人の居場所が――消えてしまう。

「やるしかない、か……」

 あまり自信はないが、まるっきり初めてというわけではない。ユカはパーカーのポケットに入っているクラフトバサミの存在を確認してから、いつの間にか床に座り込んで、自分が着ているスーツのジャケットをしげしげと眺めている政宗に近づいていった。

 そして、彼の隣で膝立ちになると、宙に漂っている問題の『因縁』を掴み、原因点を探ろうとした次の瞬間――


「――ゆーかっ!!」

「ひぇっ!?」


 自分に対して手を伸ばしたユカが遊んでくれると思ったのか、政宗は文字通りの猫なで声でユカの名前を呼ぶと、何の躊躇いもなく抱きつこうとした。

 ユカはとっさに彼の腕を掴んで思いとどまらせようとするが、どう頑張っても体の一部は密着してしまう。


挿絵(By みてみん)


「むふふ……ゆかー、ゆーかっ」

「……」

 喉を鳴らして喜びを表現している彼に、気持ち悪いを通り超えて哀れみの気持ちを抱いてしまいそうになるが……ここでユカはあることに気が付き、更に顔をしかめた。

「人間の言葉を喋っとる……同化が始まっとるやんね……!!」

 今までは猫の鳴き声だけだったのに、人間の言葉を喋り始めたということは……政宗との同化が始まっていることを示している。このままでは猫側に引きずられて、彼の存在が危うい。

 ユカは更に密着しようとする政宗と戦いながら目を凝らし、ようやく、その原因点と思われる場所を見つけた。あとはここにハサミの刃を入れて、一気に切ればいい。しかし……。

「ゆかーゆかー、あそぼーあそぼー」

「あぁぁ邪魔!! すっごく邪魔なんやけど!!」

 自分にまとわりつく政宗に半ギレのユカは、どうしたものかと思案して……諦めのため息をつく。

 押してもダメなら引くしかない。ましてや今の彼は、こちらの思惑など関係なくまとわりついてくる猫なのだから。

「背に腹は代えられんけんね……」

「ゆかー?」

「あーハイハイ分かった、何をして遊ぶと?」

「えーっと、えーっと……えーっとねー」

「……」

 普段の政宗からは想像もできない豹変(当たり前だ)に、ユカはこめかみをピクピクさせながら……とりあえず膝立ちのままで座っている彼と視線を合わせ、引きつった笑顔を作った。

「ほらほら、おいでー猫政宗。頭なでであげるよー」

「ほんとー!!」

 政宗がぱぁっと表情を明るくしたかと思うと、そのキラキラした瞳の中にユカが映り込むほどの至近距離から見つめ、何をしてくれるのかと期待して待っている。

 ユカは引きつった笑顔のまま、左手を事務的に政宗の頭にのせた。その瞬間、彼が幸せそうに目を細めるから……思わず、ちょっと気になってしまう。

「これ、好きなん?」

 何となく問いかけると、彼はユカの左腕を両手でキュッと握ったまま、とても幸せそうな笑顔で返答した。

「うんっ!! だいすき!!」

「そ、そっか……急がんと、人間の言葉が余計はっきりしてきたやん……」

 政宗の頭をなでながら不安を募らせたユカは、より意識を集中させて彼の『因縁』を見据えた。

 しかし、ハサミを持っている右手を動かそうとすると、彼の視線や注意がそっちに向いてしまうのが分かる。まだダメだ、これで邪魔をされたら大惨事であるもっと気をそらさないと。

 ユカは左手で彼の頭をなでつつ……無意識のうちに、もう一度、同じことを尋ねていた。

「これ、そんなに好きなん?」

「うんっ!! だいすき!! ゆかのこと、だいすき!!」

「へっ!?」

 偽りなく言い放たれた告白、耐性のないユカは目を見開いて全身を硬直させる。

 『だいすき』、単純に構ってくれる自分のことを好いてくれているだけで、深い意味などないはずなのに。

 どうして、いつもみたいに軽く受け流せないのだろう。

「あ、あー……ど、どうもありがとうございます……」

 どう返していいか分からず、思わずお礼を言ってしまった。そして――無邪気な笑顔で自分を見つめてくれる政宗に、複雑な感情を抱く。


 こんなことを、前にも言われたような既視感。

 でも――そんなこと、『あるはずない』。


 あるはずが、ないのに。

 何がそんなに、引っかかっているんだろう。


「……あのさー猫政宗、そういうことは、ちゃんと好きな人だけに言わんといかんよ」

「うんっ!! わかった!! ゆかのこと、だいすき!!」

「あーハイハイ、頭撫でるくらいで好きって言ってもらえるなら、いくらでも撫でるよー」

「ほんとう? やったー!!」

「……」

 ユカは無言で彼の頭を撫でながら……自分に言い聞かせるように呟いた。

「……頭撫でるから、政宗に優しくしてるから、好きってことだよね」

 刹那、政宗がピクリと口元を動かした。そして拒絶するように首をふると、はっきりとこう言った。

「ちがうよ!! ゆかといっしょにいたいからすきなの!!」

「はいっ!?」

 ユカは思わず左手の動きをとめて、瞳孔が見えるほど目を見開いた。

 今のユカは政宗がユカの言葉を理解した上で操る単語数が増えているという焦燥感よりも、彼から意外すぎる単語を立て続けにぶつけられたことによる驚愕が勝っている。

 困惑するユカを見上げる政宗は、戸惑い交えた表情で更に詰め寄った。

「ゆか、は……ちがう?」

「えぇ!? えぇっと……その……」


 どう答えるべきだろうか。

 はぐらかせばいい。答えは分かっている。

 笑顔で「あたしも大好きだよ」なんて言いながら彼の気を引いて、そのすきに処理をすればいいんだ。

 分かっている、そんなこと分かっているのに。


 どうしてこんなに、顔が赤くなっているんだろう。

 どうしてこんなに……心臓がドキドキしているんだろう。


 ――頭がうっすらと痛い。

 何か、大切なことを思い出せない……そんな、鈍い苦痛。


「ゆか?」

 名前を呼ばれて我に返ると、左手の動きを止めてしまったユカを、政宗が心配そうな顔で覗き込んでいた。

 その顔を直視出来ず、視線をそらしてため息しか出ない。

「……あーもー調子が狂う!! あたしが動揺してどげんすっとね!!」

 ユカは自分を鼓舞するように大声を出してから、改めて政宗を見据えた。

「ゆかー!!」

 自分を見てくれたことで笑顔になる彼の反応に慣れず、視線をそらしたくなる衝動を必死に抑え……ふと、とあることに思い至った。

 先ほど感じた既視感の正体が、何となく分かったような気がしたから。

「……あー、分かった。分かったよ政宗、っていうか思い出した」

「にゃ?」

「今の政宗の状況……完全に悪酔いした時と同じやね」


 そう、今の政宗は……酒を飲みすぎてユカに絡む時と、大体同じテンションなのだ。

 そりゃあ困惑するし、既視感もあるわけだ……と、ユカは1人で納得し、苦笑いを浮かべる。

 酔っていると思えば心も落ち着くし、これまでの経験から、いくらでも対処出来るから。

「政宗はいっつも酔うとそげなことばーっかり言うけんね……心にもないくせに」

 そう言って、ユカは左手を頭から顎の下に移動させた。政宗が更に目を細めて、満ち足りた笑顔で彼女の手に顎を乗せる。

 その表情を見ていると、思わず、こんなことを聞きたくなった。

「政宗……あたしのこと、好きなん?」

「うんっ!! だいすき!!」

「そっかー知らんかったなー。好きなら好きって言ってくれればいいのに」

 酔った時の政宗に最も有効な対処法は、彼の話を聞くことだ。

 返事は適当でいい。どうせ彼は何を言っても覚えていないのだから。

「ゆかは、ちがう?」

「あたしか……どうやろうね。でも、嫌いじゃないってことは、好きってことかもしれんね」

「ほんとう!!」

「まぁ、腐れ縁やけんね……本当、申し訳ないくらい」

「もうし?」

「あぁゴメン、何でもない。でも本当、あたしのことなんか気にせんで……政宗には幸せになって欲しいっちゃけどね……」

 ユカはそんな彼の顎をこしょこしょとこすりながら――右手を静かに動かした。そして。

「ほら、政宗」

「んー?」

「やっぱ調子狂うや……戻ってこーいっ」


 ユカは軽口に合わせて、右手に持ったハサミで動物痕の『関係縁』を断ち切った。

 次の瞬間、糸が切れたように気を失った政宗を何とか支え……られるはずもなく、彼に左腕を掴まれたままのユカは為す術もなく、フローリングの上に投げ出される。

「あいでっ」

 受け身を上手くとれずに肩を強打し、思わず顔をしかめた。そして……。

「いたた……ったく、最後まで人を巻き込まんでよね、猫政宗」

 いつもの調子で毒づいても、目の前で気絶している彼は無反応。その周囲に……もう、違和感はない。

 ユカは右手にもったハサミから指をぬくと……その手をそっと、彼の頭に添えた。

 そのまま手を動かして頭を撫でても、当然だけど、今の彼は無反応で、固く目を閉ざしている。

 当たり前なのに、どうして……物足りなく感じてしまうんだろう。


 先程の笑顔が、脳裏でちらつく。

 あんなに真っ直ぐに、「好き」なんて言われたら――


「……軽率に好きなんて言うな、バカ政宗」

 ユカの独白は、気絶している彼に届くことはなかった。

 ユカは「自分は気にせず政宗は幸せになって欲しい」って言ってますけど、彼女は内心、ずっとそんなことを思ってます。政宗は自分に固執しすぎ、とも。(笑)

 政宗が自分に好意を抱いているなんて微塵も思っていないからこそのすれ違いですね……書いている側としてはとても興味深いので、今後もうしばらくこのままです。

 さて、猫化はまだまだ止まりません。次なる犠牲者は……誰だ!?

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