17周年記念・猫化サイヨウ①/ユカと政宗×にゃにゃみくんwith伊達先生
サイト17周年記念小説『猫化サイヨウ』、全5回のシリーズものです。
とはいえ、エピソード単体としては完結している(つもりです)ので、お時間がある時にでも、のんびりお楽しみくださいませ。
登場キャラクター:ユカ、政宗、蓮、伊達先生、分町ママ
動物痕――その名の通り、人間ではなく、動物の『痕』、時に『遺痕』を指す言葉である。
彼らも人間と同じように『関係縁』などが中途半端に残ってしまい、この世に留まり続けている。
とはいえ、人間よりも弱いため、放っておけば消えることがほとんどだ。
ただ、極稀に……霊的な力が強い動物痕の『関係縁』が、波長の合った人間の『因縁』に絡みつき、その人格に干渉する――いわゆる『とり憑かれた』という状態になってしまうことがある。
「……あら?」
秋の週末、金曜日のアフター5、というか21時過ぎ。
巡回という名の井戸端会議を終えて、誰もいない、暗い『仙台支局』に戻ってきた分町ママは……室内を漂う『違和感』に、眉をひそめた。
実は2週間ほど前から、形容し難い何かを感じていたのだ。靴の中敷きがズレているような、入れ歯がハマってないような……なんとも表現し難い、そんな、ちょっとした違和感。
最初は特に気にしなくても良かったのだが、今日は特に、はっきり感じる。
「あの時から、よねぇ……」
ワイングラスを片手に、分町ママは空中で足を組み替えた。
この部屋で発生した、ちょっとしたトラブル。強い『縁由』持ちの少女・阿部倫子と、そんな彼女の『縁由』にめっぽうよわい少年(少女)・名波蓮(片倉華蓮)が、ちょっとしたトラブルで鉢合わせしてしまった。分町ママは名杙の用事で動いていたためその場に居合わせておらず、後日、ユカからの事後報告だったのだが……あの時から、この部屋の一部に綻びが生じている気がしていたのだ。
この部屋は分町ママ以外の『痕』や『遺痕』が入り込まないよう、名杙による処置が施されていた。詳細は企業(?)秘密なので分町ママも詳しく知らされていないが、とにかく侵入しないように目に見えないセキュリティが施されている。
ただ……今はそれが脆弱になっているように感じられるため、『仙台支局』がこの状態で放置されるのは、あまりよろしくない。政宗か統治に報告をして、早急に対応した方が良いだろう。
ただでさえここには、『縁由』持ちの名波蓮がいる。眼鏡をかけることで『縁故』能力と一緒に抑圧されているとはいえ……侵入者はどんなすきを突いて、どこから入ってくるのか分からないのだから。
分町ママはグラスの中身を一気に飲み干すと、改めて室内を見渡し……1つの結論に至る。
「……ま、週明けでいいわよね」
そしてフラリと夜の街へ飛び出していくのだった。
「政宗君、ちょっと困ったことになったから、悪いんだけど『縁故』として利府まで来てくれないかな」
その翌日、土曜日の午後。伊達聖人から突然のヘルプコールを受けた政宗は近所のユカに連絡し、車で彼女を拾って利府へ向かった。
ユカに連絡をしたのは、聖人がわざわざ「『縁故』として来てくれ」と政宗に要請したから。
「伊達先生からの呼び出しとか嫌な予感しかせんよね、何があったっちゃろうか……」
「詳細は聞いていないが、あの人が呼び出すなんて緊急事態だ。気を抜くなよ、ケッカ」
真顔で運転を続ける政宗に首肯したユカは、パーカーの内ポケットに用意したハサミを確認し、静かに首肯する。
そして、連絡から30分後、利府にある聖人の部屋に来てみれば……。
「にゃ~……」
名波蓮が飼いならされていた。
「あ、政宗君にケッカちゃん、わざわざゴメンね」
右手に猫じゃらし(人工)を持って、床にはいつくばってキョロキョロしている蓮と遊んでいた聖人が、リビングの入り口で硬直する2人に苦笑いを向けた。
政宗は一瞬「なんてプレイだ?」と逃げ帰りたくなったが……周囲を漂う違和感に気が付き、瞼を閉じて視界を切り替える。そして……。
「……動物痕に憑かれたか」
その原因を察して、ため息を付いた。ユカも彼と同様に視界を切り替えて「あっちゃー」と蓮に同情する。
「ケッカ、動物痕に取り込まれた『因縁』の対処はやったことあるか?」
政宗の問いかけにユカは珍しく顔をしかめ、首を横に振る。
「うぅ、ないわけじゃないけど……数年前やけん自信なかよ……」
2人の目の前で漂う蓮の『因縁』は2本。普段はそれぞれ青い一本線なのだが……今はそのうちの片方、その一部に、黒に近い赤の『関係縁』が絡みついているのが分かる。
これは、動物痕に取り憑かれた時のベーシックな状態だ。
対処法としては、蓮の『因縁』に絡みついているそれの最初の接点を見つけて、その接点における『関係縁』側だけを切ればいい。人間の『因縁』とまとめて切ってしまうと、最悪、動物痕の『関係縁』の消滅に引きずられて、人格崩壊を招きかねないのだ。
ただ……接点ともなるとどうしても『関係縁』と『因縁』が近いので、冷静にポイントを見極めてから刃を入れる必要がある。そして動物痕は落ち着きなく動き回るため、まずはそこから何とかしなければならない。
政宗は相変わらずねこじゃらしに弄ばれている蓮に心から同情しながら、隣のユカへ端的に告げた。
「俺が対処するから、ケッカは彼の動きをとめてくれ」
「了解」
互いに視線を合わせないまま作戦会議を終えた2人は、まず、ユカが蓮に近づき……蓮に声をかけてみる。
「おーい、名波くーん……」
「にゃっ?」
蓮がユカの声に気がついた次の瞬間――目を輝かせ、彼女に飛びかかってきた。
「うわっ!?」
「ケッカ!?」
元々の体格差があるため、蓮がユカを押し倒すなど容易いこと。ユカがしりもちをついて顔をしかめると……蓮は急にとぼけたような表情になり、恐る恐るユカに近づく。
そして、そのままユカに抱きつき、笑顔で、普段は絶対に見せないような人懐っこい笑顔で、頬をスリスリと寄せてきた。流石に最初は驚いて身をすくめてしまうユカだが……自分が彼に敵視されていないこと、むしろ懐かれていることに気が付き、とりあえず安堵の息をついた。
「おぉ、う……懐かれた……政宗、動き止めたよー」
「……」
しかし、2人を見下ろす政宗の表情に……一切の余裕はない。
余裕というか、表情がない。
「ちょっと政宗、仕事してよ仕事」
「……ああ」
ユカの言葉に普段より低い声で首肯した政宗は、そのまま2人に近づいて、宙に漂う蓮の『因縁』を無造作に掴んだ。
刹那、蓮がピクリと反応し、チラリと政宗を見上げる。
「ケッカ、もういいぞ。そいつを引き剥がせ」
最早そいつ呼ばわりになってしまった政宗が、見上げてきた蓮を無表情で見下した。そんな彼の態度に、ユカは顔をしかめて首を傾げる。
「はぁ? このままの方がよかろうもん。いいけんさっさと仕事せんね」
「そうにゃ、仕事しろだにゃ」
「うぉぅ喋った!?」
急に人語を喋った蓮に対して、ユカは驚いて目を見開き……焦りを出さないように呼吸を整えた。
鳴き声から人語になるのは、動物痕との同化が進んでいるという明確な危険信号。益々早々に対処する必要がある。
「喋ったってことは名波君との同化が進んでるってことやんね……政宗、ちょっと急いだほうがよかっちゃなかと?」
ユカが彼の頭を撫でながら政宗に進言した。蓮は喉を鳴らして喜んでいる様子。
そんな2人を見せつけられる政宗の顔からは――表情が完全に消えていた。
政宗は無表情の中に必死で笑顔を――引きつってますけど――を作りつつ、なるだけ言葉に抑揚をつけて警告する。
「……君ね、猫の分際で人様に迷惑をかけないでくれるかな……?」
その言葉に蓮は一旦ユカから離れて、ゆらりと立ち上がった。
そして腕を組み、挑発的な眼差しで政宗を見上げる。
「ボク今人間だもーん。おにーさん敵にゃのー?」
「あぁそうだ。とにかく消えてもらおうか」
「へっへーん、そう簡単には消えないのにゃーっ!!」
勢い良くそう言った後、どこか勝ち誇ったような表情の蓮が再びユカの隣に座り込むと、わざとらしく彼女に頬をすり寄せて政宗を威嚇する。
そして、その眼光をより鋭くしかたと思うと……少しだけ出した舌で、ユカの頬をペロペロと舐め始めたのだ。猫ならばまだ可愛いで済まされる行為だが、さすがのユカもこれには驚きを隠せず、ビクリと体を震わせる。
「ちょっ、ちょっとさすがにコレは……政宗、何しよっとね!! 早く何とかしてよ!!」
逃げたいけれど彼をこの場に引き止める役目を担っているユカは、そう簡単に離れられない。
なおも彼女の頬をペロペロ舐める彼の頭を抑えつつ、半ギレのユカが政宗を見上げると……彼が今までに見せたことがないほど冷たーい眼差しで、2人を見下ろしていることに気がついた。
「ま、政宗……?」
「……あぁ、悪いなケッカ。ちょっと意識飛んでた」
「どういうこと!? っていうか仕事してよ!!」
「分かってるよ。ああ――ここだ」
政宗は意識を集中させて、掴んだ『関係縁』のうち、一箇所に狙いを定めてハサミを入れて――切る。
「ごしゅーしょーさまでした」
政宗が棒読みで呟いた次の瞬間、蓮の『因縁』に絡みついていた猫の遺痕の『関係縁』が……跡形も無く消失した。
反動で蓮が一時的に気を失い、その場に崩れ落ちる。ようやく開放されたユカは……舐められた部分をティッシュで拭きながら、重々しいため息を1つ。
「あー……えらい目にあった。政宗、なしてそげん時間かかったと?」
立ち上がって彼にジト目を向けると、政宗はハサミの状態を確認しながら返答した。
「動物痕と『因縁』との接点を見つけて、動物痕の縁だけを切らないといけないんだ。間違えて蓮君の側を切ったら大変だからな」
「そ、そうやったね……お疲れ様でした……」
どこまでも淡々と語る政宗に、ユカは底知れぬ何かを感じて目をそらした。そして笑顔でコチラを見守り、猫じゃらし(人工)をプラプラ振っている聖人にターゲットをうつし、改めてジト目を向ける。
「伊達先生も見とるだけじゃなくて、もう少し助けてくれても良かったとに」
そんなユカの愚痴に対し、聖人は笑顔でこう返答した。
「自分は『縁故』じゃないからね。お仕事の邪魔をしちゃ悪いなって思って」
勿論本音は、「3人を見ているのが楽しいから放っておいた」だけなのだが……それを態度で察したユカは、もう一度ため息をついて……頬に残る違和感に気づかないふりをしつつ、聖人に改めて問いかける。
「伊達先生……名波君、どうしてこげなことになったと?」
「生憎自分も、細かいことは分からないんだ。ちょっと小腹がすいたから、お昼過ぎ頃、いつも通り彼の部屋を訪ねてみたら……ご覧の有様でね。確か今日の午前中は、近所のスーパーに行ったんじゃなかったかな」
「近所のスーパーに行くだけでとり憑かれると……?」
「蓮君は出先なんかで野良猫に好かれやすい性質があるって思っていたけど、まさか死んだ猫にまで取り憑かれるなんてね。驚いたよ」
そう言って肩をすくめる彼からは、これ以上の情報を引き出せそうにない。ユカは聖人への尋問を諦めて、気絶している蓮を見下ろした。『縁』の状態を確認し、異常がないことを確認すると……軽くまばたきをして、世界の視え方を元に戻す。
「……まぁ、詳しいことは名波君の目が覚めて、どこまで覚えとるかを聞き出してからやね。政宗はどげん……」
ユカがそう言って政宗を見上げると、彼が何やら考え込んでいることに気がつく。
「……政宗?」
呼ばれて顔を上げた政宗は、頭を振って己の仮定を口にした。
「あ、いや……蓮君は眼鏡をかけて『縁故』や『縁由』の力を抑えているとはいえ、普通の人とは違う。ましてや彼は、過去に4本もの『因縁』(通常の倍)を持って日常生活を送っていた規格外だ。そんな彼をここまで脅かすなんて……今回の猫と名波君、生前によほど強いつながりでもあったんじゃないかと思ってさ」
「なるほど……でも、もう分からんよね」
「あの状態になったら、さすがに切るしかないからな」
唯一の手がかりである『関係縁』は、先程政宗が切ってしまったことで完全に消えてしまったのだ。
しかし、『動物痕』に横のつながりはないので、今回のことはこれで終わりだろう。
「ケッカも帽子被ってるからって、油断するなよ」
「分かっとるよ。むしろ政宗の方が無防備なんやけん、気をつけんねよね」
互いにそう言って首肯した後ろ、床の上に倒れている蓮が……一瞬、ニヤリと笑ったような気がした。
政宗から表情をなくしたかったんです。そんな彼と対象的に楽しそうな蓮を書けて満足でした。彼がこんなに表情豊かなんて……本編では書けないのではなかろうか。(ヲイ)
さて、次なる犠牲者は……誰でしょうね。(ΦωΦ)フフフ……。




