17周年記念小話・シンデ蓮
サイト17周年記念小話、『シンデ蓮』。どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください。
「ねぇねぇ蓮くん、来週の日曜日、時間あるよね」
8月中旬、盆の入り間近の日曜日、唐突に手土産も連絡もなく私服でこんにちはと尋ねてきた伊達聖人は、課題を終えて一息ついていたところを強襲されて目を見開く名波蓮を見下ろし、唐突に話を始めた。
「……は?」
当然ながら蓮は眉をひそめ、怪訝な表情で聖人を見上げるしかない。そんな彼の反応など当たり前に予想している聖人は、その場に――こたつ机を挟んで、蓮の反対側に――何の断りもなく腰を下ろすと、蓮を笑顔で見つめ、こんな要求をする。
「あ、とりあえず冷たいお茶をもらえるかな」
「……冷蔵庫に入ってますのでご自由にどうぞ」
「他人の部屋の冷蔵庫をあけるほど無神経じゃないよ」
「……」
そう言って頑として動かない気配の聖人に、蓮は無言で立ち上がると隣接するキッチンから普段は使わないマグカップを取り出し、冷蔵庫から1.5リットルのお茶を取り出すと、無言で半分ほどそそぐ。
そしてそれを無言で聖人の前に置いてから、「さぁ要件を話せ」と目線で訴えた。
聖人はお茶を一口飲んでから息をつくと……先ほどとほぼ同じ言葉を繰り返す。
「来週の日曜日、自分に付き合ってくれない?」
「嫌ですよ」
「ヒドイな―蓮君、詳細も聞かずに即答だなんて」
「詳しいことが分からないから嫌なんです」
ド正論でジト目を向け続ける蓮に、聖人は笑顔を変えること無く、ようやく、事の詳細を話し始めた。
「自分が櫻子ちゃんのところの病院で働いているのは知ってるよね。地域でも大きな病院なんだけど、お盆の時期は家族と過ごしたいって人が多くて仮退院が増えて、少し静かになるんだ」
「はぁ……」
「とはいえ、入院している人はいる。特に子どもは、他の子どもが仮退院して家に帰れるのに、自分が残らなきゃいけないってなると……気持ちも落ち込んじゃうよね。そんな子どもに向けて、毎年お盆の時期は、職員が日替わりで出し物なんかをして、一緒に楽しい時間を過ごすことになっているんだ。それに、蓮くんにも協力してもらえればと思って」
「僕に……ですか?」
「そう。自分や彩衣さん、櫻子ちゃんは彼らと顔見知りだけど、付き合いが長いからこそなあなあというか、相手も見飽きちゃったとこがあってね。蓮君みたいに知らない人が来てくれるとそれだけで刺激になるし、何をしてくれるんだろうっていうワクワク感もあげられるんだ」
「……」
聖人の話に、蓮は少しだけ考え込む。
蓮自身は特に大きな病気もなく(命の危険はあったけれど)、ここまで生きることが出来た。
でも、病に蝕まれ、行動を著しく制限された子どもたちは……どんな気持ちで生きているんだろう。
自由に羽ばたけない世界に、どれだけ絶望しているんだろう。
「……分かりました。そういうことであれば、お手伝いします」
蓮が静かに首肯すると、聖人がどこか安堵したように口元を緩める。
そして、どこからともなく手作り風の冊子を取り出すと、それを彼へ手渡した。
遠足のしおり風の、手作り感満載のそれには、演目として『シンデ蓮』と記載されている。
「……伊達先生」
「ん? 何かな?」
「何ですかこのやっすいパロディは。どうせ男がシンデレラをやれば面白いって魂胆で、最初から僕にやらせるつもりだったんですね」
最初から仕組まれていた結末を指摘する蓮に、聖人は表情を変えずにいけしゃあしゃあと返答する。
「だって蓮君、女装のプロだよね」
「違います」
「あと、コレはある人の采配によるキャスティングなんだよ。子どもにはこういう単純なのがウケるから、自分もノリノリで承諾して脚本を書いたけどね」
「どうして本人の意志が無視されているんですか!?」
「と、いうわけで……1週間で何となく台詞を覚えてね。リハーサルは当日の午前中に1回出来るけど、それ以上は無理だから、ヨロシクね」
予想以上にタイトなスケジュールに、蓮は改めて手元の台本に視線を落とし、ウンザリした表情で吐き捨てた。
「……僕が病気になりそうです」
そして蓮はコレ以上の――例えば他のキャストなどの――情報を特に知らされることなく、時間は無情にも過ぎていく。
一度、『仙台支局』で顔を合わせたユカと里穂が、「日曜日はヨロシクねー」「楽しみにしてるっすー!!」と、それはもう無邪気に言ってきたので、きっと2人も今回の寸劇に参加するのだろう。これだけで人生罰ゲーム感が凄い。病気になりそうだ。
しかし、根が真面目な彼は自分の台詞をきっちり覚えてしまい……あっという間に当日を迎える。
「衣装に着替えやすい格好でいてね」という聖人からの指示に従って、グレーのTシャツにジーンズという格好の蓮を、聖人が車で迎えに来た。彼も今日は珍しく、半袖のポロシャツにチノパン、足元はビーチサンダルというよく分からない格好である。
「……伊達先生、ビーチサンダルで運転出来るんですか?」
「出来なかったらゴメンねー」
そんな聖人の車で初めてやってきた透名総合病院は、仙台圏ほどのゴミゴミした雰囲気がない、ゆったりと穏やかな時間が流れている場所に思えた。
聖人の半歩後ろを歩いて病院内に入り、廊下を進んで『多目的室』と書かれている部屋の扉をくぐる。
「――伊達先生、お疲れ様です」
室内の奥、統治と共に音響機器のセッティングをしていた櫻子が、聖人に気づいて駆け寄ってきた。
彼女には珍しく、動きやすさを重視したTシャツとジャージ素材のスボン。髪の毛はアップにまとめている。
そして、聖人の半歩後ろにいる蓮にも気付き、穏やかな笑顔と共に軽く会釈をした。
「名波蓮さん、ですね。初めまして、透名櫻子と申します。今日は本当にありがとうございます」
「い、いえ、よろしくお願いします」
慌てて蓮も頭を下げてから、ジワジワと頭をあげて……目の前にいる彼女に、どこかビクビクした視線を向けた。
片倉華蓮としてはつい先日会ったけれど、名波蓮としては初めてだ。おそらく彼女には一通りの事情――蓮と華蓮が同一人物である――は知らされているはずなのだが、穏やかに笑う彼女からは、その真偽をうかがい知ることは出来そうにない。
櫻子はそんな蓮を一通り眺めてから、笑顔で何の躊躇いもなくこう言った。
「早速なんですけど、衣装合わせをしていただきたいんです。伊達先生、お願い出来ますか?」
「分かってるよ櫻子ちゃん。向こうの倉庫でいいんだよね」
「はい。よろしくお願いします」
二人の間ではとっくに打ち合わせが終了しているらしく、「じゃあ、行こうか」と聖人がスタスタと歩き始める。
蓮は慌てて会釈をすると、振り向きもしない聖人の背中を追いかけた。
部屋の隅にある扉の向こうは、この部屋の備品を置いておく倉庫になっている。
パイプ椅子や長テーブルなどが整然と置かれている中に、パイプハンガーにかかった演劇用の衣装がいくつも並べられている。
そして……室内には先客がいた。
「あ。」
思わず二人して声をハモらせた。先客――佐藤政宗は、蓮の表情を見やり、深々とため息をつく。
「伊達先生……やっぱり、蓮君に何も言ってないんですね」
「そんなことないよ。今日の主役だって、ちゃんと伝えたから」
「いや、そうじゃなくて……もういいです」
政宗はため息をつくと、ある程度察して更に具合が悪くなりそうな蓮に、トドメをさすのだ。
「もう気付いてると思うけど……王子役は俺だから。今日は宜しくね、蓮君」
よくよく事情を聞いてみると、政宗は以前、ここの小児科病棟の子どもたちと仲良くなる機会があり、その時に「もう一度来る」という口約束をしてしまったそうだ。
「……律儀なんですね」
政宗の話を一通り聞いた蓮が、白くてノースリーブのインナーの上からサテン生地のドレスをかぶる。先ほど聖人が蓮に迷わずこのドレスを押し付け、「サイズは彩衣さんが調整していたから、問題ないはずだよ。シャツを一枚脱いでから来てみてね」と無責任に言い残して、ここから出ていってしまった。
要するに今は、政宗と2人きりである。普段であれば気まずい空間になりそうなものだが、今回は2人ともある意味では同じ加害者による被害者なので……形容し難い謎の連帯感が生まれていた。
そんな蓮の言葉に、自分の衣装を着用しながら政宗が苦笑いを浮かべる。
「約束は守らないとね。特にここの子達はただでさえ苦労してるんだし」
「そうですね……」
蓮はそう言って、後ろ向きのファスナーを閉めようと手を伸ばした。しかし、上まで上手くあげることが出来ない。背中の状態を見ることが出来ないので、顔をしかめて手を動かすしかない。
「あ、俺やるよ。じっとしててね」
見かねた政宗が蓮の背後に回り込み、少し生地へ食い込んでいたファスナーの軌道を修正。無事に上まであげることが出来た。
「ありがとうございます……」
一応振り向いてお礼を言っておくと、政宗は「いいよ」と軽く笑いながら、ため息をつく。
「俺と一緒なんて嫌かもしれないけど……今日は子どもたちのために頑張ろうね。よろしく」
蓮はつくづく、彼のこういうところは大人だと思うのだ。
蓮は以前、政宗の大切な人と場所――ユカと『仙台支局』を奪おうとした。
それ以降、政宗は蓮に対して良い感情を抱いていない。一度蓮として相対したときは、彼からあまりにも露骨な敵意をむき出しにされて戸惑ったものだ。
しかし政宗は、仕事中はそれらの感情を全て押しとどめて、「片倉華蓮」に接してくれる。決して不条理や要求やネチネチした嫌味で攻撃することもなく、あくまでも、職員の1人として。
「片倉さんの間は割り切れるよ、仕事だからね。でも……俺はまだ、君を許すことは出来ない」
過去、彼はこう言っていたが、ここまで割り切れるものなのか。
もしも自分が、彼の立場だったら――
「――2人とも、用意はどうだ?」
そんな蓮の思考は、扉をノックした統治の声にかき消された。
もう開き直ってドレス姿で倉庫の外に出てみると、舞台になるであろう場所をセッティングしていた里穂が真っ先に気付き、楽しそうな表情で駆け寄ってきた。
いつも通りのポニーテールに、オレンジのTシャツとハーフパンツが、快活な彼女をより引き立てている。
「おぉー!! 名波くん、ピッタリっす!!」
そしていつものテンションでニカッと笑う里穂に、蓮はジト目を向けるしかない。
「ちっとも嬉しくないです」
「アハハ……でも、片倉さんとは違う可愛らしさがあると思うっすよ」
「やっぱり嬉しくないです」
どこまでも憮然とした表情の蓮に、別室から段ボール箱を運んできた心愛とユカが近づいてくる。2人とも半袖のロングTシャツにハーフパンツという出で立ちだ。
そして、里穂と並んでいる蓮の姿を見て……どこか悲しそうな表情になった。
「うわー名波くん……名波くんでコレなんやね……」
「やめてください山本さん」
「頑張ってください……ね。こっ、心愛も頑張りますから!!」
「ありがとうございます……」
最早どうすればいいのか分からない蓮は、とりあえず指示を待とうとその場に立ち尽くすしかなかった。他のメンバーを手伝いたいのだが、いかんせんドレスは動きづらい。というか裾が長過ぎるので、自由に歩けるかどうかも怪しい。しかも、足元は履きなれたスニーカーのため、あまりスカートを翻して歩くとそれが見えて格好悪いことになるだろう。
思案する蓮の隣を小道具の入った箱を持って通り過ぎたユカは、王子様の格好をしている政宗に気付き……思わず盛大に吹き出してしまった。
「ま、政宗が面白おかしく着飾っとるー!!」
「お前はいつも一言余計なんだよ!! こういう衣装なんだからしょうがないだろ!?」
気づかれた政宗がヤケクソ気味に視線をそらすと、ユカは特に変わらない口調で彼を激励した。
「ケッカちゃん嘘がつけん正直者やけんね。じゃ、頑張ろうねー」
そう言って彼女は倉庫の方へスタスタと向かう。蓮はその背中を見送る政宗の背中に……言いようのない哀愁を感じていた。
通しでリハーサルをしたことで、全体の役割や流れは分かった。
王子役が政宗であること、そして……。
「フフッ……魔法使い、やってみたかったんです」
魔女の帽子とそれらしいマント、その手には星がついたステッキ(先端がピカピカ光る・税込み108円)を持った櫻子が、それはもうとてもとても楽しそうにクルクル回っていた。そして……。
「――あの、コレ、もう脱いで大丈夫ですか?」
「うわぁっ!?」
唐突に隣にやってきた馬面に、蓮は驚いて飛び退いた。首まですっぽり覆い隠す若干リアルな馬面は、パーティーグッズで売られている代物。きっとかぶると中はすごくゴム臭い。
櫻子が慌てて「だ、大丈夫です!! 新鮮な空気を吸って下さい!!」と告げて、彼はゆっくりと馬面のマスクを外した。
糸のような銀髪がサラサラと揺れて、しっとり汗ばんだ顔には、どこか安堵したような爽やかな笑み。
そう……柳井仁義である。
仁義と蓮は互いの姿を見合って……無言で苦笑いを交換した。
「驚かせてごめんね、名波君。に……似合ってる、って言っていいのか分からないけど……」
「もうどうでもいいです。柳井君も呼吸困難にならないように気をつけてくださいね」
「うん、このマスク思った以上に蒸れるね……始まる前に水分補給しておくよ」
2人はそう言って、再び苦笑いを交換した。
全員で軽食を食べた13時過ぎ、多目的室に、小児科病棟から続々と子どもたちがやってきた。その数は12名。普段の半分程度である。
既に魔女の格好をした櫻子が、まるでハロウィンのようにその手に片手持ちのカゴを持って入り口で待ち構え、各子どもごとに調整されたおやつを配っていた。
聖人と彩衣が子どもたちを誘導し、車椅子の車輪を固定したり、椅子に座らせたり、ストレッチャーの角度を調整したりしている。
そんな子どもの中には、点滴をガラガラ引きずりながら職員に付き添われている子どももいた。
その瞳には、普段とは違う非日常への期待が見え隠れしている。
控室代わりの倉庫からそっと見ていた蓮は、果たして自分にこの大役が務まるのかどうか……急に、不安になってきた。
ちなみに今はドレス姿ではなく、最初のみすぼらしい灰かぶりの格好である。結局スカートだけど。
「名波君、どげんかしたと?」
ユカに後ろから声をかけられ、蓮は慌てて頭を振る。
「何でもありません……」
普段以上にぎこちない物言いに、ユカは両手を腰にあてて、苦笑いをむけた。
「もしかして、緊張しとると?」
その言葉を……蓮は静かに受け入れるしかない。
「……まぁ、多少は。僕にこんな大役、出来るのかどうか……」
「大役って……まぁ確かに主役やけど、大げさやねぇ。自分は1ヶ月近く女装して、あたしたちを騙しとったくせに」
そう言って意地悪な目線を向けるユカは、蓮が何も言い返さないことに気付いて……一度、息をついた。
「ねぇ、名波君。ここにいる子達は……病気やけん可哀想だと思う?」
「え……?」
唐突な問いかけに、蓮はユカを見下ろす。
彼女は帽子の角度を整えながら、目線の先にいる子どもたちを見つめた。
「あたしも……『生命縁』が落ち着かん時は、体調を崩すこともあったけんね。入院して、退院したと思ったらまだ病院、なんて時期もあったとよ」
「そうなんですか……」
ユカが自分の過去のことを話すのは珍しい。蓮は興味本位に質問をするのは失礼だと思ったので、相槌を打ち、彼女の話に耳を傾けるだけにする。
「病院の中はどうしても代わり映えせんし、どこかピリピリしとるけど……でも、そげな時に、こうやって外部から誰か来てくれると、楽しかったなぁ。大道芸人の人とか、病室ごとにパフォーマンスをしてくれて……そういう芸を見せてもらえると凄いって思えたし、その時だけは素直に笑えとったと思う」
そう言って目を細めたユカは、瞳に困惑が残る蓮を見上げ、いつも通りの、どこか大人びた不敵な笑みを向ける。
「こっちが楽しんどらんこと、子どもにはすーぐ分かるけん気をつけんね。名波君もなるだけ楽しめるように、あたし達もフォローするけんが……今日はあの子達のために、一緒に頑張ろう」
「俺と一緒なんて嫌かもしれないけど……今日は子どもたちのために頑張ろうね。よろしく」
先ほど政宗に言われた言葉がフラッシュバックする。
蓮は一度息をついてから……ユカを見下ろし、ため息を付いてジト目を向けた
「普段の事務仕事も、それくらいのやる気を出して欲しいですね」
思わぬ方向からの攻撃に、一瞬でユカの目が泳ぐ
「きょ、今日は片倉さんじゃないけん、そげなこと言わんでもよかやんね……」
「どっちも本体は僕ですから。では、よろしくお願いします」
そう言って水を取りに倉庫の奥へ歩いて行く蓮を……ユカはどこか安心した表情で見送るのだった。
蓮は500mlペットボトルの水を飲みながら、改めて脳内で劇の流れを思い描く。
子どもたちのために、今の自分に出来ること、それは――
「――よし」
蓮が1人で覚悟を決めた次の瞬間、彩衣が「そろそろ始めます」と、倉庫に顔を出す。
椅子に座っていた政宗が立ち上がり、周囲を見渡して声をかけた。
「じゃあ……記念すべき『仙台支局座』の初演舞台ってことで、今日はみんなよろしくね。舞台は生き物っていうくらいだから、何かトラブルが発生するかもしれないけど、そこは全員でフォローしあっていこう」
「分かってるっす!! 政さんのカッコイイ王子様に期待してるっす!!」
「心愛も頑張ります!! よ、よろしくお願いします!!」
里穂と心愛が声をかけて、場が一気に明るくなる。仁義は既に馬面を被っており、コクコク頷くだけだった。
彩衣の落ち着いたナレーションで、物語は始まる。
「むかしむかし、シンデ蓮という可愛い女の子がおりました。しかし、色々な不幸が重なったケッカ、彼女は継母と2人の姉から、いじわるな扱いを受けるようになったのです。」
明かりを落として、少し薄暗い室内。舞台に向けた照明が点灯すると、その中央には、雑巾がけをしている蓮がいる。
そこそこ近くで見ている子ども達は、蓮が男性でありながら女性の格好をさせられていることに気付き、ニヤニヤと笑みを浮かべていたのだが。
「――あぁ、私って可愛いけど、本当に不幸だわ」
華蓮の声を作って台詞を声に出した瞬間、子どもたちが「えっ?」と目を見開き、蓮を改めて凝視する。付き添っていた職員も同様の反応で……舞台上にいる彼の次の行動に注目している。
蓮は静かに立ち上がると、雑巾片手にため息を付き、今度は地声で台詞を続けた。
「あーあ……城の王子様は、毎日悠々自適に楽しく暮らしているんだろうなー」
ガラリと変わる声音に、子どもたちの視線が蓮に釘付けになる。
蓮にとっては声色を変えることなど、日常茶飯事すぎて造作もないことだった。
しかし、バイト中に里穂や心愛が改めて驚くこと、来客にお茶を出して一言言い残しても一切疑問を抱かれないことなどから、自分のこの技術に少しだけ自信を持ちながら……当然のようにバイト以外で生かすことも出来なかったのだ。
子どもたちの反応で、自分の挑戦が失敗でないことを何となく悟っていると……舞台上が照明で更に明るくなり、継母役の里穂が、ドスドスと足音を響かせて登場した。
「シンデれーんっ!! まーだ掃除してたっすかぁー?」
蓮は聞こえないように喉の調子を整えてから、最大級の――これまで誰にも聞かせたことのないような可愛い声で、里穂に向けて台詞をぶつける。
「ごめんなさぁいお母様、シンデ蓮、ドジっ子だからぁ★」
「なっ、お、おぉっと……!?」
一種たじろいだ里穂だが、それを彼からの宣戦布告だと受け取ると、ポニーテールをなびかせて、口元にニヤリと笑みを浮かべた。
「――シンデ蓮、世の中には男が35億いるらしいっすが……その中でも王子様は数えるほどしかいないっす!! と、いうわけで私達は今からお城の舞踏会に行ってくるっすよ!! ドジっ子だろうが男の娘だろうが、仕事はきっちり終わらせておくことっすわよ!! ほーっほっほっほっほ!!」
謎の高笑いを残し、里穂は舞台袖にはけていく。そんな彼女を追いかけるように、いじわるな姉役の心愛とユカが、蓮の前にやってきた。
「しっ、シンデ蓮!! 心愛達は今からお城に行くんだから、ちゃんと掃除しておきないさいよね」
「ちょりっすかしこまー」
今度は蓮の声で気のない返事をすると、小学生以上の子どもたちと大人が笑っているのが分かった。(幼稚園以下は何が起こっているのか分からず、ガン見している様子)
心愛は蓮の声音変化のアドリブに目を白黒させつつも……彼女自身も開き直り、いつもの調子で蓮をビシっと指差した。
「ふ、フンッ!! ちゃんと出来てなかったらお母様にいいつけてやるんだからーっ!!」
「あぁっお姉さま待って!! あたしを置いていかんで!! お城で美味しいご飯食べたかー!!」
舞台袖へ走っていく心愛を、ユカが慌てて追いかける。
すれ違った瞬間……ユカが蓮に向けてウィンクをしてくれたような気がした。
舞台が再び薄暗くなり、蓮にスポットライトがあてられる。そして彩衣が特に感情のないナレーションで、物語を淡々と進行させていく。
「家に1人、置き去りにされたシンデ蓮は……それはもう守ってあげたくなるような可愛らしい声で、自分の境遇を嘆きました」
適度な無茶振りを織り交ぜてきた彩衣の挑戦を、蓮は瞬時に華蓮の声で受けて立つ。
「あぁ……私もお城に行って、素敵な王子様と出会いたい。でも、こんな格好じゃあ……ダメよね」
「――そ、そんなことありませんよシンデレラ!!」
刹那、舞台袖から勢い良く登場した櫻子は、蓮の役名を完全にオリジナルで呼ぶほど舞い上がっていた。
そんな彼女に、蓮は普段の声でツッコミを入れる。
「私はシンデ蓮です。人違いですか?」
「えっ!? あ、そ、そうですね、失礼しました……!!」
慌てて謝罪する櫻子に、客席から笑い声が聞こえた。
櫻子は赤面したままコホンと咳払いをすると、手に持っていたステッキのスイッチを押して、無駄にピカピカ輝かせる。
「私は魔法使いです。シンデ蓮、いつも頑張っているあなたの願いを叶えます。お城の舞踏会に行けるようにしてあげましょう」
蓮は櫻子から顔を背けると、蓮のトーンで台詞を続ける。
「無理なこと言わないで下さい。どうせ私なんか……無理に決まってます」
「あっ、諦めないで下さい!! いいですか、私は何でも出来る魔法使いなんですから……!! 今から魔法をかけちゃいますよ、いいですか、覚悟してくださいね……!!」「ちょっと待ってください覚悟って何ですか!?」
このセリフに、蓮は思わず真顔で一歩後ずさりした。
櫻子はそんな彼を舞台袖へジワジワと追い詰めながら、どこか恍惚とした表情で、ピカピカ光るステッキを向けてくる。
「フフッ……私、魔法を使うの初めてなんですよ」
「まさかの実験台!? ちょっと待ってください!!」
「問答無用です!! ビビデバビデブティック!!」
櫻子がそう言ってステッキを振った瞬間、舞台が暗転する。蓮は舞台から飛び降りて素早く倉庫の中へ駆け込むと、着ていたワンピースを脱いで、ドレスに袖を通した。
出番を待っていた政宗が立ち上がり、ドレスの背中のチャックをあげてサポートする。
「ありがとうございます」
「蓮君も頑張ってくれているからね。でも、俺に対しては……お手柔らかに頼むよ」
こう言って肩をすくめる政宗をチラリと見やり、蓮は口元に不敵な笑みを浮かべた。
「……さぁ、どうでしょう。舞台は生き物ですからね」
そう言い残し、彼は再び舞台に戻る。
そして――
後半に出番がある統治と交代した里穂が、舞台中央に戻ってきた蓮にスポットライトをあてた。
そこに立っていた白いドレス姿の彼は、女性の立ち姿に慣れている……もとい、体の線が細く、容姿も中性的であることから、舞台効果もあって、一瞬、ボーイッシュな女性かと見間違えそうになる。
年齢問わず観客を黙らせた蓮は、自分の立ち姿をキョロキョロと見下ろし、わざとらしく目を見開き、高めの声で呟いた。
「これが……私……!?」
そんな彼に、櫻子が笑顔で擦り寄る。
「そうですよシンデ蓮、無事でよかった、実験は大成功ですね」
「今実験って言いましたか?」
「いいえ、魔法と言いました」
しれっと笑顔で断言する櫻子が、更に舞台袖へ向けてステッキを振る。
すると……頭に馬面のマスクを被った仁義が、院内専用の車椅子を押してやって来た。車輪のところが厚紙で馬車風にデコられているものの……全員の視線は、当然のように馬面の仁義へと注がれる。
彼はカタカタと車椅子を押して舞台中央までやってくると、真顔の蓮と対峙し、一言、鳴いた。
「ひひーん。」
それはとても優しい声だった。
蓮は一瞬忘れたセリフを慌てて脳のメモリから引っ張り出してくると、仁義と車椅子を見つめ、露骨に楽しそうに喜んでみせる。
「まぁ、なんて素敵な馬車とお馬さんなのかしら。ありがとう魔法使いさん、これで私もお城へ行けます!!」
なるだけ声のトーンと表情を明るくし、はしゃぐ演技で観客の視線を自分に向けようとするが、観客はほぼ全員、直立不動で立っている仁義を見つめている。どう頑張っても馬面の方が強かった。
「フフッ、喜んでもらえてよかったです。ただし、この魔法は12時をすぎると解けてしまいます。馬車は車椅子に、馬は若いイケメンに、そして……シンデ蓮は元のみすぼらしい姿になってしまうでしょう。12時の鐘がなる前に、ここへ戻ってきてくださいね」
「はい、分かりました」
そう言って蓮はドレスの裾に注意して歩きながら、車椅子に座る。
そして、右の肘置きを一度叩いて――これが出発してくれという合図――目を輝かせて遠くを見つめた。
「――待ってて、私の王子様!!」
舞台袖に2人が移動した瞬間、ライトが消える。
そして彩衣が、抑揚のない声でナレーションを読み上げた。
「こうしてシンデ蓮は、無事、馬車でお城へ向かうことが出来ました」
その間に政宗と統治が背景を入れ替えて、舞台上、それぞれの立ち位置に立った。
統治が政宗に目配せをして、政宗が指をパチンと鳴らすと……明かりが戻り、何やら優雅なBGMが流れ始めた。
舞台中央で腕を組み、険しい顔で周囲を見つめる政宗。そんな彼の隣に立つ統治が、呆れ顔で政宗を見つめた。
「王子、そろそろ結婚相手を決めたらどうだ」
「どうだ、と言われてもなぁ……一生に一度のことは、妥協したくないんだよ」
「そんなのだから結婚以前に何も出来ないんだぞ」
「アドリブでキツイこと言うなよ……」
統治の言葉に思わず大人が笑った次の瞬間、舞台の右袖からユカと心愛、そして、仁義に照明係を交代した里穂が登場し、右端から政宗の方を見やる。
その中から里穂が一歩踏み出して、グッと右手を握りしめた。
「まずは母である私が、王子様にご挨拶してくるっす!!」
そんな里穂の服を掴み、心愛が大仰に頭を振る。
「あぁっお母さんズルい!! 王子様と結婚するのは心愛だもんっ!!」
「正直どっちもいいけん行ってこんね……ん?」
1人蚊帳の外を選んだユカが、自分たちと反対側の舞台袖を見つめた。その視線をと声につられて、全員がそちらに注目する。
背筋を伸ばして堂々と舞台中央まで歩いて来た蓮は、立ち止まって周囲を一瞥した後、両手でドレスの裾を持ち、まずは観客へ軽くお辞儀。そして顔をあげると、政宗の方をチラリと見やる。そして、華蓮の声音でボソリと呟いた。
「あれが……王子様……」
そのセリフを合図に、里穂と心愛がヒソヒソと話を始める。
「む、娘よ、あの華蓮な(可憐な)美少女は誰っすかね?」
「心愛も知らない人です……でも、綺麗ですね」
なんてことを言っている間に、政宗が蓮の前に立つ。そして膝をついて彼を見上げ、右手を出した。
「一曲、踊ってくださいますか?」
その真摯な眼差しを正面から受け止めた蓮は、どこか挑戦的な眼差しと、とても可愛い声で返答する。
「えぇ、喜んで」
BGMがワルツ調のゆっくりした曲に切り替わり、蓮が政宗の手を取った。そして立ち上がった政宗が反対の手で蓮の腰を支え、リズムに合わせてなんとなくステップを踏む。
蓮がチラリと彼を見上げると、政宗が彼を見下ろして一度頷いた。それを合図に蓮は声を作り、それはもううっとりしているような女性を作り上げる。
「あぁ、王子様……とても素敵な人だわ」
それを受けた政宗もまた、戸惑いのある優しい声でモノローグを口にした。
「この美しいこの女性は、一体誰なんだろう……?」
刹那、少し離れた場所にいるユカと統治がとても不自然に咳き込んだ。心愛がそんな2人をジロリと睨みつつ、里穂の衣装の袖を引っ張る。
「お母様、あの2人、とってもお似合いね」
「そうっすね。息ピッタリっす」
里穂がウンウンと同意した瞬間BGMがフェードアウトして、蓮と政宗以外の4人が静かに舞台袖にはけていく。2人でちょっと会話をしてから問題の時間になる、という流れだ。
「……?」
舞台上で2人になった蓮は、無言で自分を凝視する政宗に……内心、顔をしかめていた。
どうしたのだろう。彼の顔に先程のような余裕がない。こんな至近距離で見られ続けるのは困るし、いい加減、腰に添えてあるこの手を何とか離してほしい。
まさか。思い当たるのは1つの可能性。いや、でもと打ち消す脳内の声をとりあえず無視してから、蓮は喉をととのえ、いつもの華蓮の声で彼に尋ねる。
「どうしたんですか? 何か、私に聞きたいことでも?」
「あ――」
このキーワードで完全に思い出した政宗は、気を取り直して演劇を続行した。
「失礼しました。お綺麗だったもので、つい見とれてしまって……」
いやこんなアドリブいらないからと内心で突っ込みながら、蓮は笑顔が引きつらないように口角を引き締める。
「ありがとうございます。それで王子様、何ですか?」
「あなたのお名前を、教えていただきたくて――」
このセリフを合図に、BGMの鐘の音が鳴り響く。
蓮はこれを待ってましたと言わんばかりに政宗を少し乱暴に突き飛ばすと、「あぁっ!!」と可愛らしい声を出して、両手で自分の頬を包んだ。
「もうすぐ12時になってしまう、帰らないと!!」
「イテテ……あ、ちょっと、君!!」
そう言って蓮が駆け出そうとしたところへ、馬面の仁義が車椅子型の馬車を押してやってくる。客席から「おうまさんだー!!」という声が漏れ聞こえ、全員の視線が再び彼に注がれた。
しかし、今回はこれでいい。蓮はドレスのポケットに隠していた小道具のガラスの靴(プラスチック製・片方のみ)を舞台後方に転がしつつ、自分はドレスを翻して馬車に飛び乗る。
そして、馬面の仁義が押した馬車(車椅子)は、あっという間に反対側へ駆け抜けていった。
「……蓮君、思いっきりやってくれたな……」
ボソリと呟きながら姫と馬を見送った政宗に、客席の子どもが「王子ー、後ろー」と舞台後方を指差している。
「後ろ? 後ろ……あ……」
声に導かれるようにガラスの靴を拾い上げた政宗は、その靴を大切に抱きしめながら、蓮と仁義がいなくなった方を見て、力強く決意するのだ。
「必ず見つけ出してみせる……マイスイートプリンセス!!」
舞台袖、車椅子から降りた蓮は素早くドレスを脱ぐと、仁義が車椅子の荷台に用意していた、最初のみすぼらしいワンピースに着替えた。
ようやく馬役を終えた仁義が、マスクを外して呼吸を整える。
「ふぅ……僕の出番は終わったよ、ね……?」
「はい、終わりです。本当にお疲れ様でした」
さすがの仁義も疲弊しているようで、蓮は首肯しながら苦笑いを向けた。
既に舞台では里穂と心愛、ユカの元に統治がやってきて、ガラスの靴の相手探しを始めている。
ここに蓮が出ていってガラスの靴を履いて、政宗と共に並び立てば――終わる。
この茶番に、終止符をうつことが出来る。
蓮はラストに向けて気合を入れ直すと、呼吸を整えている仁義に向けて、脱いだドレスを手渡した。
「ちゃんと水分とってくださいね。まぁ、熱中症になっても……すぐにプロに対処してもらえますけど」
「そうだね、ここは病院だった。名波くんこそ出ずっぱりだけど大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「そっか。でも、無理しないでね」
蓮からドレスを受け取った仁義が、それを車椅子にのせると、汗ばんだ顔に笑顔を浮かべる。
そして……最終幕へ向かう蓮に、精一杯のエールを送るのだ。
「今日の名波君は本当に凄いよ。もうちょっとだから頑張ろうね」
凄い。
そう言ってもらえるだけで心が少しだけざわついて……蓮に心地よい緊張感を連れてきた。
褒められること、認められることには、まだ慣れていないけど。
でも、今日は大丈夫、今日の自分は――最後まで出来る。
蓮は仁義に背中を向けてタイミングを伺いつつ、チラリと彼を見やり、苦笑いを向ける。
「ありがとうございます。これが終わったら――伊達先生に文句を言いに行きましょう」
「それはもう喜んで。行ってらっしゃい、名波君」
「はい――行ってきます」
異議申し立てに同意してくれた仁義の声に背中を押されながら、蓮は最後の大舞台へと足を踏み出したのだった。
「ぐぬぬっ……私には大きすぎるっすねぇ……」
舞台上では、ガラスの靴から足を抜いた里穂が、わざとらしく肩をすくめて統治の前から離れた。
既にユカと心愛はためし履きをしてダメだったということが分かっている。彼はガラスの靴を持ち上げると、ヤレヤレと肩をすくめる里穂に問いかけた。
「この家にはあと1人、女性がいると聞いているんだが……外に出ているのか?」
その問いかけに、里穂は無駄と言わんばかりに手を振って否定した。
「あぁ、シンデ蓮っすか? あの子はそもそも舞踏会に出てないので違うっすよ」
「そうか……」
統治がそう言って途方に暮れた瞬間、蓮が舞台上に戻ってきて、全員を訝しげな視線を見つめ、いつもの華蓮の声で話しかける。
「……何してるんですか、仕事してください」
刹那、彼女に背を向けていたユカが1人だけビクリと反応して振り返り……「脅かさんでよね」と言わんばかりのジト目を向けた。なお、ユカは華蓮に提出していない書類があるらしい。
そしてそんな彼女を見つけた統治が、ツカツカと近づいてくる。
「すまないが、この靴にぴったり合う女性を探している。よければ協力してもらえないだろうか」
「えぇ、喜んで」
「どうせ無理っすよ」
ハハッと嘲笑する里穂を横目に、蓮は右足の靴(室内履き用)を脱いだ。そして、統治が舞台上に置いたガラスの靴に足を入れて――
「――まぁ、ぴったりだわ!!」
女性声の蓮が今日一番のボリュームでセリフを発し、BGMが盛り上がった。
とりあえず、セリフは全て終わった。
後は再び靴を履いてから舞台に戻ってきた政宗と中央に並び、左右にいる他の演者からの拍手とナレーションで、物語が終わる。
ただ……やっとここまで来た。
その安堵感が、蓮に一瞬の気の緩みを与えてしまう。
「あ――」
自分にあてられた照明が眩しくて、思わず目を細めた。
カラカラの喉から、かすれた声が漏れる。
すると、中途半端に抜きかけの足も相まって……バランスが、崩れる。
一瞬で、全てが壊れる。
――がだんっ!!
受け身をとれず、大きな音を立てて倒れた蓮に、子どもたちがビクリと身をすくませた。
「あ――!!」
息を呑んで目を見開いた時、蓮の体は舞台の前方に投げ出されていた。舞台上のメンバーが言葉を失ったのが嫌でも分かる。
全員の視線が、自分に集まっている。
「っ……!!」
立ち上がろうとして左足に激痛を感じた。恐らく先程変に体重がかかったまま転倒してしまったため、足をくじいてしまったのだろう。少し休憩すれば問題ないと思うが、完全に動揺しきった脳内では、この場を切り抜ける方法など思い浮かぶはずもない。
視線が、刺さる。
また……また自分は、失敗した。
何も出来ない。
自分は結局、最後に取り返しのつかない失敗をするんだ。
あの時も――華を生き返らせようとした時もそうだった。
そして、今回も結局、うまくいかない。
舞台上で、こんな格好をして動けない自分が……とても惨めに思える。
悔しい。
統治とユカが同時にフォローしようと蓮に向けて一歩踏み出した次の瞬間、間を通り抜けた人影が二人の動きを制した。
そして彼は颯爽とした足取りで蓮の背後に腰を下ろすと「ちょっと動かないでね」と耳打ちした後、半ば無理やり蓮を抱え上げて――いわゆるお姫様抱っこで――その顔を覗き込む。
「探しましたよ、あなたがあのときのお姫様ですね」
「あ――」
自分に笑顔を向ける彼――政宗は「このまま続けるよ」と呟いた後、蓮を抱えたまま朗々とセリフを続ける。
「さぁ、今日はお祝いだ!! みんな、用意をしてくれ」
その声に背後の4人が銘々に返答した後、台本通り左右に避けて、中央に2人の居場所を作る。
政宗は蓮を抱えたまま舞台中央に移動して、客席を見つめ、一度頷いた。それを客席から確認した聖人が軽く手を上げて、彩衣に合図を送る。
「――こうして、無事に王子様と結婚することが出来たシンデ蓮は、いつまでも幸せにくらしましたとさ」
彩衣のナレーションと共に、舞台は何とかゴールにたどり着くことが出来た。
その後、子どもたちの相手を里穂や仁義(馬)、心愛、ユカ達に任せた蓮は、控室代わりの倉庫で、馬車に使った車椅子に座っていた。衣装は脱いで、ここに来たときと同じ服装に戻っている。
蓮の足元にしゃがみこんでいる聖人が、救急箱と共に彼の足の状態を確認して……「軽い捻挫だね」と判断。テーピングをして立ち上がった。
「とりあえず、しばらくその車椅子を使ってもいいよ。とりあえず本当にお疲れ様。今日の蓮君は絶好調だったね」
聖人の言葉に、蓮は顔をそらしてため息を付くしかない。
確かに調子は良かったと思う、途中まで確かな手応えもあった。ただ……。
「そうでしょうか……結局最後、うまくいきませんでしたから」
そう呟くと、無意識のうちにため息をついてしまう。
今回も最後は結局……上手くいかなくて。
完璧に出来ると思っていたところに、大きなしこりが残ってしまった。
聖人が声をかけようとした次の瞬間、扉が開き、政宗が二人分のスポーツドリンクを持って入ってくる。
既に衣装は脱いでおり、ラフなTシャツとジーンズ姿。そのまま蓮に近づくと、そのうちの一本を差し出した。
「蓮君、本当にお疲れ様。ちゃんと水分とってね」
「ありがとうございます……」
それを受け取った蓮は、キャップをあけて中身を喉に流し込んだ。
そして……ペットボトルを握りしめると、意を決して政宗を見上げる。
「あの、佐藤支局長――」
「――蓮君、舞台上ではフォローしてくれて本当にありがとう。助かったよ」
自分と真逆のことを先に言われてしまい、蓮は思わず目を見開いた。
舞台上で、自分の迂闊さで迷惑をかけたことを……謝罪するつもりだった。
でも政宗はまず先に、「ありがとう」と言ってくれた。
セリフをド忘れしてしまった政宗を、蓮がフォローしたこと。それに対する感謝の言葉だ。
まさか彼に感謝されると思っていなかった。困惑が続く蓮に、政宗は言葉を続ける。
「今日の蓮くん、本当に凄かったよ。子ども達も「あのお姉さんは声優なの?」って聞いてきたくらいだからね」
「お姉さん……」
「後で自分で訂正しておきなよ。足は大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です……」
蓮が首肯しつつ戸惑いながら彼を見上げると、政宗もまた、どうして自分がこんなに見られているのか分からない様子で……首をかしげた。
「蓮君、どうかした? 俺の顔になにかついてる?」
「い、いえ、その……佐藤支局長は大人ですね。僕はここまで出来るかどうか……」
もしも自分が、政宗の立場だったら。
愛する人と愛する場所を奪おうとした元凶を、ここまで助ける事ができるだろうか?
そんな相手に対して、「ありがとう」なんて……言えるだろうか。
蓮の表情と言葉である程度の内容を察した政宗は、一口ペットボトルの中身を飲んでから……腕を組み、ため息を付いた。
「……俺が、心の中ではまだ許せない蓮君と一緒に劇をやって、ここまで協力したことに対して、ってことかな」
その口調にはどこか苛立ちがあるように感じる。しかし、蓮もまた、彼の協調性や物事の割り切り方は眩しくて――理解出来ない。
だからどうしても、こんな態度になってしまうのだ。
「そうです。僕にはあんなこと出来ません」
どうして君は、表情でそう訴える政宗は、先程より抑揚のない声で返答する。
「始まる前にも言ったけど、今日は子どもたちのために頑張ったんだ。それだけだよ」
「……」
政宗の言葉に何も言い返せず、室内を沈黙が支配する。ここで見かねた聖人が政宗をチラ見した後、今日最大のネタバラシをした。
「こらこら政宗君、それだけじゃないでしょう? 結局、ケッカちゃんに頼まれたんだからね」
彼の言葉に、蓮はもう一度目を見開いた。一瞬で立場が劣勢になった政宗は、ニヤニヤしている聖人から視線をそらし、ペットボトルに口をつけて発言を拒む。
事情を飲み込めずに戸惑う蓮を見下ろし、聖人はいたずらっぽく人差し指を唇に添えて、蓮の知らない裏話を始めた。
「最初、仙台支局のみんなに協力をお願いした時、蓮君じゃなくて華蓮ちゃんとして出てもらおうって話になったんだよね。でも、そこを蓮くんにしようってケッカちゃんが言ったんだ。それで、政宗君と2人をメインにしようって」
「山本さんが、どうして……」
「2人の仲がぎこちないことを、彼女なりに気にしているみたいだよ。だから全員で一緒に同じことをやれば、少しは変わるんじゃないかって。さて、政宗君……何か変わったかな?」
聖人に問いかけられ、政宗はしぶしぶペットボトルから口を外した。
そして、一度ぎこちなく蓮を見てから……どこか苦笑いで返答する。
「正直、ここまで一生懸命にやってくれるとは思っていませんでした。まさか声色まで変えてくるとは」
「そこは自分も意外だったよ。蓮くん、どうしてやろうって思ったの?」
「それは――」
聖人の質問に、蓮は一瞬思案して……ユカと開幕直前に会話をした時にヒントを得ていたことを思い出す。
そして……今日は「自分のため」ではなく「子どもたちのため」に頑張っていたことに気づいた。
自分ではない誰かのことを意識して頑張ったのは、いつぶりだろうか。
そのきっかけをくれたのがユカと政宗であることに気づいた蓮だったが、まだそれを素直に言えるほど……大人にはなれない。
「単なる思いつきです。皆さんに相談しなかったのは申し訳ないと思っていますけど……」
そんな蓮に目を細める聖人は、「それを実行に移すなんて、度胸があるね」と寸評しつつ、改めて蓮にも問いかける。
「じゃあ蓮君は、政宗君に対して……何か変わったことはあるかな?」
こう問いかけられ、蓮は車椅子に座ったまま、政宗をチラ見した。
これを言うのは、少しだけ勇気が必要だけど。
でも、今は……今しか言えないこの言葉を伝えれば、自分も少しだけ、大人になれる気がする。
蓮は呼吸を整えて車椅子から立ち上がると、政宗を正面から見据えた。まさか立つとは思っていなかった政宗が動揺している中……蓮は彼を見据えて、自分の中にある言葉を組み替える。
ごめんなさい、を、ありがとう、に。
自分の反省ではなく、相手が助けてくれたことを。
「劇の最後、助けてくれて……本当にありがとうございました。あそこで佐藤支局長が来てくれなかったら、グダグダになって終わっていたと思います……」
「蓮君……」
予想外の感謝に、今度は政宗が目を見開いた。その反応を目の当たりにした蓮も、感染するように言葉を失ってしまい……耐えられなくなった蓮が先に政宗から視線をそらすと、これみよがしなため息を1つ。
「……でも結局、山本さんに言われたから断れなかったんですよね。とても佐藤支局長らしい理由だと思いました」
「ちょっと蓮君、そんな言い方しなくてもいいんじゃないかな?」
一言余計な蓮に政宗が頬を引きつらせた次の瞬間、入り口の扉がノックされて――事の元凶でもあるユカが顔を覗かせる。
「失礼しまーす……あ、名波くん、ここにおったとね。子どもたちが主役のお姉さんに聞きたいことがあるって言いよるけん、大丈夫なら早く誤解を解いたほうがいいと思うよ」
「分かりました」
蓮は再び車椅子に戻ると、車輪を手で押して、何か言いたそうな政宗の前を通り抜け、出口の方へ向かう。
扉を抑え、蓮が出られるように開いた状態をキープしているユカが、どこか申し訳なさそうに口を開いた。
「足、そげん痛いと? あんま無理せんでね」
「あ、いえ……」
勿論、あまり足を動かしくないという理由もある。
ただ……今回、蓮が車椅子に座っている理由は――
舞台から見えた子ども達は、車椅子だったり、ストレッチャーに乗ったりしていた。病室からここまで歩いてきた子ども達も、室内では基本的に、椅子に座ったままの状態のはず。
車椅子でいた方が、きっと、彼らの目線になれる。
上から見下ろして、萎縮させずにすむと思ったから。
なんてことは、当然、誰にも言うつもりはない。それに、理由はそれだけではないのだ。
蓮は珍しくユカを見上げてから、どこか不敵な表情でこう言った。
「シンデ蓮は馬車に乗っていかないといけないといけないんですよ、お姉さま」
なんというか……蓮が自分から「誰かのために」頑張る話にしたかったんです。華蓮じゃダメなんです、これは蓮じゃないとダメだって思ったら。こんなに長くなりました。仁義を馬面にできて満足です。
改めてここまで読んでくださいまして、本当にありがとうございました!! なお、音声化するつもりはありませんだって長いから!!




