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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
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ホワイトデーSS:支局長の伊達なお返し、準備編。

2016年のホワイトデーに掲載しました。バレンタインは書き忘れました……多分、ユカから政宗へはコンビニでパッケージと値段だけを見て買ったようなチョコだと思います。


登場キャラクター:政宗・統治・ユカ

 3月14日、世間では『ホワイトデー』ということで、バレンタインに女性からチョコレートなどをもらった男性がお返しをする日である。

 そんな日の朝9時過ぎ、仙台市の中心部に賃貸事務所で開業している東日本良縁協会・仙台支局は……既に慌ただしく動き始めていた。


「25、26、27……」

 事務所内にある応接用の低いテーブル、その上に積み重ねられた小袋を、山本結果やまもと・ゆか――ユカ(通称:ケッカ)はリストと照らしあわせて数えていた。

「28、っと……ちょっと政宗ー、統治ー、義理のお返しが一個足りんよー、どげんすっとー?」

 手元にある書類から顔を上げたユカが、衝立の向こうで義理ではないお返しの種類と数を確認している男性陣を呼びつける。

 衝立から顔を出した名杙統治なくい・とうじが、苦い顔でユカに確認した。

「……本当か?」

「嘘だと思うなら、自分で確認してみらんね」

 そう言ってジト目を向けるユカに、統治は少し疲れた顔で彼女の近くへ。

 普段は内勤が多いのでカッターシャツにジーンズなどというラフな格好で、猫毛の寝癖も気にしないことが多いのだが、今日は髪の毛もしっかり整え、上下ともにグレーのスーツ、青いネクタイでビシっときめているビジネスモード。その洗練された立ち居振る舞いはここの責任者を感じさせる。実際は違うけれど。

 ユカからリストを渡された統治は、テーブルを挟んで彼女の前にあるソファに腰を下ろし、小袋の数を確認していく。

 そして……。

「足りない……だと……!?」

 自分でも現実を目の当たりにして、顔を青くした。

 そんな彼を、呆れた眼差しで見つめるユカ。

「だから言ったやん……どげんすっと?」

「とりあえず、里穂のものを流用する。里穂が今日来たら……佐藤から謝っておく」

「謝るの俺かよ!?」

 刹那、衝立の向こうで作業をしていた佐藤政宗さとう・まさむねが、納得行かない顔でツッコミをいれた。

 そんな政宗をジト目で見つめる統治が、その理由を説明する。

「俺が昨日作ったこのマドレーヌ、袋詰したのは佐藤だろうが」

「そ、それは……」

 動揺する政宗に、振り向いたユカもジト目を向ける。

「あーあ、政宗のせいで里穂ちゃんが……かわいそーやねー」

「俺が作る数を間違えるはずがない。だから、佐藤が悪い」

「あーも分かったよ俺が悪かった!! とりあえず、外回りの時に配れる数はあるんだろう? ならとりあえずオッケーだ!!」

 半ばヤケクソでそう言い放った政宗が、再び衝立の向こうへ引っ込んだ。

 この向こうでは、今、ホワイトデーに配る贈り物の最終確認が行われている。

 政宗と統治、この2人は仙台市を中心に仕事をしている若手経営コンサルタント、という表向きの顔を持っている。

 若くして事務所を構え成功した2人、しかも未婚、1人は旧家の長男でもう1人はなんのしがらみもないという点で人気が二分している、と、分町ママと里穂がユカに教えてくれた。

 そのため、純粋に彼らを慕っている女性や、下心があって彼らに近づこうとする女性、両方から、バレンタインにはそれなりの量の贈り物が届く。

 今は成功しているとはいえ、この業界は特に、人との繋がりを重んじる世界だ。バレンタインにもらった場合は、たとえチロルチョコ1個であっても返さなければならない……そんな心づもりで生きてきたので、彼らにとってホワイトデーはある意味決戦なのである。

 ちなみに今年は、もらったチョコレートの額や量、相手の立場によって、3種類のお返しが用意されていた。


 1.日頃お世話になっている女性社長や、懇意にしてくれている会社で社長の側近として働く女性秘書→統治手作りのチーズケーキに政宗オススメの市販の焼き菓子リーフパイ・5人分

 2.お世話になっている会社の女性担当者や一部の男性担当者、明らかに高そうなブランド品のチョコをくれた女性→統治手作りのアップルパイ(3分の1)・18人分

 3.それ以外の女性や一部の男性→統治手作りのマドレーヌ・29人分マイナス1


 統治の手作りお菓子は人気が高く、最近では女性社長から「今年はコレが食べてみたいんだけど」というリクエストをもらうこともある。チーズケーキもその結果だ。

 今日はこれから2人で手分けをして、この量を1日で配り切る予定になっている。添加物を使っていない手作りのお菓子なので、早めに食べてもらいたい……とは統治談。

 ちなみに、政宗あてのチョコレートのお返しを統治が作っていることについては……本人(統治)は好きでやっているし、政宗の家の台所を使わせてもらっているし、材料費は別途徴収しているから別にいいらしい。

 バレンタインにプレゼントで囲まれた2人や、ここ数日は遅くまでお菓子作りとラッピングに追われている姿を見ていた(そして多少は手伝った)ユカだったので、今日は少し早出をして手伝いをしている、というわけだ。

 ちなみに、バレンタインはユカも2人にそれぞれチョコレートを渡しているのだが……先ほどのお礼の中に、ユカの数は含まれていない。

 その理由は……。

「……っと、もう9時過ぎか。統治、車に詰め込むの手伝ってくれ」

 衝立の向こうから、両手に大きな紙袋を抱えた政宗が姿を見せる。

「分かった」

 そう言って立ち上がった統治は、政宗の方へと荷物をとりに向かった。

 ソファに座ったままその背中を見送りつつ、すれ違ってユカの隣にやってきた政宗を見上げる。

「政宗……モテる男は辛かねー」

 ユカがニヤリと口元に笑みを浮かべると、政宗が苦笑いで返答した。

「大変だけど、こういうのをしっかりやっておくと相手との『縁』も強くなるからな。気は抜けないよ」

「ん、その心がけは立派やね。今日は午後まであたし1人なんやろ?」

「すまんがそれで頼むわ。来客の予定はない、俺の戻りは15時、統治は14時予定だ。あと、片倉さんが15時半に来ることになってる。来月のシフト希望もらったら、俺の机に置いといてくれ」

「了解」

「あと……両手がふさがっていて申し訳ないが、右の袋の一番上、とっていいぞ」

「へ?」

 政宗が顎でしゃくった先、右手に持った紙袋の一番上には……1つだけ、袋の違うお菓子(に見えるもの)が置かれていた。

 統治が作ったものは半透明の袋に入っているのだが、それだけは、透けていない濃いピンクの袋に入っている。当然、中身が見えない。

 ユカが恐る恐る手に取り、眉をひそめて首を傾げる。

「政宗……なんこれ。爆発物?」

「そんな物騒なものをこんな至近距離で渡すわけがないだろうが。ケッカからももらったからな、お返しだよ」

「をを、政宗の気が利く!!」

「さっきも言っただろ、こういうのはしっかりやるって。仕事中に食べてもいいが、ボロボロこぼすなよ」

「何が入っとるか分からんけど分かった!! ありがとね」

 もらえるだろうとは思っていたけれど、それは今日1日の仕事が全て終わってから、一番最後だと思っていた。

 だからこそ、誰よりも早くお返しをもらえたことが、地味に嬉しい。

 袋を両手で抱えてニヤニヤしているユカに、同じく両手に荷物を持った統治が近づいてきて……一旦床に荷物をおいた。

 そして、同じく荷物の一番上に置いていたホールケーキ用の箱を手に取って……。

「……山本、心愛も含めていつも世話になってる。ささやかだが受け取って欲しい」

 ユカの眼前に突き出した。

 目の前で見ると……余計にデカイ。

「いや、コレいっちょんささやかじゃなかけど……こげな大きい箱、もらってよかと?」

 政宗からのお返しを膝の上に置き、デコレーションケーキでも入っているのかと思うほど、そこそこの大きさがあるケーキ箱をしげしげと眺めるユカ。統治が無言で首肯したことを確認し「じゃあ、お言葉に甘えて……」とそれを受け取る。

「中身は……うぉぉ、手作りの……シフォンケーキ、かな? 統治、コレ、冷蔵庫に入れたほうがよか?」

「いや、今の部屋の状態なら、直射日光さえ当たらなければ大丈夫だろう。ただ、早めに食べて欲しい」

「了解。ありがとねー」

 そう言ってニンマリと笑顔を向けるユカが、ケーキをいつ食べるが試算を始めているのを横目に……政宗が統治にコソコソと話しかけた。

「お、おい統治、あんなケーキ、いつ作ってたんだよ」

 確かにお互い、ユカへのお返しは銘々にしようと決めていた。しかし……まさか、自分より数倍も大きなお返しを統治がすると思っていなかったのだ。

 決まりが悪そうな政宗を一瞥した統治が、平然とした声音で返答する。

「あれは自宅で、心愛と一緒に作ったものだ。佐藤には関係ない」

「お、おう……そうか……」

 確かに自分は関係ない話だったので、それ以上は深く追求できず……ただ、自分のお返しでもユカが喜んでくれたからいいやと思考を切り替え、本日の行程を脳内で確認する政宗なのだった。

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