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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
19/121

2017年倫子生誕祭小話・『縁由』、その弊害

 今年の倫子の誕生日は、彼女が持つ素質について掘り下げてみました。

 華蓮が倫子に一目惚れするラブコメかと思った? いいえまさか……だって、『エンコサイヨウ』ですよ?



登場キャラクター:倫子・ユカ・政宗・統治・華蓮・伊達先生・心愛・勝利・環

 阿部倫子あべ みちこ、中学3年生。

 宮城県内にある私学・秀麗中学校しゅうれいちゅうがっこうにて生徒会長を務める、しっかり者の女の子。

 そんな彼女には……最早自分ではどうしようもない、そんな、目に見えない、それでいてちょっと厄介な『素質』がある。


 平日の17時前、東日本良縁協会仙台支局。

 応接用のソファの横に立ち、つながらない電話を一旦切った佐藤政宗は、スマートフォンの画面を見つめて、軽く息をついた。

 上は白いカッターシャツ、下はグレーのスーツズボンと黒い革靴を着用している。ジャケットを脱いで青い格子柄のネクタイを少し緩めているものの、仕事モードであることに変わりはない。

今、この部屋には2人のみ。今日はバイトの片倉華蓮は休みである。華蓮は眼鏡をかけていれば幾分マシになるが、倫子とは『相性がとても良い』ため、あまり同じ空間で一緒にしないようにと聖人から釘を差されているのだ。ちなみにユカと統治は別件で外に出ているが、そろそろ戻ってくる時間になっている。

 そして、今日は本来であれば、もう1人いるはずなのだが……。

「……伊達先生、珍しいな」

 画面の表示は『伊達聖人』、今日の16時30分、ここに来ることになっていた男性だ。

 いつも飄々とした態度で掴みどころはないけれど、基本的に約束の時間を破ることはない。恐らく今は車で移動中で、道が混んでいるのだとは思うが……メールを含めて何の連絡もないので、この現状を維持するしかない。

 スマートフォンをシャツの胸ポケットに入れた政宗は、ソファに座っている彼女に視線を落とし、苦笑いを向けた。

「阿部さんゴメンね、電話が通じなくて……悪いけど、もう少しここで待っててくれるかな」

「分かりました」

 そう言って首肯した制服姿の彼女――阿部倫子は、年齢以上に落ち着いた物腰で首肯した。


 彼女がここにやって来たのは、今日、聖人とここで会う約束をしているからである。

 阿部倫子には『縁故』としての能力はないが、『痕』や『遺痕』を特に強く呼び寄せてしまう、『縁由(えんゆう)』という特殊能力を持っている。

 しかもこれは生きているだけで自然に発動するという、自分ではどうしようもない素質だった。『縁故』の能力であればある程度の修練で制御することは可能だが、『縁由』はそうもいかない。

 特に彼女は、同じ生徒会メンバーでもある名杙心愛の影響を受けて、『縁由』能力がより強まり、本来見えないはずの『痕』や『遺痕』の姿が見えるようになっていた。加えてそんな彼女の力に引き寄せられた『痕』や『遺痕』が秀麗中学に集まってしまい、仙台支局が総力戦で対処したのは、そう遠い過去の話ではない。

 今は『痕』や『遺痕』を近づけさせないための『絶縁体』を持たせているが、それでは根本的な解決にならない――やっぱり学校やその周辺に引き寄せられてくる――ので、統治が週に一度学校を訪問し、必要であれば処理まで済ませる、という対応を継続していた。

 そして、倫子に対しては……同じ『縁由』能力者である伊達聖人が定期的にカウンセリングを実施しており、同時に『縁由対策グッズ(試作品)』の被験者にもなってもらっている。

 ただ、外で待ち合わせをすると、生死を問わずよからぬ存在が近づいてくる可能性が高いため……こうして、諸々の対策が成されている仙台支局で相対(あいたい)する、というのが、月イチの恒例行事となりつつある。


 2人が他愛もない話をして時間を潰していると、遠くから足音が聞こえてきた。程なくして支局の扉が開く。そして――

「――お疲れ様です……って、阿部さんと政宗だけ? まだ伊達先生来とらんと?」

 先に部屋に入ってきた山本結果が、2人の姿を見つけて目を丸くした。頭にはいつも通りのキャスケットを被り、七分袖のインナーの上からデニム素材で膝丈のサロペットを着用しており、足元はハイソックスとスニーカーである。

 今日は珍しく上着を脱いだスーツ姿でユカの後ろから続く名杙統治もまた、その現状を確認して……顎に手を添える。

「今日は45号線で事故が発生したらしく、市街地は全体的に渋滞が発生しているようだ。俺達は地下鉄だから影響はなかったが……車での移動は、時間がよめない可能性が高いな」

 こう言って扉を締める統治に、立ち上がった倫子がユカも含めてペコリと頭を下げた。

 しかし、こうなると聖人の到着がいつになるのか……益々分からなくなってしまう。

「マジか……にしても、伊達先生ならメールの一通くらいくれそうなものだけどな」

 そう言ってスマートフォンを取り出す政宗だが、相変わらず聖人からの着信などはない。ただ、代わりに……。

「……ん? 片倉さん?」

 ロック画面に表示される通知に気付き、政宗は目を丸くした。そして指紋認証でロックを解除してメールの内容を確認し……一瞬思案した後、ポチポチと返信を作成する。

「政宗、片倉さんがどげんしたと?」

 下から問いかけるユカに、政宗は画面から目をそらさず返答した。

「あぁ、ちょっと忘れ物をしたから、取りに来てもいいかってさ。その程度なら構わないって返信してたところだ」

「え? 今日は阿部さんおるけど……よかと?」

 ユカが目を丸くして、政宗を見上げる。

 華蓮は彼女自身が持つ特性から、眼鏡を外した状態で倫子と相対すると、まるで倫子に一目惚れしてしまったかのように顔が赤くなり、動悸息切れがひどくなってしまう。

 しかも、聖人によると、一度体が覚えてしまうとその快楽を忘れられず、会う回数が増えたり、ともに過ごす時間が長くなるごとに症状は深刻になっていくそうだ。いずれ意識を完全に失ってしまう可能性まである、らしい。だから聖人は、2人を同じ空間におくことを極力避けるようにと『仙台支局』全員に進言していた。

 とはいえ、倫子と華蓮が出会ったのはその1回だけだし、そもそもそれは、華蓮の『縁故』としての能力を抑制している眼鏡を外して、裸眼で彼女を見た時のみに発動する。華蓮は必要なく眼鏡を外すことが『許されていない』ので、少しすれ違う程度であれば問題ないはずだ――政宗はそう判断した。

「忘れ物を取りに来るだけだ。すぐ終わるはずだし……彼女の眼鏡さえ外れなきゃ大丈夫だろ」

 そう言ってスマートフォンをポケットに片付けた政宗は、ユカを見下ろして選手交代を頼む。

「ケッカ、悪いが阿部さんと一緒に伊達先生を待っていてくれないか。奥でちょっと終わらせたい作業があるんだ」

「よかよー」

 二つ返事で首肯したユカが、机を挟んで倫子の対面になる位置に腰を下ろす。それを確認した政宗が、倫子に「もうちょと待っててね」と声をかけてから、衝立の向こうにある事務スペースへ移動した。

 倫子に軽く会釈した統治も政宗の後に続き、この場には、ユカと倫子の2人だけになる。

「山本さんは……お仕事、大丈夫ですか?」

 彼女を気遣って問いかける倫子に、ユカは笑顔で手をひらひらと振った。

「よかとよかと。むしろ一仕事終えてきたけんが、ちょっと休みたいくらいやけんね。そういえば阿部さん、この間、伊達先生から……何を渡されと?」

 前回は仕事でこの場に居なかったユカの問いかけに、倫子は着ている制服のスカートのポケットから、白いハンカチを取り出した。

「これです」

「は、ハンカチ……?」

「何でも、山本さんの帽子を応用したそうで……本当に普通のハンカチなんですけど、確かにこれを身につけるようになってから、外で感じる寒気の頻度が減ったような気がします」

「そうなんや……やっぱ、寒気とか感じること、あるんやね」

 マジマジとハンカチを見つめて呟くユカに、倫子は静かに首肯する。

「コンタクトレンズのおかげで、見たくないものは見なくて済むようになりました。でも、気配はどうしても感じてしまって……でも、春先よりずっと減っています。本当に、ありがたいです」

 『縁故』は修練を重ねることで、日常生活では『縁』や『痕(遺痕)』を完全にシャットダウンすることが出来る。そのため今のユカは意図的に視界を切り替えない限り、普通の人と同じ感覚で生活をすることが可能だ。


 ただ、倫子の『縁由』は自分の力では制御出来ない。そのため、ユカを含む『縁故』とは違う苦労を背負っている。極稀に、『縁故』と『縁由』の両方の素質を持っている華蓮――名波蓮のような存在もいるが、『縁故』の能力のほうが優勢になるため、『縁故』能力を制御する眼鏡をかけていることで、『縁由』能力も幾分抑えられている、らしい。もっともユカには一切影響がないし、どれだけ切り替えても『視える』ことはないので、自分の目で確認することは出来ないのだけど。


 ただ、ユカは以前、眼鏡を外して倫子を見た――倫子の『因縁』を見た華蓮が、一瞬で劇的に変化した様子を目の当たりにしていた。普段は決して必要以上の表情を出さない華蓮が激しく動揺する、そんな姿を。

 そして確信している。この能力は、相性によっては誰かの人生さえ狂わせる可能性がある、と。

 それらのこともあり、ユカは倫子がどんな世界で生きているのか……興味があった。

 ユカとは全く異なる業を背負い、この世界に放り出された彼女のことが。


「その……阿部さんは今まで、変な人に付きまとわれたりとかしたことはなかと?」

「特にありません。もっとも、私が気付いていないだけかもしれませんけど」

「いやぁ、この間の片倉さんの反応を見ると、好きな人は本当にヤバくなるくらい好きなんじゃないかと思うけんね。生きている人間からストーキングされてないんなら、『絶縁体』だけでもうしばらく何とか出来そうやけど……本当に何か心配なことがあったら、誰でもいいけん教えてね」

 ユカの言葉に倫子が頷いた次の瞬間、彼女の背後で扉が開いた。そして――


「あ……」

 部屋に入ってこようとした片倉華蓮が、倫子の後ろ姿を見つけてビクリと体を震わせた。


 今日の彼女は髪の毛を右サイドでゆるく結っており、焦っていたのか、髪留めのピンが少し浮いているように見える。白いカッターシャツとスキニージーンズの上から、ロングカーディガンを羽織っている。普段はちゃんとスカートを穿いているのだが、今日は忘れ物を取りに来ただけなので、最低限の髪型とメイク、カーディガンでぼんやり誤魔化しているだけのようだ。

 次の瞬間、反射的に振り向いた倫子が華蓮に気付いて軽く会釈した。華蓮もワンテンポ遅れて頭を下げつつ……本当に足を踏み入れていいのか、躊躇っている様子。

 そんな、入り口で戸惑う華蓮に気付いたユカが立ち上がり、彼女を手招きする。

「政宗の許可は出とるやろ? 入ってよかよ?」

「あ、えっと……失礼します……」

 どこかビクビクしている華蓮は急いで扉を締めると、足早に衝立の向こうへ移動していった。

 ユカは彼女の様子を目で追いながら……華蓮は普段より幾分動揺しているけれど、目つきなどにあからさまな変化は見られない。眼鏡さえかけていれば問題ないのだろう。

 そそくさと消えたその背中を見送った倫子は、再び座ったユカに苦笑いを向ける。

「やっぱり、私は片倉さんにとって……厄介な立場なんですね」

 こう言われると、ユカも苦笑いで言葉をぼかすしかない。

「こ、こればっかりは相性があるみたいやけんね。まぁ、彼女は今、眼鏡でシャットダウンしとるけんが、問題ないと思うけん、あんま気にせんでね」

「はい。ありがとうございます」

 こう言って倫子が頭を下げたところに、華蓮が再び戻ってきた。そしてユカと倫子の前で立ち止まり、軽く頭を下げる。

「お騒がせしました。失礼します」

「片倉さんもお疲れ様。気をつけて……って、あ、ヘアピン、外れそうになっとるよ?

「え? あ……」

 半分はずれてプラプラしていたヘアピンに気付いた華蓮が、慌ててそれを治そうと右側頭部に両手を伸ばした。


 少しだけ手元が狂った彼女の右手が眼鏡のテンプル――耳にかかる長い部分――にあたり、かけていた眼鏡が大きく傾いた。

「あっ……!!」

 慌ててなおそうとした左手があろうことか前枠とぶつかってしまい、要するに華蓮がかけている眼鏡がそれはもう更に大きく傾いて――床に、落ちる。


 普段の彼女ならば、絶対にしないようなミス。

 眼鏡をかけているから大丈夫だという、絶対の前提条件は……いとも簡単に崩れ去ってしまった。


「片倉さん!?」

 状況を察したユカが慌てて立ち上がり、彼女の様子を見て――絶句する。

 普段であれば「失礼しました」と言って、スッと眼鏡を拾い上げるはずの華蓮は……その目を大きく見開いて、困惑する倫子を見つめていた。

 異変を察した政宗と統治もまた、衝立の向こうからこちら側へ顔を出して現状を察する。そしていち早く政宗が華蓮を止めようと足を踏み出した、が――


「――見つけた、そこにいたんだね!!」


 床を蹴るのは華蓮の方が早かった。彼女は数歩で倫子と距離を詰めると、困惑して動けない彼女を自分とソファの間に閉じ込めて、恍惚とした笑顔で倫子を覗き込む。

「やっと見つけた……もう、逃さないよ」

 最早華蓮ではなく蓮の声音で囁いている状況だ。普段は斜に構えていることが多い彼女だが、今は意志のない眼差しと妖艶な笑顔で倫子を見下ろしている。突然すぎる豹変に倫子は目を見開き、震える声で名前を呼んだ。

「か、片倉、さん……!?」

「フフッ……本当は違うけどまぁいいです。貴女だったら華蓮って呼んでも、いいですよ?」

 華蓮の声の高さに戻してそう囁いた彼女は、混乱と恐怖で固まってしまった倫子の頬を左手の指でそっとなぞってから、息がかかるほどの至近距離で倫子を見据えた。

「ずっと逢いたかったんです、あの時、私の心を一瞬で奪った貴女に」

「私、が……?」

「そうですよ。さぁ……私とずっと、一緒にいてくださいね」

 そう言って左手を倫子の頬に添えた華蓮は、固まっている彼女に顔を近づけて――


「ケッカは眼鏡を確保、統治は阿部さんの保護を!!」

 次の瞬間、鋭い声で指示を飛ばした政宗が全力で華蓮を引き剥がし、立ち上がった彼女を背中から羽交い締めにした。

「片倉さん!! いきなり何をしているんだ!!」

 そして、成人男性が出せる全力をもって更に引き剥がそうとした次の瞬間、彼女はそんな政宗を強い侮蔑の光を宿した眼差しで睨みつけ――


「――邪魔をするなぁっ!!」

「うわっ!?」


 抗えない力で吹き飛ばされたのは政宗の方だった。2メートルほど後方に飛ばされた政宗は、尻餅をついて顔をしかめる。

 予想外の展開に、眼鏡を拾い上げたユカが大声をあげた。

「政宗!?」

「ケッカ、俺はいいから統治に眼鏡を!! 統治、片倉さんに眼鏡をかけてくれ!!」

「分かっている、ただ……!!」

 倫子を保護するために華蓮とは反対側にいる統治は、珍しく一切の余裕がない状態で唇を噛みしめる。

 統治は倫子に覆いかぶさろうとする華蓮の両肩を掴み、必死で彼女を遠ざけようとしていた。しかし、華蓮の右手が倫子の左手を掴んで離さない。そのため倫子はその場から逃げることも出来ずに、怯えた眼差しで事態を見守るしかない。

 普段であれば体格差もあり、統治が華蓮を遠ざけて倫子を守れるのだが、今の2人は拮抗しており……むしろ、統治が押されていた。両手で押さえないといけないため、当然、今の統治に華蓮へ眼鏡をかけさせる余裕はない。

 華蓮は目を吊り上げ、顔をしかめる統治を睨みつけた。

「邪魔を……邪魔をするな!! これは僕のものだ、誰にも渡さない!!」

「片倉さん、気を確かに持つんだ!! 片倉さん!?」

 統治が声を張り上げて対抗するが、華蓮は再度鋭く統治を睨むと、その視線を、椅子に座って怯えている倫子に向けた。そして――とても優しい声で、倫子に語りかける。

「大丈夫だよ、君は僕のものだ。誰にも邪魔させないからね」

「っ……!!」


 その表情は――5月のあの日、どうしても父親に逢いたくて忍び込んだ校内で遭遇した存在と、似ている気がした。

 あの時も確か、同じ年齢くらいの女の子が、自分を見つめて醜悪に微笑んでいて――


 あの時は、心愛が助けてくれた。

 そして今も、統治が必死に食い止めようとしている。

 けれど、彼女は――片倉華蓮は、倫子から目を離さない。



 どうして、どうして私はいつも……誰かに守られてばかりなんだろう。

 大切な時に、声をだすことが出来ないのだろう。



 異常事態の渦中に放り出された倫子が泣きそうな表情になった、次の瞬間――華蓮の体が、大きく揺らいだ。


「え……?」

 理解が追いつかない倫子が、かすれた声を漏らす。


 その直後……後ろから華蓮に眼鏡をかけて、ガクリと気を失った彼女を支えている人物が、困惑する倫子を覗き込み、いつも通りの笑顔を向けた。


「お待たせ、倫子ちゃん。遅れた挙句、驚かせちゃってゴメンね」


 そう言って華蓮をズルズル引き剥がした彼――伊達聖人は、気絶している彼女を少し離れた床の上に横たえた。そして。

「――責任者、いるよね。この状況を説明してもらえるかな?」

 厳しい顔で俯いている政宗に笑顔で近づくと……彼の右肩に手を添えて軽く押し、容赦なくその顔を上げさせた。


 とりあえず気絶している華蓮をソファに横たえた後、全員で衝立の向こう側――事務スペースへ移動した。統治は自席に腰を下ろしつつ、衝立の向こうで気を失っている華蓮の様子をチラチラと気にしている。一方のユカは倫子に自分の椅子へ座るよう促した後、ユカ自身はその隣――華蓮が使っている椅子に腰を下ろした。

 そして、部屋の奥――政宗の席に腰を下ろした聖人は、隣に立つ政宗を見上げ、足を組み替える。

「政宗君、自分は君にお願いしたつもりだったんだ。倫子ちゃんと華蓮ちゃんを同じ空間で一緒にしないように、って。それは例え、華蓮ちゃんが眼鏡をかけている状態でも気をつけて欲しい、避けて欲しいという意味でね……確か5月の下旬頃、そう、言わなかったっけ?」

 自分の言葉に確信を持っている聖人へ、政宗はいつもより少し小さな声で返答した。

「……聞いています」

「だよね。にも関わらず、こんな状況を招いて……君の判断だよね。倫子ちゃんに何かあったら、どう責任をとるつもりだったの?」

 語気を強めることはなく、ただ淡々と質問をする聖人に、政宗は何も答えられないまま……ただ、倫子へ向けて深々と頭を下げた。

「阿部さん、今回は俺の軽率な判断で……本当に申し訳ない」

 その言葉に、倫子はゆっくり首を横に振った。

 確かに先程は怖かった。けれどもあれは……不幸な偶然が不幸なほど重なってしまった、事故だ。

 そう冷静に判断出来るほど、今の倫子は場数を踏んでいる。


 色々なことがあって、色々な人と出会って。

 確かに今回の政宗の判断が軽率だったことは否定出来ないけれど、ただ……倫子を含めた誰もが、そして恐らく華蓮自身も、あの場で眼鏡をうっかり取り落とすなんて思っていなかったのだ。

 このままだと、全てが政宗の責任という結論のみで、今回の事件は終わってしまう。

 それだけではないことだけ、はっきりさせておきたい。

 そう思ったら……口が勝手に動いていた。


「佐藤さん、頭を上げてください。あれは事故ですから」

 そしてそのまま聖人を見つめ、言葉を続ける。

「伊達先生、その……今回、片倉さんの眼鏡が外れてしまったことは、事故なんです。片倉さんがヘアピンをなおそうとして、両手があたってしまって……山本さんも一緒に居たので、間違いありません」

 この言葉に聖人がユカを見やると、彼女もまた、神妙な面持ちで首肯した。

 聖人は組んだ膝の上に肘をつくと、「ふむ」と何か考えてから……顔を上げて唇を噛み締めている政宗を見上げ、笑顔でこう言った。

「どうやら本当に事故だったみたいだけど……でも、この事故が発生する原因を作ったのは君だってこと、忘れないようにね」

「……はい。今回は、本当にご迷惑をおかけしました」

 改めて聖人に頭を下げる政宗に「まぁ、自分も道路渋滞で大きく遅れたから、あんまり責められないんだけど」と、いつも通りの口調で告げて、政宗に頭をあげるよう促す。

 そして、改めて全体を見つめてから……諭すように言葉を続けた。

「みんなも目の当たりにして、分かったと思うけど……自分や倫子ちゃん、そして華蓮ちゃん……いや、蓮君が持っている『縁由』という素質は、相性が合致すると本当に厄介なんだ。特に蓮君は『縁故』としての素質もあるから、普段は眼鏡で抑制されている力が全て解放されて、一瞬で、人間の理性を軽く凌駕してしまった……さっきのは恐らく、そんなことだろうと思うよ」

 冷静に告げる聖人の言葉に、ユカは「よくもまぁ、この状況だけでそこまで判断出来るもんやね」と、伊達聖人という人物に、改めて底知れぬ何かを感じていた。

 聖人は手元のお茶を一口飲んでから、再び言葉を続ける。

「『縁故』能力がない人間の場合も、時間をかけて相手の『縁由』に惹き込まれていくと、常識や良識を超えた行動に出てしまうこともある。『縁由』は抗体じゃない、人によっては、はっきり言って麻薬に近いんだ。そして目に見えないからこそ、事前に用心しておかないと、取り返しがつかないことになるんだよ」

 そしてユカは、彼の話を聞きながら……聖人は以前、そんな失敗をしたことがあるのだろうか、と、その笑顔の裏に隠された何かを想像し、一度、ため息をつく。


 今思い出しても、あれは異常な光景だった。

 表情はどこか妖艶に恍惚としており、でも、まるで獣のように倫子を求めていた華蓮。恋人の逢瀬と呼ぶにはあまりに荒々しく、そして……とても、一方的に思えた。

 部屋に入ってきた聖人がユカから眼鏡を奪い取り、後ろから華蓮に無理やり装着していなければ……一体、どうなっていたことやら。


 そして改めて、隣に座る倫子を見やり……彼女が背負っている、背負ってしまっていた業の重さを感じる。

 自分がもしも、彼女のような状況におかれたら……知っている人間が豹変して、突然襲い掛かってきたら、体格差を考慮しなくても冷静に対処する自信はない。

 そしてこれらの症例は、福岡では一度も聞いたことがなかった。もしかしたら麻里子あたりは何か知っているのかもしれない。

 ユカがそんな雑念をウダウダと抱いていると、視線を向けられていることに気がついた倫子が、ユカを見て首を傾げた。

「山本さん……どうかしたんですか?」

「へっ!? あ、いや……そうだ阿部さん、学校では大丈夫なん? さっきみたいに極端じゃなくても、誰かに見られている気がするとか、そげなことはなかと?」

 咄嗟に口から出た疑問をぶつけると、倫子は静かに首をひねりつつ、これまでのことを思い返してみる。


 倫子が通っている私立秀麗中学校は、全員、外部からの受験で入学している。入試は仙台のみならず、山形や東京でも実施されているため、遠方からわざわざ受験をして入学してきた、という生徒も、決して少なくないのだ。

 地元にいると、どうしても――父親が死んだ学校の跡地を見て、気持ちが沈んでしまうから。

 災害で片親になった子どもへの助成制度や、倫子の実力なども考えて、思い切って秀麗中学校を受験してみてはどうか、そう提案してくれたのは母親だった。

 そして、地頭の良さと母親の支えもあり、倫子は塾などに頼ること無く合格を掴み取った。

 小学校の6年間という共通の思い出がない、生まれた地域も育った環境もバラバラのクラスメートとどう接すればいいのか、入学した時は色々考えてしまったけれど……いざ学校生活を送ってみると、勉強に、部活に、その他様々な社会奉仕活動に従事する機会があるため、自分の意志と脳力が伴えば、どこまでも可能性を伸ばせるのだと気付いた。

 倫子は1年生の時、主に学外ボランティア――中学校と同系列の幼稚園の訪問や、近隣の老人施設の慰問、地域のイベントの手伝いなど――をする部活に参加していた。そこでの穏やかな対応とリーダーシップを見出され、中学1年生の秋頃、部活の顧問から、生徒会活動への参加を打診される。

 そこで島田勝利と出会い、上級生と一緒に学校のために活動を続けてきた。

 その後、2年生の秋に生徒会長として前会長から指名され――信任投票を経て、今、倫子は生徒会長として奮闘している。

 目下の悩みは、生徒会の人数が少なすぎることだけれど……。


 とある木曜日の放課後、いつも通り秀麗中学を訪れた統治は、その手にデジタルカメラを持っていた。

 机に座って――書記の森環は、記録のために黒板の前に立っていたが――会議をしていた面々が、扉を開いて姿を見せた統治に視線を向ける。そして、手元のそれにいち早く気付いた勝利がそれを指差し、首をかしげた。

「あっれ、名杙先生、どうしてカメラなんか持ってるんですか?」

 統治は4人に近づきながら、いつもの調子で返答した。

「報告書に写真を添付する必要があるんだ。すまないが、この場で1枚撮らせてもらっても構わないだろうか」

「分かりました!!」

 二つ返事で頷いた勝利が、上履きを脱いで右足を椅子の上にのせた。そして、左手を眼前にかかげ、ビシっとポーズを決める。

「これでいいですかね!! さぁどうぞ!!」

「ちょっと島田先輩!! もっと普通にしてくださいよ!!」

 机を挟んだ位置に座っていた名杙心愛が、思わず立ち上がって彼に苦言を呈した。

「……上履きは脱ぐんだ」

 環は勝利の右足に視線を落とし、彼の律儀な行動をそのまま口に出す。

 そして、その光景を笑顔で見つめる倫子は……人数は少ないけれど、それぞれに個性的で、いざとなれば抜群の結束力を発揮する(と、思う)このメンバーと一緒に活動出来ることが、とても楽しいと感じていた。


挿絵(By みてみん)


「……阿部さん?」

 ユカの声に我に返った倫子は、ユカを見つめた後……聖人、政宗、統治をそれぞれ見やり、凛とした声で答えを告げる。

「今のところは大丈夫です。学校は、本当に良い人ばかりですから」

 自信を持って言い切った彼女の言葉に、聖人が一度、満足そうに頷いた。

「じゃあ倫子ちゃん、今日は下にあるスタバで話そうか。時間は大丈夫?」

「はい、大丈夫です。宜しくお願いします」

 そう言って、倫子は荷物を持って立ち上がった。聖人は座ったまま……その視線を、隣で立っている政宗へと移す。

「あと、政宗君は……華蓮ちゃんの目が覚めたら、彼女の健康状態を聞き取って自分に報告してね。あと、今日は利府まで送ってあげて欲しいかな」

「かしこまりました」

 肩をすくめて首肯した政宗が、チラリと衝立の向こうに視線を向けた。ここでユカは「そういえば」と、今思い出した疑問をぶつける。

「ところで伊達先生、なして政宗からの電話に出られんかったと? いつもは運転中でもハンズフリーで出たりしてくれるやん」

 全員の視線が注がれる中、支局長席にゆったりと座っている聖人は、いつもの笑顔でにべもなくこう言った。

「携帯電話の充電が切れちゃってね。伊達先生、うっかり♪」

 『縁由』について復習したい方はコチラの動画をどうそ。(https://www.youtube.com/watch?v=hOd1iSSY4D8)


 今回は少し大げさに書きましたが、決して人に対して優しいものではないことを覚えていてください。倫子が『縁故』になれば、『遺痕』の話を聞いて成仏させちゃったりするんだろうな、菩薩だから、とか思いました。

 そしてこの『縁由』設定は、来年以降の本編でもより深く関わってきますので忘れないでね!!

 改めて……倫子、誕生日おめでとう!! これからもみんなを見守る優しい生徒会長でいてね!!

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