2017年ユカ生誕祭用小話・セカンドデード/ダブルデート
とある休日、時刻は午前10時前。
ユカ、政宗、統治、櫻子の4名は、櫻子が運転する車で、長町にあるショッピングモールに到着した。
立体駐車場に車を停車したところで、後部座席に座っていたユカがシートベルトを外し、珍しく隣に座っている政宗を見やる。
「櫻子さんは安全運転やねぇ……」
「おいケッカ、何が言いたい?」
「ううん別にー、政宗より丁寧にブレーキをかけてくれたけんが、快適だったなーって思っただけー」
「お前なぁ……文句言うなら今度から乗せないぞ」
シートベルトを外した政宗が、うんざりした口調で釘をさした。
そんな2人の会話を聞いている櫻子と統治は、シートベルトを外しながら互いに顔を見合わせて……相変わらずだなぁと苦笑いを浮かべる。
『映画 長町 4』
櫻子がユカに上記のような暗号メールを送ってきたのは、数日前のこと。
昼休憩中に気づいたユカが、自席でコーヒーを飲んでいた統治に近づき、スマートホンの画面と共に首を傾げる。
「統治……これ、何だと思う?」
「……?」
ユカから画面を見せられた統治は、一瞬だけ顔をしかめた後……それはもうナチュラルに返答した。
「恐らく、『長町で使える映画のチケットが4枚あるんですけど、一緒に行きませんか?』ということだと思うぞ」
「なしてそげなことが分かると!?」
これだけの情報量から推察した統治に、ユカは恐れおののくしかない。
そんな彼女に、統治は手元に自分のスマートフォンを操作すると、ある画面を見せた。
『ゆかちゃんとえいがにいきたいです』
全文ひらがなで小学生にも優しいメールに、ユカは苦笑いを向ける。
「こ、こっちは割と読みやすいんやね……」
「俺に対しては、漢字変換をしないように伝えてある。変換をすることで間違って送信してしまうことが多いんだ」
「そうなんや……今度からあたしもそうしてもらおうかな」
統治の協力もあって内容を解読したユカは、その夜、櫻子に電話をかけて詳細を聞き出した。
櫻子によると、長町のショッピングモール内にある映画館でしか使えないチケットを家族がもらったはいいけれど、病院がある登米市から長町までは遠いため、仙台圏内に知り合いがいる櫻子にまわってきたのだということ。
ユカは、わざわざ櫻子が誘ってくれたのだし……と、その誘いにのることにした。
そして当日となった本日、櫻子が車で仙台まで出てきて仙台駅で3人をひろい、ここまでやってきたのだ。4人は車から降りて薄暗い立体駐車場内を歩き、少し離れた場所にある店内入り口を目指す。
先を歩く統治は、襟の付いた紺色のジャケットに黒いズボン、足元は無地の黒いスニーカー。隣を歩く櫻子はハンドバックと白いロングカーディガンを手に持っており、今はピンクの生地に小花柄があしらわれた膝丈のワンピースを着用している。足元はパンプスという全体的に清楚な出で立ちで、並んで歩くだけでそれはもう絵になっている。
そんな2人が何やら話をしている様子を眺めながら……政宗はそっと、隣を歩くユカに視線を向けた。
今日の彼女はいつものキャスケットに、櫻子からもらったオフショルダーの白いトップスを着用している。そのためおもいっきり肩が露出しており、この時点でもうどこを見て良いのか分からない。しかもその下は珍しくデニム素材の膝上スカートとハイソックスという組み合わせ。朝見た時に何事かと思った。
「政宗、どげんかしたと?」
肩にかけていたショルダーバックの位置を調整したユカが、不意に彼を見上げて何事かと問いかける。ちなみに政宗の服装は水色の襟付きシャツとライトベージュのジーンズで、ユカと並んで歩くといつものように兄妹感が凄いことになっているのは言うまでもない。最早諦めの境地である。
政宗は慌てて視線をそらしつつ、緩みが出たのか、反射的に気になっていることを口に出してしまった。
「いや、ケッカがスカートなんて珍しいな、と……」
「え? あ、これ違うよ。見た目はスカートに見えるけど、ほら」
ユカがわざとらしく足を大股に広げて、自分が穿いているのがキュロットスカートであることを自己主張する。そして、安心と失望が入り乱れて複雑な表情になっている彼を笑い飛ばすのだ。
「あたしがスカートなんて履くわけないやん。何があるか分からんとに」
「何があるんだよ……」
とりあえずツッコミを入れつつ、政宗は改めて、前を歩く2人に視線を向けた。つられたユカも、統治と
櫻子の背中を見やる。
「政宗……あの2人がどげんかしたと?」
「いや、今日はなるだけ2人だけにした方がいいのかと……」
「……そう?」
ユカは釈然としない表情で、前を歩く2人を見つめた。
確かにこの2人は……色々遅いとは思う。付き合っているのかそうでないのかも分からない。
でも、先日のメールの件といい、この2人は確実に距離を近づけている。2人には2人のペースがあるので、いい大人なんだし、外野がわざわざお膳立てをしなければならないのだろうか……?
勿論政宗としては、統治と櫻子を2人きりにする=自分とユカが2人きりになる、という狙いがあるのだが、ユカが一切乗り気でないことで、この計画が暗礁に乗り上げたことを悟った。
そんな会話をしているうちに、店への入り口に到着。自動ドアを抜けて店舗内に入ったところで、櫻子がチラリと振り返り、政宗に意味深な視線を向けた。
まるで……「お任せ下さい」と言わんばかりの、仕事が出来そうな女性の眼差し。
前を歩く親友は、先ほどから振り向きもしない。隣を歩く想い人は、途中にある飲食店街に目移りしている。
政宗はとりあえず……愛想笑いを返しておいた。
ショッピングモール内のシネコンは、早くも多くの人で賑わっている。チケットカウンターで4人分の座席券と引き換えた櫻子は、ユカにその1枚を渡してこう言った。
「ユカちゃん、私の隣でもいいですか?」
「うん、よかよー」
ユカは笑顔で首肯して、そのチケットを受け取った。
櫻子は政宗と統治にもそれぞれチケットを渡し、4人で飲み物や食べ物を買うための列へ移動する。
その後、売店で何かと買い込んだ4人は映画館の中へ入り、4人横並びで腰を下ろした。
映画館の中央より少し後方、政宗、ユカ、櫻子、統治、という席順で、ユカは隣に座っている櫻子との会話を楽しんでいる。
政宗は手元のポップコーンを食べながら、楽しそうに会話をする女子組を眺め……櫻子の誘導に内心で舌を巻いていた。
例えば、ユカと政宗を2人にしようと思ったら、チケットを持っている櫻子がわざとらしく気をきかせて「お2人は隣同士でどうぞ」などと言い出してもおかしくない。しかしこれだど、ユカが「えー? 政宗と隣なん?」と、あからさまな嫌悪感を示し、空気が悪くなってしまう可能性もある。何も言わずに櫻子がチケットを配ったとしても結局は政宗の隣であることに変わりないため、ユカのテンションが下がってしまう可能性も否定できない。
そこで櫻子は、「自分がユカの隣だ」と先に言うことでユカの興味を自分へ向かせ、反対側の隣に座る政宗への興味を薄くした……というかほぼなくしたのだ。その上で……。
「あー、政宗ズルい、勝手に食べとるー」
くるりと政宗の方を向いたユカが、2人の間に置かれたポップコーンを摘んで、口の中に放り投げた。
櫻子はポップコーンを2つ買い(お金は全員で出し合っている)、政宗とユカの間に一つ、統治と櫻子の間に一つ置いた。ポップコーンと同じ場所に飲み物も置いているため、食いしん坊のユカが食べたり飲んだりするためには、どうしても政宗の方を向かなければならない。この間に櫻子と統治が話をしていれば、ユカは自然と政宗と会話をすることになるだろう。
「櫻子さんと統治……仲良さそうで安心したね」
そう、こんな風に。
政宗はユカの言葉に適当な相槌をうちながら……櫻子の行動は計算なのか、それとも天然なのか、まだ確信を持てないでいた。
4人が見ているのは、今話題のハリウッド映画・字幕版。
ユカも序盤はポップコーンをもさもさ食べながら、字幕を目で追っていたのだが……中盤、展開がすこしゆっくりになってきて、アクションが少なくなり、伏線を回収するような、最終決戦に挑む決戦前夜のような会話ばかりになってくると……適度な満腹感と日頃の疲労から、容赦ない眠気が襲ってくることもある。
「……っ、と……」
肘掛けにおいた手がズルリと落ちて、ユカの意識が現実に引き戻された。隣の櫻子に寝ていたことを気づかれたのではないかと思ってチラリと見やると、彼女は特にこちらを気にすることもなく、目の前の画面を見つめている。
その様子に内心安堵しつつ……目を覚まそうと左手を伸ばし、少しぬるくなったコーラを手元に持ってきてストローですすった。そしてそのまま、改めて大画面を眺めていると……次の瞬間、彼女の左肩に、何か重たいものがもたれかかってくる。
「ん……?」
思わず声が漏れた口元を慌てて引き締めた。そして、肩越しに左を見やると……ユカと同じく寝落ちしてしまった政宗の頭が、小さなユカの肩に全力でもたれかかっていることを認識する。
しかも、今日の彼女はオフショルダーだ。素肌に彼の髪の毛が刺さる感じは、チクチクして……地味にくすぐったい。
身長差がある2人なので、同然、同じ高さの椅子に座っていても、肩の位置はユカの方が圧倒的に低い。いくらポップコーンなどを食べるためにユカも政宗側へ体を寄せていたとはいえ、十数センチも低いユカの肩を枕にしても気づかないほど……政宗は完全に熟睡している様子。
「……ま、いいか」
ユカは彼を起こさないように気をつけながら、持っていた紙コップを所定の位置においた。そして、普段よりずっと近くで無防備な彼の頭頂部を見て……「あぁ、あたし今、政宗を見下してるわー」という、謎の悦に浸る。
そんなことをしながら映画も見ること数分間、政宗が一度ガクリと大きく体を揺らした後……現状を理解して慌てて飛び起きた。
「ユッ……!!」
「ちょっ……静かにせんね!!」
慌ててユカが左手で彼の口を塞ぎ、クライマックス直前のシリアスな空気を守る。
そして、政宗が無言で何度も頷いたことを確認してから……ゆっくりとその手を離した。
決まりが悪そうな彼が、チラチラとコチラを気にして見ているのが分かる。
ユカはとりあえず、そんな彼の口にポップコーンを放り入れながら……そのままいつもより顔を近づけて、政宗にニヤリと笑みを向け、小声で話しかけた。
「お疲れみたいやね、佐藤支局長」
その言葉を聞き取った政宗が、目尻を抑えながらため息1つ。
「……悪かった。俺、どれくらい寝てたんだ?」
「さぁ、10分程度ってところじゃなかと? 大丈夫、まだ誰も死んどらんけん」
「そ、そうか……」
口に入ったポップコーンを咀嚼しながら頷く政宗に、ユカは少しだけ表情を緩めてから……そっと、自分の席に座り直した。
映画を見終わると、時刻は13時近くになっていた。
パスタが人気の飲食店に入った4人はそこで昼食をすませ、食後に「さて」、と、これからの行動計画を始める。
「映画終わったけど……これからどげんすると?」
ユカの言葉に、向かい側で隣り合っている政宗と統治は顔を見合わせて……「さぁ」と、首をかしげる始末。
そんな3人へ、ユカの隣に座っている櫻子がこんな提案をした。
「あ、あの……実は行ってみたいところがあるんですけど、よければお付き合いいただけませんか?」
櫻子が3人を連れてきたのは、建物内にあるゲームセンターだった。
そこにあるエアホッケー台の前で立ち止まり、目をキラキラと輝かせる。
「これを、家族以外の人とやってみたかったんです!!」
そう言われて断る理由はない。3人は顔を見合わせると、すっかり楽しそうな櫻子に付き合うことにした。
政宗は財布から小銭を取り出しつつ、チーム分けを思案する。
「2対2になるのか……透名さん、誰と組みたい?」
このゲームをやってみたいと言っている櫻子の意志を尊重することにした政宗に、彼女は満面の笑みで彼を指差す。
「佐藤さん、お願い出来ますか?」
「俺!?」
意外な選択に、ユカと統治も目を見開いた。そんな3人に、櫻子がその理由を告げた。
「男女混合にしないと戦力差が出ると思いますし、佐藤さんがお近くにいたものですから……ダメですか?」
「い、いや、ダメじゃないけど……」
首を横に振って櫻子を見ると、彼女が政宗に向けて穏やかに微笑んだのが分かった。
この話に全乗っかりしなさい、悪いようにはしないから。
そう言っているような……完全に策士としての表情。
政宗は櫻子に賭けることにすると、ぽかんとしているユカと統治に宣戦布告する。
「これで俺たちは敵同士だな、ケッカに統治!! 俺と透名さんという未知数の組み合わせに震えるがいい!!」
「なっ……!? あ、あげなこと言われるとなんかムカつく!! 統治、あたしたちの絆的な何か、見せてやろうじゃん!!」
「昼食後すぐに激しく運動するのは体に良くないんだがな……」
対照的な態度の2人は、中央に置いてあるマレット――エアホッケーで使う、円盤を打つために握って使うやつ――を持ち、定位置につく。
少し遅れて政宗が櫻子にそれを手渡すと、彼女が「ありがとうございます」とにこやかに笑いながら受け取った。
「佐藤さん、宜しくお願いします」
「こちらこそお願いします。それにしても……どうして俺を指名したんですか?」
何となく尋ねたこの疑問に、櫻子はいけしゃあしゃあと返答する。
「あまりユカちゃんと佐藤さんばかりをペアにすると、ユカちゃん自身が飽きてしまったり、疑問を抱くかと思ったんです。今回は4人でのお出かけですからね。あと……この勝負、必ず勝ちましょう」
「ど、どうしてですか?」
「ユカちゃんは負けたことが悔しくて、もう一回と言い出すと思うんです。そこで私がペアの交代を提案しますから、次は佐藤さんとユカちゃんが一緒に頑張ってくださいね」
「分かりました……善処します」
政宗は言われるがままに首肯した。
櫻子の何が恐ろしいかというと……これらの会話を雑音ばかりのゲームセンター内で行うことで、距離のあるユカと統治には一切聞こえないようにしているところだ。ユカ達から見ると、初共演の2人がエアホッケーの戦略会議をしているようにしか見えない。
「2人ともー、始めてよかー?」
ユカの声を合図に、政宗と櫻子は正面に向き直り……作戦行動を開始する。
そして、約5分後……僅差で負けたユカが、とても悔しそうな表情と共に、政宗と櫻子の方へ駆け寄ってきた。
元々運動神経が良い政宗と櫻子なので、政宗が攻撃、櫻子が守備という完璧な役割分担のもと、ちょこまか動き回るユカとそんな彼女を制御できなかった統治など、敵ではなかったようだ。
ユカが年相応の――要するに12歳前後の――悔しそうな表情で政宗を見上げ、それはもうとても悔しそうに頬を膨らませる。
「あーもー悔しか!! まさか政宗に負けるげなー!!」
「俺だけじゃないだろうが」
「でも、櫻子さんとのペアなんて初めて見たけんが、絶対に勝てると思ったとにぃぃ!!」
そう言って自分を睨みつけるユカに、政宗は打ち合わせ通りの質問をぶつけるのだ。
「もう一勝負するか?」
「やる!!」
即座にのってきたユカの後ろに統治がおいつき、政宗の隣で笑顔の櫻子を見つめた。そして……。
「じゃあ……次は、山本と佐藤が組んでくれ」
意外なところからの提案に、政宗自身も驚いてしまう。ユカが更に頬をふくらませ、統治にジト目を向けた。
「えー!? 統治があたしを裏切るー!! あたし、政宗に勝ちたいとにー!!」
「俺も佐藤に負けたままなのは癪に障るんだ。山本と一緒で勝てないんだから、交代するしかないだろう」
「ヒドイ……統治、ヒドイ!!」
何も隠さない物言いに絶望したユカが、政宗の方へ移動する。櫻子が入れ違いに統治の隣に立つ様子を見ていた政宗は……自分の隣で息巻く幼女を、憐れむような視線で見下ろした。
ケッカ、お前……あの2人からいいように操られてるぞ、と。
ちなみに2戦目は、統治・櫻子が順当に勝ったことだけを述べておく。
「ケッカ……お前、無駄な動きが多すぎるんだよ。はっきり言って邪魔だ」
「ぐぬぬ……!!」
政宗の指摘に何も言えなくなるユカを見つめる統治は、隣に立つ櫻子に、ため息混じりで声をかけた。
「……これでいいのか?」
その質問に、櫻子は端的な答えを返す。
「はい、とても良いと思います」
ゲーセンを出た4人は、櫻子が本屋に寄りたいということで、書店へと移動していた。
その途中にある広場で、何やらイベントが開催されている様子。年齢や性別を問わず多くの人が集まっており……何やら、四方に設置されている企業広告の前で、特定のポーズで写真撮影をしていた。
首を傾げつつ通り過ぎようとしたユカは、その概要が記載されているポスターを見つけて……立ち止まる。
「ケッカ?」
政宗もつられて立ち止まり、キャッチコピーを見た。
『同じ写真を撮って応募しよう!! 抽選でSuicaのペンギンとコラボレーションした、オリジナルグッズをプレゼント!!』
どうやらJR東日本のキャンペーンらしく、そういえば、四方にある企業広告……よく見るとあのペンギンが無数に描かれている。
まさか櫻子は、ここまで把握した上で……!?
政宗が斜め後ろにいる櫻子を見ると、彼女は穏やかに笑っているだけ。そしてそれが、確かな答えであるような気がした。
そして全て仕組まれているなどと思い当たるはずもないユカは、無言で3人の方を向くと……真顔で懇願する。
「応募したいけん……ちょーっと付き合ってくれる?」
応募方法は簡単だ。指定されたポーズを指定された場所――広場内にあるJRの広告前――で撮影し、その画像と個人情報を一緒にして特設サイトから応募すればいい。抽選で、Suicaのペンギンがデカデカと描かれたロボット型掃除機(ルンバ的なもの)やヘッドホン、ネックストラップなどが当たるとのこと。
なお、写真の相手が違えば、1人何通でも応募出来るそうだ。
そして、そのポーズが……。
「……」
ポーズ例として掲載されているパネル写真を見つめ、政宗が顔をひきつらせる。
写真の中にいる男女は、それはもう仲が良さそうに手をつなぎ、顔をそれなりに近づけて、それぞれの頬をそれぞれの指でつつき合っているという、なんかもう凄まじいポーズ。組み合わせに関しては男女でなければならないという指定があるわけではないけれど……。
「櫻子さん、行こう。統治、あたしのスマホで撮影してくれる?」
「分かった……というか山本、帽子を脱ぐのか?」
怪訝そうな表情の統治に、ユカがむくれたまま理由を説明する。
「だって、帽子など、メガネ以外のに顔を見えにくくするようなものは外して撮影しろって書いてあるけんが……い、一瞬だけ!! 自己責任でいいけんが!!」
「……俺は警告したからな」
ユカからスマートフォンを受け取った呆れ顔の統治が、早速カメラマンとして、仲睦まじい女子二人の写真を撮影した。
「これでいいのか?」
「うん、大丈夫!! じゃあ次、統治、やろ!!」
すぐさま帽子をかぶりつつ統治を促すユカを、彼はバッサリと切り捨てる。
「俺は遠慮しておく」
「えー!? 協力してよ!!」
「知っていると思うが、俺はこういうのは苦手なんだ。あと1枚欲しいなら、佐藤に頼めばいいだろう」
「政宗に……?」
これ以上統治に無理強いをしても何も変わらないことを知っているユカが、離れた場所でことの成り行きを見守っていた政宗をロックオンする。
そして、笑顔の彼女が「政宗、こっち来んねー」と笑顔で手招きしていることに気が付き……表情を凍らせた。
「ほ、本当にやるのか? ケッカ……」
「写真撮るだけやんね。これくらい付き合ってよね」
ユカと顔の高さを合わせるために、膝立ちになりつつ……迷う彼の左手を掴んだユカが、半ば強引に指を重ねて持ち上げる。
「ほら、こういうのはちゃちゃっと終わらせんとね」
そう言って脱帽すると、帽子を床の上においた。そして人差し指を立てると、政宗の頬を軽くつつく。
政宗は戸惑いつつも周囲に慌てて気を配って、『痕』や『遺痕』の気配がないことを確認した。
しかし、ここは多くの人が行き交うショッピングモール。いつ、どこに、どんな存在が紛れ込んでいるのか……予想が出来ない。
正直、今の彼女は丸腰だ。ここで自分が躊躇うと、彼女を更に危険に晒してしまう。
「……あぁもう分かったよ!!」
政宗はもうヤケクソで、ユカの頬に自分の指を添えた。
「……っ!!」
一瞬、ユカが何か反応したような気がしたけれど……そんなこと構っていられない。
統治が取り終えたという合図を出したところで、政宗は繋いでいない手で彼女の帽子を拾い上げると、少し強引に頭にのせた。
さすがにコレは、釘を差しておかなければならないと思ったから。
「休日だし、楽しいのは分かるけど……ちょっと迂闊すぎるぞ、ケッカ」
「……ゴメン」
改めて突きつけられた自分の軽率さ。さすがに反省する彼女に、政宗もまた、もう少し言葉を選ぶべきだったかと内省しつつ……繋いでいた手を、そっと離した。
その後、櫻子の希望通り書店に立ち寄った4人は、自然と男女に別れて店内を見回っていた。
ユカと櫻子は2人で旅行誌のコーナーの前に立ち、櫻子が手に取った宮城県のガイドブックを並んで見つめている。
「ユカちゃん、どこか行きたいところはありませんか?」
彼女の問いかけに、ユカは少し考えて……。
「んー……そうやねぇ、秋保温泉? 確か、美味しいおはぎがあるって……」
「あ、さいちのおはぎですね。あそこは有名ですから」
櫻子はそう言いながらガイドブックをパラパラとめくり、秋保温泉のページを開いた。
秋保温泉にある『主婦の店 さいち』は、こじんまりとしたスーパーマーケットながら、お惣菜の美味しさで高い人気を誇る人気店である。とくにおはぎが絶品で、このおはぎを食べるためだけに秋保温泉へ行く人も多い。なお、曜日と時間が決まっているものの、仙台駅構内などで限定販売されていることもあるので、食べたい人は一度調べてみることをオススメします。
……それはさておき。
櫻子は紙面のおはぎに釘付けのユカを見やりつつ……その横顔に声をかける。
「先ほどは……佐藤さんと何かありましたか?」
「え……」
その声に顔を上げたユカが、苦笑いで自分を見下ろす彼女を見つめた。
櫻子はガイドブックを棚に戻しながら、「ごめんなさい」と言葉をかける。
「実は今日、ここでSuicaのイベントがあるって知っていたんです。ユカちゃん、喜ぶかなって思って……」
「そうなん!? じゃあ、そのためにわざわざ映画を?」
「あ、いえ、映画はチケットが本当にあったんですけど、このイベントを知ったので……名杙さんにお話して佐藤さんの都合も合わせてもらって、今日にしてもらったんです」
「そうやったとね……でも、今回は完全に、あたしが浮かれとったけんが……」
ユカはそう言って彼女から視線をそらし、自分の帽子のつばを握る。
「この帽子が、あたしの生命線だって……自分が一番分かっとるとに」
ユカ自身が誰よりも自覚して、誰よりも気をつけなければならないのに。
仙台での、この時間が本当に楽しくて。
つい……つい、普通の自分に戻りたくなってしまった。
帽子で何も隠す必要がない、大切な人との大切な時間を、何の制約もなく思いっきり楽しめる自分に。
……戻れるわけが、ないのに。
「……心配、かけたくないんですね」
櫻子の言葉に、ユカは少し躊躇いつつも……首を縦に動かす。
そんな彼女の肩に、櫻子がそっと手を添えた。温かい手の感覚に驚いたユカが再び櫻子を見上げると、櫻子がとても優しい表情で、ユカの背中を押してくれる。
「佐藤さんがユカちゃんのことを大切に思っていることは、私から見てもよく分かります。それはきっと、ユカちゃんも同じなんだろうなって」
「あ、あたしは……えぇっと……」
彼女のストレートな物言いにたじろぐユカに、櫻子は苦笑いで言葉を続けた。
「私は……お2人が羨ましいです。名杙さんを含めて、本当に素敵な関係だなって思いますから、私なんかが割り込んでいいのかなって……」
「そ、それは大丈夫!! 本当に大丈夫!!」
刹那、ユカは自分でも驚くほどはっきりと櫻子に念を押していた。
そして、目を軽く見開いている彼女へ、焦りながら必死で説明をする。
「さ、櫻子さんと一緒におると、統治が本当に自然っていうか……あぁ、この人なら統治を任せられるなっていうか……あぁ、あたし何言ってるんだろう……と、とにかく大丈夫!! 少なくともあたしは、櫻子さんと一緒がいいけんね!!」
こう言ったユカは、反射的に顔を赤くした。
ユカは同年代の友人が極端に少ない。福岡ではセレナくらいで他は全員年上だし、仙台にきてからは年下の女の子――心愛や里穂など――とは知り合いになったが、それもまだ、仕事上の付き合いという側面が強いことは否定出来ない。
ユカの境遇を全て把握、理解した上で付き合ってくれる『縁故』ではない『普通の友達』は……それこそ、目の前の櫻子くらいものだ。
だから、彼女を繋ぎ止める術が分からない。どんな言葉が正しいのか分からないけど……でも、心から正直に飛び出した言葉は、目の前の櫻子に無事、届いたようで。
櫻子はユカの肩からそっと手を下ろすと、改めて軽くお辞儀をしてから、心から嬉しそうにこう言った。
「ありがとう、ユカちゃん。私も……ユカちゃんや皆さんと、もっと一緒にいたいです」
一方――
「なぁ統治、俺、コレが食べたい」
『きょうの料理』(最新号)をパラパラとめくる統治の横に立った政宗が、横からふろふき大根の写真を指差して図々しくこう言った。
統治は顔をしかめ、彼を横目で見やる。
「……俺じゃなくて山本に頼め」
半ば嫌味のような言い草に、政宗は真顔で首を横に振った。
「いや、ケッカが俺のために作ってくれるわけがない。そもそも、自分のための料理だってしないんだぞ? そんな人間が他人のために料理なんかするわけがない」
断言する政宗に閉口した統治は、その本を棚に戻して、棚差しになっている料理関係のムック本を手に取った。それをパラパラとめくりつつ……。
「……俺もさっきの山本は軽率だと思う」
「統治……」
「だから、佐藤が言ったことは間違いじゃない。それは山本も分かっているはずだ」
統治なりのフォローに政宗は肩をすくめると、視線をあわせない親友の顔を覗き込んだ。
「……ああ、ありがとな」
その後、再び合流した4人は、洋服コーナーで「ユカちゃんにはどれが似合うと思いますか?」と櫻子が政宗に無茶振りをしたりしながら……時間はあっという間に過ぎていく。
そして、折角なので夕食まで食べてから帰るという櫻子の願いを叶えるべく、4人は再び作戦会議をしていた。
「政宗、どこか落ち着いて食べれる店とか……知っとる?」
施設内のベンチに座っているユカが、目の前に立っている政宗を見上げて問いかける。
その質問に、政宗はしばし思案した後……スマートフォンを操作して、いくつか候補を絞り出した。
「今から予約が取れそうで、個室と駐車場があるのは……この中のどれか、かな」
「をを、さすが食べログ宗。ホットペッパー宗?」
「何だその呼び名は。雑過ぎるだろうが」
政宗がジト目を向けた次の瞬間、ユカの隣に座ってその様子を見ていた櫻子が、フフッと吹き出した。
2人のやり取りが面白かったから、というよりも……何かを思い出して笑ったような、そんな雰囲気。
「櫻子さん、どげんしたと?」
ユカの問いかけに、櫻子は笑顔でその理由を説明する。
「あ、ごめんなさい……前にユカちゃんと2人で、アウトレットへお買い物に行ったことがあるでしょう? その時のことを思い出してしまって」
櫻子がそう言って、斜め前に立っている政宗を見上げた。
政宗の――というか、男性陣の知らない話に、政宗は統治と共に首を傾げるしかない。
「その時、一緒にスイーツを食べたんですけど、ユカちゃんが『ここは佐藤さんがオススメしてたから間違いない』って言っていたんです。今もユカちゃんが真っ先に頼ったのが佐藤さんだったので、ユカちゃんは本当に佐藤さんを信頼しているんだなって……」
「さ、櫻子さん!! そげなこと言わんでもよかやんね!!」
気恥ずかしくなったユカが櫻子を止めるが、既に内容の殆どを喋ってしまっているので後の祭りだ。
政宗は口をへの字に曲げているユカを見下ろしつつ、とても有益な情報を提供してくれた櫻子に向けて、満面の笑みで提案するのだ。
「夕食、何が食べたいですか? 俺が全力で店を探しますので、何でも言って下さい」
その後、無事に希望の店の予約も取れたところで……時刻は夕方17時30分。予約を18時30分にしたが、道が混んでいる可能性を考慮して、早めに移動することにした。
「スイマセン、お手洗いを済ませてきます。車で待っていてもらえますか?」
そう言って政宗に鍵を手渡した櫻子は、トイレの方へ目指して歩いて行く。
「家に電話をしておきたい。あと、ここで彼女を待っているから、2人は車に行っててくれないか」
そんな統治の提案(?)もあり……一足先に櫻子の軽自動車へ戻った2人は、最初と同じように後部座席に並んで座り、2人が来るのを待つことになった。
「なんか……楽しい時間はあっという間だね」
しみじみ呟くユカに、政宗が笑みを向ける。
「まだ終わってないだろうが。ケッカ、帰りたいのか?」
「そげなこと言っとらんやんね」
ユカがジト目を向けて……二人して、いつものように笑い合う。
「あたしね……実を言うと、あたし達3人の中に櫻子さんが入ってくると、どげんなるのか……全然予想出来んかったっちゃんね。でも、今日1日一緒にいて、びっくりするくらい違和感がなくて……それはきっと、櫻子さんが気を遣ってくれたからだよね」
書店で垣間見えた、彼女の本音を思い出す。
自分がココにいていいのかと悩んでいた櫻子は、今日、本当に気を遣って動いてくれていたと、改めて思うから。
ユカの言葉に政宗は同意すると、スマートフォンで時間を確認しながら言葉を返す。
「そうだな。彼女が率先して提案してくれたから、俺たちも動きやすかったな」
「あーもー本当に凄いなぁあの人……なしてメールだけはあのザマなんやろうか……」
「人には得手不得手があることを実感するよな……だから、最後の食事は、透名さんが気を遣わないで楽しんでもらえるようにしないとな」
政宗はそう言って右手を握ると、ユカに向けてそっと突き出す。
握った左手を押し当てて返事としたユカは……表情を引き締めて政宗を見上げ、ボソリと呟いた。
「さっきは……帽子、脱いじゃってゴメン。あたしが一番気をつけんといかんとに……」
そう言ってうつむくユカの頭に、政宗はそっと手を添えると……これみよがしなため息を一つ。
「ケッカも分かってるんだから、俺はもうコレ以上何も言わない。ただ……ケッカに何かあると心配する人間が多いことは、忘れないでくれよ」
「うん……分かっとる」
「よし、じゃあもうこの話は終わりだ。そういえば応募したのか? 確か締切は今日中だったんじゃ……」
「ハッ!?」
我に返ったユカがカバンからスマートフォンを取り出し、画面に向けて操作を始める。
「……あ、あれ? ファイル名が同じ? いや、違うやん、写真違うやん!!」
作業を開始して数分後、どうやらエラーが出て先に進めないらしく、ユカが目に見えてイライラし始めた。
「どうしたんだーケッカー。うるさいぞー」
「だって!! なんかエラーが出て先に進めんと!!」
「一体どこでエラーが出てるんだよ……」
ヤレヤレと言わんばかりの表情で、本日何度目か分からないため息をついた政宗が、ユカのスマートフォンを覗き込もうと顔を近づけた。
「ちょっと見てよ政宗、ここなんやけど――」
怒りで行動が雑になっているユカもまた、政宗にスマートフォンの画面を見せようと、彼の方を向いて――
「お2人とも、お待たせしまし……た……?」
数分後、運転席に乗り込んだ櫻子が後部座席を見やり、視線すら合わせられない2人の何とも言えない空気にあてられ、言葉を濁す。
「山本、佐藤……何かあったのか?」
助手席に乗り込んだ統治もまた、そんな2人に目線を移して……ま、喧嘩してるわけじゃなさそうだと状況を判断し、放心状態の政宗に話しかけた。
「佐藤、ナビの設定をするから、店の名前や電話番号を教えてくれないか?」
「へっ!? あ、ああ分かった、ちょっと待ってくれ」
政宗は慌てて自身のスマートフォンを操作すると、これからいく店の情報を呼び出してから、機械ごと統治に手渡した。
統治はその情報を入力しながら、「そういえば」と振り向かずにユカへ話しかける。
「山本、先ほどのキャンペーンの応募は済ませたのか? 確か締切は今日までだったはずだが」
「へぁっ!? あ、あぁうん勿論!! このケッカちゃんが忘れるわけないやんね!!」
「そうか、ならばいいんだが……」
動揺しかない返事の理由を、今は特に追求する気にはならず。
ナビに目的地を設定した後、車はゆっくりと、次の目的地へ向けて動き出すのだった。
さいちのおはぎが食べたいんです。(https://tabelog.com/miyagi/A0401/A040105/4002202/)
そして、本当は本編でやりたかったダブルデートですが、本編の4人が一切進展しないので、外伝でやらせてみました。書いていて超楽しかったです!!
統治と櫻子は、他人のアシストが上手なんですよね……自分のことはてんでダメなんですけど。(ひっでぇ)
いつか、恋人同士になった二組で、改めてダブルデートさせたいなーとは思うんですけど、何年かかるか分からないので(笑)、こうしてたまに外伝で書いていきたいと思います。
ユカ、誕生日おめでとう!! これからも食べ物大好きで鈍感な幼女でいてね!!
……これでいいのかな。ま、いっか。




