【いろんな時間の短編集】限定トリック、他5本
やっぱり過去にSNS等で発表した短編を、加筆修正しました。
『縁故』としての仕事をちっともしていないので、もっと本業を頑張れと思いました。(書けよ。)
カップリング要素が強めのお話が多いので、ご了承ください。
本文イラストは、狛原ひのさん、水成豊さん、おが茶さんに描いていただいたものを使用しています。絵があったから生まれた話もあります!! 本当にありがとうございます!!
EP01:限定トリック
※ハロウィンの話なんですって!!
10月末日、ハロウィン当日。
名波蓮――もとい片倉華蓮は、『仙台支局』で1人、電話番をしていた。
時刻は間もなく17時になろうかというところ。今日の華蓮は長い髪の毛をハーフアップにしており、マスタードカラーのカーディガンとオフホワイトのワンピース。足元は黒いレギンスにジーンズ素材のハイカットスニーカーを合わせている。
世間は完全にハロウィンで浮かれきっていた。以前はここまで規模の大きな祭典ではなかったと思うけれど……いつの間にか、日本のいたるところで、コスプレをして浮かれた人々が闊歩するようになっていた。
前はもっと、内輪だけでゆっくり楽しむような……そんなお祭りだった気がしているのに。
――れーん、お菓子頂戴って言わないと……いたずらしちゃうわよ。
まだ、華と一緒にいられた頃、学校から帰ると……華が頭にかぼちゃのかぶりものを被って、いつもどおりの笑顔で、出迎えてくれたことがあった。
「えっ……あ、そのっ……!!」
とっさのことで驚いてしまい、蓮は華を見つめたまま……その笑顔に応えたくて、何とか、何とか言葉を絞り出したことを覚えている。
「おっ……お菓子、ちょうだ……くだ、さい……」
途中で気付いて律儀に言い直した彼に、華は「真面目なんだから……」と苦笑いを浮かべた後、頭をなでてくれた。
「はい、よく出来ました」
そして、小さな袋に入った手作りクッキーをくれたこと……そのクッキーは甘くなかったけど、そんなことが気にならないほど嬉しかったことを、今でもよく覚えている。
それに比べて、今は……ハロウィンを楽しめるような心境でも状況でもない。
常に仮初めの装飾を身にまとっている自分が……楽しめるわけがないじゃないか。
パソコンに手元の書類の数値入力を終えたところで、タンブラーの中に入れた暖かいお茶を一口すする。今回は珍しく全員分の書類が揃っているなぁ、と、原本を重ねながら息をついていると……支局の入り口が開き、一人分の足音が近づいてきた。
「お疲れ様で――」
衝立の向こうから顔を出したのは、制服姿の名杙心愛だった。いつものツインテールを揺らして、制服の上からダッフルコートを着用している。今日は特に風が冷たかったこともあり、いつもはハイソックスだが、足元は黒いタイツに覆われていた。
その手に紙バックを持っている心愛は、その場で立ち止まり、周囲をキョロキョロと見回して……華蓮を見つめ、首をかしげる。
「お疲れ様です、片倉さん1人なんですか? お兄様達は?」
コートを脱ぎ、そのまま統治の席に腰を下ろした心愛に、華蓮はノートパソコンを閉じてから軽く会釈を返した。
「お疲れ様です。今、ちょっと皆さん外に出ていまして……」
支局長である佐藤政宗は、山本結果と共に外仕事に出ているため不在。先程までは名杙統治と支倉瑞希がいたのだが、郵便局へ多くの封書を持ち込むため、先程出ていってしまったのだ。
……という事情を説明したところで、今度は華蓮が首をかしげる番である。
「心愛さんこそ、今日はどうしたんですか? 名杙さんとの『遺痕』対策は明日だったはずですが……」
「櫻子さんから頼まれていたものがあって……」
心愛はそう言って、手に持っていた紙バックを、自分の顔の横に掲げた。
「これ、仙台支局の皆さんにって預かってて。中身はおまんじゅうなんですけど賞味期限を見たら今日までだったから……」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます。何か飲みますか?」
「あ、じゃあ……」
立ち上がった華蓮の提案に、心愛は通学カバンの中からスティックタイプのココアオレを取り出すと、肩をすくめて軽く舌を出した。
「心愛、苦いコーヒーは苦手なので……よければこれ、一緒に飲みませんか?」
とりあえず心愛には、統治が予備で置いていたマグカップを使ってもらうことにして。
立ち上がって近づいてきた心愛からココアオレのスティックを受け取った華蓮は、自分の後ろにあるポットへ移動した。
二人分のカップを置いて中身を注いでいると……隣に立つ心愛が、華蓮をじぃっと覗き込んだ。
そして。
「近くで見ると、名波君ですね」
「……当たり前じゃないですか」
至近距離で見つめられるのが気恥ずかしくて視線をそらすと、心愛はどこか腑に落ちない表情で華蓮を見つめた後……制服のポケットから髪ゴムを取り出すと、華蓮の後ろに回り込んだ。
「心愛さん? 何を……」
「……よしっ!!」
何やら背後で試行錯誤していた心愛が、満足そうな表情で再び華蓮の隣に並ぶ。そして、何事かと髪の毛に手を伸ばす華蓮の反応を伺った。
「あの……心愛さん、これは一体……」
心愛は華蓮の髪の毛をうなじの後ろで1つにまとめ、更にお団子にしていた。唐突な行動に華蓮が戸惑っていると、心愛は人差し指を立てて、その理由を告げる。
「こうして、髪をキッチリまとめてみると……やっぱり名波君だなぁと思って。夏は短いウィッグだったけど、最近はまた長いのに戻っちゃったじゃないですか」
「いやあの、だからって意味が分からないんですが……」
「心愛がこうしたいって思ったんです!! ハロウィンのいたずらってことで、今日は大目に見てくださいっ!!」
「は、はぁ……」
すっかり気圧された華蓮は、釈然としない表情のまま、とりあえず二人分のカップに規定量のお湯を注いだ。
スプーンで中を軽く混ぜた後、心愛に渡そうとして……ふと、とあることに思い至り、カップを持ったまま、彼女に向き直る。
「名波君?」
受け取る用意をしていた心愛がキョトンとした表情を向けると、華蓮は周囲の気配を確認した後、声色を蓮に戻して……一度呼吸を整えた後、慣れない言葉を絞り出す。
「と……」
「と?」
「……トリック・オア・トリート……」
自分でも、慣れないことをしている自覚はあった。
ただ、今、目の前にいる心愛の前では……華蓮として創り上げた度胸の効果に少しだけあやかって、蓮に戻ってもいいと思ったから。
仮初めの装飾――仮装をしている『華蓮』ではなく、その奥にいる『蓮』を見てくれている、そんな気がしたから。
蓮の言葉に、心愛は一瞬顔をしかめる。
「……名波君、ハロウィンって物々交換じゃないですよ?」
「え? あ、いや……」
心愛の指摘に蓮は一瞬狼狽したが、負けじと足を踏ん張って言い返した。
「心愛さんから先にいたずらをされたので、飲み物と引き換えに食べ物を要求しようと思いました」
「えぇー……仕方ないなぁ」
蓮の若干無理くりな理屈に、心愛はため息をついてポケットをまさぐったが……特に何も入っていない。お菓子は全て、統治の机においたカバンに入っているからだ。
両手をポケットから出した心愛は、自分を見下ろしている蓮に両手を上げて……上目遣いで問いかける。
「お菓子ないけど……イタズラ、しますか?」
「へっ!?」
蓮が手に持ったココアオレをこぼしそうなほど動揺した次の瞬間――扉が開く音が聞こえた。
「――片倉さん、何か変わったことは……」
衝立を越えて顔を出した統治は、両手を上げて蓮を見上げている心愛と、直立不動で彼女を見下ろしている蓮――もとい、華蓮に気が付き、その場で思わず動きを止める。
後ろから続いた瑞希は突然立ち止まった統治に狼狽えつつも、何とか正面衝突を回避。壁になってしまった彼を恐る恐る見上げる。
「ふ、副支局長……?」
瑞希のか細い声は、今の統治にどこまで届いているのやら。
「……心愛、何をしているんだ?」
「お兄様!!」
ここでようやく統治に気付いた心愛は、自分を懐疑的な目で見つめる統治を睨み、自分がここにいる理由を告げた。
「櫻子さんからのお菓子、賞味期限が今日だから絶対に持っていってってお願いしてたのに結局忘れていったでしょう!? 心愛がわざわざ持ってきてあげたんだから!!」
「え? あ……」
心愛の剣幕に押された統治は、妹が指差す先――自分の机の上を見つめ、己の失態に思い至った。
そして、腕を組んで憤慨している心愛から微妙に目線をそらし……詫びの一言を呟く。
「わざわざすまなかった。ありがとう」
「ったく……お兄様はたまに肝心なところで抜けてるんだから。ね、『片倉さん』もそう思うでしょ?」
急に同意を求められた華蓮だが、まさかここで「そうですね」なんて言えるわけもなく……。
「……そ、そうなんですね……」
結果、とても曖昧に言葉を濁した。心愛はその返答に若干不服そうな表情を見せたものの……ため息をつき、改めて華蓮に向き直る。
「そのココアオレ、そろそろもらってもいいですか? それとも……『名波君』は心愛にいたずらしないと、気が済まないですか?」
「ひっ!?」
次の瞬間、華蓮――蓮の喉からそれはもう変な音が出た。声ではなく、音と呼ぶのが適切だと思える異音に、蓮は再び目を見開いた。
「いや、あの……そんなことは……」
「えぇー? そんなことないんですか?」
自分を見る瑞希の視線が超絶にオロオロする一方、統治からの視線が冷却スプレーのように冷たくなっていくことを感じながら立ち尽くしていると……心愛はとても楽しそうな表情で、特に悪意もなく言葉をつづける。
「心愛はいつでも受けて立ちますよ。名波君には負ける気がしませんから」
「……」
何だるう、このどうしようもなくやるせない気持ちは。
今、とてつもなく、どうしようもなく下に見られた気がする。
蓮は無言で心愛にカップを手渡すと、彼女に結ばれたお団子を解いた。
そして、そのヘアゴムを指でつまみ、彼女の眼前にかざして……宣戦布告をしておくことにしよう。
君が今の自分をそう呼ぶのならば、望み通りに。
仮装した片倉華蓮ではなく、名波蓮として。
「分かりました。僕も……心愛さんには負けません」
正直……今はまだ、勝てる気がしないけれど。
この虚勢を真実にすることが出来れば、きっと、見える景色が変わると思うから。
心愛はカップを持っていない左手でヘアゴムを受け取ると、大きな瞳を魅力的に輝かせて……その中身を一口すするのだった。
その後しばらく、華蓮を見る統治からの視線が冷たかったことは……また別の話である。
-----------------------------------------------------------------------
EP02:笑顔の行く末
※時間軸どこっすかね……6幕以降だとは思うっす。
笑うことは、苦手だ。
苦手よりも嫌いだと言ったほうがいいのかもしれない。自分よりも上手く、綺麗に笑う人を何人も知っているから。
そんな人達と比べると、自分はなんて……なんて、心が伴わない表情をしているのだろう。
写真を、鏡を――客観的に自分の顔を見る度に、蓮の中にはそんな感想が湧き上がってきて、ため息をつくしかなかった。
だから――
「最近の名波君、前より顔が面白くなったっすね」
「は?」
とある平日の午後、蓮が『片倉華蓮』に変装をしているマンションの一室で。
荷物の入れ替えにやってきた蓮と、この部屋で暮らしている仁義のところへ勝手に遊びにやってきた里穂が、リビングで鉢合わせになった。
そして、「どうも」と会釈した蓮を見つめた里穂が、先ほどの言葉を発したのである。
里穂の言葉の意味が分からず、蓮が眉をひそめる。そんな彼女の言葉を、3人分のお茶を持ってきた仁義が補足した。
「里穂、その言い方は失礼だよ。名波君が前よりも表情が柔らかくなったってことを言いたいの?」
「そうっす!! 要するにそういうことっす!!」
仁義の言葉に何度も頷いた里穂が蓮に笑顔を向けて、お茶の入ったコップを突き出した。そして、「よいしょ」と腰を下ろし、テーブルの上にあるおせんべいをピックアップする。
条件反射でそれを受け取りつつ、蓮が所在なさげに立っていると……向かい側にいる仁義が、持っていたコップを掲げた。
「名波君も時間が大丈夫なら、お茶くらい飲んでいかない?」
「はぁ……じゃ、じゃあ……」
この後は特に急ぐ用事もなかったので、蓮もオズオズとその場に腰を下ろし、コップのお茶を一口すする。
そして、チラリと里穂……の隣にいる仁義を見やり、先程の言葉の真意を問いかける。
「それで、その……僕の表情が、えぇっと……」
表情が柔らかくなった、なんて、初めて言われた。
自分のことをそんなに見てくれている人がいるなんて、思わなかったから。
語尾を濁す蓮に、仁義は里穂と目配せをして……口元に同じ笑みを浮かべた。当然ながら何も分からない蓮の顔がしかめっ面になる。
そんな彼に、仁義は「そうだね」と言葉を探しつつ、蓮に向けてお煎餅を差し出す。やはり条件反射で受け取ってしまった彼を見て、2人が楽しそうに笑った。
「名波君、前だったら用事を済ませてすぐに帰っていたと思うけど、今はこうしてお茶を飲んだり、お菓子を受け取ってくれるようになったから……僕も里穂も嬉しいんだよ」
「……そう、ですか」
そう言われると首肯するしかない。確かに……以前の蓮であれば、この場所にとどまるという選択肢すらなかっただろう。
変わったとすれば、それは全て、自分が置かれた今の環境のせいだ。決して、自分から望んだわけではない。
そのはずなのに、ただ自分は流されただけなのに、嫌悪感がない理由、それは――
次の瞬間、蓮の斜め前から、シャッター音が聞こえた。
蓮と仁義がその音のする方を見てみると、里穂が蓮に向けてスマートフォンを構え、満足そうに頷いている。
「里穂、名波君の許可なく撮影しちゃダメでしょ……」
蓮が苦言を呈する前に、仁義がジト目で釘を刺す。
里穂はスマートフォンをおろすと、蓮に向けてペコリと頭を下げた。そして。
「それに関しては申し訳ないっす。でも……名波君のこの顔、見せたい人がいるっすよ。ハッシュタグつけて共有したくなったっす!!」
そういってほくそ笑む里穂に、蓮はジト目で言葉を続けた。
「どうせ伊達先生でしょう?」
「え? 伊達先生にも送っていいっすか?」
「やめてください、って……違うんですか?」
里穂の言葉に、蓮は無意識のうちに目を丸くした。彼女が「伊達先生『にも』」と言ったということは、里穂はもともと、聖人に送ることを想定していなかったことになる。
じゃあ、一体――答えを求める彼に、里穂はウィンクをして答えを告げた。
「名波君の変化を、私達に教えてくれた人っすよ」
-----------------------------------------------------------------------
EP03:視界良好
※時間軸は1幕以前です。
政宗の視力は、裸眼でも問題なく生きている数値を保っている。
しかし……昨今のパソコン・スマートフォン社会の流れにのっとり、仕事中などに限定して、ブルーライトをカットする眼鏡をかけることになった。
これは――ユカが仙台にくる前のこと。
まだ、仙台支局が2人だけだった頃の幕間。
「なぁなぁ統治統治、俺……どうよ?」
営業の帰りにメガネを買ってきtた政宗は、完全に浮かれきっていた。真新しい眼鏡に指なんかつけてポーズを取っちゃったりして、パソコン仕事をしていた統治にコメントを求める。
その反応がとてもとてもウザいので、内心ではスルーしたかったのだけど……ここで何か一言言わないと、彼は延々と自分に絡み続けるだろう。たたでさえ仙台支局はメインスタッフが2人しかいなくてやることが山積なのだ。眼鏡にうつつを抜かしている支局長をおだてて、彼のやる気をアップさせて仕事を進めることも……立派な部下の務めである。多分きっと。
統治はしぶしぶ画面から目線をそらし、隣に立っている彼を見上げた。
そして……真っ先に浮かんだ感想を口に出す。
「……随分と普通のデザインの眼鏡にしたんだな」
「そこかよ!? っていうか……眼鏡デビューしたばかりの俺にはこれが精一杯だ。斬新なフレームなんか怖くて手が出せねぇよ」
「はぁ……」
首を振る政宗に、統治は「いいからさっさと解放してくれないだろうか」と言わんばかりの真顔で相槌をうつ。
そんな彼の心境を特に察するわけでもない政宗は、今度は鼻あてのところに指を添えて、再び謎のポーズをとってみせた。
「で、統治、どうよ。俺、知的に見える?」
「自分の口でそう言っている時点で知的ではないな」
「厳しいこと言うなって……概ね同意するけどさ」
ここでようやく、彼の目が特に笑っていないことに気付いた政宗が……ふと、統治の両目を見つめ、首をかしげる。
「統治こそ、ブルーライトをカットする眼鏡はかけないのか?」
「そうだな……そのうち買いに行くつもりだ」
「おぉそっか。なんだったら仕事中に買ってきてもいいぞ。必要なものだからな」
そう言った政宗は、不意に自分がかけていた眼鏡を外すと……それを統治の顔にかけた。そして、彼の意味不明な行動に憮然とした表情の彼を見下ろし、満足そうに腕組みをする。
「よし統治、今日は俺のおニューを貸してやるよ」
「……どういうことだ?」
「いやだって、統治はこれからもずっとパソコン仕事だろ? 俺はあと1件外回りがあるから、1時間後には出なきゃいけないし」
「だったら1時間後に貸してくれ。これは佐藤が買ってきたものだろう?」
「いいんだよ。どうせ俺、これから書類の整理だし。それに……今の統治は新鮮だから、俺も新鮮な気持ちで仕事に打ち込めそうだ」
「何だその理由は……」
彼らしい善意のゴリ押しに、統治はズレた眼鏡を右手でなおす。
相変わらず謎のドヤ顔で彼を見下ろす政宗は、不意に肩の力を抜くと……屈託のない笑顔と共に、こんなことを呟いた。
「……ケッカが見たら、なんて言うんだろうな」
そう言って目を細める政宗に、統治は一瞬考えた後――
「……仕事しろ、と、言われるのが関の山だろうな」
そう言って、肩をすくめる。
今は福岡にいる彼女もきっと、こんなやり取りを目の当たりにすると……2人と同じ顔になって、最も厳しい一言を言い放つだろう。
その彼女は今、この場にはいないけれど。
でもいつか、あの日の約束を叶えるために――この場所を守り続け、もっと大きくしてみせる。
無意識の内に握っていた右手同士を、無言で軽くぶつけ合って。
2人はそれぞれの持場に戻り、自分の仕事を再開するのだった。
-----------------------------------------------------------------------
EP04:結果は全て自己責任
※時間軸マジでどこっすかね……同棲未満なので6幕以降7幕前だとは思うっす。
低気圧の影響で天気が不安定になった仙台市内は、曇天の下、強風が吹き荒れている。
そんな日の午後、支局内にて。
お得意様への営業を終えた政宗から「客先にロールケーキを渡すつもりで買ってたけど、結局自宅に忘れてきたんだ。一人で食べきれないから、後で届けていいか?」と言われたユカは……我慢出来ず、仕事終わりに取りに行くことにした。
「わざわざ来なくても……俺がケッカの部屋まで持って行くつもりだったんだぞ」
スーツから私服に着替えた政宗が、フローリングに座ってテレビを見ているユカに苦笑いを向けつつ、冷蔵庫の方へ移動する。彼女が押しかけてくることは想定していなかったのだが、食べ物に関することとなると行動が読めないので、今回ばかりはしょうがないと思うしかない。
政宗は箱ごと冷やしておいたそれを取り出すと、座っているユカの方へ近づき、腰を下ろした。
最近は疲れが抜けきれないとはいえ、まるっと忘れてしまうとは思っていなかった。慌てて道すがらで違う手土産を調達出来たから良かったけれど、気が緩んだ自分に呆れてしまう。
けれど、その一方で。
「気になったけん勝手に来たと。うわー、高そう……」
そう言って彼の手元にある箱をガン見するユカに、目を細めて苦笑いを浮かべる。
経緯は何であれ、2人きりになれる口実になったのだから。
「1人で食べるには、多すぎるかもしれないな」
「え? そげなことなかよ」
「……あ、そう」
ここで「そうやね、一緒に食べようか」という展開にワンチャンあると思っていた政宗は、彼女がその願望を粉砕したことにため息をつきながら……自分を見つめているユカに気付き、首を傾げた。
「ケッカ、どうかしたのか?」
「あ、いや……政宗、眠いんかなって。今日も午後から、割とぼんやりしとったし」
「あー……まぁ、風邪薬のんだからなぁ……」
彼はそう言いながら、彼女の観察眼に内心で舌を巻いていた。
飛び散る花粉と変わる天気、大きな気温差、これらの要因で若干風邪気味だった政宗は、人前でそれを悟られないように風邪薬を服用していた。
体質に合うものを選んでいるつもりだし、仕事中はアドレナリンも出ているからまだマシなのだが、応対が終わった後はどうしても気が抜ける。
ましてや帰宅後ともなると、1日の疲れがドッと両肩に押し寄せてくるのだ。現に今も、意識が若干フワフワしていることは否定出来ない。
ユカはそんな彼を見上げ、何でもお見通しと言わんばかりに右手の人差し指を立てる。
「政宗が誰かへの贈り物を忘れたこと、今までなかったけんね。あたしが取りに行かんと、這ってでも持ってきそうやったし」
「お前は俺をどういう目で見てるんだ……?」
「え? こういう目やけど?」
そう言いながらどこかふざけた表情で自分を見上げる彼女に、少しだけ――少しだけ、意地悪な気持ちが芽生えてしまう。
普段であればその後の行動を、理性でシャットダウンしていたかもしれない。
けれど、今は――
政宗は左手をユカの頬に予告なく添えると、少しだけ体を前のめりにした。
ふらついた彼の口元が頬の近くで迷子になって、息がかかる。その熱さに驚いてビクッと身をすくめると、流石に彼もマズイと思ったのか、意識して顔を遠ざける。
目が、あった。
至近距離。
それこそ――自分の姿を、彼の目の中にぼんやり確認出来るくらいに。
「ま、政宗……大丈夫? 熱でもあると?」
唐突に見据えられて動揺したユカは、左手を後ろについてふらつく体を支えた。
そして……もしかしたら政宗の『縁』に異常が発生しているのかと思い、瞬きで視界を切り替えようとした、次の瞬間。
「――ダメだ」
彼女の次の行動を察して口を開いた政宗が、少し低い声でそれを制しながら、右手で彼女の目元を覆った。
「……勝手に見るのは、ルール違反だからな」
彼女の行動を咎めるような言葉に、ユカは我に返って反論する。
「い、いやまぁそうなんやけど、でも、政宗の具合が悪そうやけんが……」
ユカや政宗のように中途覚醒の『縁故』は、ストレス等から『混濁』と呼ばれる状態になることがある。
体調を崩してしまったり、メンタルが不安定になったり、と、放置しておくと心身に全く良いことがない。
もしも『混濁』状態の場合は、『関係縁』のどこかに異常が生じていることが多いため、原因が分かれば対処をしたいところなのだ。
「ほら、『混濁』しとるかもしれんやろ? やけん、あたしが――」
「――いいから」
ユカの言葉を遮り、政宗はかぶりを振る。
喉の奥が、指先が、いつも以上に熱を帯びていて。
心臓が、いつも以上に速く動いている。
今はまだ、知られたくない。
精査した心の中で残ったのは、少し情けない結論
「確かに、少し疲れてるけど……少し休めば治るから」
「そうかもしれんけど、でも……」
「頼む。今は……あと少しだけ、待ってくれ」
「……」
具合の悪い彼にこれ以上強く出ることも出来ないまま、ユカはため息をとともに目を閉じると……諦めて、彼の次の言葉を待つしかなかった。
今のユカには、見られたくなかった。
『縁故』が目視出来る『関係縁』は、相手への好意でわかりやすく色を変える。
親友ならば濃い赤、疎遠ならば薄い赤、恋人ならば紫色。
片思いならば……自分の方だけ紫色。
『縁故』能力者は個人を守るために、自分の縁の色を誤魔化して見せることが出来るよう、研修を受けている。
だから、普段のユカが政宗と彼女の『関係縁』を見ても、他の人と同じ赤い色に見えるけれど。
でも。
具合が悪い時は集中力が途切れてしまい、自分の『縁』にかけている誤魔化しがきかないことがある。
ユカほどの実力者であれば、彼の正確な『関係縁』を目視してしまうかもしれない。
今はまだ、風邪薬の副作用で、少しだけイタズラをしたくなったと言えるけれど。
君にここで『本当の色』を知られたら、風邪薬の副作用のせいにして……誤魔化すことなんて、出来ないのだから。
-----------------------------------------------------------------------
EP05:それが習慣になるまで
※時間軸は8幕以降です。もげろ!!
2人で出かけた後、別れ際に、車の中でキスをすることが、いつの間にか当たり前になっていた。
……と、名杙統治は思っていたのだが。
「と、統治さん、ちょっ、と……」
櫻子との別れ際、いつも通り助手席の彼女へ顔を近づけた統治を、彼女が両手で制した。
こうされてしまうと、これ以上踏み込むのも気が引ける。統治は素直に運転席へ戻ると、きまりが悪そうに視線をそらした。
「……すまない」
フロントガラスに映る彼の表情が、あからさまに落ち込んで見えて。
櫻子は慌てて彼の方を向き、焦りながら訴える。
「あ、の、えぇっと……い、嫌なわけではないんです!! 本当です!!」
刹那、統治がそんな彼女へ……珍しく、ジト目を向けて反論する。
「ついさっき、両手で止めたじゃないか」
「それは、そうなんですけど……ごめんなさい、言い訳を聞いてもらえませんか?」
「言い訳?」
統治が首を傾げながら彼女の方を向くと、今度は櫻子が視線をどことなーく泳がせながら……。
「その……自分の車に乗った時も……思い出してしまって、とても、浮足立ってしまうんです……」
「……そうか」
言いたいことは分かった、と、頷いた統治は、そのまま顔を近づけると、いつもの位置にキスをした。
そして、顔を真っ赤にして何か言いたそうな櫻子へ、先制してアドバイスを送る。
「慣れてくれ」
-----------------------------------------------------------------------
EP06:積み重ねた日々の先に
※時間軸は8幕以降です。
人を好きになる、とは、何が一体どういうことなのか。
山本結果は何も思い当たらないので、片っ端から聞いてみることにした。
――そうだな。感覚を言葉にするのは難しいが……特定の誰かだけを特別に思う感情、が、近いような気がするな。
――そんなの決まってるっすよ!! 胸がドキドキしてキュンキュンすることっす!!
――は、はぁっ!? ケッカってばいきなりなんてこと聞くのよ!? そ、そんなこと……分かるわけないでしょう!?
――人選ミスです。他をあたってください。
――えぇっ!? そ、それは……えぇっと、た、たった1人を、大切に、思い続けること、でしょうか……。
――ユカちゃん急にどしたのー? っていうかそれ、マサさんに聞けばよくね?
と、いうわけで。
気付いたら、彼の机の前に立っていて。
「ケッカ?」
手ぶらで立ち尽くす彼女を、彼が訝しげに覗き込んでいる。
思わず彼を見つめ返すと……不意に、その口元が緩んで。
「サボりか?」
「え? あー……確かに」
「認めるなよ。まぁ確かに、この時間はダレるよな」
こう言った彼の視線につられて、ユカも時計を見上げる。時刻は間もなく14時30分。統治も瑞希も各々の仕事で出払っており、学生メンバーの合流にも、まだもう少し猶予がある、そんな隙間時間だ。
こんな時にフラッと、目的もなく話しかけたら、サボりだと思われてもしょうがない。ユカが己の行動に内心でため息をついた瞬間、彼がスマホを手に立ち上がった。
そして、彼女の隣に立つと、いたずらっぽく笑う。
「よし、サボるか」
「へ?」
「ただし、20分だけな。俺はコンビニ行くけど、どうする?」
そう言って自分を見下ろす彼を見上げることが、日常になって。
「――行く!!」
彼の隣を歩くことが、当たり前になる。
彼女の抱く疑問の答えが、そんな日々の延長線上にあることに気付くのは……まだ、もうしばらく先の話だ。




