2017年蓮華蓮生誕祭用小話・One-week confinement to the house life
2017年6月9日、蓮華蓮生誕祭記念短編……短編? 中編です。
一部わかりにくいネタなんぞあるかと思いますが、ちょいちょい書き足していきますので!!
少しでも楽しんでもらえれば幸いです。蓮、華蓮、おめでとう!! 内容はちっとも誕生日じゃないけどな!!(笑)
主な登場キャラクター:蓮、華蓮、聖人、彩衣
【初日(金曜日)】
「――名波蓮君、どうしてこんなことになったのか……自覚はあるよね」
8月のとある金曜日、時刻は17時を少し過ぎたところ。
宮城県利府町にある、伊達聖人の研究部屋にて。レースの隙間から明るい光が差し込み、空調もきいた、実に快適な空間である。
ただ、この部屋を支配する空気は……重く、暗いものだった。
部屋のほぼ中央にあるダイニングテーブルに座っている聖人の言葉に、反対側に座っている名波連は、頭を抱えてため息をつく。
ただ、それは……聖人の質問の答えにはなっていない。
「分かってるのかな、蓮君?」
「分かってます、分かってますよ。ええ、僕が悪いんです、全部……全部僕が悪いんです!!」
再度問いかける聖人に、蓮は頭を抱えたまま激高して……そのまま、机に突っ伏した。
そんな彼の様子を見て、聖人は1人、今日の『事件』を思い出し、苦笑いを浮かべるしかない。
「タイミングが悪かったとはいえ、あれはちょっと、ねぇ……」
それは、今日の14時過ぎのこと。
諸々の経過報告という名目で名杙家に呼び出された聖人と蓮は、敷地内を並び歩き、名杙本家を目指していた。
車を停めた入口付近からは、砂利の敷かれた道を5分ほど歩かなければならない。たかが5分、されど5分……真夏の昼間にジワジワと照りつける太陽は、一向にその力を緩めてはくれないのだ。
ポロシャツにチノパンというラフな格好の聖人が、半袖の白いワイシャツとジーンズという格好の蓮に、いつもの調子で話しかける。
「いやぁ、今日も熱いねぇ蓮くん。自分、溶けて消えてしまいそうだよ」
「そうですか。どうぞどうぞ」
「そんな寂しいこと言わないでよ」
といういつものやり取りを続けていると……2人がこれから向かう方向から、1人、男性が歩いてくるのが見えた。
年齢は50代くらいだろうか。少しざんばらの髪に無精髭、着流しの着物を身にまとい、口にはタバコを咥えたまま、コチラへ歩いてくる。
顔が逆光でよく見えないけれど、蓮が知っている人物ではなさそうだ。歩きタバコをする大人は正直好きではないけれど、ここは個人の敷地内なので、蓮が特に文句を言うことは出来ないし、最初からそんなことをするつもりもない。
無言で軽く会釈して通り過ぎようとした聖人の対応を真似して、蓮もまた、彼とは何事もなくすれ違おうとしたのだ。
彼の、言葉を、自分の耳で聞くまでは。
「――やぁ、名波蓮君。『娘の』華が、随分お世話になったそうだね」
刹那、蓮の動きが止まる。彼のことを知っている聖人が苦い表情で蓮の腕を掴み、「今は行くよ」と少し低い声で、蓮に移動を促した。
でも、蓮は……聞いてしまったのだ。
華を、大好きだった姉を、『娘』だと言った、男の言葉を。
その場から動けない蓮に向けて、彼は更に言葉を続ける。
「初めまして。華の父親の……名杙慶次です。君には息子の桂樹もお世話になったそうだね」
蓮の中で、あらゆる感情が一気に沸騰していく。
こいつだ。
こいつが、全ての元凶なんだ。
こいつが……こいつが、華を見捨てなければ。
父親としての役割を果たし、しっかりと彼女とその母親を守っていたならば。
華はきっと、今頃――
「本当に……君は、俺の疫病神かな、名波蓮君」
きっと今頃、生きていたのに。
「――どっちが疫病神だ!!」
次の瞬間、聖人の腕を振り払った蓮がその場で眼鏡を外し、彼に――慶次に飛びかかろうとした。
狙うのは、勿論――たった一本の命綱。
「蓮君!!」
獰猛な獣のように慶次の『生命縁』へ飛びかかろうとした蓮を、聖人が後ろから羽交い締めにして、寸でのところで静止した。
こうなることは予想していた、だから、今までは会わせないようにしてきたのだ。今日だってちゃんと慶次のスケジュールは確認しておいたつもりだった。それなのに……聖人の額に汗が滲む。それは太陽の強さによるもなのか、それとも……心からの焦りによるものなのか。
その様子を、慶次は……どこか他人事のようで、実に楽しそうに眺めていた。
「蓮君、こんなところであの人の挑発にのってどうするんだ!! 君は……君はこんなことをするために生きているわけじゃないだろう!?」
そんな聖人の声も、今の蓮には届くはずがない。蓮は必死で両手と両足を動かし、目を極限まで釣り上げ、慶次を殺そうと手を伸ばし続ける。
「離せ……離せ、離せ、離せ離せ離せ離せぇぇっ!! こいつが悪いんだ、こいつが、こいつが姉さんを見捨てたから――!!」
「――蓮!! やめるんだ!! 君がそんなことをして何になるんだ!!」
絶叫に近い声が敷地内に響く。聖人の全力をもってしても、蓮の衝動を抑えるのが精一杯で、説得まで、手が回りそうにない。
そして……そんな時間も、与えてはもらえないようで。
名杙本家の方から聞こえてくる複数の足音に……聖人は、自分たちの敗北を悟るしかなかった。
敷地内で騒ぎを起こしたにも関わらず、蓮が勝手に眼鏡を外し、慶次を殺そうとしたこと。
これは、名杙に対する重大な裏切りであり、名波蓮が名杙の人間に対して明確な殺意を持っているという裏付けになってしまった。
ただし今回は、蓮が激高するのを分かっていて挑発した慶次にも落ち度があるということで……蓮と、彼の監督役でもある伊達聖人は、より具体的な処分が決まる来週まで、1週間の自宅謹慎となったのだ。
謹慎期間中は、部屋から外に出ることが許されない。協力者が食材などを持ってくるのは構わないが、事前に名杙のチェックを受けたもの以外は、渡すことが許されない決まりだ。
……という仮処分を言い渡された2人がこの部屋に戻ってきたのが、16時前のこと。そして、蓮が階下の自室から着替えや寝具などをこの部屋に運び込み、最初のやり取りに戻る、というわけ。
とりあえず今は学校も夏休み期間中である。仙台支局でのアルバイトに関しても、先程聖人が統治と話をして、とりあえず休みをもらうことが出来た。
ただ、聖人に関しては本業である病院の仕事に穴をあけるわけにはいかないので……その場合のみ、外出が許可されている。勿論蓮は一歩たりとも、外へ出ることは出来ない。
この部屋は1Kなので、寝るのも食べるのものこのリビングで、ということになる。12畳ほどの広さの室内は、既にテレビなどの家具や、研究用の資料を補完してある棚が複数置いてあることもあり、高校生と成人男性が過ごすには少しだけ手狭だ。
とはいえ、文句を言ってはいられない。これは……全て、自分たちが招いたこと。
蓮の未熟さと、聖人が危機を完全に回避しなかったことが原因なのだから。
聖人は椅子から立ち上がると、机上に置いていた車の鍵を持って、顔を上げない蓮に問いかける。
「とりあえず蓮君、自分も一度自宅に戻って、着替えや寝具なんかを持ってこなくちゃいけないんだけど……何か、欲しいものはある?」
「……何もいりません。今は……放っておいてください」
机に突っ伏したまま、端々が震える声を絞り出す蓮に……聖人はそれ以上何も言わず、彼の肩を軽く叩いてから、一度部屋を後にする。
そして、19時過ぎに戻ってきた聖人は……蓮が既に部屋の隅に布団を引いて寝ていることに、ため息を付いたのだった。
【2日目(土曜日)】
この日、聖人は午前中の診療のため、朝6時過ぎに部屋を後にする。
蓮に食事を食べるよう促しておいたけれど……布団から出てこない彼に、どこまで響いたのやら。
そして、午前中の外来診療を終え、諸々の雑務を終えて……聖人が帰宅したのは、15時を少し過ぎた頃だった。
カーテンを締め切った、エアコンの音だけが響く、電気のついていない部屋に入ると……部屋の隅にある蓮の布団が、モゾモゾ動いたような気がする。
部屋の電気をつけた聖人は、「ただいま」と布団の中にいる彼に声をかけると、努めて軽い口調で言葉を続けた。
「蓮君、好きなだけいじけてくれて結構だけど……お風呂にはちゃんと入って、着替えはしようね。あ、なんだったらちょっと狭いけど、自分と一緒に入っちゃう?」
どこからも、何の返事も返ってこない。
いつもならば冷めきったツッコミが返ってくるんだけどなぁと聖人は内心苦笑しつつ……部屋のゴミ箱を確認する。
朝、ゴミを空っぽにして出かけた時と、全く変化がないのだ。台所にある生ゴミ入れや他のゴミ箱もチェックしてみたけれど、少なくとも、この部屋では新しいゴミは発生していない。
「蓮君、食事……は、無理しなくていいけど、水分はしっかりとってね。脱水症状にでもなったら――」
自分でそんなことを言いつつ、聖人はふと……一言も発しない蓮の様子が気になり、部屋の隅にある布団へ向けてツカツカと歩き出した。そして、頭がある……であろう位置にしゃがみ込むと、努めて優しく問いかける。
「蓮君、健康状態を確認したいんだ。一度出てきてくれないかな」
「……」
蓮は布団をかぶったまま出てこない。流石に、ちょっと……イラッとした。
「名波蓮くーん、検診の時間ですよー!!」
半ば無理やり布団を剥ぎ取ると、背中を丸めて小さくなっていた蓮が……真っ赤にした顔で、聖人を見上げる。
聖人はそんな蓮の額に自分の手を軽く押し当てた後……いつもは緩めている口元を引き締め、少し厳しい口調で事実を告げる。
「脱水症状と熱中症になっている可能性が高いんだけど……具合が悪かったのは、いつからかな?」
「え……あ……」
蓮の虚ろな瞳が聖人を捉え、声にならない声を絞り出した。
長い時間泣いていたのだろう。頬には涙のあとも残っている。
聖人はそんな彼に盛大に溜息をつくと、とりあえず、その場に立ち上がった。
「口が乾いて喋りづらそうだね。今は水分を取らないと命にかかわる。申し訳ないけれど、体を起こして待っていてくれるかな。壁にもたれかかっていいから」
そう言って踵をかえし、台所の隅においてあるスポーツドリンクと、シンクの脇にあるガラスコップを持って、再び蓮のところへ戻る。
蓮はノロノロと起き上がり、壁に背を預けて荒い呼吸を繰り返した。
聖人はコップに注いだスポーツドリンク蓮に手渡すと、それを飲むように促してから……部屋の別の場所に置いてある救急箱を取ってきて、リビングのテーブルにおいた。
そこから額にはるシートを取り出すと、飲み物を飲み終えた蓮に手渡した。そして、コップに飲み物をもう一杯補充してから、再び台所へ。冷凍庫に入れておいた氷枕を取り出してからテーブルにおき、それに巻きつけるタオルを取るために、一度、部屋の外へ出た。
風呂場に続く脱衣所、洗濯機の近くにある白いタオルを5枚ほど手にとってからリビングに戻り、その中の1枚を氷枕にまきつける。
それを持って再び蓮のところへ戻ると……2杯目を飲み終わった蓮は、目の焦点があわず……ぼんやりと、どこかを見つめていた。
聖人はそんな彼の前に右手をかざし、ヒラヒラと動かして反応を探る。
「蓮君、意識はしっかりしてる? 自分の指、何本か分かる?」
「……分かってます。すいません」
先程よりはっきりと言葉を紡ぐ蓮に、聖人はため息をつくと……床に落ちている額用シートを、蓮の額に少し強引におしあてる。
「名波蓮君、君、高校生だよね。こんなになるまで自分を放っておいて……死にたくなったのかな」
「……そうかもしれません」
どこか投げやりに呟く蓮に、聖人はもう一度ため息をつくと……立ち上がり、彼に背を向けた。
「残念だけど、君はまだ死ねないんだ。諦めて……今は反省しなさい。自分が戻ってくるまでに、あと2回、水分を摂取しておくこと。いいね」
そう言って、再びキッチンへ移動する。
そんな彼の背中を見つめながら……蓮は、荒い呼吸を整えつつ、結局死にきれなかった自分にため息をついた。
自分はどうして、生きているんだろう。
こんなに苦しい思いをして、こんなに誰かに迷惑をかけて……どうして。
生きることは、こんなに、苦しいことだらけなんだろうか。
その後、聖人の作ったおかゆを半ば強制的に食べさせられた蓮は……意思のない瞳のまま、軟禁2日目を終えた。
【3日目(日曜日)】
午前6時、リビングの椅子をうえにあげて自分の寝床を確保している聖人は……いつも通り起き上がり、真っ先に蓮のところへ移動する。
昨日、寝る直前まで水分を補給させて、食事も無理やり少し食べさせて、氷枕と額用冷却シートを駆使して眠らせた結果……蓮の疲れた体は安らかな休息を欲していたため、昨日よりもマシな寝顔で眠っている。
流石に今日は着替えさせたいところだと思いつつ、とりあえず安堵した聖人は、コーヒーでも飲もうかと思って、そっと、移動を始めた。
「……姉さん……」
震えている蓮の寝言は、聞こえないフリをして。
そして、午前8時過ぎ。
髪の毛がボサボサの蓮が、重たい重たい体を引きずるように起き上がると……ダイニングテーブルにノートパソコンを置いて作業していた聖人が、椅子の上から笑顔を向けた。
「おはよう蓮君、具合はどうかな?」
「……昨日よりマシです。すいません」
蓮が目を合わせずに呟くと、聖人はノートパソコンを閉じて立ち上がり、ウキウキした足取りでキッチンへ移動すると……片手鍋を持って戻ってきた。
「じゃあ今日も、伊達先生特製おかゆを食べてもらうからね」
刹那、蓮の目が泳ぐ。
「作ってもらっているのにこんなことは言いたくないんですけど、あれ……美味しくないです」
「こらこら、君は文句を言える立場だと思ってるのかな? 栄養のバランス『だけ』を考えたメニューだから、体には良いはずだよ」
「そりゃあそうでしょうけど……」
ニガウリだか生姜だかよく分からない味を思い出し、口の中が一気に乾く。
怪しい湯気を天井に届かせる片手鍋をテーブルにおいた聖人は、未だにコチラを見ない蓮に、いつもの調子で問いかけた。
「今日もそっちで食べる? また自分が「あーん」って食べさせてあげようか。
蓮は無言で布団から這い出ると、聖人の前の椅子を引いて腰を下ろす。
そんな様子を眺める聖人は……ようやく肩の力を抜いて、一度、息をついた。
その後、「暇だからジ◯リでも見ようか」という聖人の提案で、2人してアニメ映画を見たりして時間を潰し、時刻は18時を少し過ぎたところ。
蓮の体温を確認した聖人が、ほぼ平常に戻ってきた体温計の表示を確認して、安心したような表情を浮かべる。
「よし……顔色もだいぶ戻ってきたね。今日はシャワーくらい浴びて、さっぱりした方がいいんじゃないかな。蓮君、ずっとその格好だし」
「そうですね……流石に少し気持ち悪いです」
「背中、流してあげようか?」
「絶対に入ってこないでください」
蓮はこう言って立ち上がると、別の場所に置いていた衣服一式からスウェットと下着を持って立ち上がる。
「あ、汚れたものは洗濯機の中にいれておいてね。タオルは適当に使っていいから」
「分かりました。ありがとうございます」
「背中を流して欲しい時はいつでも――」
「―― 結 構 で す 」
蓮は普段よりドスをきかせた声で最後通告をすると、リビングを後にした。
【4日目(月曜日)】
聖人は病院勤務があるので、朝6時過ぎに部屋を後にする。
寝ぼけ眼で見送った蓮は……そこから約2時間後の午前8時、今日は何をしようかと思案して、とりあえず、きつく言われている水分補給から始めることにした。
先程開封したばかりのペットボトルのスポーツドリンク(2リットル)は、既に3本目。とにかく水分をとるようきつく言われているため、今日、彼が帰ってくるまでに、これを1本飲みきる必要がある。さすがにシンクに流すのは気が引けた。自分のためでもあるので、ちゃんとやらなければ。
「自分のため……」
ボソリと呟き、自問自答をした。
自分とは、一体何なんだろう。
その後、部屋の掃除をしたり、学校の課題などを進めていた15時過ぎ……机上のスマートフォンが、聖人からのメールを受信する。
「彩衣さんが……?」
その内容は、彩衣が16時過ぎに食事などを差し入れてくれるから、玄関先で受け取って欲しい、というものだった。
聖人が帰ってくるのは19時過ぎだと聞いている。何だか、彩衣と会うのは久しぶりな気がしていた。
そして……。
「やっと、やっと……普通の食事が……!!」
これまでの数日間、蓮は反省の意味も込めて、気まぐれ聖人のお任せ雑炊(栄養は抜群)ばかりを食べてきたのだ。目の前で聖人がレトルトのカレーや牛タンや冷凍食品の唐揚げを食べる様子が、どれだけ羨ましく、どれだけ妬ましかったことか!!
久しぶりに口角が上がっていることに気付け無いまま……目の前の課題を終わらせることに集中する。
そして、16時過ぎ。インターフォンの音が室内に響き、蓮はリビングから玄関に向かった。
扉を開くと、むわっとむせ返るような夏の熱い空気と……そんな中でも汗1つかかずに佇んでいる彩衣がいた。
彼女はペコリと軽く会釈をすると、まずは50センチ四方のクーラーバックを蓮に手渡す。
「……とりあえず2日分です。あと……」
クーラーバックを廊下に置く蓮へ、彩衣はもう1つ、猫柄のマイバックを手渡した。
蓮が中身を確認すると、中には小玉スイカやバナナにメロン、洋梨やオレンジなどの果物が入っている。
「果物は火照った体の体温を下げてくれますし、水分補給にもなります。いつまでもスポーツドリンクでは、体も飽きてしまいますから」
そう言って、「必ず全て食べるように」と念を押す彩衣。蓮は頷きつつ、改めて袋の中身を見下ろした。
まるで高級フルーツ店で購入してきたかのように、整った形と鮮やかな色。わざわざ自分のために、と、思うと、急に申し訳なくなってしまう。
「わざわざありがとうございます。こんなに……高かったんじゃないですか?」
少し萎縮する蓮に、彩衣は顔色を変えずにこう言った。
「……全て伊達先生に請求しますので、問題ありません。必ず全て食べてください」
彩衣を見送った後、蓮はリビングに戻り……袋の中の小玉スイカやメロンなどを冷蔵庫に入れて、バナナをおやつに食べたのだった。
「蓮君、ただいまー」
そして、帰ってきた聖人が冷蔵庫を開き、その入っている果物の数々を見つけて……無言で、扉を閉める。
無言で椅子に座ってテレビを見ている蓮の前に移動し、蓮の視界を遮るかのように画面との間に割り込んだ。
「蓮くん、ただいま」
「……おかえり、なさい……」
言い慣れない蓮が戸惑いつつ返答すると、聖人は着ていた上着を脱ぎながら、蓮にこんな質問をする。
「ねぇねぇ蓮君、彩衣さん、あの果物のお金について、何か言ってた?」
そんな彼の質問に、蓮はしたり顔で返答した。
「さあ、聞いていません。御見舞に対して金額の話をするのは、失礼だと思ったので」
【5日目(火曜日)】
本日、聖人の病院勤務は休み。机上のノートパソコンで仕事をする聖人と、反対側に座って学校の課題をこなす蓮。特に会話はなく、午前中が終わる。
昼食後、彩衣からもらったメロンを一口サイズに切り分けて、デザートとして食べていると……机上にある聖人の携帯電話が振動した。
画面に表示された名前は、『名杙統治』。蓮も良く知る、現当主の長男である。
聖人は電話を持って立ち上がり、リビングから廊下に移動した。恐らく脱衣所で話をしているのだろう。リビングまで話し声が全く聞こえてこない。
そして、約10分後……戻ってきた聖人が涼しい顔で元の位置に腰を下ろす。蓮はそんな彼を上目遣いで見やり、思い切って尋ねた。
「電話、何だったんですか?」
その質問に、聖人は1つ口に入れたメロンを咀嚼しつつ……いつもの笑顔でこう答える。
「今回の自分たちの『処分』についてだよ。とりあえず、名杙から『切られる』ことはなくなった」
「そうですか」
まぁ正直なところ、今の蓮にはどちらでもよかった。名杙から『縁』を――恐らく自分の『生命縁』を『切られる』ならば受け入れるしかないし、名杙から『縁』を『切られない』ということは、これまでどおりの生活に戻れるということだから。
どうでもいいという表情で、メロンをもう一つ爪楊枝で突き刺し、持ち上げる。そんな彼へ、聖人は淡々と言葉を続けた。
「ただ……自分のところで蓮君を保護していることが、今回の事態に繋がったとする意見は根強いみたいでね」
「え……」
「もしかしたら、蓮君は、名杙本家預かりになるかもしれない」
次の瞬間、持ち上げていたメロンが、皿の上に落ちた。
蓮が目を見開いて聖人を見つめる。聖人はどこか自嘲気味に言葉を紡ぐ。
「元々自分は、反当主派からは目の敵にされているからね。得体が知れない、そもそも『縁故』でもない胡散臭い人間……そんな自分が当主に近づくことを良しとしない大人が、あの家周辺には大勢いるんだ。慶次さんもその1人。だから、今回のことは……自分の責任だ」
「……」
自分は、また、見捨てられる。
分かっていたじゃないか名波蓮、心の何処かで諦めていたじゃないか。
「どうせ僕は、ずっと、ここにはいられない」
こんな仮初、いつか終わるんだ。
しょうがない、そうやって諦めて……また、1人に戻るだけだ。
華がいなくなったあの、聖人と出会う前の日常に戻るだけ、ただ、それだけのことだ。
「ただ、名杙本家預かりになっても、統治君に頼んで今まで通りの生活は保証してもらうように、今、交渉を――」
今まで通りの生活。
それは、学校に行って、もしかしたら片倉華蓮としての時間もあって、そして……『家』に帰る。
『家』
どこだろう。
僕の『家』は、一体――どこにあるんだろう。
自分は、一体――何なんだろう。
かつて住んでいた『実家』と呼ぶべき場所は、蓮にとって決して、居心地のよい場所ではなかった。
名杙の顔色を伺い、優秀な『縁故』を排出することだけを目的とした『家』。その中で、当時、『縁故』の能力を持たない蓮は……必要とされていなかったから。
ただ、そんな自分を必要として、そこに帰りたい、そこに居たいと思わせてくれたのが、華の存在だった。
蓮を守り、導き――背中で語り、遅れそうになったら振り向いて手を伸ばしてくれる、そんな、太陽みたいな存在。
その彼女がいなくなって、起死回生の一手も粉々に打ち砕かれ、もう、二度と会えなくなって。
正直、4月の時点ではもっと絶望感に打ちひしがれると思っていた。
でも……忙しない日常が、蓮に、感傷に浸る暇を与えなかったのだ。
「いやだって、全部『片倉華蓮』で登録してるんだよ。今更手続きをするのが面倒だし、誰も気付かなかったんだから『片倉さん』のまんまでよくない? 俺、職場にこれ以上男性はいらないんだよね」
佐藤政宗。東日本良縁協会仙台支局を導く、若き支局長。
思えば彼のせいで、自分の人生はよく分からない方向へシフトしていくことになった。
「そういうことは、責任者に直接言ってくれ」
名杙統治。政宗の右腕にして、名杙家次期当主候補の筆頭。
淡々とした言動の中に優しさや厳しさがあり、名杙という家にとらわれず、仙台支局をしっかり支えている。
「政宗が……いや、統治もやね。あの2人が君を信用してここに置いとるけん、あたしも信じるよ。2人ともお人好しで甘いところもあるけど……でも、敵味方の分別はつけられるはずやけんね」
山本結果。福岡からやって来た過酷な運命を背負う女性。彼女が来なければ、蓮の計画は完遂されていたかもしれない、政宗と統治を繋ぐ存在。
「片倉さんのこと……正直、まだ少し怖い……かも、しれないけど……でも、今はお兄様達が信じて仕事を任せている人だから、心愛も……心愛も頑張って、また、信じてみようと……思ってる、ところです」
名杙心愛。統治の妹であり、かつて、蓮が深く傷つけた少女。
そんな彼女も今は立ち直り、蓮の――華蓮の同僚として、仙台支局で切磋琢磨している。
そして。
「果物は火照った体の体温を下げてくれますし、水分補給にもなります。いつまでもスポーツドリンクでは、体も飽きてしまいますから」
富沢彩衣。聖人の研究に協力している、蓮と同じ『縁由』能力者。
最初はとっつきにくい人だと思っていたけれど、細かいことに気がつき、配慮が出来る女性だということが分かってきた。
「残念だけど、君はまだ死ねないんだ。諦めて……今は反省しなさい。自分が戻ってくるまでに、あと2回、水分を摂取しておくこと。いいね」
伊達聖人。正直、彼のことは……まだ、本当の意味で理解していない。
でも、その努力も無駄だと最近は思うようになってきた。掴んだってこの人はすぐにすり抜ける、そんな人だと思うから。
今、思い知る。
僕は――名波蓮は、この日常を、心のどこかで、しっかりと楽しんでいたことを。
感傷に浸る暇さえ与えてくれない騒がしい日々、それは……涙がでるほど、彼には尊いものだったことを。
その日々が、壊れてしまうかもしれない。
自分の軽率な行動が引き金になり、全て――壊れてしまうかもしれない。
掴み損ねた姉の手、手放してしまった日常を……やっと、少しだけ、取り戻したと思ったのに。
僕の『家』は、一体――どこにあるんだろう。
自分は、一体――何なんだろう。
その答えは……既に知っているはずだ。
いつも泣きそうな時に指針にしてきた姉の言葉、でも、今回はそれには頼らない。
「……嫌です」
蓮がぽつりと呟いた。
その言葉に、聖人が少しだけ驚いた表情になるが……すぐに穏やかな笑顔になって、蓮の言葉に耳を傾ける。
「僕は……僕は、ここに残ります。自分の能力についても、ちっともはっきりしていないですし、学校やバイト先にもここからの方が近いですし、それに……僕の、僕の……」
僕の『家』は、一体――どこにあるんだろう。
自分は、一体――何なんだろう。
その答えを、蓮ははっきり口にする。
「僕の『家』は、ここです。僕はもうしばらく、ここで『縁由』能力者の1人として生きていきます。これは僕が決めたことです。自分が納得出来ない……不甲斐ない生き方だけは、絶対にしたくありません!!」
生きていこう。
苦しいけれど、辛いことも沢山あるけど。
それでも、生きていこう……この場所で。
しっかり聖人を見据え、蓮は力強く言い切った。
そんな彼の言葉は、今の聖人にはとても……とても、心強い。
「……ありがとう、蓮君」
そんな彼に、聖人はいつも通り、考えの読めない、どこまでも『胡散臭い』笑みを向ける。
「当然自分も、このまま、名杙の決定を待つつもりはないよ。伊達先生を本気にさせたら誰よりも厄介だってことを……折角だから、偉い人には身をもって分かってもらわなきゃね」
【6日目(水曜日)】
翌日、聖人が起きる朝5時にあわせて、蓮も目を覚ました。
「こんなに早く起きなくていいんだよ、蓮君」
身支度を整えつつ苦笑いを浮かべる聖人に、蓮は朝食の用意をしながら淡々と返答した。
「物音で目が覚めました。眠くなったら勝手に寝ますので、気にしないでください」
「分かった。あと、今日も夕方に彩衣さんが寄ってくれるから、廊下に置いているバックとタッパー一式、返却しておいてもらえるかな」
「分かりました」
蓮が頷いて、電子レンジで解凍した冷凍の焼きおにぎりをテーブルに運ぶ。
そんな彼を聖人はマジマジと見つめて……その顔に軽薄な意志を宿し、こんな提案をした。
「ねぇねぇ蓮君」
「なんですか」
「今日と明日、華蓮ちゃんで過ごさない?」
「……は?」
意味不明な聖人の要望に、蓮の目線が完全に冷めきったものになる。
しかし、そんなことなど最早日常茶飯事の聖人は、テーブルの上にお茶とフルーツをのせながら、笑顔でその理由を説明した。
「たまには華蓮ちゃんにならないと、蓮くん、忘れちゃうんじゃないかと思って」
「忘れるわけありませんよ。むしろ忘れたいですよ」
「あと、自分もそろそろ蓮君に飽きてきて」
「随分な言われようなんですけど」
「どうせ部屋からは出ないんだし、気分転換にどうかな。あ、華蓮ちゃんの着替えは、昨日、下の蓮くんの部屋から少し持ってきたから大丈夫だよ」
「また人の部屋に勝手に……って、この部屋出たんですか!?」
かくして。
聖人の思いつきと作者の気分転換により、ここから先は片倉華蓮として、軟禁ライフを過ごすことになった。
「行ってきます、華蓮ちゃん」
「行ってらっしゃい。しばらく帰ってこなくてもいいです」
そして夕方、16時過ぎのこと。
インターホンを押した彩衣は、扉の向こうから出てきた『女性』に顔をしかめ、すぐに……どこか憐れむような表情で口を開いた。
「……お疲れ様です。先日のカバンなんですけど」
「用意してあります、コレですね」
よく考えなくても、華蓮として彩衣に会うのは久しぶり……というか、ほぼそんな機会はない。急に気恥ずかしくなってうつむく華蓮から先日のクーラーバックを受け取った彩衣は、小脇に抱えていた別のクーラーバックを差し出す。
「これが、今日と明日の分です。果物はちゃんと食べていますか?」
「はい、美味しく頂いています。ありがとうございました」
「そうですか……あと、これを」
彩衣はそう言って、足元に置いていた、縦に長い紙袋も手渡した。
「伊達先生の白衣です。別の先生のものの中に紛れていたそうなので……一緒に渡してもらえますか?」
「分かりました」
彩衣から白衣の入った紙袋を受け取った華蓮は、彼女にお辞儀をしてから扉を閉め、リビングに戻る。
クーラーバックの中身を確認して、冷蔵庫に入れたほうがいいものを仕分けた後……ふと、テーブルにのせた紙袋が、気になった。
正確には、その紙袋の中から感じる香りが……気になった。
香ってくるのは柔軟剤の匂い。苦手な人は苦手だけれど、好きな人はとことんハマってしまうでお馴染みの、あの……。
「……」
華蓮はほんの好奇心で、その紙袋から綺麗に折りたたまれた白衣を取り出して……。
「……だから明日、自分に直接渡してって言ったのに」
家に帰ってきた聖人は、室内で繰り広げられていた『異様な光景』を目の当たりにして……珍しく、顔をしかめる。
蓮……もとい華蓮の席になっているダイニングテーブルの椅子、そこに座っている彼女は、先程まで綺麗に折りたたまれていた聖人の白衣に容赦なく腕を通し、どこか恍惚とした表情で「ダウニー……めっちゃダウニー」と呟いていたのだ。
なお、この設定(ダウニーめっちゃダウニー。分からない人はひのちゃんが作った動画を見よう!!)は、基本的に今回のこのお祭り短編のみとなります。
……それはさておき。
聖人は荷物を置いて華蓮の方に近づく。彼の気配を感じた彼女は、椅子の上で体操座りをした状態で、頭だけを動かして彼を見上げた。
「……何か?」
「華蓮ちゃーん、それ、自分の白衣だよね。脱いでくれないかな?」
穏やかな聖人の言葉に対して、華蓮は平然と嘘をつく。
「嫌です。これは私のものです」
「サイズから違うよね。それは自分の仕事着だから、脱いでくれるかな?」
「いーやーでーす!!」
急に聞き分けの悪くなった華蓮が、フイっと顔をそらしてテレビを見始めた。
そんな華蓮の前に回り込む聖人は、白衣の襟元に手をかけると、さり気なく脱がそうとして……。
「――やめてください!!」
当然ながら気付かれる。胸元を抑えるように抵抗する彼女は、見た目だけならば、華奢で可憐な女の子なのだが……聖人は、その中身が異なることよく知っている。だから、容赦する必要はない。
「華蓮ちゃん、君に手荒な真似はしたくないんだけど……しょうがないね」
「や、やだ、やめっ……やめてください!! この白衣は……この白衣は私のものなんですー!!」
こうして、5分ほどもみ合った結果……聖人はようやく、華蓮から白衣を剥ぎ取ることに成功した。
【7日目(木曜日)】
名波連……もとい、今は片倉華蓮な彼女は、意識が何となく覚醒していく、それはもう心地よいまどろみの中にいた。
何となく、自分が眠ってしまっていたことを察する。この姿で寝落ちしてしまったなんて、洋服もシワになるし……迂闊な自分にため息をつきながら、ゆっくり、目を開いた。
視界に飛び込んでいたのは、もう見慣れた部屋の天井……ではなく、本棚や、資料の収納されたキャビネットなどなど。何となく、ここが自分の部屋でないことを悟る。
「……?」
顔をしかめつつ目を半分ほど開いて……同時に、自分の右側が特に暖かいこと、その暖かいものに、自分は完全にもたれかかっていたことに気付く。
落ち着ける暖かさを手放すのが惜しい、このまま再び眠りの世界へと戻ってしまいたくなった。
「……あったかい……」
「――そう? 気に入ってもらえたなら嬉しいな」」
「っ!?」
右上から降ってきた声に、華蓮の意識は一気に現実へと引き戻された。
慌てて体を起こして右側を向いてみれば――
「おはよう、華蓮ちゃん」
「だっ……!!」
伊達先生、と、言おうとした声さえ消えてしまう、それくらいの衝撃。
自分の右隣、最至近距離。そこにいたのは、自分と同じく床に座って本を読んでいた伊達聖人。眼鏡越しの瞳が、彼女を優しく覗き込んでいる。
華蓮は慌てて彼から離れると、萎縮して頭を下げた。
「す、すいません……私……私? 僕? あぁもうとにかくすいません!! 起こしてくれてよかったのに」
最早自分の一人称さえどうすればいいのか分からない華蓮に、聖人は読んでいた本を閉じると、「気にしないで」と言葉を続ける。
「華蓮ちゃん、覚えてない? 自分に言われて名杙への反省文(笑)を書いている途中に……うとうと眠り始めちゃって」
「……そうでしたか」
覚えてない、本当に覚えていないのだ。華蓮は自分の迂闊さを呪いつつ、楽しそうな聖人の言葉に耳を傾けるしかない。
「椅子から落ちそうになってたから、とりあえずおろしたけど……まだ布団は敷いていなかったからどうしようかって思ってたらびっくり、華蓮ちゃんが自分にもたれかかって――」
「もういいです分かりました!! 私…‥どれくらい寝てましたか?」
「そうだね……40分くらいかな。少しは休めた?」
「はい……ご迷惑をおかけしました」
はぁ、と、重たいため息をつく華蓮を、聖人は目を細めて見つめる。
「華蓮ちゃんは頑張りやさんだから、ちゃんと休まないとダメだよ。今日だって自分にあわせて早起きしてくれたんだから。君が無理をして倒れると……みんな心配するからね」
そう言われると、華蓮は苦笑いで頷くしかない。
「分かりました、気をつけます」
「うん。じゃあ……華蓮ちゃんに肩を貸した自分にも、何かご褒美があってもいいと思わない?」
「はぁ……ご褒美、ですか? 明日以降軟禁が解除されたら、部屋を使わせてもらったお礼も兼ねて、何か買ってくればいいですか?」
急にジト目を向ける華蓮に、聖人は笑顔でこんな提案をする。
「そうだねぇ……じゃあ、自分のこと、下の名前で呼んでみてくれる?」
「……は?」
いきなり何言ってんだと真顔で尋ねる華蓮に、聖人は喜々としてその理由を説明してくれた。
「いやー、やっぱり四六時中一緒にいるから、飽きちゃったんだよね。たまには気分を変えてみたくなったんだけど……気分転換に付き合ってくれないかな?」
刹那、華蓮は真顔で返答する。
「反省文の続きを書きます」
「そんな寂しいこと言わないでよ。今日のこと、政宗君に告げ口されたくないでしょう?」
「結局、私に拒否権ないじゃないですか……」
この人はいつもそうだ。
提案しておきながら逃げ道を塞ぐ、自分が勝てる戦いしかしない。
でも……その中には彼なりの優しさがある場合もあることに、華蓮は何となく気付いていた。勿論、優しさが欠片も感じられないことだってあるけれど、それは自分が悪いことも、よく分かっているから。
華蓮は相変わらずの彼に苦笑いを向けて、ため息混じりに呟いた。
「全く……本当に意地悪な人ですね、聖人さん」
【8日目(金曜日)】
そして、あの事件から1周間が経過した金曜日。時刻は午前10時過ぎ。
聖人の元に、名杙から連絡が入る。
「――はい、分かりました。ええ、今回は大変ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
名杙現当主からの電話を切った聖人は、机を挟んだ向かい側で、どこかソワソワしている蓮に向けて、いつも通りの笑顔を向けた。
「とりあえず、蓮君は現状維持で大丈夫だよ。ただ……こんなに甘いのはこれで最後だと思った方がいい。向こうが精神的に幼稚だから、こっちが大人になって対処しないとね」
「分かってます。今回は……ご迷惑をおかけしました」
そう言って頭を下げる蓮に顔を上げるよう促した聖人は、1週間前よりも一回り成長したような、そんな気がする少年へ、右手を差し出す。
「改めて……宜しくね、名波蓮君」
蓮は迷わず彼の手を取る。
2度目となる決意の握手、再び握った彼の手は……やはり、蓮が思っているよりもずっと、温かかった。
「ところで伊達先生……よく、こんな軽い処分で終わらせましたね。一体、どんな小細工を使ったんですか?」
「蓮君、世の中にはね……知らなくていいこともあるんだよ」
そう言って笑う聖人に蓮が肩をすくめた次の瞬間――インターホンの音が響く。
玄関先で対応した聖人と一緒に、この部屋のリビングに戻ってきたのは……背筋を伸ばし、相変わらずクールな印象の強い彩衣だった。
「彩衣さんも揃ったことだし……久しぶりにみんなでお茶でもしようか」
こんな提案をする聖人に、彩衣と蓮はそれぞれに首を横に振る。
「……スイマセン、私、先に終わらせたいことがありますので、後にします」
「僕も荷物の片付けがありますので、今は無理です」
「2人とも連れないなぁ……」
こう言って肩をすくめる聖人は、ようやく戻ってきた『日常』に……満足げな笑みを浮かべたのだった。
本文中にある「ダウニーネタ」に関しては、コチラの動画をご覧いただければと思います。(https://www.youtube.com/watch?v=hOd1iSSY4D8)
要するに、華蓮(蓮)はダウニーの香りが大好きで、ずっとハスハスしていたい、それを自分から奪い取る存在は何人たりとも許さない!! という感じです。




