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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
109/121

【いろんな時間の短編集】レストア/残酷な現実/タナボタ

 過去、ブログ等に掲載していた……気がする短編を引っ張り出して、加筆修正しました。

 時間軸が全て4幕あたりという初期の作品です。懐かしい!!

EP01:レストア

※時間軸としては、3幕後~4幕終了前までだと思います。初期……。



 例えば、目の前にいた人が突然倒れてしまったとして。

 そこに手を差し伸べられなかった自分を――立ち尽くすだけだった、助けられなかった過去の自分を、どうやって、許すことが出来るだろうか。


「――あぁもうっ……!!」

 夏が近づく平日の午後、珍しく苛立ちを顕にした声と共に、山本結果は『仙台支局』の扉を開いた。

 刹那、扉近くの応接スペースで資料を広げていたスーツ姿の佐藤政宗が、何事かと頭をあげ、彼女を見やる。

「ケッカ、おかえり。随分な帰還だな」

「……ただいま」

 部屋に入ってすぐの場所に政宗がいたことに気付いたユカは、帽子のつばを手で抑えつつ……どこか決まりが悪そうに視線をそらす。彼はいつも通り、部屋の奥にいると勝手に思って、感情を制御できなかった事実が恥ずかしく、そして……とても、気まずい。

 あれだけ露骨に感情を吐き出しておいて、「何でもない」という言い訳が通用するはずがないのだから。

 政宗はその場で言葉を探すユカに肩をすくめ、ちょいちょいと手招きをした。そして、きまりが悪そうなユカを、机を挟んだ向かい側に座るよう促す。

「ほらケッカ、支局長様と面談だ。早く座ってくれよ、頭が高いぞー」

「はぁ? なんそれ……偉そうに……」

 憮然とした表情で腰を下ろすユカに、政宗は苦笑いで手元の資料を集めなから。

「今は間違いなくお前の上司なんだがな……で、どうかしたのか? っつーか、統治はどうした? 伊達先生のところに行ってたんだろ?」

 彼女は今まで、名杙統治と共に、伊達聖人のところへ行っていたのだ。彼女が九死に一生を得たあの6月から一ヶ月も経過していない。きちんと回復して普段通り働けるようになったとはいえ、短いスパンでの検診は必要だと政宗も判断したため、こまめに顔を出してもらっているのだ。

 ユカは浅く息を吐いた後、一人で先に戻ってきた理由を告げる。

「統治は、車のガゾリン入れてくるって。あたしだけ先に降ろしてもらったと」

「了解。で……何かあったのか?」

「……」

 視線をそらして口を閉ざすユカに、政宗は手元の資料を揃えてトントンと重ねながら……その答えを告げる。


「――働きすぎだ、って……伊達先生から嫌味を言われたんだろ?」

「なっ……!?」


 明瞭完結に告げた彼は、ユカの反応で自分の言葉が正しかったことを悟る。

 彼がそれを知っていた理由、それは……。


「ケッカがそう言われたってことは……ケッカの上司である俺も、ちょっと怒られたんだよ」

「……」

 政宗はそう言って苦笑いを浮かべると、つい数十分前にかかってきた電話の内容を思い返していた。


 ――ねぇ政宗くん、ケッカちゃんの『縁切り』の件数、トータルだと先月より10件も増えてるんだけど、病み上がりの執行猶予期間中に、これはちょっと多すぎるよね。里穂ちゃんや仁義君に頼んだりして……もう少し、調整出来なかったのかな?


 正直、気付いていた。

 自分の忙しさを助けてくれる彼女に甘えていることを。

 その甘えが――彼女の寿命を縮めるかもしれないということも。


 ただ、今の彼にはこれ以外の方法が思い浮かばなくて。

 仙台支局を守るため、遠くにあるそんな大義名分ばかりを見て……近くにいた彼女に、さらなる負担を押し付けてしまった。



 過去に2回も、彼女を助けられなかったのに。

 あれだけ、後悔したくせに。



「悪かったな、ケッ――」

「――そげなことあたしだって分かっとると!!」

 政宗の声を遮り、ユカが声を荒らげる。

 思わず目を丸くして彼女を見ると、ユカは唇をかみしめて目を伏せた。


 正直、気付いていた。

 これ以上『縁切り』を続けると、また、体調をくずすかもしれないことに。

 また――周囲に迷惑をかけるかもしれないことに。


 ただ、今の彼女にはこれ以外にできることが見つけられなくて。

 仙台支局を守るため、遠くにあるそんな大義名分ばかりを見て……近くにいる彼に、いらぬ心配をかけてしまった。



 過去に2回も、彼を失望させてしまったのに。

 あれだけ、後悔したくせに。



「……」

 続く言葉を自制するユカを見た政宗は、自分を落ち着かせるために深呼吸をする。そして、改めて彼女を見つめた後、口角を上げて口を開いた。

 彼女に伝える言葉を、間違えてしまったから。

「そうだな、ここは謝るところじゃなかった。ケッカ、いつもありがとな」

「政宗……」

「ケッカのことだから、伊達先生に「もっと件数を抑えろ、仕事を控えろ」って言われたことが納得出来ないんだろう? 自分の体のことは自分で分かってるから、他人に限界を決められるのが納得できない。違うか?」

 彼の問いかけに、ユカは首を縦に動かす。

 心の中で燻っていた苛立ち、それをうまく言語化してもらえると、自分の中でストンと腑に落ちた。

 今の彼なら話を聞いてくれる、そう思った瞬間、抑圧しきれなくなった思いが口からこぼれ出す。

「あたしはもう、昔のあたしじゃなかと。『縁故』としての限界くらい、自分でも……自分が一番分かっとるよ……!!」

「かもしれないな。ただ、そうやって普段よりイライラしている時点で、話を受け流せない今のケッカは、思った以上に限界が近い可能性もあるんじゃないか?」

「……」

 図星をついた政宗の指摘に、ユカはどこか悔しそうに口をつぐんだ。


 もっと出来ると思っているのに。

 自分はまだ、こんなもんじゃないと思っているのに。

 現実は――どうしても、そうそう上手くいかない。



 やりたいことの全てを両手に収めようとすることでさえ、息切れを起こしそうになる。

 あの頃とは違うはずなのに。

 どうして、出来ないんだろう。

 どうすれば……過去の自分を超えられるんだろう。



 政宗はそんなユカを覗き込みながら、顔色と目の動きを確認した。そしてまだ『混濁』状態には至っていないと判断すると、手元の資料を机上に置いて立ち上がる。

「政宗……?」

 行動の意味が分からずに困惑している彼女を横目で見つつ、政宗はズボンのポケットの中にある財布を確認した。

「なぁケッカ、知ってるか? 今、エスパル(仙台駅の駅ビル)の中で、期間限定のフルーツタルトが売ってるらしいんだ。俺は今猛烈にそれが食べたい」

「はぁ……」

「とはいえ、スーツを着た野郎1人で買いに行くには恥ずかしいくらい人が多いんだ。けど、早く行かないと売り切れるかもしれない……と、いうわけでケッカ、一緒に来てくれ。統治の分も買ってきて、ここで食べながら今後の体制の打ち合わせだ」

 そう言って彼女の隣に立った政宗は、「どうする?」と、尋ねるように彼女を見下ろした。


 その瞳は勿論、ユカの返事を知っていたけれど。


 ユカは苦笑いでため息をつくと、その場に立ち上がって……先程よりも近い距離から彼を見上げる。

「支局長が率先して仕事中にそげなことしてよかと?」

「いいんだよ、一休みも大事だ。ただ……おやつはあくまでも、俺が昼休憩に買っておいたってことにしたいから、統治が帰ってくるまでにミッションを終わらせておきたい。ケッカ、遅れるなよ?」

 そう言って自分に向けて拳を向ける彼の手に、ユカもまた、握った拳をおしつけて。

「遅れるわけないやん。政宗こそ、財布とか忘れんでよね?」

 こう言って、いつもどおりの表情(笑み)を交換すると……強張っていた体の力が抜けて、いつも通りの自分に戻れる、そんな気がした。



 過去の自分を超えられたかどうか。

 過去の過ちを許せるかどうか。


 それはとりあえず……甘い物でも食べながら、一緒に考えよう。


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EP02:残酷な現実

※4幕直前くらいだと思います。



 7月上旬、とある休日の午前中。

 午前中に学校でテスト勉強をしていた名波蓮は、コンビニで昼食を買って利府の自室に帰ってくるやいなや、伊達聖人に拉致されて車の後部座席に詰め込まれた。

「だ、伊達先生!? 一体何ですか!?」

「蓮君、後部座席もシートベルトをちゃんとつけてね。あ、おかえりなさい」

「順序がメチャクチャなんですけど……一体何のつもりですか?」

 既に車は国道を法定速度で北上し始めたため、さすがにここから飛び降りることも出来ず。

 体勢を立て直してシートベルトを締めた蓮をミラー越しに確認した聖人は、車間距離をとりながら断片的に用件を告げる。

「蓮君に渡したいものがあるっていう人がいてね、連れてくるように頼まれたんだよ」

「渡したいもの……?」

「そう。あ、ご飯はここで食べていいけど、こぼさないように気をつけてね」

「だったら安全運転でお願いします……」

 とりあえず全てを諦めた蓮は、コンビニの袋からペットボトルのお茶を取り出すと……表面に汗をかき始めたボトルを握りしめ、中身を喉に流し込むのだった。


 蓮の部屋がある利府から、車で約1時間程度。

 2人は宮城県石巻市の住宅街の一角、とある家の前にやってきた。

 表札に『名倉』と記載された、瓦屋根の2階建て一軒家。さすがの蓮も、ここが誰の家なのかピンとくる。

「伊達先生、ここって……」

「そう、里穂ちゃんと仁義君の家だよ。蓮君は初めてだったかな?」

「当たり前じゃないですか……名倉さんが、僕に何か?」

「入れば分かるよ。じゃあ行こうか」

 1台分あいていたガレージに車を駐車した聖人は、車のエンジンを切って、さっさと車外へ出ていってしまう。

 蓮も慌ててシートベルトを外しながら……一切思い当たらない里穂からの用事に、首をかしげることしか出来なかった。


「名波君、伊達先生、いらっしゃいませっす!!」

 呼び鈴を押して待っていると、パタパタと走ってきた里穂が玄関の引き戸を引いて、いつもどおりのテンションで声を掛ける。私服姿の彼女は、チェックの襟付きシャツの上からブラウンのサマーニットを羽織り、足元は黒のミニスカートに同系色のレギンスという組み合わせ。あまり見たことがない姿に、蓮は思わずどこを見ていいか分からなくなって……視線をそらした。

「名波君、どうかしたっすか?」

「あ、いえ、その……一体僕に何の用かと思って……」

「あれ、伊達先生、名波君に伝えてないっすか?」

 刹那、蓮が聖人をジト目で睨んだ。そんな彼の視線など意に介する事はなく、聖人はいけしゃあしゃあと返答する。

「百聞は一見にしかずって言うからね。里穂ちゃん、用意は出来てるかな?」

「よく分からないけど用意なら出来てるっすよ。さぁ、どうぞどうぞ」

 そう言って踵を返す里穂に続き、聖人は家の中へ上がりこんだ。蓮も一人で残るわけにいかず、しぶしぶ2人の後に続く。

 ちなみに里穂の両親は、県北の病院に、里穂の祖母のお見舞いへ行っているそうだ。

「こちらにどうぞっすー」

「はぁ……え……?」

 里穂に案内されるがままに廊下を進んだ先、通された和室に広がっていた『それ』に気付いた蓮は、軽く目を見開く。

「これは……浴衣、ですか?」

 畳の上に広げられていたのは、落ち着いた藍色の浴衣だった。細やかな花弁の模様がうっすらと浮かび上がっており、里穂の私物にしては上品な印象を受ける。

 確かに間もなく夏祭りのシーズンではあるけれど……でも、一体、どうして?

 全く状況が掴めないまま、蓮が立ち尽くしていると、背後からスリッパの音が近づいてきた。


「――あ、名波君、こんにちは」

「柳井君……こんにちは」


 後ろからやってきた柳井仁義が、いつも通りの柔らかい笑顔で蓮に声をかけて、浴衣の前にいる里穂の隣へ腰を下ろした。白いTシャツに濃紺のジーンズが良く似合う彼は、蓮よりも10センチ近く身長が高い。仁義が言うには「高校生になってから急に伸びた」そうだが、高校生になって伸び悩んでいる蓮には、羨ましい悩みだ。

 それはさておき。

 仁義は蓮を笑顔で見上げると、その視線を、彼の隣に立つ聖人に向けた。そして手に浴衣を持って、こんなことを言う。

「じゃあ伊達先生、名波君に着付けをお願い出来ますか?」

「え? 着付け? え?」


 かくして。

 蓮は戸惑っている間に、Tシャツとチノパンの上から強引に浴衣を着付けられてしまったのである。


「あの、スイマセン……これは一体、どういうことですか?」

 10分後、藍色の浴衣に黄色の帯で着付けが完了した蓮が、3人の誰かに説明を求める。

 そんな彼の様子を見た仁義が、聖人へこんなことを問いかけた。

「伊達先生……もしかして、名波君に何も話していないんですか?」

「そうだね、何事も経験だと思って」

 とても既視感の在る言葉に、聖人は言葉を変えて返答する。

 刹那、仁義が蓮に憐れみの視線を向けた。しかし現状への戸惑いが強い蓮は、とにかく誰かにどうして自分が浴衣を着せられたのか、その理由を説明してほしかった。ちなみにどうして聖人が浴衣の着付けを出来るのかという疑問は、聞いてもろくな答えが帰ってこないと思って最初から諦めている。

 そんな蓮と視線があった仁義が、苦笑いのまま口を開いた。

「じつはその浴衣、前に僕が着ていたものなんだけど……サイズが合わなくなって、着られなくなったんだ」

「え……? そうだったんですか……」

「処分しようかと思ったんだけど、病院で何か役に立てることがないかと思って伊達先生に聞いてみたんだ。そしたら、名波君だったら丁度いいんじゃないかって話になって……もしも嫌じゃなかったら、一度着てみてもらおうって話になっていたんだけど……何も聞いてなかったんだよね、ゴメンねいきなり」

「い、いえ、悪いのは完全に伊達先生1人ですから……」

 肩をすくめる仁義を慌ててフォローする蓮は、改めて、自分が袖を通している浴衣を見下ろした。


 浴衣なんて……着る機会はないと思っていた。浴衣を着てお祭りに行く人の姿を、何となく視界の端に捉えると……自分とは関係のない人種だと思って、背を向けていたのに。



 ――ねぇ、蓮、明日なんだけど、仙台の七夕まつりに行かない?



 過去、華に誘われても、



 ――……僕はいいよ。人も多いし。姉さんは自分の友達と行ってくれば?



 こう言って拒絶した。

 こうすることで、華を守ったつもりになっていたから。

 実際はずっと、守られていたのに。


 その後、蓮は……華と一緒に七夕まつりへ行くことはなかった。

 行くことが、出来なくなってしまったから。

 どれだけ短冊に書いても、二度と叶わない願い事になってしまったのだから。



 過去を思い出し、複雑な表情で浴衣を見下ろす蓮に、里穂が満面の笑みでこんなことを言う。

「今年の夏は、ココちゃんも誘って皆でお祭りに行くっす!! 名波君、スケジュールをあけておいてくださいっすよ!!」

 蓮の参加を規定事項として断言した里穂に、当の本人はどこか困惑した表情で問いかけた。

「……僕も行くんですか?」

「当たり前じゃないっすか。浴衣でお祭りは鉄板っすよ!!」

「はぁ……ですが、僕は遠慮します」

「何か予定があるっすか?」

「予定は……分かりませんけど」

 矢継ぎ早に問いかけられ、蓮は思わず口をつぐんだ。そんな彼を見た里穂は、右手の人差し指を立てて……蓮を見つめ、口元を緩める。

「じゃあ、行く直前に改めて聞くので、そのときに答えを聞かせてほしいっすよ。今すぐに決めてほしいわけじゃないっす。それならいいっすよね?」

 蓮の意志を確認するような口ぶりだが、言葉の端々に拒絶を許さない圧力を感じた。蓮は浴衣姿のままこれみよがしなため息をつき、里穂へジト目を向ける。

「……しつこいですね」

「よく言われるっす!!」

 悪びれる様子などあるはずのない、そんな里穂と、彼女を諌めない仁義、いつもの聖人に見つめられ……蓮は、諦めた表情でもう一度ため息をつくしかない。


「……分かりました」


 正直、全てにおいて戸惑いしかないけれど……浴衣を着ているせいもあるのか、少しだけ心が動いたような、そんな気がしてしまったのだ。


 そんな蓮の姿を見た聖人が、とても満足そうな表情でこんなことを言う。


「いやぁ、でも……やっぱり、中学生の頃の仁義君と、今の蓮君は、体型が同じくらいなんだね。自分の見立ては間違ってなかったよ。あ、華蓮ちゃんにも浴衣が必要な時は、自分が買って用意しておくからね」


 刹那、里穂と仁義がとても焦った表情で聖人を見つめた。そして、2人して恐る恐る蓮に視線を向けると……サイズピッタリの浴衣を着ている蓮は、とても、とっても複雑な表情で、引きつった笑みを浮かべていたのだった。


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EP03:タナボタ

※夏の話らしいです。



「……これ、忘れてたな」

 とある平日の午後、スーツ姿で自席に座っていた佐藤政宗は……引き出しから出てきた商品券を見つめ、頬杖をついた。

 出てきたのは、某大手子ども向け用品のチェーン店で使える商品券・7000円分。これは昨年末に得意先の忘年会に顔を出した際、ビンゴ大会で当たったものだった。

「佐藤さん、子どももいないのにどうするんですかー? さっさと彼女見つけろってことで、今後合コンセッティングしてくださいよー」

 酔った知人から絡まれた政宗が、何となく苦笑いを浮かべて数ヶ月……気付けば有効期限が迫っている。棚ぼたでうっかり手に入れたものなので、期限が切れたところで痛くも痒くもないのだが……。

「なぁケッカ、これ、使うか?」

 政宗の位置から斜め前にある自席に座っていたユカに商品券をかざすと、それを認識した彼女が、盛大に顔をしかめる。

「政宗……それ、どげんしたと?」

「年末の忘年会でもらってたんだよ。使うんだったら、やるぞ?」

 政宗の申し出に、ユカは一瞬目を輝かせた後……「でも」と、再び顔をしかめる。

「その店にあたしが着れるサイズの服ってあると? あたし、幼児じゃないっちゃけど」

「どうだろうな……確か、大型店には小学生用のサイズがあるって聞いたことあるけど……」

「……近所にその店って、あったっけ?」

「いや……多分、泉とか長町……名取か……?」

 普段使わない店の位置は全く分からない。脳内で地図を思い描きつつ、政宗が顔をしかめると……ユカが自然と、こんなことを尋ねる。

「政宗、例えば今日の夜にでも連れてってくれると?」

「ああ、別にいいけど……って……!?」


 かくして。

 その日の仕事終わり、ユカは政宗が運転する車に乗って、郊外にある大型の店舗へと向かったのだった。


 時間は19時半を過ぎたところ。店内には2人を含めて3~4人しか客がおらず、店の閉店が20時のため、店員は何となく後片付けを始めていた。

 そんな中、160センチまでのジュニアサイズが並ぶコーナーにやってきたユカと政宗は、高く高く陳列された商品を二人して見上げて……目を丸くする。

「はー……こげん種類があるとねぇ……あと、陳列が高すぎん?」

 政宗の身長をもゆうに超える高さにぶさ下がった洋服の数々に、ユカが顔をしかめる。一方の彼は「確かに」と同意しつつ、服の脇に立てかけてあった棒を取った。先にU字フックがついており、これにハンガーを引っ掛けて取るようになっているのだ。

「取る時はこの棒を使えってことみたいだぞ。ケッカ、どれにする?」

「んー……どうしよう。でも、すっかり夏服ばっかりやねぇ……」

 ユカはとりあえず手近にあったノースリーブのシンプルなタンクトップを取った。何も考えていない行動だが、一枚目に選ぶには大分ラフで、目のやり場に困りそうな一着。それを着ているところを見たい気持ちと他人に見せたくない気持ちの間でふらついている彼は、動揺を隠しながら問いかける。

「ケッカ……袖がなくていいのか?」

「え? 別によかやんね。シンプルなのが一番合わせやすいし……って、安っ!! えっ?! 399円!? 安いよ政宗!!」

「静かにしろよ恥ずかしい……」

 政宗のジト目など意に介さず、ユカはそのタンクトップを彼にもたせたカゴの中に入れる。そして次に縦ストライプの入ったホットパンツも手に取ると、「999円、安い……」と呟きながらカゴに放り込んだ。

「ケッカ……もうちょっと丈が長くなくていいのか? クーラーで足が冷えるぞ?」

 心がここにない苦言に対して、ユカは特に政宗の方を見ることもなく、別の服を物色しながら返答する。

「レギンスとあわせるけん大丈夫ー。あ、このシャツ777円……福岡から持ってきた夏服、ちょっと襟元がくたびれすぎとるっちゃんねー……」

 ユカはサイズだけを見て、襟付きのシャツもカゴに放り込んだ。そして別のショートパンツ(899円)も、ほいほいっとカゴに放り投げてから、チュニックやワンピースのエリアへとスライド移動していく。

 政宗はユカが躊躇いなく服を放り投げていく様子にため息をつきながら……手元のカゴを見下ろし、彼女が選んだ服をチラ見した。

 夏物とはいえ、先程から布面積の少ない服ばかりを選んでいる気がするのだ。価格以外にデザインとかもうちょっと気にすればいいのにと思ってまう。


 彼女はいすれ、この服に帽子を被った状態で、『仙台支局』に出勤してくるだろう。夏用の帽子に関しては、ユカ自身が福岡から持ってきたものもあるし、聖人も何やら新作を用意しているとかいないとか。要するに、今被っているキャスケット以外を着用してくることがあるかもしれない。


「……フッ……」

 政宗の口の端から漏れたのは、心からの笑み。脳内で粛々とユカの立ち姿を妄想していると、ワンピース売り場から戻ってきたユカが、呆けている彼を見上げて顔をしかめた。

「政宗……なんか顔が気色悪かよ?」

 バッサリ切り捨てられた政宗は、我に返って反論する。

「な、何だよ、これが普通だ!!」

「それはそれで嫌なんやけど……ちょっとこっち来てくれん?」

「……?」

 自分を誘導するユカに疑問符を浮かべながら、政宗は彼女の後に続いて……ワンピースやチュニックが並ぶエリアに連れてこられた。

「ケッカ、どうかしたのか?」

「その……服なんやけど……」

「ああ。もう終わりか?」

 カゴの中身は先程の4着から特に増えていない。これでは商品券が余ってしまうが、まぁ本人が不要ならばしょうがないだろう。

 レジに行っていいのかと言外で尋ねる政宗に、ユカは視線をチラチラと向けながら、口の中でモゴモゴしている言葉を吐き出した。

「いや、その……折角やけん単価が高いものも選ぼうかと思ったっちゃけど……あたし、どうにもこういうのが苦手で……政宗、何か適当に選んでくれん?」


「……は? 俺が?」


 間の抜けた声と表情で問いかけると、ユカもまた、「頼んだぜ」と言わんばかりの真顔で首肯した。

 選ぶのが面倒になった、という本音は、すっごく頑張って飲み込んだ。


「コレは……いや、でもさっきのシャツとの色使いを考える、コレか……?」

「ねー政宗ー、まだー?」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!! な、なぁケッカ、こっちとこっちはどっちがいいと思う?」

「はぁ? どっちでもよかよ」

「あぁぁぁ……」


 と、いうやり取りを繰り返し……最終的にはユカに睨まれながら、彼が閉店ギリギリまで迷い続けた結果、選ばれたのが5着。

 白いレース素材のチュニックと、胸元の切り返しに色違いの布が使われており、袖のところがふんわりと丸みを帯びた女性らしいデザインの、黄色と白のインナーを各1枚ずつ、そして、細い紐で肩からぶら下げるタイプのズボンと、赤と黄色のチェックが女の子らしいプリーツスカートというチョイスに落ち着いた。

「……こげなデザイン、着ることあるやか……」

 ユカはカゴの中身をみて首をかしげつつ……「まぁいいや、自分のお金じゃないし」という結論に至る。

「じゃあ政宗、会計頼んでよか?」

「あ、ああ……ちょっと待っててくれ」

 政宗はカゴの中身を何度となく確認しながら、財布から商品券を取り出してレジへ向かう。

 そして、レジ締めをしたくてたまらなそうな店員が「商品券かよ……処理がちょっと面倒なんだけど」という視線を向けながら中身を袋へ入れて政宗へ手渡し、晴れてこの服たちはお買い上げとなったのであった。


 2人が20時ギリギリに店を出ると……当然ながら世界は闇に包まれており、次の瞬間、背後の店舗照明が一段階暗くなった。

 自動ドアの周囲にある商品を片付け始める音を聞きながら、ユカは星空を見上げてため息をつく。

「あたし達、割と居座っとったんやね……主に政宗のせいで」

「わ、悪かったな!! まさか俺が選ぶことになるなんて思ってなかったんだよ!!」

「ハイハイすいませんでしたー、今度から1人で選ぶけんねー」

 ユカはそう言って政宗から荷物を受け取ると……少し、その場で思案して。

「政宗、ちょっとトイレ行ってくる」

「へ? あ、あぁ……ここで待ってるからな」

 店舗の外に設置されたトイレへ向かうユカの背中を見送りながら、トイレに行くなら荷物持っていかなくてもいいじゃないかと思いつつ、スマートフォンで時間を確認する。

「……何か食べに行くか……」

 時間的に口実的にも最高の状態だった。後は政宗が普段どおり言い出せるかどうか。

 まぁユカも若干期待してるだろうなと思いつつ、スマートフォンの地図アプリで飲食店を探していると……足音が近づいてくる。


「政宗、お待たせー」

「あぁケッカ、この後なんだけど――」


 何となく振り向いた政宗は、ユカが先程自分が選んだ服――丸みのある袖が可愛らしいシャツと、肩から細い紐でつるしているズボン――に着替えていることに気が付き、持っていたスマートフォンを地面に落としそうになった。

 被っている茶色の帽子と、元々着用していた白のニーソックスとハイカットのスニーカーとも相まって、とてもバランスが取れている……ように見える。

 ユカは硬直している政宗を恐る恐る見上げながら……どこか照れくさそうに頬をかいた。

「服をこげん買ってもらうなんて初めてやけんが……ちょっと舞い上がっちゃった」

「そ、そう……か……」

 間違いなく心がフライハイしているのは政宗の方なのだが、周囲の照明が落とされていることもあり、果たしてユカにどこまで伝わっているのか。

 言葉を探す政宗に、ユカは一度、息をついてから……彼の隣に並び立った。そしてその右腕を掴むと、困惑する彼を至近距離から見上げて……ニヤリと、口角をあげた。

「折角やけん……もうちょっと遊ぼうよ。政宗、どこに連れて行ってくれると?」

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