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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
107/121

【2023年執筆短編】インナーカラー・イントロデュース、他【計5本】

 ボイスドラマ等で蓮役をお願いしている狛原ひのさんが、色々なキャラクターの様相をイラストにして送ってくださるので……それに全のっかりして書き散らした短編です。一部、SNSにアップしたものもありますが、全て加筆修正をしております。

 時間軸は8幕終了後~9幕前です。師走を駆け抜けようとする彼らの様子をお楽しみください。


※一部、9幕に登場するキャラが名前のみ登場します。

1.インナーカラー・イントロデュース

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)



 『仙台支局』に、親痕として川瀬空が加わってから早数日。名杙心愛は、街中を歩く若い女性――主に高校生以上大学生以下――の外見や流行が気になってしまい、歩く彼女たちを無意識のうちに目で追ってしまうことが増えたように思う。

 勿論、相手に気づかれないよう、じっと凝視することはないが……そんなことを続けていると、今まで見過ごしていたことが目につくようになってきた。

 例えば……。


「ねぇりっぴー、りっぴーの高校、インナーカラーってOKなの?」

 とある平日の夕方、『仙台支局』内の応接スペースにて。

 学校帰りのため制服姿の心愛は、同じくセーラー服姿――スカートの下にジャージを着用しているが――名倉里穂へ、気になっていたことをぶつけてみることにした。

 最近、仙台駅やその周辺を歩いていると、インナーカラーを取り入れたヘアスタイルを楽しむ若い女性と、多くすれ違っている気がしたのだ。中学生の心愛の周囲には髪色を一部でも変えている友人はいないし、身内も全員、生まれ持った髪色で過ごしている。それは里穂も同じだが、例えば私立高校で部活動に()()()()()()()高校生は、もっと自由なのかもしれない、そう思ったが故の問いかけだった。

 一方、唐突に質問をぶん投げられた里穂は、即座に「うちはダメっすね」と返答する。

「休みの日に、同い年くらいの子が入れてるのを見かけるっすけど、うちの高校の生徒じゃないと思うっす。というか、高校でインナーカラーが許可されているところのほうが珍しいと思うっすよ」

「それもそうよね……今は空さんが入れてるし、ネットでも見かけることがあるからって、どこの私立高校でもOKなわけがないわよね」

 心愛はそう言って瞬きをした後、自身の斜め上を見上げた。視線の先に漂っている空は、長い髪をサイドテールにしており、アッシュのインナカラーを入れている。

 心愛の視線に気付いた空は、少し照れたようにはにかんだ。

「いやー、そんなに見ないでよー。キンチョーするじゃーん」

「緊張……?」

 空の言葉に心愛は思わず顔をしかめる。

 緊張? 誰が? 何に?

 心愛の脳裏によぎるのは、つい数日前、ここでやり取りをしている空と兄――名杙統治の姿だ。 


 ――はいはいトージさん!! アタシ、次は髪にアッシュのインナーカラーを入れてハーフツインをくるりんぱしてこなれ感を出したいし、エゴイスト系のニットワンピが着たいんだけど!! どう? 絶対イケてるよね!!

 ――は?


 空の支給担当である統治が、彼女が発する単語の一つ一つを精一杯脳内で咀嚼して、懇切丁寧に検索し、それっぽい画像を出して、互いの認識を地道にすり合わせなから眉間のシワを深くしていた姿を……心愛は先日この場で目撃していた。

 要するに、あれだけ堂々と自己主張をして「シクヨロ!!」と待っている空を見ると、緊張の意味を履き違えているとすら思えてしまう。

 一方。


 ――どうして中途半端に髪を染める必要があるんだ?


 インナーカラーを把握した統治が、終始首をひねっていた様子はさておき。

 知らないことを知ろうと奮闘していた統治を思い出していた心愛を、里穂がじぃっと見つめていた。

「りっぴー?」

 何事かと思って彼女を呼ぶと、里穂は1人で納得したように頷いて。

「ココちゃんは髪の量が多いから、インナカラーよりメッシュのほうが似合いそうっすよね。今のツインテールから色が見えると絶対に可愛いし、あえて姫毛的な感じで残してもいいと思うっす」

 こう言って笑顔を向けるから、心愛は少し気恥ずかしくなって視線をそらした。

 毛の量が多く、癖の強い髪の毛は、心愛にとってコンプレックスの1つだ。それをこうして面と向かって褒められると、妙にくすぐったい。

「こ、心愛は別に……そういうりっぴーもポニーテールが多いから、メッシュの方が似合う気がする」

 刹那、頭上の空が「分かるー!!」と声のトーンを上げて会話に入ってきた。

「リホちゃんもココアちゃんも色を足すと絶対に可愛くなるよ!! どうしてやんないの?」

 首を傾げる空へ、里穂が苦笑いで返答した。

「私もココちゃんも、学校の校則で禁止されてるっすよ」

「へ? コウソク? 何が速いの?」

「んーっと……学校のルールで、ダメってことになってるっす。だから、直接染めるんじゃなくて、ピンでつけるエクステみたいなものだったら、冬休みとかにつけてもいいかもしれないっすね」

「なる!! それいいじゃん!! ね、いつか3人で色合わせとかしよーよ!!」

 そう言って目を輝かせた空が、「じゃあ、リホちゃんのカレシもダメ系?」と話題を投げる。

「そうっすねぇ……ジンは私の高校よりルールが厳しそうなので、インナーカラーは絶対にダメだと思うっす」

「そっかー。カレシくん……えぇっと、名前……ジンヨシくん?」

「色々混ざってるっす。ジンでいいっすよ」

「りょ。ジンくんって異次元級のイケメンだから、絶対にカッコいいと思うんだよねー。リホちゃん的には何色のインナーカラーが似合うと思う?」

 空の問いかけに、里穂は数秒間思案して……。

「ジンは元の髪の色が明るいし、やっぱ黒っすかねぇ」

 彼がよく着ている服の色から、黒を選んだ。里穂の答えは心愛も同じく、脳内で思い浮かべていた色だ。簡単に脳内イメージを膨らませてみると、ちっとも違和感がない。前述の通り、彼は黒い私服を着ていることも多いので、統一感も出るだろう。

 そういえば……心愛はふと浮かんだ疑問を、これ幸いとばかりに里穂へ尋ねてみることにした。

「ねぇりっぴー、ジンって、黒い服をよく着てるわよね。何か理由があるの?」

 黒は、彼が好きな色なのか。それとも、里穂と何か思い出がある色なのか。

 その質問に、里穂は笑顔で返答した。

「知らないっす。好きな色なんじゃないっすか? 似合ってるのでノープロブレムっすよ」

 あっけらかんと答える姿に、心愛は「そうなんだ」と相槌をうつ。すると、すっかり2人の目線の高さで漂っていた空が、人差し指を立てて別の人物を引き合いに出した。

「ムネさんは個人的に青とか似合いそうな気がするかなー。なんつーか、うーん、赤じゃないんだよねー」

 この見解に、里穂が「分かるっす」と秒で同意する。

「赤はどっちかっていうと名波君っすよね、ココちゃん」

「えぇっ!? ど、どうして心愛にそんなこと聞くのよ!!」

 急に話が飛躍して狼狽える心愛の隣で、空が「ナナミくん?」と目を丸くしている。里穂は「片倉さんの仮の姿っす」と至極適当に――絶妙に間違った答えを何の躊躇いもなく告げた後、「青、赤とくると……」と、真顔になった。

「折角なので黄色が欲しいところっす。でも、ケッカさんもうち兄も、個人的に黄色じゃないっすよねー」

 この言葉に、空が「分かるー」と、赤べこのように頷いた。

「けど、サクラコさんも黄色は違う系かなー」

「そうなんっすよ。というわけでココちゃん、誰かいないっすか?」

「き、黄色……!?」

 急に別の質問をぶん投げられた心愛は、脳内で必死に、黄色のインナーカラーが似合いそうな人物を検索してみた。


 自分の友人でも身内でも、インナーカラーを黄色にして似合う人物は……即座に思い浮かばない。それ以外で考えてみても……例えば、『仙台支局』に勤めている支倉瑞希(たまき)や、よく出入りしている伊達聖人、富沢彩衣に、黄色のインナーカラーを当てはめることは難しい。要するに、仙台には該当しないらしい。

 そうなると……心愛はふと、夏休み期間に来仙していた『福岡支局』のメンバーを思い出していた。


「……例えば、『福岡支局』の橋下さんあたり、かなぁ。明るい色が似合いそうな気がする」

「なるほどっす!! それは盲点だったっすよ!!」

 心愛の答えに膝を打った里穂と、目を丸くしている空。

「リホちゃん、ハシモト、さん? って……だ、誰?」

「橋下さんは福岡にいる、ケッカさんの親友っす。オシャレで可愛い人なので、後で写真を見せてもらうといいっすよ」

「なる。じゃあ、ユカちゃんは何色が似合うと思う? シンユーのハシモトさんが黄色なら、緑とか?」

 どうだろう、と、思案する空へ、里穂がこんな答えを導き出した。

「ケッカさんは……ピンクっすかねぇ」

 刹那、予想以上に明るい色に、心愛が思わず顔をしかめる。

「ケッカがピンク? どうしてそう思ったの?」

 心愛の指摘に、里穂は何かを確信したドヤ顔で、その根拠を告げた。


「そういう色、政さんが好きそうっす。だから、政さんが土下座……してもケッカさんは動かなそうなので、牛タンを差し出してやってもらいそうっす」

「あー……」

「めっちゃ分かるー」


 心愛と空が異口同音に告げた次の瞬間、衝立の向こう、少し離れた場所で、何か重たいものが落ちたような、鈍い音が聞こえた……ような、気がした。


挿絵(By みてみん)


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2.対等な上下関係

挿絵(By みてみん)


 仙台駅から少しばかり歩いた先にある、いろは横丁。

 少々ノスタルジーな通りの一角に、彼の経営する飲食店がある……が。


「今日は休みって言ったじゃないですか、万吏()()。にもかかわらずおしかけるとか、横暴ですよー?」


 12月上旬、時刻は間もなく18時30分。

 カウンターに頬杖をついた世渡直生(せと すなお)が、視線の先にいる『先輩』に口角を上げる。

 先程彼が告げた通り、本日、この店は定休日だ。直生自身は明日に向けた用意があるので夕方に出勤(?)し、私服で作業をしていたところに、仕事で仙台にやってきた『先輩』が、ちょっとツラをかせと言ってきたのである。

 そんな事情から横暴呼ばわりされた彼――茂庭万吏(もにわ ばんり)は、特に悪びれることもなく、ネクタイを少し緩めた。

 万吏はグレーのスーツ姿で、脱いだ黒いロングコートは荷物と一緒に隣の椅子においている。12月に突入し、寒い日が続くようになってきたことで、妻の涼子(すずこ)が用意してくれたものだ。

 一方の直生は前髪をヘアピンで固定し、目元はいつものサングラス、フードの付いたトレーナーとジーンズを着用し、足元はスニーカーという、ある意味では万吏と対極の出で立ちをしている。

 そんな後輩は、口の端からわざとらしく不平不満をこぼしながら缶ビールを差し出した。営業中ならばビールサーバーから注がれたものを提供できるのだが、あいにく、今日は機械もメンテナンスで休業中。よって、缶ビールで我慢してもらうしかない。

 直生からそれを受け取った万吏は、これまたわざとらしくおどけた口調で言葉を返す。

「そんな水臭いこと言うなよ。俺と直生の仲だろ?」

「分かりましたー。ところであと30分で帰りやがってくださいね」

 笑顔でこう言って未開封の干芋を放る直生を見やり、万吏はプルタブをあけながら肩をすくめた。

「日本語が色々間違ってるけど……了解。ま、休みの中で時間作ってくれてありがとさん」

「どういたしまして。ところで、オレもチューハイ飲んでいいっすか?」

 そう言いながら、彼の手には既に缶チューハイが握られている。最初から遠慮する気は微塵もないらしい。

「店長なんだから好きにしなよ」

「あざっす。じゃあ、今日のお代は万吏先輩につけときますんで。年内の支払いお願いしますねー」

「……」

 万吏が一瞬、頬を引きつらせたように見えたが……直生はそれに気付かなかったフリをして、足元の冷蔵庫から更に缶チューハイを取り出した。

 そして、最初に握っていたそれを改めて手に取り、プルタブをあけつつ……ビールを飲んでいる万吏を横目に捉える。


 万吏は、彼の住居のある石巻や、その周辺を主戦場としている公認会計士だ。仙台に仕事の用事があったことは事実だと思うが、愛妻家の彼がわざわざこうして立ち寄る理由が、きっと何かあるはず。

 それを確認すべく、直生は一気に半分ほと減った缶を脇に置いた。


 目には目を、情報には情報を。

 相手とは常に対等であることを意識して、誠意を示し、不誠実を拒む。

 そんな姿勢でのらりくらりと生き残ってきたのだ。


「で、万吏先輩がわざわざオレを尋ねてきた理由、お伺いしましょうか?」

 この言葉に、万吏は缶を傾けていた手をおろすと……口元にニヤリと笑みを浮かべた。そして、唐突に問いかける。

安常(あんじょう)先生が宮城に戻ってきたらしいって話、届いてる?」

 万吏の言葉に、直生は珍しく軽く目を見開いた後……「いいえ」と苦笑いで首を横に振った。

 そして、彼がここに来た理由を悟る。

「万吏先輩、どうしてサマー先生が戻ってくるのか知りたくて来たんですよね。生憎ですがオレも初めて聞いたんでマジで分かりません。というか……サマー先生より神出鬼没な人、オレが知る限りこの世にいませんって」

「それもそうか」

 直生の言い分に納得した万吏は、苦笑いで肩をすくめた。


 安常夏明。

 万吏にとっては大学の――学部は異なるが先輩であり、友人の伊達聖人を介して、何度か会ったこともある。

 一方、直生にとっては、この店の黎明期のお得意様だった人物だ。



 もっとも、2年ほど前に夏明が宮城から出ていって、特に連絡はとっていなかったけれど。



「にしても……なんで戻ってくるんですかね。タフなアメリカ人を安らかに眠らせるために出国したって聞いてますけど、これもどこまで事実なんだか」

「そこなんだよ。まあ……あの人なら『欧米人とステーキに飽きた』とか言いそうな気がするけど、この店の常連さんだったから、直生は何か知ってるのかなって」

 万吏の記憶の中にいるその人物は、とろろよりも掴み所がない人物だった。

 超絶に優秀な医者なのだが、気分屋がすぎる。だからこそ、数歩引いた場所から見ている分には面白い人物なので、もしも宮城にいるのであれば、どこで何をしていたのか、聞いてみたかったのだ。

 それに……このタイミングで戻ってくることにも、何か、重要な意味があるような気がしてならない。

 直生は「期待に添えられずスイマセン」と肩をすくめた後、最も的を得た意見を口にする。

「っていうか、オレじゃなくて、セイント先生に聞くべきじゃないですか? 同業者で、オレよりもずっと深い仲でしょうし」

 聖人のことを口にする直生に、万吏は苦笑いで首を横に振った。

「伊達ちゃんに聞いても、適当にはぐらかされるからさぁ。直生だったら対価を渡せば教えてくれるでしょ?」

「そうですね。ってことは……何かしらの対価(情報)があるってことですか?」

 こう切り込んだ瞬間、万吏は少し迷った後、浅く息を吐いた。

「まぁ、それなりに。ただ、これは次の機会にしとくわ」

 そう言って缶の残りを飲んだ万吏に、直生は彼がこれ以上語る気がないことを悟る。

 その後、適当に雑談をした後……コートを着るために万吏が立ち上がった。直生は彼が飲んだ缶を自分の方へ引っ込めつつ、未開封の干芋を指で示す。

「それ、奥サンへのお土産にどうぞ」

「ありがと……っていうか、最終的に俺が金払うんだから当然だよね?」

 コートを着た万吏がジト目を向けて指摘すると、直生は「えー?」とわざとらしく声をあげた後、彼を見据えて口角を上げた。

「そこは若くして夜の店を切り盛りしているオレを立てて、事実は言わないでくださいよ。でないと、奥サンに万吏先輩の武勇伝、言っちゃうことになりますよ?」

 どこまでも意味有りげな笑みに、万吏は怪訝そうな表情で言葉を返す。

「俺の武勇伝、ねぇ……っていうか直生、スズと知り合いじゃねぇじゃん」

 万吏の知る限り、直生と涼子に直接の関わりはない……はずだ。直生がはったりで物を言っていると判断した万吏へ、彼はカウンター越しに情報を追加する。


「確かに。ただ、最近のオレは、『仙台支局』の皆さんと仲良くさせてもらってまして。確か……万吏先輩の義理の妹さん、転職なさったんですよね?」

「……」


 これ以上は聞かなくても分かる。万吏は「ヘイヘイ」と両手をあげつつ、悪びれる様子のない後輩を見つめた。

「こんにゃろう……身内を使って先輩を脅すな」

「脅す? 滅相もない」

 軽く首を振った直生は、親指と人差し指でハートを模した手を万吏へ向けた後、淀みなく言葉を続ける。


「今後とも、旦那様の飲み会を許容してください、という……俺からの愛あるお願いですよ」


 いけしゃあしゃあと言い放つ後輩は、やはり敵に回すべきでないと……万吏は師走の夜に誓いを新たにするのだった。


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3.出来る男のリサーチ術

挿絵(By みてみん)


 困っている人がいたら、力になりたい。

 それは、人間ならば誰もが抱く、当たり前の感情だろう。

 ただ……。


「と、透名さんへのクリスマスプレゼント……です、か……?」

 師走に突入した平日の夕方、用事があって『仙台支局』に顔を出した柳井仁義(ひとよし)は、珍しく1人で電話番をしていた名杙統治に呼び止められ、こんな問いかけをされた。



 ――櫻子さんへのクリスマスプレゼントは、何がいいだろうか。



 どうしてそれを唐突に、年下の自分に聞くのか。

 本人に聞いてくれ頼むから。


 ……という本音を笑顔の裏に押し込んだ仁義は、椅子に座って真剣にこちらを見ている統治を見つめ返し……脳内で必死に言葉を選ぶ。

「と、統治さん……身も蓋もない意見で申し訳ないのですが、それは、透名さん本人を何となくリサーチするしかないのでは……?」

 すると統治は、静かに首を縦に動かした。

「そこなんだ」

「そこ、とは……?」

「リサーチするキッカケを作りたい。例えば、仁義は里穂の好みを把握するとき、どのようなことを心がけているんだ?」

 言い方は堅苦しいし分かりづらいが、要するに『恋人が欲しいものをさり気なく把握するにはどうすればいいか』を知りたがっていることに気付いた。ならば、少しは力になれるかもしれない。

 仁義は、「そうですね……」と呟いて、自身の記憶を掘り起こす。

 例えば、仁義が里穂の欲しいものを知りたくなったら……。


 ――里穂、クリスマスに何か欲しいものはある?

 ――そうっすねぇ……あ、カバンにつけるお揃いのストラップが欲しいっす!!


 ……という感じで、毎年、ど直球に聞き出していたことを思い出す。というか、遠回しに聞いたところで里穂はすぐに悟ってしまうから、最初からはっきり聞いたほうがお互いのためなのだ。

 仁義は「僕の場合は、ですけど」と前置きをして、自身の経験を語った。

「里穂に対しては、遠回しに聞いたところで気付かれてしまうので、直接聞くようにしています。透名さんも恐らく、里穂と同じタイプなのではないかと思います」

 この答えに、統治はどこか釈然としない表情で「それは……」と呟いた後、その先にある『壁』の突破方法を尋ねる。

「ただ、直接聞いてしまうと、本人が気を遣って、本当に欲しいものが分からなくなるのではないだろうか」


 統治が懸念しているのは、バカ正直に尋ねることで、櫻子を萎縮させてしまい、彼女の本音を引き出せなくなってしまうことだ。

 クリスマスに限らず、プレゼントを渡すならば本人が欲しいものを渡したい。大切な人ならば尚更だ。

 ただ……指輪を先日渡してしまったこともあり、次に何を渡せばいいのかを決めかねている。

 世間がクリスマスまでのカウントダウンを始めた今、生活を共にしていない彼女の好みを、限られた時間の中でどう探せばいいのだろうか。


 表情に不安が滲む統治へ、仁義は淀みなく言葉を紡ぐ。

「それは確かにあると思います。だから……クリスマスを囮にするのかどうでしょうか」

「囮……?」

 仁義の言葉の真意が分からず、怪訝そうな表情になる統治。対する仁義は落ち着いた表情で、統治にある『戦略』を伝授した。

「例えばですが、クリスマスに欲しいものを、複数聞いておくんです。そして、その中から、価格的に2番目くらいに高いものをクリスマスプレゼントにします」

「どうして2番目なんだ?」

「透名さんの誕生日は、確か、4月ですよね。価格が一番高いものは誕生日に渡すんです。もしもその日までに本人が買っていたら、価格が3番目に高いものを誕生日にまわします。その際に商品のグレードを上げれば、クリスマスに劣ることはないかと思いました」

「なるほど……」

「透名さんとしても、自分の話を覚えていてくれたということで、統治さんへの心象も更によくなるかと。こんな作戦は、いかがでしょうか」

 こう言って、おどけた表情と共に胸の前でハートマークを作った。

 

 この作戦に必要なのは、さり気なく聞き出してしっかり記憶する、統治の心の余裕なのだから。


 「僕が思ったのはこんな感じです」と、手をおろして統治を見ると、彼が納得した表情で力強く頷いて。

「ありがとう。とても参考になった」

「それは良かったです。というか、政宗さんには聞いていないんですか? プレゼントはむしろ、政宗さんの方が選ぶのが上手そうですけど……」

 支局長として手土産や贈答品の選び方に精通している彼の名前を出すと、統治は苦笑いで「いや」と口を開く。

「今年の佐藤は……特に、自分のことで手一杯なんだ」

「ああ……」

 この言葉で全てを察した仁義は、師走に奔走する彼の姿を思い浮かべた。

 そして、同時に……彼の未来が、自分たちと同じであることを願ってしまう。

「政宗さんも……色んなことが、上手くつながるといいですね」

「そうだな」

 この場にいない彼へ各々がエールを送った次の瞬間、事務所の扉が開く。

 程なくして……大きな足音と共に、2人分の声が響き渡った。


「――だから、そのシフトだとケッカの勤務が過密だって昨日からずーっと言ってるだろうが!! 減らして俺を増やせばいいんだよ」

「なんば言いよっと!? 政宗をこれ以上増やしたら支倉さんがぶっ倒れるけんが、あたしが入ってまるっと解決するっていう完璧なプランやんね!!」

「どこがだよ!! 三六協定って言葉知ってるか!?」

「知らん!!」


 喧々諤々の――まぁ、いつもの雰囲気を察した2人は、無言で顔を見合わせ……肩をすくめるのだった。


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4.カワイイ・メイク・アフタースクール

挿絵(By みてみん)


 ――名波君って、実は可愛い顔してるよね。


 教室に響いたクラスメイトの発言に、名波蓮は、持っていた本を取り落としそうになった。


「お、刑部(おさかべ)さん、急になんですか……?」

 師走も近づく平日の午後、1日の授業を終えた教室内は、雑多かつ、少しだけ浮足立った空気に満ちていた。

 そんな、雑談をしているクラスメイトを横目に気配を消してそそくさと出ていくことが蓮のお決まりなのだが、今日は思いっきり出鼻をくじかれている。

 今日はこれから、里穂がすすめてくれたプチプラのオールインワンクリーム――肌の色をワントーンあげてくれるらしい――を買ってからバイトに行かなければならないのだ。本人がわざわざ空になった容器を渡してくれて、抜群の使用感をプレゼンされたので、ちょっと気になっている代物。

 今日中に仙台駅の中のドラッグストアで買わないとクーポンが使えなくなってしまうから、少しでも早くこの場からいなくなりたいというのに。


 こんな日に限って、どうして。


 蓮に対して、割と的を得た――というと本人は至極不機嫌になるが、女装してバイトをしている日常がある以上、真っ向から否定することも少しだけはばかられる――発言をしたクラスメイト・刑部友実(おさかべ ともみ)は、視線を盛大にそらす蓮をまじまじと見つめた後。


「名波君、最近、2年の柳井先輩といることが多いでしょう?」

「えぇ、まぁ……それが?」

「柳井先輩、びっくりするくらいカッコいいじゃない?」

「そうですね……それが?」

「だからかな」

「……えぇ……?」


 要するに、トップオブイケメンの仁義の隣にいる自分は、彼と同じ男性に見られていない、ということだろうか。


 蓮がこの話をどう切り上げればいいか分からず、それはもう果てしなく困った表情で立ち尽くしていると……そんな様子を見た友実が「そうだ!!」と嬉々として胸の前で手を叩いた。

「名波君、今から一緒にTikTokの動画撮らない? 今、こんなポーズが流行ってるの。うん、名波君なら絶対、可愛く仕上がるよー!!」

 名案とばかりに頷いた友実は、蓮に向けて、手でハートを作ったポーズをとって見せる。

 その様子は確かに、年相応の可愛らしさがあるとは思う。それはそれでいい。



 ただ、これを、自分がクラスメイトの前でやるとなると、話は別だ。


「……」


 蓮は、恥じらいつつもハートを作る自分自身の未来を、少しだけ、ほんのちょーーっとだけ、具体的に妄想してしまい……。



「絶対に、嫌です」



 珍しく語気を強める蓮の嫌悪感を察した友実は、流石に慌てて「ごめんね」と食い下がる。そして。

「確かに、高校生の男の子が『可愛い』って言われても嬉しくないよね」

 1人、納得したようにこう言って、苦笑いを浮かべた。

 ……まぁ、なにはともあれ、そう思って引き下がってくれるならそれでいい。今のうちに退散すべく、蓮は机においていたリュックを普段より少し乱暴に肩にかける。

「じゃあ、僕はこれで」

「あ、うん。引き止めちゃってごめんね。また――」


 また明日。


 友実がそう言うのと、リュックのポケットからオールインワンの空容器がこぼれ落ちたのは、ほぼ同時で。

 明らかに女性向け化粧品の容器が、無情にも教室の床を転がり……友実の足元で、動きを止める。

 



 終わった。




 容器を拾い上げる友実を見つめながら、頭が真っ白の蓮の脳内に浮かんだのはこの4文字だった。

 一方、友実はしげしげと手元のそれを見つめつつ……次に蓮とそれを見比べて「そうなんだ!!」と、1人で納得している。


 何なんだ。

 何が「そうなんだ!!」なんだ。


 顔面蒼白で言葉(言い訳)にも見放された蓮に、友実は笑顔でそれを差し出した。そして。

「名波君、スキンケアにもこだわってるんだね!! だからそんなに肌が綺麗なんだ!!」

「えっ!?」

 なんだか1人で納得している。


 確かに最近は、男性でもメイクが当たり前になってきた。だからといって、女性向けのコスメ――しかも空き容器なのでまるで蓮が使い切ったような印象もある――を持っている理由になるかどうかは分からないけれど。

 ただ、なにはともあれ、そう思って引き下がってくれるならそれでいい。

「えー……っと、そ、そう、です、ね……」

 曖昧に頷く蓮とは対象的に、友実はテンション高めに言葉を続ける。


 蓮は気付いているのだろうか。

 クラスに残る全員が、うっすらと、2人のやり取りの行く末を見守っていることに。


「私もこれ、ちょっと気になってたんだ。使い心地はどんな感じ?」

「そう、ですね……(僕はまだ使ったことありませんが)非常に伸びが良くてさっぱりした使い心地ですし、これ1つで完結するのでコスパもいい、です……(って名倉さんが言ってました)」

 他人の感想を自分の意見にすり替えて伝えたところ、友実は大いに満足した様子で「そうなんだー!!」と笑顔で頷いた。

「名波君、私より女子力が高いんだね。私も見習わなきゃ」

「ど、どうも……」

 思っていない方向に話が転がったけれど、まぁ……いいか。


 いいのか?


 蓮の中には答えが明確ではない疑問が残ったままだが、逃げるなら今しかない。受け取った空の容器をリュックのポケットへと念入りに押し込んだ蓮は、今度こそ教室から出ていこうと呼吸を整える。

 次の瞬間。


「あ、そうだ。今度、一緒にインスタライブでメイク動画やろうよ!! 名波君、詳しそうだし、さっきの解説も上手だったから絶対バズると思――」

「――お断りします」


 光の速さで断りを入れる蓮だが、友実も負けてはいない。


「えー!? じゃあ、顔出しはしなくていいよ!! 横からちょこっと、声だけでも。ね?」

「いや、それもちょっと無理です……」

「そっかー。じゃあ、話す内容を考えるのはどうかな? 構成作家みたいな感じで」

「それ、は……えぇっと……」


 彼女の口から淀みなく語られる妥協案に、蓮は思わず流されそうになり、何とかこの場から脱出すべく、脳をフル回転させる。


「すいません、そういうの本当、興味ないんで」

「そっかー。じゃあ、配信とか関係なく、冬休み前に一緒にコスメ買いに行こうよ。これはダメ?」

「えぇっと……そ、れは……」


 蓮の放課後は、まだ始まったばかりだ。



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5.それに彼女は気付かない

挿絵(By みてみん)


 天気予報では、夕方から雨が降ると言っていた。

 だから――


「えぇー……? 政宗、傘、忘れたと?」

 11月も下旬となった平日の夕方、電車を降りて、最寄り駅の屋根の下。

 屋根を打ち付ける雨の音が聞こえ、日が沈んだ今でも目視できるくらい、しっかりと降り続けている。

 カバンから折りたたみ傘を取り出したユカが、隣でカバンの中を探して……何の成果も得られないままため息をつく政宗を見上げた。

 その視線に気付いた彼は、引きつった笑いと共に、肩をすくめる。

「いやー、いつもは入ってるんだけど、今日に限って……ハハッ」

「朝、一緒に天気予報見たやんね……」

 今朝の行動を振り返ったユカがしかめっ面になる一方、政宗は覚悟を決めた横顔でカバンを頭上に持ち上げた後、まっすぐに前を見据える。

「俺は走って帰るから、ケッカは――」

「――なして? 帰る場所は同じなんやけん、これ、一緒に使えばよかろうもん」


 分かっていた。

 彼女が何の躊躇いもなく、そう言ってくれることを。


「いや、折り畳み傘だろ? ケッカが濡れたら申し訳ないし……」

「それはほら、政宗が頑張って持ってくれれば回避出来るっちゃなかと?」


 彼女はそう言って、彼を試すように傘を差し出すから。

 政宗は苦笑いを浮かべて「頑張ります……」と言いながら傘を受け取り、丁寧に組み立てた。

 そして、自分の隣に彼女を誘うと、当たり前のように並んでくれて。

「ありがとな。ほれ、濡れないように気をつけてくれよ」

「それは政宗が気をつけることやけんね」

「おっしゃる通りです……」

 肩が触れても、何も不自然ではない。


 天気予報では、夕方から雨が降ると言っていた。

 だから――傘を忘れてきたんだ。

 素敵な絵があると、やっぱり何か書きたくなってしまう性分です。( ー`дー´)キリッ原

 初稿に書き足したところ、最終的に1.5倍くらいになっていました。あぁ楽しかった。

 特に里穂や心愛はどうしても髪型を固定してしまっているので、色で差別化するのも面白いなぁと感じました。

 ただ、心愛と里穂、空は、直生を『知らない』キャラなので、1枚、絵を使い切ることが出来なかった……イケメンすぎるのでここで勝手に自慢します!!

挿絵(By みてみん)


 彼は本当に何でも似合うなぁ……と、改めて事実を突きつけられました。8幕から登場した彼ですが、イラストの力で更に魅力的なことになっていると自負しております。今後も楽しく書いていきたい所存です。あと、名波君……強く生きるのよ。

 こまひのさん、素敵すぎるイラストの数々、本当に本当にありがとうございます!!

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