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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
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2022年誕生日短編④:ヒトメボレハススメ→→【里穂・勝利・駆・結果】

 2022年誕生日小話、4つ目は7月・8月生まれのキャラを中心にしたお話です。

 『仙台支局』で一人、留守番をすることになったユカ。親友のセレナに対して一目惚れをした駆に、色々と思うことがある様子で……。

 時系列としては、7幕とマグネットラブルの間、2022年誕生日小話②の直後くらいです。


■主な登場人物:里穂、勝利、駆、結果

 あなたは、一目惚れをどう思いますか?

 もしも、こんなことを尋ねられたら、山本結果――ユカは即答する自信があった(・・・)



 そんなことを言う相手など、信じられない、と。



 ただ……ここ最近は、そんな持論を展開しづらくなっている、ように感じてしまう。

 なぜなら、ごくごく身近なところで発生してしまった……らしい、からだ。


挿絵(By みてみん)


「……一目惚れ、ねぇ……」

 10月中盤のある日。時刻は間もなく14時になる頃合い。

 この日は珍しく、ユカが一人で電話番とデスクワークをこなしていた。政宗と統治はそれぞれに仕事があって外出中、瑞希は政宗に帯同しているため、彼と同じく席を外している。アルバイトの片倉華蓮はテスト勉強のために休みだ。今日は外部からの来客予定はないが、内部的な書類の受け渡しがあるため、事務所内を無人にするわけにもいかず……ユカがこうして一人、残ることになったのである。

 頭にはいつものキャスケット、襟付きのシャツの上からパーカーを羽織り、ジーンズ素材の短パンにくるぶしまでのレギンスというラフな格好で仕事をしていたユカは、福岡へ提出する報告書類の作成に飽きていた。そして、休憩と称して適当にパソコンを操作していた時、ポータルサイトの中にあったネットニュースの中に、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ気になる記事を発見してスクロールしていたのである。

 開いた先の記事は、『イマドキ女子の本音チェック★あなたは、一目惚れを信じますか?』というアンケート調査について記載されていた。コレを見ると……世間一般的な若い女性(このアンケートでは16歳~22歳)は、信じると信じないが拮抗している様子。

「ふーん……」

 信じる派の意見はというと、『メイクもヘアスタイルも気合入れてるから、それが認めてもらえるのは嬉しい』『ただしイケメンに限る(笑)』『友達が一目惚れされたけど、相手にめっちゃ愛されてて羨ましい』、などなど。一方、信じない派は『内面を見てくれないなんて悲しい』『メイク落としたらすぐにフラレそう』『一目惚れって言われると、裏がありそうな気がしちゃう』などなど。以下略。

 つい1ヶ月半前に20歳になったばかりのユカだが、納得出来るような、出来ないような……彼女にとっては絶妙な意見が並んでいる。そしてふと、自分の親友はどっち派なのだろうかという疑問が浮かんでしまうのだ。


 ユカの親友・橋下セレナは、8月上旬に仙台へ遊びに来てくれた。

 そして、その時に……偶然に居合わせた千葉駆(ちばかける)から、一目惚れをされてしまったそうだ。全てセレナ+周囲から聞いたことなので、自分で真相を確かめたわけではないけれど――それからの日々が怒涛すぎてそれどころではなかったけれど――、彼女が自分に対してこんな嘘をつくとは思えないし、納得してしまう自分もいる。

 セレナはまず、見た目がとても可愛らしい雰囲気の女性だ。ゆるくウェーブのかかったロングヘアーと、ワンピースを主にした清楚な印象の着回しから、柔和な女性という印象を持たれることもある。しかし、喋ってみると快活で明るい印象が強くなり、人並み以上に気遣いも出来るので……一緒にいることで好きになってしまう気持ちは分かる。とてもよく分かる。けれど。

「一目惚れげな……」

 駆はまず、第一にセレナの見た目に惹かれたということだ。勿論、セレナの容姿が魅力的であることは疑いようのない事実だが……見た目だけで相手を好きになることなど、果たして本当にあるのだろうか。

 中身を知らずに好きになって、幻滅したりしないのだろうか。(セレナに限ってそんなことはないとわかっているけれど)


 一目惚れが、分からない。

 見た目だけで異性を好きになれるなんて、どうしてそう思えるのか……ちっとも、分からない。

 あなたの顔が好きです、なんて言われて……どこまで嬉しいのか。どこまで本気だと思えるのか。

 顔なんて年齢と共に変わっていく。メイクをすれば尚更。それを含めて好きだと言っているのか、それとも、吊り橋効果的なものなのか。

 知る必要などないのかもしれないけれど、どうして心に少しだけモヤモヤが残っているんだろう?

 例えば、今、ここにいない政宗は――


 反射的に、主がいない空席を見る。彼に聞けば彼なりの意見を出してくれるとは思うけれど、でも、何となく聞きづらいのは……彼がユカのことをどう思っているのか、詳しい思い(・・・・・)知ってしまったから。それに、彼の意見を聞いたところで自分が納得しなければ意味がないのだ。

 自分の周囲にいる夫婦や恋人――例えば福岡の川上一誠と徳永瑠璃子は、長年の関係が積み重なって結実した、理想的な夫婦像だと思っている。また、仙台の名倉里穂と柳井仁義も、幼少期からの付き合いなので一目惚れには当てはまらない、と、思う。名杙統治と透名櫻子は元々が身上書のある関係なので、外見と中身の重要度は五分五分だろう。要するに一目惚れではない、と、思う。

「うーん……」

 思考のドツボにハマったユカが、堂々巡りを繰り返していると……不意に、来客を告げるインターフォンの音が鳴り響いた。ユカはパソコンの画面を消してから立ち上がり、政宗の席にある電話機の受話器を取る。

「――はい。どちら様ですか?」

『えっ!? あ、えっと……秀麗中学3年の島田です!! 政宗さ……佐藤支局長に預けていた書類を受け取りに来たんですけどっ……!!」

「ああ……聞いとるよ。少しお待ち下さいね」

 ユカはそう言って一度受話器を置くと、政宗から頼まれていた封筒を持って、入り口の方へ向かった。そして、鍵を開けて、どこか緊張気味の彼に会釈をする。

「こんにちは。ごめんね、今、政宗は外出していて――」

「あ、ああっ!! 妹さんだったんですねっ!! いやー、声が普段と違ったからびっくりしちゃいましたよー!!」

 扉を開けたユカに気づいた勝利が、廊下中に響くような大声で安堵を訴えた。制服姿の彼とこのままのテンションで立ち話を続けると他の会社の迷惑になると思ったユカは、「とりあえずどうぞ」と、彼を中へ招き入れた。そして、応接用のソファに机を挟んで向かい合わせに腰を下ろすと、改めて、封筒を彼の前に置く。

「本当は政宗が直接渡すべきなんやけど……中身に間違いがないかどうか、一応、確認してもらってよか?」

「分かりました!!」

 勝利は一度頷くと、茶封筒の中に入っている書類を引っ張り出した。

 これは、勝利と、彼の同級生の阿部倫子(あべみちこ)が、夏休みを利用して『仙台支局』へ職場体験に来た時のレポートである。実は一度、夏休み明けに提出はしているのだが……校内でうっかり優秀なレポートとして注目されてしまい、外部のコンクールへ出品したいと打診されていたのだ。

 それに伴い、政宗が改めて2人それぞれの内容を確認後、一部添削をしたものが封筒の中に入っている。これを勝利と倫子が添削に従って書き直し、学校に提出する……という流れになっているらしい。

 外部のコンクールへ出したいと打診された時、ユカは政宗に問題ないのかと尋ねていた。すると彼は、これが彼らの実績になれば、特進コース――高校で勝利と倫子が編入を目指している、今より更に上のコース――への進学に役立つから、と、二つ返事で了承して、時間を見つけては添削していたのである。

 ユカ自身、現代の受験事情を詳しく把握しているわけではないけれど……卒業生の政宗がそう言うのだから、きっと彼らにとってもプラスになることなのだろう。

 イマドキの中学生は大変だな、と、改めて感じていると……勝利が書類を封筒の中へ片付けて、ユカに向けて大きく頷いた。

「……はいっ!! 阿部会長の分も揃ってました。修正点も分かりやすくてすごいなぁ……流石、政宗さんですね!!」

「そ、そうなんやね……伝えておきます……」

 目を輝かせている勝利へ曖昧に返事をしつつ……ユカは改めて、勝利の様子を観察する。

 彼は過去に色々あった結果、政宗を盲信しているような状況だ。事情が事情であるのでしょうがないとはいえ、一目惚れに近い、といえば……近い、かも、しれない。顔に惹かれたのかどうか聞いたことはないし、聞いたところで「確かに、政宗さんはカッコいいですからね!!」という、ズレた答えが返ってくることが分かりきっているけれど。

 例えば、政宗に対して視野狭窄気味なところ。そして……純粋に、政宗を慕っているところ。誰か一人をそこまで信頼できるなんて、少しだけ羨ましさすら感じてしまう。


 勿論、ユカ自身も……政宗や統治、『仙台支局』や『福岡支局』で関わってくれる人のことは、信用(・・)している。

 ただ、どうしても、「自分がいついなくなるのか分からない」という状況の今は、誰に対しても最後の一線は踏み込ませないような態度になってしまうし……未来に期待をすることも、難しい。


「……さん? 妹さん?」

 勝利に呼ばれたのが自分のことだと認識するまでにも時間がかかってしまい、我に返ったユカが慌てて居住まいを正して前を見ると、封筒をトートバックに片付けた勝利が、キョトンとした表情でこちらを見ていることに気づいた。

「あの、僕の顔に何かついてますか? さっきからじーっと見られてる気がしたんですけど」

「へっ!? あ、いや、職場体験から時間が経ったなーと思って!! じゅ、受験勉強は進んどる?」

 まさか他のことを考えていましたとは言えず、慌てて誤魔化した。すると勝利は素直に納得してくれて、子犬のように大きく首肯する。

「はいっ!! 過去問は難しいですけど、頑張ってます!! そうだ、妹さんの体調は大丈夫ですか? 確か、職場体験の時に、特殊な病気だって……」

 そういえばそんな話をしたような気がする。そこで、政宗の身内ではないことも伝えたような気もするのだが……にも関わらず彼が『妹さん』呼びを変えないのは、どういうことだろう。別にいいけど。

「心配してくれてありがとう。仙台は過ごしやすかけん、割と大丈夫かな」

「そうなんですね。それは良かったです!! あ、お仕事中にすいませんでした。塾もあるので、僕はそろそろ帰りますね!!」

「え!? あ、あぁそげなこと気にせんでも……っていうか、飲み物も出さんでゴメンね」

「大丈夫です!! これは僕が責任を持って、阿部会長にも渡しておきます」

「うん、よろしくお願いします。政宗にも報告しておくけんね」

「はいっ!! よろしくお願いしますっ!!」

 こう言って立ち上がった後、盛大に頭を下げる勝利の後頭部を見つめながら……やっぱり少しだけ、彼のことが羨ましくなってしまった。


 その後、ユカが書類作成をサボって更にネットサーフィンをしていると、時計が15時を告げる。

「あ、おやつの時間やね」

 政宗を含む誰かが戻ってくる気配も連絡もないので、ユカは一人でおやつを食べることにした。

「確か、『博多通りもん』が残っとったはず……」

 カップにインスタントコーヒーを入れて、お湯を注ぎつつ、棚の中にあるおやつの残りに思いを馳せていると……再び、来客を告げるインターフォンが鳴り響いて。

「はい、どちら様ですか?」

『あ、ケッカさん、お疲れ様っすー!!』

 ユカの耳に届いたのは、聞き馴染みのある元気な声だった。

「里穂ちゃん? あぁ、書類持ってきてくれたんよね、ちょっと待っとってね」

 知っている声に相手を察したユカは受話器を戻すと、小走りで入り口へ向かって、扉を開けた。

 そして、額に汗が滲んでいる名倉里穂を室内へと招き入れる。Tシャツにジャージ姿の彼女は、ポニーテールを揺らしながら部屋の中に入ってきて……快適な温度を全身に浴び、目を細めた。

「はー……クーラーの中は天国っすねぇ……あれ、政さんはいないっすか?」

「うん、ちょっと出とるけど、里穂ちゃんが書類を持ってきてくれることは聞いとるけんが、受付して渡しとくよ」

「ありがたいっす」

 里穂はそう言いながらソファに腰を下ろすと、鞄の中をゴソゴソとあさり始めた。ユカはそんな様子を眺めつつ……彼女ならば、自分の中にあるモヤモヤに1つの指針をくれるのではないか、と、うっすら期待をしてしまう。

「里穂ちゃんは、部活?」

「そうなんっすよー。テスト前なので早めに終わらなきゃダメだったっすけど、みっちり運動してきたっす」

「お疲れ様やねぇ……あ、麦茶でも飲む? 時間があるんやったら、おやつも食べていかん? あたしも休憩しようと思っとったっちゃんね」

「飲むっす食べるっす!!」

 即座に目を輝かせた里穂に、ユカは「座って待っとってね」と告げた後、衝立の向こうで二人分の飲み物とお茶菓子を用意する。

 そして、先程と同様に机を挟んで向かい合わせに腰を下ろすと、突発的おやつ会を開始した。

 小分けの袋菓子が入っているカゴを覗き込む里穂が、早速、福岡土産の名残に手を伸ばす。

「『博多通りもん』があるっす!! 美味しいっすよね」

「たまに無性に食べたくなるっちゃんねー……あ、報告書、テーブルの上に置いとってね」

「分かったっすー」

 里穂は『博多通りもん』を口の中に放り込むと、教科書などが入っているカバンから、ようやく、半透明のクリアファイルを取り出した。

「んぐっ!?」

 そして口の中で菓子をつまらせると、目を白黒させながら慌ててお茶で流し込む。

「里穂ちゃん……そげん焦らんでよかよ?」

「……ぐはー。糖分を体が求めすぎったっす……」

「気が済むまで食べていいけんね。あと、報告書、もらっとくね」

 ユカはそう言って彼女が置いたクリアファイルを手に取ると、衝立の向こうに移動する。

 そして、政宗の机の上にそれを置くと、近くにあった付箋とボールペンを手に取り、日付と時間、自分の名前を書いて、クリアファイルに貼り付けた。

「このペン……書きやすかね……」

 咄嗟に手に取ったボールペンをしげしげと見つめる。備品として常備されているもの――ユカが日頃から使っているものと同じかと思ったけれど、これは政宗が個人的に買ったものらしい。

 スリムなデザインだが、しなやかにフィットするグリップのおかげで持ちやすく、負担も少ないように感じる。インクもなめらかで、紙の上を滑るように軽く書くことが出来た。色々と計算、洗練されてこの形状に落ち着いたのだと思うけど、それにしても優秀だ。思わず、自分も同じものが欲しくなってしまうくらいに。

「……ふーん」

 ユカはそのペンを元の位置に戻すと、里穂の元へ戻る。

 そして、彼女の前に座ってから、コーヒーを飲もうとカップを持ち上げて――


「あ、そういえばケッカさん、政さんと同棲するって聞いたっすよ」

「ん゛っ!?」


 里穂の容赦ない物言いに、カップを傾け過ぎそうになった。すんでのところで踏みとどまり、上半身がコーヒーまみれになることは避けられたが……自分を見つめる好奇の目からは、逃げられそうにない。

 この件は別に隠すことでもないし、ユカ自身もきっかけがあれば伝えようと思っていた。里穂の情報網が優秀だっただけのことだ。

 ただし、情報源ははっきりさせておきたい。

「里穂ちゃん……それ、誰から聞いたと?」

「へ? ジンっすよ? ジンは政さんから聞いて、別に隠すことじゃないから言っていいって言われてるっす」

 結局政宗が喋っていることを察したユカは、口を歪めてため息を1つ。

「仁義君……同棲っていう言葉、使っとったと?」

 この問いかけに、里穂は首を傾げる。

「そんなこと覚えてないっす。でも、要するにそういうことっすよね?」

「まぁ……同じ家に住むっちゃけん、間違いじゃないか……」

 日本語の解釈はこの際もうどうでもいいという結論に至ったユカは、改めてコーヒーを飲んでから、カゴの中のお菓子を手に取る。個包装のクッキーをあけて口に放り込んだあと、ゆっくり咀嚼して……飲み込んだ。

「里穂ちゃんは……一目惚れって信じる?」

 刹那、脈絡のない話題に、里穂は軽く目を見開く。

「唐突っすね。でも、話題としては嫌いじゃないっす。ちなみに私はあると思うっす」

 迷いなく言い放った里穂に、今度はユカが軽く目を見開いた。

「そうなんだ。とりあえず顔だけでもオッケーってこと?」

「ケッカさーん、それは偏った考え方っすよー」

 里穂は自分の人差し指を立てると、これみよがしに横に振ってみせる。そして。

「まさかケッカさんは、一目惚れって顔だけだと思ってるっすか?」

「へ? 違うと?」

「少なくとも私は違うと思ってるっす。勿論、ジンみたいに顔がいいということも、要素の1つではあると思うっすよ。それはそれでいいと思うっす。気持ちはとっても分かるっす」

 さり気なく惚気けられたような気もするが、まぁ、今はそれよりも。

「でも、例えば、困っている時に助けてもらったとか、すっごく仕事が出来るとか……その人の内面的なところや能力におっきな魅力を感じて、そこから相手のことをどんどん知りたくなることも、一目惚れに含まれると思うっす。だから、千葉っちもきっと、橋下さんのそういう……内面的なところがいいなって思ったところも、絶対にあると思うっすよ」

 流れるように駆とセレナの話へ繋げる里穂に、ユカは敵わないことを察して肩をすくめた。

「……完敗。里穂ちゃんは鋭かね……」

「ケッカさんが政さんに一目惚れしてないことはみんな知ってるので、ケッカさん自身のことでないなら、橋下さんのことだと思ったっす」

「ちなみに里穂ちゃん、千葉さんって……その、どんな人? やっぱり変な人?」

 刹那、里穂がジト目でユカを見つめた。

「やっぱりについて色々と聞きたいっすけど……千葉っちと私は、それこそ小学生の頃からサッカー関係で知り合いっすね。ケッカさんも、ジンが石巻に来た経緯はご存知かと思うっすけど……ご両親の事故があったりして周囲に馴染めなかったジンをすぐに受け入れてくれた、外部の人っす。千葉っちと……その時は涼ちゃんも一緒にいたっすけど、ジンが最初に会ったのがあの2人だったから、私の知り合いは怖くないって思ってくれたところはあると思うっすよ」

「そうだったんだ……」

 仁義との思わぬ因縁を知り、ユカは目を丸くした。そんなユカの反応を確認しつつ、里穂は麦茶をすすって口の中をキレイにしてから。

「千葉っちは良くも悪くも裏表がない人なので、一緒にいてストレスはないっすね。だからきっと、橋下さんのことについて、ケッカさんが聞いても……ちゃんと答えてくれると思うっすよ」

 そう言って里穂は「大丈夫っす」と言わんばかりに笑顔を見せた後、2つ目の『博多通りもん』に手を伸ばす。

 そんな彼女を見つめながら……ユカはふと、先程使ったボールペンを思い出していた。

 偶然手にとって、とても使いやすかったボールペン。その性能に感心してから外見を見たし、どこで売っているのか、メーカー、値段、政宗がこれを選んだ理由……色んなことを知りたくなった。

「なるほどねぇ……」

 少しだけ分かったような、でも、何か違うような。まだまだ整理できないこともあるけれど……とりあえず、駆が実直そうな人物だということは分かった。

 そんなユカへ、里穂はさり気なく情報を入れ込もうとする。

「ちなみにケッカさん、政さんも一目惚れ()()()ことが多い人っすよ?」

「へ? そうなん? なして?」

「それは相手の女性に聞いてほしいっすよ」

 にべもなく言い放った里穂は、「まぁとにかく」と言って、お菓子を口に放り投げた。

 そして、今度はゆっくりと咀嚼して、飲み込んだ後……釈然としないユカを見つめ、肩をすくめる。

「ケッカさんも政さんに色々聞いてみればいいっすよ。千葉っち以上に、政さんに興味をもってあげてほしいっすね」


 その後、里穂との雑談は続き……彼女が『仙台支局』を後にしたのは、16時を過ぎた頃だった。

 相変わらず、事務所に誰かが戻ってくる気配も連絡もない。ユカが「今日はもう報告書なんか出来ない」と完全にさじを投げてテレビを見ていると……三度、呼び鈴の音が室内に鳴り響いた。

 ユカはテレビを消して自席を立つと、政宗の席にある電話機を取る。

「はい、どちらさまですか?」

『へっ!? あ、えーっと……お世話になってます。千葉です。すいません、佐藤支局長には連絡をさせていただいたのですが……』

「おっと……」

 思わず口をついて出た感嘆の声は、すぐに飲み込んで。

 ユカは「お待ち下さい」と言って受話器を置くと、扉へ向かった。そして鍵を開けて、困惑している彼――千葉駆を出迎える。

「お世話になっております。佐藤はまだ出先で……でも、千葉さんから書類を受け取って、中身まで確認するように言われています。とりえあえず、中でお話を伺ってもよろしいですか?」

「は、はいっ!! 俺もそう伺っていますので……失礼、します……」

 駆はどことなく緊張した面持ちで部屋の中に入ると、ユカの案内に従って応接用のソファに腰を下ろした。一方のユカは一度奥へ引っ込むと、急いで冷たいお茶を2人分用意して、したり顔でそれを運ぶ。

「バタバタしていてスイマセン。確認まであたしで大丈夫ですよね?」

「は、はい、大丈夫です。えっと……」

 駆は手元のカバンからA4サイズの茶封筒を取り出すと、それをユカの前に出した。そして。

「確認、お願いできますか?」

「分かりました」

 ユカは軽く頭を下げると、封筒を手に取って、中身をゆっくりと引き出した。

 そこに記載されていたのは、以前対応した、ある少年の『遺痕』に関する個人情報だ。突発的に対処することになったため、『生前調書』の作成が後手に回ってしまい、今、急いで裏取りをしている最中でもある。


 『彼』が生前、どこで、どんな人生を歩んでいたのか。

 そして――どのような死に方をしたのか。

 それらが、嘘偽りなく、客観的に記載されている。


 ユカはそれを慣れた様子でざっと確認した後、封筒の中へ戻した。そして、駆を正面から見やり。

「確認しました。特に情報に漏れはないので、これで……?」

 駆がまじまじと……自分を見ていることに気づく。

「あ、あの、すいません……何か?」

「へっ!? あ、すいません別に変な意味じゃなくて!!」

「変な意味?」

「あーっと……その……」

 訝しげな表情で問いかけるユカへ、駆は「……大変失礼な言い方になってしまいますが」と、前置きをした後。

「本当にすいません、俺、山本さんがセレナちゃんと同じ年齢で、佐藤支局長や名杙さんと同等に仕事が出来ることを……あ、あまり信じていなかったといいますか……」

 なるほど確かに正直な人物だ。ユカは里穂の言葉を実感しつつ、気にしないでほしいという気持ちを込めて首を横に振った。

「それが当たり前の反応だと思います。自分でもそう思いますし」

「でも、9月に災害のシンポジウム会場で冷静に対処している姿や、今も……その書類、正直、子どもが読むにはグロテスクな内容も多いと思います。それを、当たり前に読んでいるところを見て……なんか、改めて凄いなって……」

「ありがとうございます。一応、キャリアとしては10年目くらいなんですよ」

 こう言った瞬間、駆が分かりやすく目を見開いた。

「そ、そうなんですか!? じゃあ、セレナちゃんより先輩……!?」

「確かに彼女よりも長くこの世界にいますけど……千葉さん、よく知ってますね。レナと連絡を取り合ってるんですか?」

 ユカがこう尋ねると、駆の目が盛大に泳ぎ始めた。

「へっ!? あ、あー……一応。他愛もない会話ばっかり、ですけど……」

「ほほぅ……」

 刹那、値踏みするような相槌になってしまい、ユカは慌てて咳払いをした。そして、先程の里穂との会話を思い出す。


 ――きっと、橋下さんのことについて、ケッカさんが聞いても……ちゃんと答えてくれると思うっすよ。


 先程からの駆の言動を見ていても、確かに、下手に取り繕うこともなく、正直に思いを吐露している印象がある。

 彼と2人で話をする機会なんて、今後いつやってくるか分からない。だったら――ユカは一度呼吸を整えると、駆を見据えて、正直な疑問をぶつけることにした。

「あの、千葉さん。1つ……聞いてもいいですか?」

「は、はい? 何でしょうか?」

「千葉さんは……レナの見た目が好きなんですか?」


 一瞬、『仙台支局』内を沈黙が支配する。

 そして――


「……ええ、まぁ……」


 顔を赤くして、目を泳がせながら首肯した駆に、山本結果はスッと冷めた眼差しを向けていた。

 返答する声にも、少しだけ棘が交じる。

「ソウデスカ。」

 ユカが完全に自分に対して硬化したことを悟った駆は、慌てて釈明を始めた。

「あ、あのえぇっと、勿論それだけじゃなくて!! 最初は浴衣姿がとにかく可愛くて、本当に可愛いなって思ったところがキッカケだったんですけど!! その後に色々あってですね……!!」

「はぁ、色々ですか……」

 結局浴衣しか見ていないのでは、と、懐疑的な眼差しを向けるユカに、駆は「山本さんも知っていると信じてますけど」と前置きした後。

「セレナちゃん、佐藤支局長に告白して、フラれたって言ってたんです。俺も、身近な人に失恋したことがあるから……気持ちが分かるところがあって」

 刹那、ユカがギロリと駆を睨みつける。

「まさか……弱ってるレナなら落とせるって思ったんですか?」

「違いますよ!? その後にも色々なことがあって、江合さんたちの飲み会に参加することになって」

「あぁ……確か、一誠さんや瑠璃子さんもおったっていう……」

 駆の言葉に、ユカは8月のことを思い返していた。

 8月7日、七夕まつり真っ最中の夜。セレナ、瑠璃子、一誠の福岡3人と、江合なるみ、駆の5人で一緒に飲食を楽しんでいたことを。

 結局、どうしてこの謎メンツで集まることになったのか、詳細は聞きそびれているし、知らないほうがいいかもしれないとは思う。しかし……ある可能性に思い当たったユカが、駆を再び睨みつけた。

「まさか……お酒の力をつかってレナを落とそうとしたんですか!? そもそもレナは誕生日がまだなので、お酒が飲めないんですよ!?」

「さっきから俺に対する評価が厳しくないっすか!? 違いますって!! そこで、福岡でのセレナちゃんのこととか、皆さんの話を聞いて……改めて、色んなことを頑張ろうって思えて……俺にそう思わせてくれたセレナちゃんに感謝してますし、もっと、セレナちゃんのことを知りたいって……思って……」

「だからそれは……レナが可愛いから、ですよね」

 ユカの問いかけに、駆は大きく頷いた。

「否定はしません。実際に可愛いです」

「そりゃあそうですよ」

「た、ただ、それはあくまでもキッカケというか……今は、セレナちゃんの優しいところとか、強いところとか……弱いところも知って、とても気になる女の子になりました。そんな俺のことも知ってもらって、お互いにもっと納得することが出来たら、次に進めるといいなって……思ってます。これは本当にです、遊びとかじゃなくて……本気です!!」

 駆はこう言ってユカを真正面から見つめると、その本気度を目線で訴えようとした。

 ユカはそんな駆と数秒間睨み合った(?)後……視線を外し、息を吐く。

「とりあえず……千葉さんが遊び感覚じゃないことは、まぁ……分かりました」

 いつの間にか立場が決まってしまっている。ただ、目の前の彼女を怒らせて、セレナへあることないこと言われたりしたら大変だ。ここはへりくだることが最適だと自分に言い聞かせた駆は、ヘコヘコしながら言葉を返す。

「きょ、恐縮です……」

「ただ……」

「た、ただ?」

 何事かと身構える駆を、ユカは改めて見据え……意識して、業務的な口調で言葉を続ける。

「レナを悲しませたら……あたしの持てる全ての力を使って、それ相応の対応をさせていただきますので。宜しくお願いします」

「は、はい……」

 ユカの持てる全ての力。

 予想出来ないけれど、絶対に敵にしないほうがいいことは分かる。彼女は政宗と統治と拮抗する能力を持った人物であり、一誠と瑠璃子がバックについているのだ。絶対に、敵にしないほうがいい。

 見えない圧力をヒシヒシと感じた駆は、ただ、頷くことしか出来なかった。


 その後、駆と入れ違いになるように、政宗が一人で事務所に戻ってきた。出ていったときよりも減っていることに、ユカが自席で目を丸くする。

「あれ? 政宗……支倉さんは? 統治は?」

「ああ。支倉さんはもう帰るだけだって言うから、駅で解散してきた。統治も直帰していいって言ってあるから、今日はもう店じまいだ。ケッカも残業は勘弁してくれよ」

 流石に疲れの見える政宗は、自席の椅子を引いてため息とともに腰を下ろした。そして、机上にある書類一式を軽く確認した後、パソコンの電源を入れながら、ユカの方を見てにへらと笑う。

「書類の受け取り、ありがとな。助かったよ」

「別にこれくらい……って政宗、帰るんじゃなかと?」

「え? あ……」

 無意識のうちにパソコンの電源を入れていたことに気づき、政宗は引きつった笑いを浮かべる。そして。

「帰ります……」

 改めてシャットダウンした後、引き出しからキャビネットの鍵を取り出した。その後、2人で分担して必要な施錠を済ませ、ユカもまた、自分の机に散らばった文具を片付ける。

「あ……」

 そして、用件を思い出した。

 一方の政宗は必要なものを引き出しの中へ片付けつつ、明日の予定を頭の中で組み立てていると……片付けを終え、帰り支度を整えたユカが近づいてきた。そして……自分の机の方をじぃっと見ていることに、嫌でも気付かされる。

「ケッカ?」

「政宗……あたし、一目惚れしたみたいなんよ」

「はぁっ!?」

 刹那、政宗が自身の疲れをふっ飛ばすような大声と共に目を見開いた。そして、動揺を隠しきれない表情で、矢継ぎ早に問いかける。

「だ、誰に!? どこの誰にそんなことが!?」

「え? 人じゃなくて、ボールペン」

「ぼ、ボールペン……さん……?」

 理解が追いつかずに呆然としている政宗へと近づいたユカは、彼の机にあるペン立てから、日中に偶然使ったボールペンをつまみ上げた。

「コレ、ちょっとメモを書く時に借りたっちゃけど……なんかすっごい使いやすくて、いいなって思って。コレ、どこで買ったと? 近所なら、今日の帰りに買って帰ろうかなって」

「へ? このボールペン……確か、ロフトだったような……いや、ハンズか? えぇっと……」

「多分どっちかってことやね。ありがとう。ちょっと寄って探してみようっと。お疲れ様でしたー」

 ユカは笑顔でボールペンを元の位置に戻すと、踵を返して出入り口の方へ向かう。

 政宗は慌てて彼女を追いかけると、扉の前で追いついて……咄嗟に、ユカが持っていたトートバックの持ち手を掴んだ。

「うわっ!? ちょっ……政宗!?」

 バランスを崩されたユカが文句を言おうと彼を見上げると……自分を見下ろしている彼は、どこかぎこちない表情。口元を絶妙に歪めながらも、何とか言葉を絞り出す。

「俺も……行く、から」

「へ? あぁ、わざわざ案内してくれんでよかよ。政宗、疲れとるみたいやけん、先に帰って――」

「――いいから!!」

 ユカの言葉を遮るように、彼が強い言葉で否定する。そして、驚いて目を見開いている彼女に気付き、慌てて言葉を取り繕った。

「あ、いや、悪い……お、俺も丁度、ボールペンの替芯を買おうと思ってた、から……だから……」

「なんだ。政宗も用事があるなら、そげん言えばいいやんね。なしてそげんムキに……」

 ユカはあっさりと首肯すると、改めて彼を見つめる。

 そして……目が泳ぎまくって口元が歪んで耳まで赤くなっている彼をマジマジと見つめ……。

「……フフッ……!!」

 思わず笑い声が漏れた。隠せるかと思ったけれど、この至近距離では隠し通せそうにない。せめてもの情けで彼に背を向けて、背中を丸めることに決める。

 勿論……そんな彼女の態度は、政宗の羞恥心を助長させるだけだ。

「な、何だよケッカ!! 人の顔を見て笑うなんて失礼だろうが!!」

「ご、ゴメン……でもだって、大声で何かと思ったら、びっくりさせんでよ……フフッ……!!」

「それ、は……悪かったな!! 急に一目惚れしたとか言われたら焦るだろ普通!!」

 ユカのカバンから手を離した政宗は、その手を彼の首の後ろに添えながら……きまりが悪そうに視線をそらした。


 ほんの数十分前までは、外で完璧な『佐藤支局長』だった彼が。

 ここに戻ってきてから数分で、色々なボロが出ているように思う。

 けれど……そんな姿も、間違いなく彼自身であることを、ユカはよく知っていた。


 一目惚れは否定しない。実際に起こりうる事だということも分かった。

 そして……目の前の彼に対しては、やっぱり、当てはまりそうにないことも、よく分かった。

 遠い未来に期待をすることは、まだ、出来そうにないけれど。

 でも、数十分先の未来であれば、楽しいことや、新しい(ボールペンとの)出会いが待っている気がして、期待をしてしまう自分がいる。


「普通に言えばいいやんね。そん……そ、そげん必死にならんでも、ケッカちゃんは断ったりせんよー。あーおかしい。本当、あたしは今まで……フフッ……」

「必死で悪かったな!! ほら行くぞ!!」

 政宗は彼女を追い越して前へ出ると、ドアノブを回して扉を開けた。

 ユカも彼に続いてあるき出し、扉の横にあるスイッチで、部屋の電気を消す。

「……今日も1日、お疲れ様でした。さてっ……!!」

 オートロックを確認したユカは、小走りで彼へ近づいた。そしてお返しとばかりに政宗が持っていたカバンの持ち手を掴むと、引っ張るようにしてエレベーターホールへ向かう。政宗がバランスを崩しそうになってたたらを踏むが、先程やられたことなので文句を言うことも出来ないまま、観念して廊下を引きずられていった。

「あー、でも、政宗とおそろいになるのは抵抗があるかもなぁ……」

「なんでだよ!? っていうかそれ、今に始まったことじゃないだろうが」

「へ? あぁそうかハサミ……なるほど、あれも一目惚れだったのか……」

 6月、政宗と共に商売道具であるハサミを調達したときのことを思い出す。そうだ、あれも直感で選んだ、言ってしまえば一目惚れだ。なるほど。

 一人で思い出して納得するユカに、政宗が訝しげな視線を向ける。

「ケッカ……今日はどうしたんだよ。一目惚れ一目惚れって……新米でも食べたいのか?」

「新米は食べたい。それはそれとして、色々あったと。政宗がおらん間に、ケッカちゃんは色んな価値観を知ったとよ」

「ほー……」

 一体何を植え付けられたのやら……政宗が本日午後の来客を思い出して苦笑していると、廊下の突き当り、エレベーターホールへたどり着いた。どうやら最上階から下ってきているらしく、もう間もなく到着しそうな気配。

 政宗が引っ張られたままのカバンを持ち直すと、持ち手を握っているユカが、前を見たまま口を開く。

「政宗は、そげな経験なかと?」

「そういう……一目惚れってことか? そうだな、今使ってるスマートフォンは――」


「――例えばあたし、とか?」


 刹那、政宗が言いかけた言葉を飲み込んで……ユカを見下ろす。

 彼女は前を見つめ、政宗のカバンを握ったまま。帽子のつばが邪魔をしているので、どんな表情で問いかけたのか、見せる気はないらしい。

「え、えぇっと……」

 どう答えるのが正解なのか、一瞬、頭の中でそんなことを考えたけれど……答えなんて、10年前に決まっているのだ。今更、取り繕う必要はない。

 事実を伝える、それだけで十分だ。


「その、俺は――」


 そして、その問いかけに答えようとした瞬間――エレベーターが到着した。

 最近の私のトレンドは、政宗の気持ちを知った上で彼女らしく行動するユカを書くことらしいです。

 と、いうわけで、誕生日シリーズも何とか4本目。読んでくださってありがとうございました。

 ユカと駆がサシで話すところを書きたかったので、一目惚れという話題を軸にしてみました。セレナを大切に思う者同士、仲良く喧嘩して欲しいです。

 ちなみに政宗さんは「違う」って言いたかったんですけど、私の「言わせねぇよ!!」という強固な意志の力により、ぶつ切りになってしまったのでした。彼の中学生のようなアピール(?)を書くのがマイブームなので、今後もうしばらくこんな扱いかと思います。メンゴメンゴ。

 里穂、勝利、駆、結果、お誕生日おめでとう!! みんなそれぞれ目標があると思うので、それに向かって突き進む姿を見せてくれ……!!

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