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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
100/121

エンコサイヨウ7周年記念外伝③:BMW(5)

 『エンコサイヨウ外伝集』の100番目は、この2人に任せます。

 時間軸は7.5(政宗と蓮が入れ替わる話)の直後くらいです。


■主な登場人物:伊達聖人、茂庭万吏

「――よっす伊達ちゃん、お暇?」


 10月も下旬に差し掛かった平日、時刻は間もなく16時。

 宮城県のほぼ中央部にある利府町(りふちょう)、その一角にあるアパートを尋ねた茂庭万吏を、伊達聖人はいつもの調子で出迎えた。要するに、相変わらず手ぶらで顔を出した友人に対して、椅子から立ち上がることもなく、いつもと変わらぬ笑みを向ける。

 この部屋にいることが多い富沢彩衣(とみざわあやえ)は富谷の病院で残業中。今日は聖人と同じく半日の診療だったのだが、櫻子が報告書をパソコンで作成すると決意したので、サポート要員として残ると志願してのことだ。

 と、いうわけで……利府のこの部屋には、聖人が一人だけ。蓮から受け取ったデータを入力しつつ、考察を重ねていたところへの来客である。

 聖人は手元の書類を裏返しにしつつ、にべもなく言い放つ。

「万ちゃんの方が暇だと思うけど、折角来てくれたからそれなりのおもてなしをさせてもらうね」

 いけしゃあしゃあとこんなことを言い放つ聖人に、万吏はわざとらしくため息をついて、わざとらしく肩をすくめた。

「オイオイ伊達ちゃん、万ちゃんだってあんまり暇じゃないんだぜ?」

「じゃあ、こんなところで油を売っている場合じゃないんじゃないかな?」

「たまには色んな油を売り歩きたくなるもんなんだって」

 そう言って再度――今度は本当に肩をすくめる万吏の姿を、聖人は椅子に座ったままじぃっと見つめた後……静かに立ち上がって移動を開始する。入れ違いになるように部屋の中心部へ歩みをすすめる万吏は、聖人と向かい合う位置の椅子を引くと、静かに腰を下ろした。

 ここが、二人で話をしたい時に座る、いつもの場所。

 一方の聖人はリビングの脇にあるキッチンへ向かうと、冷蔵庫を開いた。そして、中に常備している缶コーヒーを2本取り出すと、踵を返してリビングへと戻る。後ろ手で冷蔵庫の扉を閉めるのを忘れずに。

 着ていたスーツのジャケットを脱いだ万吏の前に缶コーヒーを差し出すと、彼は少し疲れの残る苦笑いでそれを受け取った。彼がここまで自身の状態を表に出すのは珍しいと思いつつ、聖人は彼の前に座って自分用のコーヒーをあけると、中身を口へ含む前に「それで」と、正面の彼を見やる。

「それで、暇じゃない万ちゃんがわざわざお越しくださったのはどういう了見なのかな?」

 こう言って前を見据えると、万吏は缶コーヒーを一口あおった後、喉に流し込んでから口を開いた。

「……伊達ちゃん、最近、櫻子ちゃんには会ってる?」

 彼の口から出てきたのは、予想外の人物の名前。聖人は軽く目を見開いた後、笑い飛ばすように軽い口調で返答する。

「会ってるも何も、同じ職場の同僚だから今日も顔を合わせたし、明日も朝から一緒だよ?」

「櫻子ちゃん、元気そう?」

「随分と歯切れが悪いね。自分が見る限り目立つ変化は感じられないけれど……万ちゃんは、どうしてそんなことを確認するのかな?」

「そっか……まぁ、俺が聞いたのも噂段階の話なんだけどさ」

 万吏は再度コーヒーをすすると、少し軽くなった缶をテーブルに置き、一度、浅く息を吐く。

 そして、聖人の後ろにある窓の外を見やり……淡々と、言葉を続けた。

「櫻子ちゃんを統治君から引き離そうって動きが強まりそうなんだと」

 刹那、こめかみがピクリと動いたのが自分でも分かった。ついに動きが本格的になるのか、という覚悟と……呆れが、聖人の感情を支配していく。

 いくら『噂段階』とはいえ、万吏はホラ吹きではない。彼には彼の情報源があるので、万吏が信頼できる人物から、確実な情報を流してもらっているはずだ。だからこれは多分『事実』なのだと思うし……それをここで吐露するに至った理由が、必ずあるはず。

「まぁ、予想の範囲内だよね。むしろ遅いくらいだと思うけど……でも、どうして今になって?」

「ほら、こないだ、ケッカちゃんを連れて帰るために、政宗君と統治君が福岡に行ったっしょ? 西に行くってことが、一部の重鎮の間でかなり問題視されてるっぽくて。俺もそのへんはまだよく分からんけど、相当けしからん事なんだね」

「まぁねぇ……」

 万吏の言葉に、聖人は納得してコーヒーをすする。


 10月上旬、名杙統治は福岡支局の仕事を手伝った。

 いくらまだ『候補段階』とはいえ、彼は十中八九、次の当主になる人物だ。そんな彼が恋人にそそのかされて(・・・・・・・)、自分たちと勢力も能力も互角の西側のために働いたことを許せない重鎮がいても、なんらおかしいことはない。

 たとえどれだけ潜在能力が強くても、その能力が『名杙本来のものだけ』でなければ――不純物が混ざっていれば、それごと排除してきた家だ。

 もしも、統治の能力が西側の影響を受けて弱体化などしてしまえば……弱ったすきに西側に乗っ取られてしまう、統治が政宗やユカの()()()()西側に寝返る可能性だってある、そんな未来を妄想して憂う重鎮が先回りをするのが、名杙という家なのだから。


 聖人は内心、改めて大変な家だと思いつつ、万吏の話を一言でまとめる。

「それで、福岡行きが反対派が欲しかった大義名分になっちゃったってわけだね」

「そういうこと。加えて、統治君の切符を手配したのが櫻子ちゃんだからって理由もあるから、反対派は声高になれる」

「それはねぇ……」

 そう言われると、櫻子への申し訳無さが募る。だって、その切符の手配を櫻子に頼んだのは、聖人と万吏なのだから。

 コーヒーをすすりながらそんなことを思っている聖人へ、万吏がさらなる追い打ちをかけるのだ。

「なんか、5月に統治君と初めて会った時も態度が威圧的だったとか、生意気だったとか……とにかく、そんな積み重ねを理由にして、櫻子ちゃんは名杙の嫁にふさわしくない的な動きが元気になりそうなんだと」

「……」


 5月、統治と初めて――実際は初めてではなかったのだが、とにかく、会った時の態度が、威圧的で生意気。


 盛大にその原因の一端を担っている聖人は、胸に去来する何とも言えない気持ち(モヤモヤ)をコーヒーと一緒に飲み込んだ。

 そんな彼の心境や事情など知る由もない万吏は、もう一度缶コーヒーに口をつけてから……ため息と一緒に缶を置く。

「この間のことは、俺たちが頼んだことだから……それが彼女を追い詰める結果になってしまっているなら、黙っていられないって思ってるわけなのよ」

「なるほど」

「あと、彼女が5月に不遜な態度を取ったのって……どう考えても伊達ちゃんのせいでしょ?」

 万吏がジト目でこう言った刹那、聖人は一瞬、取り繕うつもりで口を開きかけたが……諦めて肩をすくめた。

 万吏が自分を見る眼差しに、一点の曇もなかったのだから。

「あれ、バレれた?」

 努めて軽く、悪びれていない口調を心がける。万吏は机に頬杖をつくと、ニコニコしている聖人に呆れた声で言葉を続けた。

「俺たちも何年付き合ってると思ってんの。櫻子ちゃんがそんなことするなんて、教唆した『余計な大人』がいたはずで、政宗君でも名杙側でもないなら、伊達ちゃんしかいないんだってば」

「ご明察。万ちゃん、探偵に転職してもいいんじゃない?」

「やだよ。金をもらうとはいえ、知りたくないことにまで首を突っ込むなんて」

 あーヤダヤダとわざとらしく首を横に振った万吏は、缶の中に残っていたコーヒーを飲み干すと、空き缶を机上に置いた。カン、という軽い音が響いて、すぐに消える。

「要するに、伊達ちゃんと俺とかのせいで、櫻子ちゃんが大ピンチになりそうってこと」

「なるほどねぇ。万ちゃん、そもそもその『反対派』は、仮に櫻子ちゃんを統治君から引き剥がしたとして……あぁゴメン、分かっちゃったからいいや。統治君そのものを、政宗君とセットにして名杙から追い出す腹積もりなんだね」

 聖人の言葉に、万吏は大きく頷いた。


「俺もそうだと思ってる。それくらい――彼ら(仙台支局)は、『出る杭(第三勢力)』として危険視される存在になれたんだ」


 その言葉がどこか楽しそうに聞こえたのは、果たして聖人の気の所為だったのか。

 ただ、話を広げるべきはそこではないと判断した聖人は、軽くなった缶を振りながら……苦笑いを浮かべる。

「若者の頑張りを芽が出る瞬間に根こそぎ刈り取るなんて、余裕のない大人がやること第一位だから……相手がうっかり自滅するのを待ちたいところだけど、そんなに待ってくれないだろうねぇ」

「だと思う。現当主の勢力と、当主の弟を筆頭とした反当主派は、今の時点で割と拮抗してるみたいだからさ。そこで『仙台支局』の存在は当主にとって切り札にもなるし、アキレス腱にもなる」

 万吏の言葉に納得した聖人は、残っていたコーヒーを飲み干した。そして。

「要するに、『仙台支局』が……反当主派を潰せばいい、ってことだよね?」

「結論を言うとそうなるけど、流石にやることがデカすぎて笑っちゃうね。伊達ちゃん、何か妙案でもあんの?」

 この問いかけに、聖人は満面の笑みで返答する。

「ううん全然」

「だよね」

「でも……」

 聖人は言葉を切ると、先程裏返しにした書類を持ち上げ、その中身に目を通す。

 そこには、蓮の生活状況や、聖人が眼鏡を使って確認した、彼にまつわる『縁』の情報が記載されていた。

 蓮の『因縁』は先日、それこそ盛大に絡まったばかりなので、もうしばらく注視しなければならないけれど……それだけのトラブルがあった直後にしては、蓮の身体にほとんど影響が及んでいない。体温や脈拍、血圧なども全て正常値。念のためにと脳波まで調べてみたけれど、特に以上はなかった。

 『縁故』として訓練を積んできた政宗に何もないことは想定の範囲内だが、まさか蓮までそれに耐えるとは思っていなかったのだ。

 これは、彼の素質なのか、それとも……別の、理由があるのか。

 今はまだ全て憶測だ。だけど……情報を積み上げて1つの結論へと至ることが出来れば、きっと、彼らの力になれると思うから。

 聖人は再び書類を裏返し、それを机上へ戻した。そして、話の続きを待っている万吏へ、とても楽しそうに――普段の調子で言葉を続ける。

「多分、政宗君や統治君が何もしなくても、向こうからちょっかいを出してくるよ。彼らがそこでカウンターを繰り出すことが出来るように、外野として野次を飛ばし続ければいいんじゃないかな」

「まぁね。じゃあ、櫻子ちゃんのことは……」

「こっちが下手に動くと足元をすくわれるよ。櫻子ちゃんも聡明な子だから、いずれ必ず、向けられている悪意には気付く。そこでもしも、自分たちの力が必要だったら……」

 言葉を切った聖人は、空き缶の横に置いているスマートフォンの画面を見つめた。

 今は真っ暗の画面。これが、嵐の前の静けさとなるか、それとも……。

「……きっと、向こうから連絡が来るんじゃないかな。その時にミスなく動けるよう、今は色んなパターンを想定して準備する期間にしない?」

 こう言って前にいる彼を見据えると、彼は一度だけ頷いた。

「了解。月末に名杙側で大きな集まりがあるはずだから、そこでまた何かあったら横流しするわ」

「よろしくね。っていうか万ちゃん、その情報ってどうやって手に入れてるの? 盗聴?」

「人聞きの悪いこと言わないでよ。信頼できる情報筋と取引してるに決まってるじゃん」

 万吏がここまで言うのだから、実際に信頼できる人物なのだとは思う。現に、これまで伝え聞いてきた情報に間違いはなかったので、そのソースも確実だ。

 聖人自身も、万吏へ全ての手の内を明かしているわけではない。でも、お互いがそれに納得した上で、缶コーヒー1つで集まっているのだ。だから今は、万吏の言葉を信じて、動き方を考えようと改めて決意する。

「そうなんだね。あと、他にもっと楽しくなれそうな話題ってないの?」

「楽しくなれそうな話題? そういえば……週末に伊達ちゃんも石巻のイオンにいたんだよね? ケッカちゃんと名波君っていう珍しい組み合わせと一緒に。よく政宗君が許可出したなーと思ったんだけど。どうやって政宗君を黙らせたの?」

「ああ……あの時は……」

 この質問に、聖人はうっかり、入れ替わりのことを口外しそうになったが……流石に秘匿すぎるのでやめておくことにした。その代わり、

「政宗君は二日酔いでそれどころじゃなかったんだ」

「マジかよ。政宗君、健康診断でそろそろ引っかかるんじゃないの?」

「そんな彼がケッカちゃんと一緒に住むって話、万ちゃんはご存知?」

「え!? 万ちゃん初耳なんだけど。詳しく聞いてもいい? あとコーヒー追加で」

「ここ、居酒屋じゃないんだけどね」

 適当な嘘と事実を織り交ぜて、話をそらしていく。聖人が週末に関する詳細をこれ以上語らなことを悟った万吏もまた、面白そうなネタに話の照準を合わせて……互いに2本目の空き缶が生まれるまでの間、他愛もない話に花を咲かせる。


 これから、どんな不測の事態がおとずれても……迷うことなく、ブレることなく、余裕のある大人として、彼らの支えになれるように。

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