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エンコサイヨウ・外伝集  作者: 霧原菜穂
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前日譚:サンタは遠い空の下で

ユカが仙台にやってくる前のエピソードです。2015年のクリスマスに短編としてブログに掲載しました。


登場キャラクター:政宗・分町ママ・ユカ

 ――2013年12月24日、火曜日。

 21日から23日まで続いていた3連休が終わり、いよいよクリスマス本番のはずなのに……どこかもう、終わった気配さえ漂っている気がする。

 そんな気だるく寒い連休明けの20時過ぎ、佐藤政宗は1人、『東日本良縁協会仙台支局』のオフィスに残っていた。

 クリスマス寒波がやってきた仙台市は、時折粉雪が舞い、いつになく風が冷たい。しかし、世間的にはクリスマスイブということなので、街中には多くの人が溢れていた。

 そんな、綺麗な景色を見下ろせるこの場所で……。

「……何とかなった、か……あー良かった……」

 自席のノートパソコンをシャットダウンし、画面が暗くなったことを確認。ようやく一息つく。

「政宗君、お疲れ様ー。最終的には綺麗に片付いて良かったわねー」

 彼の頭上で中身の入ったワイングラスを傾けた分町ママが、穏やかな表情で彼をねぎらった。

 そんな彼女を見上げ、中身の入ったグラスを羨ましいと思いつつ……軽く頭を下げる。

「分町ママも残ってもらってスイマセン、助かりました」

 年末年始、年の終わりは立て込むことが多い。人間同士をつなぐ『縁』を『切る』ことが出来る『縁故』の元には、年内の不良債権を整理しておきたい得意先が、少々無茶な要求をゴリ押ししてきたりするのだ。

 そのうちの1件を何とか片付け、ようやく、一息つける。今日は一日中この件で走り回り、ずっと気を張っていた。

 だからこそ、肩の荷が降りた瞬間……言いようのない倦怠感に襲われる。

 既に相棒の名杙統治なくい・とうじは政宗のマンションのキッチンで料理を仕込んでいるので、連絡係の役目を終えた政宗が家に帰れば、クリスマスディナーのフルコース&アルコールが待っているという素晴らしい段取りだ。

 それをよく知っている分町ママが、帰り支度を始めた政宗をジト目で見下ろす。

「今年も2人でクリスマスなのー? いい年してつまんないわねー、女の子くらい呼べばいいじゃない」

 コートを羽織る背中に呟くが、政宗は振り向かずに肩をすくめた。

「いやー、俺、騒がしいのは気心の知れた奴じゃないと無理っていう繊細な若者なんですよ。生憎、酒が飲めるのは統治だけだし……仁義君が20歳になるのを手ぐすね引いて待ってる最中ですね」

「結局男ばっかりじゃない……ま、君がそれでいいならいいけど」

 そう言ってグラスを傾ける分町ママに苦笑いを浮かべていると……不意に、コートのポケットに入れたスマートフォンが振動する。

 統治からの連絡かと思って取り出してみると、LINEが通知したのは意外な相手だった。


「ケッカ……?」


 今は遠く、福岡で働くかつての仲間。久しく会ってはいないけれど、こうして不定期で連絡を取り合っているので、互いの近況は何となくわかっているつもりだった、のだが……。

「……相変わらず、福岡は浮かれてるな」

 メッセージと共に送られた写真を見て、思わず、頬が緩む。

 そこは、サンタの帽子や衣装を着たケッカ――ユカが、同じくサンタの衣装を着たセレナと共に、フライドチキンにかぶりついているという写真だった。

 2人の奥にはトナカイの角をつけた別のスタッフの姿も見えるので、福岡はどこかでクリスマスにかこつけた宴会を始めているのだろう。

 政宗の背後から画面を覗き込んだ分町ママが、口元にニヤリを笑みを浮かべる。

「あらー、政宗君良かったわねー、ケッカちゃんから写真付きでメッセージが来るなんて、最高のクリスマスプレゼントじゃない」

「勝手に見ないでくださいよ……それに、どうして分町ママまでケッカ呼び……」

「別にいいじゃない、減るもんじゃないし。大丈夫よ、政宗君が異性に興味がないわけじゃないって、ちゃんと分かってるから♪」

「大きなお世話です。さ、事務所閉めますから出て行ってください」

 この事務所の施錠は、中に『痕』がいるとうまくいかない仕組みになっている。それを理解している分町ママは、ふわりと天井近くへ舞い上がり、政宗にヒラヒラと手を振った。

「ハイハイ、じゃあまた後でねー」

 そう言って彼女が消えたことを確認してから……政宗は1人、改めて、スマートフォンの画面を見つめる。

 その写真に映るユカは、自分があの時別れた彼女とほぼ変わらない姿で、楽しそうに笑っていた。


『メリークリスマス★ 政宗も統治も元気しとる? こっちは相変わらず宴会中……』


 一言のメッセージでも、一枚の写真でも、自分に対して飾らない姿を見せてくれることが、素直に嬉しい。

 過去の出来事を感じさせない明るさに救われている反面、そろそろ何とかしてあげたいと思うけれど。

 とりあえず……自分はこの場所で、もう少し、頑張ろうと思う。

 遠い空の下にいる彼女を助けられるだけの力を得る、その時まで。

「……来年くらい、福岡の屋台巡りでも行ってみるかな」

 メッセージの返信は電車の中で考えることにして……政宗は一旦、スマートフォンをコートのポケットの中に押し込め、扉へ向けて歩き始める。

 その足取りはどこか軽く、政宗もまた、クリスマスに浮かれる1人になって、オフィスの鍵を閉めた。


 ――その時はまだ、思ってもみなかった。

 この数カ月後、年が明けた2014年4月に……あんなことが起こるなんて。

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