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東南アジアの路地裏で

夏の鮫企画の話のために、ざっと書いてみました。

現代ものではありますが、感想をいただけると嬉しいです。

全3話の1話目です。

平成2☓年 タイ南部 スラ・ターニー 深夜のこと


目の前に鈍い鉄の固まりが迫る。


「うわっ!」


無様に転げながら避ける。


「た、助けてくれ!」


と後ろで、おっさんの叫び声がする。


助けて欲しいのはこっちだよ。


と思いつつ立ち上がり、再び振り下ろされた刃物を避ける。

どうやら、このあたりの人間(タイ人)が使うハチェットのようだ。

裏通りとはいえ、この騒ぎに気づかないものか。

安っぽいネオンの光が、通りのすぐ向こうから差している。


ここさえ、しのぎきれば助けを呼びに行けるんだが。


相手も、それをわかっているのか。行き先を塞ぐように刃物が振り下ろされる。

それを再び避ける。逃げ道が遠くなる。


強盗か?ただの金目当てならドルをバラ撒けばいけるか?

スーツの内ポケットには、賄賂用の10ドル札をクリップで挟んで束にしている。

だが、取り出すタイミングがない。


「ヘイ、ユーニード、マネー?アイ キャン ペイ・・・」


下手な東南アジア英語で交渉しようと試みたのだが、浅黒く色あせたポロシャツと短パンを履いたサンダルの男は、ゾッとする言葉と共に鉈を振り回してきた


「アッラーフ・アクバル!」


こいつら、テロリストか!!


途端に、俺の警戒度はマックスまで上がった。

裏通りに迷い込んだ間抜けな観光客を狙った物盗りじゃない。

最低でも誘拐、最悪は殺して先進国による資本主義の尖兵として、動画サイトで首だけをさらすことになる。


「冗談じゃねえ!」


無我夢中で、刃物を持った相手の手首を掴み、もみ合いになる。

こんなところで死んでたまるか!俺は日本に帰るんだ!!

この手を離したら死ぬ。

俺は死ぬ気で、思い切り相手の手首を握った。


すると、バキッ、と木材が折れるような音と、相手の手首近くの骨が折れた感触が伝わってきた。


「ぐうっ!」


たまらず相手が鉈を取り落とす。

相手の目には苦痛と恐怖が映っている。


「よくもやりやがったな!死ぬかと思ったじゃねえか!」


相手の両肩を掴み、思い切り力を込める。

すると、ゴキッという、手首の骨とは違った鈍い、骨の砕ける音がした。


「ギャウッッ」


と相手が妙な叫び声をあげ、泡を吹いて倒れこんだ。

白目を向いて、気絶しているようだ。


エンジンのかかる音に振り向くと、もう1人のオッサンを襲っていた男が形勢不利と見て逃げ出そうとしている。

150ccぐらいの、パチモンのカブだ。怪我人は見捨てるようだ。


「逃がすか!」


ここで逃したら、きっと仲間を連れて戻ってくる。

必死で伸ばした指が相手のシャツの襟を掴む形になり、一瞬だけ拮抗した体制になったが、そのまま相手を引き落とす形になり、バイクごとひっくり返してやった。

相手は、俺の膂力への恐怖と地面に投げ出された時に頭をうったようで、頭を抱えて縮こまっている。


「ノーヘルでバイクを乗り回すからだ」


本当に危険な時をくぐり抜けた際には、どうにも陳腐な言葉しか出ないものかもしれない。

正常性バイアスとかいうやつか。


「ふ、深田くん・・・」


うしろのオッサン、商社うちの取引先の後藤さんが、小刻みに震えている。


「大丈夫ですか。怪我は?」


「な、ないがパスポートと金を盗られた・・・」


と、ひっくり返って呻いている男を指す。


「じゃ、取り返しましょうか。おい、金かえせよ、マネー アンド、パスポート」


下手な英語でも、要求は通じるものだ。

相手は尻のポケットから、クシャクシャになった金とパスポートを投げ出すと、哀れっぽく呻いている。

砂埃を叩いて後藤さんに返すと、ひどく恐縮していた。


「と、とにかく離れよう、ね?」


「たしかに。そうしましょうか」


こいつらが実行犯だとしても、残りの犯人が近くにいないとも限らない。

俺が引っくり返っていたカブを引き起こすと、後藤さんは狼狽した。


「な、何をしてるんだね」


「とりあえず、ここを離れるんですよ。こいつに乗るのが一番早い」


「だ、だがそれは盗みじゃないかね」


「どうせ、こいつも盗んできたバイクですよ。それに長距離を乗るわけじゃない。とりあえずここを離れるのに借りるだけです。ほら、後藤さん、後ろに乗って!」


強く促すと、おずおずと荷台に乗り手を回してきた。


「いいですか?飛ばしますよ!」


とは言うものの、バイクに乗るのなんて免許を採るときに原付きに乗って以来だ。

よろよろとしつつ、それでも150ccのカブは夜の東南アジアのネオン街を軽快に駆け抜ける。


いったい、なんでこんなことになったのか。

これなら、東京で合コンをしていた方がましだった。

後ろに乗せているのが、何で可愛いお姉ちゃんじゃなく、40絡みのスーツのおっさんなのか。


深田は己の不運を呪いつつ、吹き付けてなお生ぬるい排気ガス混じりの東南アジアの風に毒づいていた。

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