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5話 順応性高くないとやってられないのが異世界

 真穂ちゃんが大人の階段を登って小一時間が経過した。

 細かい描写は割愛させていただくが、色々と大変だった。

 まず大型トラック故に、給油口が高い場所にある。

 そのため真穂ちゃんの身長では届かない。

 そこでおれは真穂ちゃんの腋に手を入れ、真穂ちゃんを持ち上げた。真穂ちゃんの股間部分が給油口の高さになるように。


 だが、真穂ちゃんは正真正銘の女の子だったようで、これでは給油口に入らず股から太ももへ流れてしまう。

 そしてそのまま真穂ちゃんの下にいるおれの頭上に幼女の聖水が落ちてくることになる。


 一体どんな罪を犯したら、幼女のしょんべんを頭からかぶらないといけない事態になるのか? 前世の行いが悪かったのだろうか? 前世のおれ業が深すぎるだろ……何したんだよ。


 という訳で、急遽おれは通学カバンからノートを取り出し、一枚破った。

 それをくるくると丸め、三角推の形にする。

 ここではそれを、簡易つけちんことする。


 その簡易つけちんこ(丸めた紙)を真穂ちゃんの股間部分につけ、つけちんこの先端をトラックの給油口に差した。

 これでおしっこがおれの頭上から降ってくる事態は回避された。


 その後真穂ちゃんは落ち込んでいたが、小一時間もすれば「ま、将来飲み会のネタにはなるでしょう」と立ち直った。立ち直る理由凄い。どんだけ先を見据えているの?

 おれが君くらいの年齢で同じ状況に陥ったら、即座に首吊って死んでる自信あるよ。


 そんな訳で、ここで一緒に転移してきたトラックに助けられた。

 トラックに殺され、トラックに生かされるとは、なにか深い縁を感じるぜ。


「これからどうすんですかお兄ちゃん?」


「そうだね、まずは人を探そう。だから、ちょっと歩こうか」


「うん……」


 おれは立ち上がり、真穂ちゃんも立つ。

 手を繋ぎ、真穂ちゃんの歩幅に合わせて荒野を歩き続けた。

 大型トラックはどんどん小さくなっていき、トラックが豆粒ほどの大きさになるまで歩いた頃――


「お兄ちゃん、疲れました」


 ――真穂ちゃんがうずくまってしまった。

 小学生の足には、辛いのだろう。確かにもう一キロは歩いた気がする。

 だが未だに人里は見えない。

 日も傾いてきたし、気温は更に低くなった。

 スマホの温度計アプリを見るに、0℃らしい。

 そして相変わらず圏外だった。充電量は70パーセント。

 ネットは使えないとはいえ、スマホはなにかと便利なので出来るだけ節約したい。

 消費電力を限りなく少なくなるよう設定し、再びポケットにしまった。


 うずくまる真穂ちゃんを尻目に、どうやって夜を越そうと唸っていると――遠くからなにか、音が聞こえてきた。


 それは人の悲鳴だった。


 目を凝らすと、荒野の先に、人がいるのが確認できる。


 やった! 人だ!

 異世界に飛ばされ早2時間弱。ようやくこの世界の住人を発見した。

 おれは真穂ちゃんを抱きかかえ、走り出す。

 どんどん人が大きくなり、馬車があるのも確認できる。

 助かった! と思ったのは束の間、おれはその足を止めてしまった。


「マジ……かよ」


 何故なら――そこにいた人は、巨大なオオカミに襲われていたからだ。

 人の数は5。

 でもそのうち3人が死体だった。


 3匹いる3メートルある巨大なオオカミが、馬車を襲ったのだろう。

 おれはこのままだと自分たちも危ないと察し、運よくあった岩場に隠れる。

 なんなんだあれは? 3メートルあるオオカミなんて聞いたことないぞ?

 やはり異世界ということで、モンスターが存在するのか?

 オオカミに襲われている人達で、生き残っているのは2人だけで、1人は悲鳴を上げながらオオカミと対峙している。

 もう1人は男の後ろに隠れるようにしゃがんでいて、そっちは女性だった。何故か手足を縛られ、猿ぐつわを回され身動きが一切取れない状態になっていた。

 ここからでも確認できるくらい、美しい女性だ。


「お兄ちゃん……あれ……」


「見ちゃだめだ」


 岩場から顔を覗かせようとする真穂ちゃんを押さえる。

 人間の死体や、人を襲う巨大な化け物は、小学生にはまだ早い。

 どうする? 折角人と出会えたのに、モンスターまでいるとは。


 やはりここは地球ではなく、剣と魔法が交差する異世界だったのだ。


「うわぁぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇぇ!!」


 馬車に乗っていた生き残りは、オオカミにマウントを取られ、首筋に牙を突き立てられ血を吹き出した。

 その後ろにいる女性もまた、恐怖で涙を流している。

 男を全員殺すと、最後にオオカミは身動きの取れない女性に目を向けた。


 助けるか? いや、無理だ。

 勝てる訳がない。

 でもせっかく手に入れたチャンスを逃す訳にはいかない。


 このまま岩場に隠れ、オオカミが5人を食べ腹を満たし、巣に帰っていくまで隠れているのも手だ。でもそうするとおれたちはこのまま夜を越すことになる。

 夜はいまよりもっと寒くなるだろう。小学生の真穂ちゃんが耐えられるかどうか……。


 つまり、結論は1つしかないってことですよねぇ!

 おれは岩場から飛び出し人間を助けに行こうとする――のだが、真穂ちゃんにコートを掴まれる。


「お兄ちゃん、ダメです! 死んじゃいます!」


「でも人がっ!」


「無理です! 死にます! なんでお兄ちゃんはそんなことも分からないんですか! 私の時といい、絶対助けられないと分かっていて、なんでそんなにも飛び出せるんですか!?」


 真穂ちゃんは怒っていたが、同時に不安げに瞳が揺れていた。

 真穂ちゃんはおれを失うのが怖いのだろう。

 そうしたら真穂ちゃんは、この何もない荒野に一人ぼっちになってしまうから。

 でも、それでも……。


「やってみないとわからない」


「分からなくないですよ」


 やってみない限り、おれが生き残る確率と、死ぬ確率は《まだ半々》だ。


「シュレディンガーのお兄ちゃんだからなっ! おれはっ!」


 そう言っておれは、オオカミの前に立ちはだかる。


「まてぇぇぇぇ! ちょっと、待て!」


 おれは岩場から飛び出し、オオカミの群れの前に立つ。

 オオカミは新たな獲物に目を光らせ、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

 牙は鋭くナイフのようで、よく見ると、体毛も針のように尖っている。


 全身の毛穴が開き、さっきまでの寒さが嘘のように体が熱くなる。

 汗が額から垂れた。

 やばい……これ死ぬ。


「いや! ここは異世界! そしておれは幼女を助けた主人公! ここは急に能力に目覚める王道展開だろ! くらえクソオオカミ! ファイヤーボール!」


「がうっ!」


 走り出すオオカミ――何も出ないおれ。

 ちくしょぉぉぉぉ! やっぱダメだった! 死ぬ!


 そう思った瞬間――














 パッパーッッッッ!!!! パッパッパ――――ッッッッ!!!!


 ブルルルルルルン!!!!








 ――巨大なトラックが、オオカミに突っ込んできた。

 トラックに正面から激突し、巨大なオオカミは吹き飛ぶ。

 そのまま血をまき散らし荒野を滑り、絶命する。

 即死だった。



 おれはこの世界に来る前、ああやって死んだのかと思うと寒気が走った。

 おれの命を奪ったトラック。でも今のこのトラックは、味方だという確信があった。

 巨大なコテージを背負った大型トラック。

 ツタのようにコテージを覆った電飾。


 デコトラは、パッパーと鼓膜が破けそうなほどの音量でクラクションを鳴らし、電飾をピカピカと光らせオオカミを威嚇する。

 この荒野のヒエラルキーで、捕食者の立場であるオオカミも、自分よりも大きな初めてみる謎の物体に恐怖を覚えている。

 しかも、甲高いクラクションに唸るようなエンジン音もオオカミに恐怖を煽っている。

 ガルルルル――と威嚇をしているが、ゆっくりと後ずさりしているのが確認できる。


 そして、30メートルほど距離をとると、急に身を翻し、殺された仲間を置いて逃げ出した。


「た、助かった……のか?」


「お兄ちゃん! 大丈夫ですか!?」


 危機が去り、岩場から真穂ちゃんが走ってきて、おれに駆け寄る。


「なんとか……平気」


 超怖かったけど。

 おれは尻もちをつき、指の震えが収まるのを待つ。


 オオカミを追い払ったトラックは、そのままさっきと同じように動かなくなる。

 一体なんだったのか?

 気になることはあるが、唯一の生存者、縛られている女性を助けることにしよう。

 縄に手を伸ばそうとすると――


「お兄ちゃん。いいんですか普通に縄外して。日頃溜まってる物を吐き出すチャンスですよ」


「だから君は何を言ってるんだ!? 小学生らしからぬ発言をするのやめて!」


「保健体育で習ったのでつい」


「最近の保健体育は進んでるな……」


「脱ゆとり世代ですからっ!」


「お兄ちゃん、女性が縛られてるからって興奮しちゃだめだよ?」


「しないよ! 真穂ちゃんはなんでいつもおれを変態にさせたがるんだよ!」



 一悶着あったが、なんとか縄を解くのに成功する。

 もちろんいやらしいことは何もしていない。


「けほっ、けほっ」


 長時間縛られていたようで、女性は解放され咳き込んでいた。


「あ、ありがとう……ございます。おかげで助かりました」


「い、いえ……おれは何もしていません」


 あのトラックが全部やってくれたからね。

 縛られていた女性は、とても綺麗な人だった。

 十代後半程の女性で、よく見ると年齢はおれと変わらないかもしれない。

 髪は綺麗な金髪で、金糸のように艶やかで、瞳は青色をしていた。

 服も、西洋の貴族が着るようなゴージャスなドレスで、浮き世離れしているというか、見たこともない美しい女の子だった。


 ――これ、なろうで見たことある。


 魔物に襲われている少女を助けると、実は一国の王女で、王女を助けたお礼に王様から褒美を貰えるという王道展開!

 よし、これで人がいる場所まで案内してもらえる!


「えっと、おれは我満忍。こっちの女の子は美山真穂」


「よろしくです、綺麗なお姉ちゃん」


「わたしはここ、ドラグロワ地方の領主、ドラグロワ辺境伯の娘。イリーナ・ルイス・ドラグロワです」


 金髪の少女はそう言って頭を下げる。

 領主の娘――と彼女は言った。

 王女ではないものの、貴族みたいな偉い人の娘なのが判明。


「これは玉の輿狙えますな」


「真穂ちゃんはちょっと黙っててねー」


 余計なことを言う幼女を黙らせる。

 真穂ちゃんさっきまでオオカミ見てめっちゃびびってたのに、また通常モードになっちゃったよ。おれはまだ足がブルブル震えているというのに。


「でもどうして縛られていたんですか?」


「はい。先ほどもいいましたが、わたしの父は、国王からの命でドラグロワ領を任されています。そんな父をよく思わない者が、盗賊を雇って娘のわたしを誘拐しようとしたのです。そこをあなたがたに助けていただいて……」


 ドラグロワ――聞きなれない地名だ。

 それは異世界から来たおれからすれば当たり前だが、そのドラグロワ地方を治めている貴族の娘が誘拐され、その誘拐犯は馬車で逃亡していたが、運悪くモンスターに襲われ全滅した。

 そして彼女もまたモンスターに殺されそうになった瞬間、おれたちが偶然助けたということになる。


「これはお父様からお礼がいただけそうですな兄貴。へっへっへ」


「ちょっと黙ってって言わなかった真穂ちゃん?」


 誰が兄貴だ。再び真穂ちゃんを黙らせる。

 口が減らない幼女が横やりを入れてくるので、なかなか話が進まない。

 君なかなか腹黒いな……。


「えっと、あなたは?」


「あっ、おれは……その、旅人です。住む家を無くし、妹と村を飛び出し世界各国を歩きまわっているんです」


「まぁ、そうだったんですか。じゃああの、動く鉄の塊も?」


 美少女――イリーナさんは大型トラックを指さす。


「見た所、魔法で動く魔道具に見えますが、あんな巨大な物が目にも止まらない速さで動くのは初めて見ました。すくなくとも、わたしのいる国の魔法技術では到底できない代物です」


「えー、あー、そうです。あれはその、そうです。馬のいらない鉄の馬車です」


 とは言ったものも、まずい。

 あのトラックもおれと真穂ちゃんと一緒に異世界に転移したものだが、中に運転手はいなかったし、鍵もかかっていて動かすことはできない。

 でも意地を張ってイリーナさんにはああ言ってしまったし……どうしよう。


「話は聞かせてもらったぜお嬢ちゃんたち!」


「っ!?」


「えっ!?」


「まぁ、更に喋るんですね!」


 トラックから声が聞こえた。

 渋い中年男性の声だ。

 さっき確認したときは誰も乗っていなかったのに!

 おれはトラックの運転席を覗くが、やはり誰もいないし、ドアはしっかりとロックがかかっている。


「つまり、イリーナちゃんを無事お家まで帰せばいいんだな?」


 やっぱり声が聞こえる。

 もしかして、このトラックが喋っているのか……?


「いいぜ、乗りな。まさか死んだ後もこうやって、運び屋続けることになるとはな……」


「ちょ、ちょっと、えっとトラックさん? あなた一体何者――げふっ!?」


 トラックが喋ってテンパっていると、トラックのドアが急に開き、ドアの目の前にいたおれは頭をぶつけて背中から地面に倒れる。


「じゃあお邪魔しまーす」


 何の警戒もなくトラックの助手席に座る真穂ちゃん。


「じゃ、じゃあわたしも……」


 イリーナさんも、初めて見るトラックにも関わらず運転席に座る。


「わぁ、凄い座り心地いいですね!」


「ちょっと! 何何何!? どうなってんのこれ!?」


「ほら、小僧も乗れよ。おいてくぞ?」


「乗れって、もう乗れないじゃん! 二人乗りじゃん!」


「お兄ちゃん、私の膝の上が空いてますよ?」


「どちからと言えば、おれが真穂ちゃんを膝の上に乗せるべきだよね!」


「どっちでもいいから早く乗ってください。そしてわたしを家まで帰してください」


「君達順応性高いな本当!?」


 こうしておれたちは、喋るトラックによって危機的状況を脱することが出来たのだった。

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