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3話 シュレディンガーの幼女

「ねぇお兄ちゃん。シュレディンガーの猫って知ってます?」


 目の前にいる幼女――真穂ちゃんは、おれにそう言った。


「なんとなくなら分かるよ。五割の確率で毒ガスが出る箱に猫を閉じ込めて、箱を開ける。猫が死んでいる確率と、生きている確率は共に五割。では、箱を開ける前の猫は生きているのか? それとも死んでいるのか? ってやつでしょ」


 昔、テレビでそんな内容の番組がやっていた気がする。

 途中から物凄い難しい科学的な話になり、おれは理解するのを諦めたけど。


「私は思うんだよお兄ちゃん」


 お兄ちゃん――と真穂ちゃんは言うが、おれはこの子と兄妹という訳ではない。

 いや、別に誘拐した訳じゃないよ? 誘拐はしていないけど、おれはこの幼女と二人きりでいた。


「何を思うの?」


「それって、猫ちゃんが可哀想じゃん」


「そうだね。科学の実験とはいえ、動物を殺すのは許せないよね」


「本当だよ。マジでシュレディンガー博士死ねって感じだよ」


「死ね、は言いすぎじゃないかな? 小学生がそんな言葉使っちゃダメだよ……」


「でもさ、箱に入れば別に猫じゃなくてもいいと思うよね、お兄ちゃん。なんで猫なのかな?」


「さぁ、猫に恨みでもあったのかな?」


 小学生は、頭の作りが大人と違い柔軟で、今まで考えたこともないようなことを言い出すから、驚きだ。


「猫は可哀想だから、いっそのことゴキブリにすればよかったのにね。シュレディンガーのゴキブリ」


「嫌だよ!? 生理的に嫌だよ! シュレディンガー博士もその理論を学会で発表するときにゴキブリを例に出したくはないだろうよ!?」


 学会で自分の考えた『シュレディンガーのゴキブリ理論』を発表し、「うわ、あの人ゴキブリで何やってんだよ、キモ……」と言われる光景が見えてしまう。


「だよね、流石にゴキブリはやばいよね。だってゴキブリだから、高い生命力でそのうち毒ガスに抗体のある個体が誕生するかもしれないしね。もしそうしたら地球がテラフォ●ーズだよ。シュレディンガー博士は人類を破滅に導いた人間として未来永劫責められ続けられるよ。いや、もはや進化したゴキブリに全滅させられ、責める人間がいなくなっちゃうよ」


「いやそんな心配はしてないよ! 君は一体どんな心配をしているの!?」


「ほら、私友達いないじゃん?」


「じゃん? って聞かれても知らないよ! おれと君、一応初対面なんだよ!?」


「それで、学校にいるとき暇だから、そんなことばっか考えてたんだ。人類が滅べばいいのにって」


「怖い! 最近の小学生怖い!」


 可愛い顔してなんてこと考えるんだ真穂ちゃん……。

 そんなダークなことばかり考えているから友達ができないんじゃないかな?


「いやぁ、暇だからシュレディンガーの話題を出したけど、まさかこんな盛り上がるとは思わなかったよお兄ちゃん」


「そうだね、お兄ちゃんはお嬢ちゃんが可愛い顔で人類が滅べばいいのにとか言うからびっくりしちゃったよ」


「ふふふ……いつから私がお嬢ちゃんだと錯覚していた」


「何っ!?」


 まさか、真穂ちゃんは男の子だったのか!?

 小学生は第二次性徴を迎えておらず、たまに男の子か女の子か分からないような子が存在する。もしかして真穂ちゃんも……?


「って、でも真穂ちゃんスカート穿いてるじゃん。男の子がそんな恰好する訳ないよ」


「でもお母さんの方針で、スカートを無理やり穿かされているとすれば?」


「嫌なお母さんだな!? お母さん絶対変態だよ! 息子にスカート穿かせるような母親のお腹から生まれたことを一生後悔するよ!」


 で、でも、流石に冗談だよね?


「じゃあ、確かめてみる?」


「確かめるって?」


「私のお股に……ついてるかどうか?」


 ゴクリ――思わずおれはつばを飲み込む。

 真穂ちゃんは立ち上がり、スカートの裾を掴み、少し持ち上げる。


「ま、真穂ちゃん? 何をしようとしてるの?」


「おちんちんが生えていたら男の子。生えてなかったら女の子。でもスカートの奥を見るまでそれは分からない。まさにシュレディンガーのおちんちん」


「やめろ! シュレディンガー博士に謝れ!」


 さっきから失礼すぎる!

 何? この子シュレディンガー博士に恨みでもあるの!?


「あと女の子がおちんちんとか連呼しない!」


 いや、女の子じゃない可能性も出てきたけども!


「嘘だよ。お兄ちゃん面白い」


 真穂ちゃんはスカートから手を離し、えへへとあどけなく笑った。

 イタズラが成功し、凄く嬉しそうな顔になる。

 なんだ嘘か。だよね。こんな可愛い子が男の子な訳ないもんね!


「でもびっくりだよ。暇だから適当にシュレディンガーの猫を話題に出したら、思ったより盛り上がったね、お兄ちゃん」


「おれとしては小学生がおちんちんと連呼してスカートを持ち上げようとした方がびっくりだよ本当」


 あとそれはさっきも聞いた。


「別に誤魔化さなくていいんだよ。本当は興奮したんでしょ?」


「してないよ! おれを勝手にロリコンにしないでよ!」


 おれはまだ十七歳の高校二年生。

 そして真穂ちゃんは十一歳の小学四年生と言っていた。

 年の差は六歳。大人の世界では六年差の恋愛なんてよくあることだ。

 でも! だとしても! 高校生が小学生に興奮するのは犯罪だよね!

 おれロリコンじゃないから!


「お兄ちゃんがロリコンなのか、ロリコンじゃないのかはまさに半々の確率。シュレディンガーのお兄ちゃんだね!」


「その言い方だとおれが箱に詰められ毒ガス浴びせられるように聞こえるから怖いよ!」


「だから誤魔化さなくていいのに。そうじゃなかったら、見ず知らずの私を命張ってまで助けないでしょ?」


「……」


 真穂ちゃんは、嬉しいんだか、切ないんだか――曖昧な顔になり、そう言った。


「だから、正直に言っていいんだよ? 周りに人はいないしさ」


「……はは、そうだよね。周りに人、全然いないよね」


 おれは、トラックに轢かれそうな真穂ちゃんを助けたら、異世界に転移してしまったのだった。

 しかも、助けた幼女と一緒に。


 そしてすることもなく真穂ちゃんと雑談を続けていたのだが、急に現実に引き戻される。


「うち、帰れるかな……」


「帰れるか帰れないかは、帰ってみないと分からない。まさにシュレディンガーの――」


「シュレディンガーはもういいよ」


 地平線を睨み付けながら、おれは真穂ちゃんの言葉を遮った。


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