2話 最近の小学生は怖い
「おれの名前は我慢忍がまんしのぶ。君は?」
「知らない人に名前教えちゃダメって先生が言ってた」
おさげで結ばれた黒い髪は墨汁のように黒く、対称的に肌は真っ白で柔らかそうだ。
小学校中学年くらいだろうか?
この子は確かに、おれが助けた幼女だった。
……正確には助けてないけど。一緒にトラックに轢かれて異世界飛んでるけど。
「言いたいことは分かるよお嬢ちゃん。でも見てごらんよこの状況。とてもじゃないけど常識が通用するとは思えないよ。トラックに轢かれたら知らない場所に来てたんだよ。これはもう先生の言葉なんて何の役にも立たないと思うんだよ。ここにいるのはおれと君の2人だけ。つまりおれたちが力を合わせないといけない。故にまずは自己紹介をしようじゃないか?」
「……デスノート、持ってない?」
「持ってないよ!」
この幼女何を心配しているんだ。テレビの見過ぎである。これだから最近の子供は。
「私……美山真穂みやままほ。小学4年生」
「そっか、真穂ちゃんか。可愛い名前だね」
「名前だけ?」
「も、もちろん顔も可愛いよ!」
「顔だけ?」
「全部! 全部可愛いよ!」
「本当にそう思ってる? 他の女にも同じこと言ってんじゃないの?」
「言ってないよ! 君だけだよそんなこと言うの!」
「お兄ちゃんロリコンなの? 小学生にそんなこと言うなんて……ちょっと引く」
「引かないでよ! おれ悪くないよ!」
「まぁ、お兄ちゃんが轢かれたのは私じゃなくてトラックなんだけどね」
「うまくないしそのブラックジョークやめて! 君一応死にかけたんだよ!? ていうか多分1回死んでるんだよ!? そんな笑顔でトラックとか言わないでよ!」
女子の扱いは面倒臭い、とクラスのリア充が言っていたのを聞いたが、マジで面倒臭かった。これからはうかつに女子に「可愛いねー」などと言わないようにしよう。
あっ、そんな心配しなくてもうち男子校だったわ!
「にしても、どうするかねぇ……」
辺りを見渡すと、何もない荒野が広がっているだけ。
気温は11月の日本よりも寒く、コートが無ければ凍えていただろうという寒さ。
スマホを取り出すと、当たり前のように圏外だが、ネットを介さない温度計アプリは生きており、2℃をさしていた。こりゃ寒いわけだ。夏に異世界転移してたら凍え死んでたぜ。
「ん……あれは」
よく見ると、後方30メートルくらい先に、大型トラックが止まっているのを発見した。
異世界にトラック?
おれは気になってトラックに近づく。真穂ちゃんもおれのコートの袖を掴んでついてくる。
防犯意識は高いのに、おれから離れようとはしないんだね……。
かなり大きなトラックで、デコトラというのだろうか?
まるで壁をつたう植物の蔦のようにコテージに電飾が巻き付いている。
夜につけたら眩しくてたまらないだろう。
この特徴的な大型トラック、どこかで見たことあるぞ。
「ってこれ、おれと真穂ちゃんを轢いたやつじゃねぇか!」
トラックまで異世界転移してる!?
びっくり仰天である。つまり中にいるのはおれたちを轢いた運転手という訳だ。
文句の一つでも言ってやろうと思い、ドアを開けようとするも開かない。
窓を覗くも、運転席には誰も座っていなかった。だが内側から鍵がかかっていて開かない。
「どーなってんだ、これ」
異世界に飛んだおれと幼女とトラック。
でも、トラックの運転手はいない。
運転手は異世界に飛んでいないことになる。
今頃元の世界では、トラックの運転手だけが取り残されている訳か……。
それはそれでシュール、というやつである。
「お兄ちゃん、どうしよう?」
「どうしようもないから、まずは休憩しよっか」
どうしようもないので、まずは親睦を深めるということで、おれと真穂ちゃんは腰を下ろし、まずは体を休めて頭を冷やすことにした。
ビニール袋からあんまんを取り出し、半分こにして真穂ちゃんに渡す。
少し冷めていて、温かいけど火傷しない丁度いい温度になっている。
「お兄ちゃん、私お金持ってないです」
「ああ、気にしないでそれくらい」
「体で払えって、こと?」
「違うよ!? 君本当に小学生!? なんでそんなアダルティな思考してるの!?」
「私……おっぱい小さいけど、お金になる? あっ、でも乳首はピンクだから、少しは……」
「落ち着け! なんで君は名前を教えるのに渋るくせに、乳首の色をそんな簡単にカミングアウトしちゃうの!? 乳首の色をカミングアウトする小学生とか見たことないよ!」
「タダ! タダだから! サービスだから!」と真穂ちゃんにあんまんを押し付ける。
「初回無料で、次回からは通常料金、ってやつ?」
「だから何でアダルティなお店の料金システムみたいになってるの!? 永久無料だよ!」
そう言うと、ようやく真穂ちゃんはあんまんを食べてくれた。
小さなお口ではあんまん半分も食べきるのに時間がかかる。
食べ終わると、カバンから水筒を取り出し真穂ちゃんに渡す。
あんまんを食べて喉が渇いたのか、ごきゅごきゅと喉を鳴らしてお茶を飲んだ。
……これ、おれが次飲んだら間接キスになるな。
「おいしかった。でも、道草食っちゃった。お母さんに怒られちゃう」
「道草食うってレベルじゃないけどね、おれたち。異世界飛んじゃってるんだけどね」
「異世界?」
「ま、まぁ……遠くに来ちゃったってこと」
「お家、帰れるかな?」
空を見上げる。
空は高く、辺りを見渡すと、地平線に荒野が広がっている。
北の方角には山脈が見えるけど、それ以外は地平線。
まるで、地球じゃないみたいだ。
異世界に転移してしまったような……。
「帰れるよ、きっと」
テンプレートだと、異世界に飛んでしまった場合、元の世界に戻れるパターンはあまりない。魔王を倒すと元の世界に戻る例もあるが、それにしたってかなりの時間がかかる。
でも不安げな真穂ちゃんを見ると、嘘でも帰れると言わざるを得ない。