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逆行する星々【外伝(3)】  作者: イプシロン
第1章 運命と意志――出会いの前にあるもの
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第5話 ヨハネスの孤独

 多くの地球人(テラン)たちは、人格コンピューターとは、なんらかの科学的操作により、一個人の人格をコンピューターに移植したものであると考えている。研究開発元はDOXAであり、管理運営しているのもまたそこであると考えていた。DOXAが発行している外報を見れば、公表されている内容どおりのことをしているのだという見解は間違っていないようにみえた。

 アメリカはネバダにあるDOXA技術開発施設――社内呼称バベルには、人格コンピューターの初号機ヨハネスが設置され、技術はヨハネスを起点にして進歩し、今では準光速宇宙船に搭載されるまでになっている。バベルの地下数百メートルに鎮座する初号機は、気温、気圧、湿度などが一定に保たれ、振動、細菌、腐食などから完全に隔離された無菌状態で稼働している。DOXAは自らの姿をかなり正確に流布し、人々から信頼を勝ちえていた。

 かつてあった三度目の世界大戦後、地球政府や地球軍(ウンフェ)――UNFE設立以降も、DOXAは情報の透明化に励んでいた。だから、地球規模の軍事機構であるUNFEと、一科学技術機関であるDOXAが結びついていくさまを眺めても、多くの人々は不安や杞憂を抱くこともなかったのである。信頼しうる科学機関が軍事技術――準光速航行のノウハウを手に入れて、人類最後のフロンティア――太陽系内惑星へ進出してゆくという感慨の視線で、宇宙(ソラ)へと旅立つ銀白色の航跡をふり仰いでいる者も多かったのだ。

 そのDOXAの研究施設、半月を地面に突き立てたようなバベルタワーの最上階で、会議が行われていた。

「では、もはやPETUを抑えることは出来ないということなのじゃな」

 U字型のテーブルが置かれた部屋に、ヨハネスの憂鬱さが充満していった。

「どうやらそのようです。もともと議長の発案で設置された、部署ともいえる団体でありますから、なんらかの策を講じるべきではありますが――」

「それはわかっている。だからこそ儂は君たちに彼らの監視を任せていたはずなのじゃが」

 ヨハネスはテーブルにあるモニターから発せられた重役のふがいなさを遮って言った。

「それにつきましては、先ほど私めが提案させて頂いた、部局の設置以外に方法はないと思われますが」

 別のモニターから甲高い調子の声が会議室の空気をせっかちにかき混ぜた。

「だから君、それはDOXA内でしか機能せん。儂の意向は変わらんよ。なにか他に思案はないものか、諸君」

 人影がなく、数十台のモニターが規則正しくならんだ空間に無機質な沈黙が訪れた。

 理想と現実。それは昔からあった。しかし儂はこの現実を受け入れがたいのじゃ。音声だけの存在であるということを盾に、身勝手なことばかりするこやつら……。

 ヨハネスは直結されている神経回線から伝わってくる、重役たちの保身を敏感に感じ取っていた。

「問題はPETU自体ではなく、実行部隊の奴隷商人たちである以上、手の施しようがない。儂の意見は変わらんぞ」

「しかし議長、そうした方法論を導入なさったのは、議長ご自身ではありませんか」

 責任転嫁じゃな。儂に肉体がない以上、商人たちの暴走を止めることができないことがなぜわからんのじゃ。儂は崇高な理想に生きるために人格コンピュータとなった、だがどうやら考えが甘すぎたのであろうな。

「だからこそ、君らに頼みをおいているのじゃ、実際に行動を起こせるのは君らだからじゃ、今少し議題に知恵を絞ってみてはくれぬか」

 会議は長引くばかりだった。重役たちの意見はどれも自己保全に毒され、ポストや権威をおびやかされることを(いと)うものばかりだった。

 このうえ、この状態に上のせして部署を増やす、組織を複雑化することで、DOXAは官僚化が進むだけじゃ。なぜ彼らにはそれがわからんのじゃろうか。たった一人でいい、儂の気持を汲んでくれる者が現れるのを待つしかないのか……。

 ヨハネスは神経回線を駆けまわる利己的な言葉の信号に、起こるはずのない眩暈(めまい)をおぼえていた。

「ええ、それはわかっているのです。しかし火星の問題もあるのですぞ。今期に入って既にギザでは施設の建設がはじまっているのです」

「あの男なんと言ったかな、火星の主任研究員」

「君、今はそういう議論をすべき時ではない、議題を戻したまえ」

「いや大いに関係があるのではないか? あの男からの要求はエスカレートする一方なのですから。暗に言っているようなものです、奴隷商人と火星にいるあの主任に繋がりがあるということを」

「それはいかがなものだろうか。いくらなんでも妄想にすぎると思うがね、疑心暗鬼にすぎはしまいか? 彼は純粋な科学者であろう。もっとも彼の予算に対する執念には苦慮すべきものはあるがね」

「問題はそこではないのだよ、ようするに研究員たちを縛る内規やら監視体制の不備ではないかね? 根本的解決が必要だということなのです」

「それ以前にそうした情報の入手ルートが脆弱すぎるということですよ」

「ですから、先ほどより申上げているのです、新規部署を立ち上げれば、こうして議論していることへの解決の目途が立つと……」

「よろしい!」

 突然、ヨハネスが割って入ったことで、一瞬にして会議室の空気が緊張した。

「認めよう。これまでの技術局の強化はもちろん、新規に情報局、司法局の設置を許可する。ただし、運営の厳粛さと現場への徹底を君らに期待したい。よろしいかな」

 ヨハネスはその決定に期待などしていなかった。彼の心の奥には、重役たちとは違った軌道を描く、逆行する星の瞬きという希望があっただけだった。

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