第38話 緊急事態――逆行小惑星
<アイレース>号はL4-0427への着床態勢に入っていた。
艦橋では着床の指揮を取るために、エヴシンが船長席に座り、正面スクリーンに映し出された分割モニターを睨んでいた。副長席ではセラフィーナがサポートをするために、時々エヴシンと早口で会話を交わしていた。
そこから少し後ろに下がった航法士の席にはフェデリコが座り、不測の事態にマニュアルで対応するための待機状態を維持していた。
艦橋から五区画ほど離れた格納庫には、すでに宇宙服を着たオズウェルとレックス、リンジーとリビュアの姿があった。すぐ近くには上陸用クルーザー<ミラーシ>号が船床に固定されていた。格納庫と上陸用ハッチの間にある与圧と検疫を行うエアロック前室の扉は固く閉ざされ、赤い照明にてらされ、否が応でも緊張感を高めていた。
「アチエーツ、予定通りいけそうかい?」
エヴシンのいくぶん緊張した声が艦橋に響いた。
「問題ありません。あと五分で着床予定です」
「了解だ」
スクリーンに映るL4-0427との距離を示す数字が止まることなくカウントされている。
「着床まであと四分です」
アチエーツの声もいささか緊張気味のように聞こえた。
そのとき、<アイレース>号のセンサーがそれまで確認していなかった小惑星の接近を感知した。信号は光の速さでアチエーツの神経回路に伝達され各所へと送られていった。
突然、船内全域に警報が鳴り響いて、照明が非常灯に切り替わった。
「どうした、アチエーツ?」
「未確認の小惑星が接近中です。なぜこうも接近するまでセンサーが捉えられなかったのか疑問ですが……」
「センサーに異常はないの?」
セラフィーナの声も緊張して少し上ずっていた。
「まったく問題ありません」
「おそらくこれは逆行小惑星です。非常に珍しい軌道をとるため検出が遅れたのでしょう。これまでの調査データにも無かったものです。未確認の逆行小惑星です」
と、マーチ。
「逆行小惑星?」
「すみません、いまその説明をしている暇はないようです。小惑星がこのままのコースを維持するようだと、本船と接触する可能性があります」
「アチエーツ、緊急回避だ!」
「ええ、わかっております。しかしすぐには……クルー全員の安全が確保されていませんので。回避運動を開始しますので、加速にそなえてみなさんは着席してベルトを装着してください。急いでください、一刻の猶予もありません!」
エヴシンの額には汗が噴き出していたが、それにかまわず全船内通話モードのボタンを押して、アチエーツからの指示を叫んだ。
艦橋にいた三人は、すぐにシートベルトを着用した。だが、格納庫にいるクルーはそうもいかなかった。動きにくい宇宙服を着て焦ったために、あらぬ方を向いたり、思いもよらないと方へと漂いだしてしたのだ。非常待機所へ向かうのがいいのか、係留してある<ミラーシ>号に駆けこむのがいいのかという迷いもあった。
「非常待機所へ」
「ミラーシ号に退避しよう」
と、レックスとオズウェルが同時に叫んだことが混乱に拍車をかけた。
「おい、上陸隊、どうなっている? 早くしてくれ! このままじゃ全員あの世ゆきだ! 急いでくれ!」
エヴシンに出来ることといえば、しわがれた声で督促することだけだった。
「ねえどっち、どっちにするのよ? はっきりして!」
リンジーが叫ぶ。
「ママ大丈夫、マーチ先生とパパを信じましょう。こっち」
はじめに<ミラーシ>号へと走り出したのはリビュアだった。とはいえ、それは疾駆とはほど遠い、無重量空間をジャンプしながら進むというものだった。慣れないジャンプをするリビュアにリンジーはすぐに追いついて、少女を抱えてジャンプをつづけた。
「レックス、オズウェル、急いで! こっちよ!」
「まだか、まだなのか……」
格納庫の平面図を映し出しているモニターで、赤色の光点が<ミラーシ>号に近づいていくのがわかる。エヴシンにはそれがじれったいほど遅く感じられる。永遠の時間のようにさえ思える。
「急いでください! 非常に危険です!」
人格コンピューターの声にも焦りがこもっている。
「アチエーツ、グリーンランプ確認ししだい、回避行動を取ってくれ」
「了解です」
「急いで、急いでちょうだい、レックス!」
セラフィーナも祈るような声をあげた。
「グリーンランプ確認! 回避行動に入ります。加速度に備えてください!」
アチエーツが言い終わるか言い終わらないうちに、クルーたちは強烈な加速度を感じていた。
椅子に押し付けられ、あるいは椅子から投げ出されそうになり、シートベルトが食いこんでくる苦痛に呻いた。
<アイレース>号のメインノズルからは長大な紅蓮の炎が噴き出していた。
「接触予定時間まで、あと四秒……三……二……」
加速度に影響を受けないアチエーツが、坦々とカウントダウンをしている。
「一……」
その瞬間、クルーたちはそれまでとは違う方向からの衝撃を感じたが、あまりに凄まじい加速度に耐えられずに、つぎつぎに失神していった。
「アチエーツ、クルーが失神しています。減速を!」
マーチが言い終わるよりもはやく、アチエーツは減速を開始した。
急加速と急減速、逆行小惑星との衝突により、<アイレース>号は大幅に予定のコースを外れていた。眼の前には小惑星L4-0427が迫っていた。
「アチエーツ、今度はL4-0427と衝突しそうよ」
声を聞くものがいなくなったマーチの声が艦橋に響いたが、そのあとは誰の声もしなくなってしまった。
もはや喋る余裕がなかったのだ。
マーチとアチエーツは直通回線をフルに開いて、光速でデータを飛ばしあい、必死にL4-0427に着床することだけに集中していた。
船体各所にあるプラズマエンジンが右へ左へ、上へ下へと透明の炎を吐き出し、狂ったように回転しようとする<アイレース>号のローリング運動が制御されたかと思うと、またプラズマ炎が吐き出され、着床脚をL4-0427へと向ける姿勢をとった。
着床速度過剰! 急減速を!
わかってる!
二人は直通回路で叫びあいながら、減速に使えそうなプラズマエンジンを全て噴射させた。
着陸脚が小惑星の大地に接触した瞬間、大量の砂礫が舞い上って船体を包んでいった。
音もなく着陸脚がひしゃげて折れた。
再度噴射すべきか? もしも小惑星にプラズマに反応する危険な物質があったなら……。
迷っている猶予はなかった。
アチエーツとマーチは再度協力して、急減速をかけた。
<アイレース>号は、凄まじい量のレゴリスを吹きあげながら船腹を小惑星の大地に押し付けて静止した。
舞い上った砂礫が、L4-0427のかすかな重力に引かれて、雪ように音もなくひらひら、ひらひらと、ゆっくりゆっくり降り出していた。




