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逆行する星々【外伝(3)】  作者: イプシロン
第4章 逆行する星々――壊れゆくもの
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第34話 高速道路の星

 心身ともに傷だらけになった二人はシカゴに宿をとり、身綺麗になって傷の手当をし、ゆっくりと体から疲れをとった。さすがに一日というわけにもいかず、二人はその部屋で一週間を過ごした。

「喧嘩、負けなかったの?」

 トゥラキアは、ヒュードラーの額にできた大きな傷跡を気づかって、絆創膏の上から真赤なバンダナを巻きつけていた。

「うん、のしてやれなかったけど、痛いのを一発見舞ってやったよ」

「むやみに大人を相手にしないの。ハンデがありすぎるわ。大人と戦うときはあたしに加勢を要請しなさい。いいわね?」

「うん、わかった」

 宿に泊まっていたあいだ、二人はボソボソとではあったが、いろいろな事を話し合った。ヒュードラーの冒険譚にはじまり、トゥラキアの幼年時代の話、これからのこと。少年がどこまでわかったのか、彼女には疑問であったが、ずっと喉の奥に詰まっていた棘々した異物が溶けて消え去っていく気がした。少年もまたそうだったようである。色違いの瞳に宿っていた怪訝さは消え去り、どこにでもいそうな好奇心溢れる少年の眼になっていた。

「さあいきましょう。まだ目的地までは三分の一もきていないわ」

「うん……遅れは取り戻せるの?」

「さあどうかしら」

 トゥラキアは妖しく含み笑いをして見せた。

「なんだよ、なにか隠してるな。教えてよ」

 それとなく見破るヒュードラー。

「ねえ、ひとつだけ約束して」

 彼女の後を追って車に向かっていた少年が突然、生真面目な声をあげた。

「なあに?」

「もうあんなことだけはしないで」

「…………」

 何のことを言っているのだろうか?

 彼女はしばらく思案して、それに思い当たった。

「わかったわ」

「約束だよ」

「約束するわ」

「絶対だよ」

「絶対よ」

 トゥラキアは振り向いてしゃがみこむと、自分の小指と少年の小指を絡め合いながらそう言った。

 宿泊していた一週間のあいだに、業者を呼んで整備しなおしておいた車は、新品のようになっていた。

「これがあの車?」

「そうよ、さあ乗って」

 運転席のドアが閉まり、助手席のドアが閉まる。

「ヒュー……」

「わかってる、シートベルトでしょ。わかってるってば、心配性なんだから」

「まあ、大人げたことを言うのね。じゃ、いくわよ」

 しばらく運転をしていなかったことを不安に思ったのか、彼女は頭を左右に何度か傾けてから、アクセルを踏み込んだ。

 エンジンは快調そのものだった。足元と腰の下から、生を感じさせる振動が伝わってくる。ルート八〇の看板が見えて、高速道路に乗っても彼女はマニュアル運転を続けていた。車窓の左右には穏やかな田園や草原が連なり、流れてゆく緑がまぶしい。二人を追いかけてくる太陽が樹木のあいだから断続的な木漏れ日を投げかけてくる。空は晴れ渡って雲一つない。少し汗ばむくらいだ。

 ジョリエットを過ぎたあたりで、しだいに視界が開けてきた。

「さて、坊っちゃま。少し飛ばしますよ」

「うん」

 短いやり取りのあと、トゥラキアはググっとつま先に力を込めた。

 敏感に反応して車が加速してゆく。速度計の針が時速百キロ、百十キロ、百二十キロと上がってゆき、百三十キロで止まった。

「やっほー!」

 少年が喜びの声をあげた。

 彼女は耳朶に喜びの声が心地よく沁み込んでゆくのを感じながら、ハンドルを軽く揺すって反応と手ごたえを確認していた。

「どうやらお昼はモリスの街で食べられそうね。ヒュー、すまないんだけどオートクルーズを起動してくれる」

「うん」

 小さな手がダッシュボードに伸びて、ボタンを押した。

「ねえ、スピード違反じゃないの?」

「あらそう? 気が付かなかったわ」

 トゥラキアはハンドルから手を離して、口の前で人差し指を立てて目尻を下げてみせた。

 車がオートクルーズに従って、速度を緩めてゆく。モリスの街が見えてきた。パーキングに車を()め、サービスエリアで昼食をとった。

 家族旅行らしい人達、長距離輸送のトラックドライバー、誰にも秘密のスイート・トラベルらしきカップルの姿もあった。二人は人並みの中にあっても、もう得たいの知れない暗雲を払いのける術を知っていた。互いの顔に目を向けてただ微笑めばよかったのだ。しつこくねばりつくようにまとわりついていた黒雲も、激しく降りしきった雨も、もう恐れていなかった。トゥラキアはあっさりした和風ソースのパスタを食べ、ヒュードラーは好物のホットドックとローストチキンにかぶりつくようにして昼食をすませた。

 パーキングを出ようとしたとき、はたとヒュードラーが足を止めた。

 トゥラキアが追った少年の視線の先には、出来の悪そうなミニカーがあった。

「欲しいの?」

「いや……見てみたいだけ」

 そういって少年が駆けだす。

 無理しちゃって、本当は欲しいくせに。相変らず意地っ張りね。

 笑いだしたくなるのをこらえて、彼女は少年の背中を追って歩き出した。

「おお坊っちゃん、お目が高いねえ、そいつはよお、ロボットになるんだぜ。トランスフォーマーっていうんだ。知ってるかい?」

 と、おみやげ屋の店員が言った。

「え!?」

「どれ、やってみせようか」

 店員はミニカーを掴むと、カキカキと音をさせながらそれをロボットに変形させた。

「どうだい、坊っちゃん」

「すげー。魔法みたいだね。でもボク宇宙船のほうがいいな」

「ほう、そうかい。どれどれ」

 店員が出来そこないの宇宙船を掴んで持ち上げようとしたとき、

「それ、ください。――そのシルバーのワゴン車と、白い宇宙船。あとそのマジックも」

 とトゥラキアが言った。

「ねえ、いいの? いいのかい?」

 ヒュードラーが嬉しそうに彼女を見つめていた。

 彼女は見つめ返して、ただ大きくコクリと肯いて見せた。

「坊主良かったな、優しいママで」

 ママ?……ママじゃないんだけどね……。

 少年の表情と心に微妙な感情が湧きあがったようだが、トゥラキアはそれを無理に読もうとはしなかった。

「良かったわね、ヒュー」

「……うん」

 車へと戻るあいだ、紙袋を持ったヒュードラーはぼんやりしていた。

 僕の髪は赤みががった金色、あの人もそうだ。僕の眼は右が茶色、あの人の眼は両方とも茶色だ。じゃあパパは緑色の眼をしていたのかな?……。

 助手席に座ってもまだ少年はぼんやりと考えていた。

「ねえ、その宇宙船とマジックをかしてくれる」

「あ……うん」

 トゥラキアは受け取った宇宙船のおもちゃに文字をいくつか書き連ねてから、ヒュードラーにそれを手渡した。

「それ、読める?」

「ケ……ケイロン?」

「ケイローンよ。あたしたちが乗っていた宇宙船の名前よ。あなたのパッドを直してくれた、ペールとメールのいる船よ。彼らのことも忘れないでね。いつかもう一度、ケイローン号に乗れたらいいわね。ペールとメールはあなたのこと忘れてないはずよ」

 少年は宇宙船のおもちゃを両手で持ったまま、じっと見つめていた。

 耳の奥にふたつの声が蘇えってきたような気がした。ペールの落ち着いたバリトンと、メールの歌うようなソプラノが。

 心の中に何かが生れてくるような奇妙で不思議なものを感じた。郷愁のようでもあり今ここにある現実でもあるような……。

「仕方のない子ね」

 トゥラキアは心を何かに捕われたままの少年にシートベルトをしてやり、エンジンを始動させると、アクセルを踏んだ。

 パーキングを出て高速道路を西に向かってを走りだすと、車線が増えて幅広くなった道が地平線まで続いているのが望見できた。

「ヒュー、驚かないでよ、ぶっ飛ばすわよ!」

 トゥラキアはそう言うと、オートクルーズを起動したあと、ダッシュボードにあるSACMと書かれたボタンを押しこんだ。

 時速百キロを超えたあたりで、四つの車輪が内側に九十度傾いて車体に収納され、それと同時に車体下部から大量の空気が地面に吹きつけられ、甲高い金属的な回転音がしはじめたかとおもうと、後部にある噴射口からジェット噴流が迸りでた。

「なんなの?」

 ヒュードラーはフロントグラスを叩きつけてくる風切り音を耳にし、猛烈な速さで景色が流れ去ってゆくことに気づいた。

「嘘でしょ……」

「本当よ。このロボットはただものじゃないの。どう、気に入った?」

「う、うん」

 速度はぐんぐん上がっていった。時速百五十キロ、二百キロ、三百キロ、速度計の針は時速四百キロで止まった。

「すっげー! ひやーはー!!」

 少年が歓呼の声をあげた。

「宇宙船はもっと早いのよ。スピード狂の坊っちゃん」

「ひーやーはー!! もっといけー!」

「あんまり興奮して暴れないの。その辺のボタンに触れると危ないのよ」

「うん、わかった」

 こうして二人は平坦で真っ直ぐに続く退屈な大陸縦断の約七百キロを、わずか二日間で疾駆し走破して、コロラド州デンバーで宿をとることになった。

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