第25話 アメリカ――東に向かって
<ケイローン>号は、アメリカ合衆国フロリダ州ブレンバード群に新設された、DOXA宇宙センターに着陸した。
どうして打ち上げられたバベルタワーの宇宙港じゃないのかしら。いつもこっちの事情はおかまいなし……。
トゥラキアはくさくさした気持ちで、久しぶりに戻った自室の船窓から、なにもかもが真新しい施設を睨んでいた。宇宙港の片隅には、艤装工事に入っている<アキレウス>号の姿があった。なによりも真新しさを漂わせているのは、まだ塗装すら施されていない、その宇宙船だった。
遠慮もなしに眼に飛び込んでくる青々とした空と海、焼けつくような太陽。白い砂浜とできそこないの星の形をした砂粒、エメラルドグリーンの浅瀬と珊瑚、波打ちぎわを洗うシャボンのような泡。ココナッツパーム、ロイヤルパーム、毒々しい赤い実をつけるパーム。街を歩けば亜熱帯特有のケバケバしい大輪の花々があちらにもこちらにも、なにもかも大げさでわざとらしい。
あたしは乾いて荒れた土地が好きなのよ。そこに住む人は他人行儀だけど、ふっと触れあった瞬間見せる本音や思いやり、そこにわざとらしさはない。あたしのようにひねた人間には、ここは格別あわない場所なのよ。
トゥラキアは仕上げるように、足を突っ込んでいたブーツの踵で床を打ち、着替えを終わらせた。いつもと変わらない体にピッタリとした船内服姿だった。片隅には、ずっと少年と過ごしていたあいだじゅう着ていた、汚れた船内服が脱ぎ捨てられていた。汗染みて色が変わり、垢に汚れているのに、なんだか心惹れるものがあった。
「変わり者だと思うならそう思えばいい。それより問題はあの子よ」
トゥラキアは洗いざらしの赤みがかった金髪を振りながら、つぶやいた。髪が肩に触れるのがわかった。
クルーズ中に随分伸びたのね。――さて、データパッドはどこだったかしら?
デスクに視線を走らせ、パッドを探すが見当たらない。
……病室に置いてきたままだわ。
パッドで検索したハウとエリスの住所を記憶の底から引き出す。
カリフォルニア州、サクラメントから西へ行ったところ、――リノ。
荒れた大地、砂岩をむきだした禿げた山々にもこもこと茂る、雑草のように強い樹木。砂を浴びた樹木は風景に溶け込んでいて、でしゃばることを知らない。山間で静かに惰眠をむさぼるタホ湖を見晴るかせば、うっすらと雪をいただき寝ぼけたような堂々としたような出で立ちを誇っている。そのタホ湖を北にあがれば、州間高速道路が東西に走っている。ルート八〇だ。
やたらと幅広い道は地平線の向こうまで続いている。スケールの大きなインターチェンジには、あたりまえのように警察や消防のヘリコプターが着陸してくる。そのルート八〇を、リノから西に向かって四五キロほど行けばサクラメントがある。日の出を目指してひたすらに東に向かえば、ワイオミング、ネブラスカ、アイオワといった州をまたいで、イリノイ州シカゴにたどり着く。ここまでの道はやたらに平坦で、だだっ広い風景がどこまでもつづく。睡魔が友達になることもあるだろう。
シカゴからは北に五大湖を眺めながらのドライブが続く。この辺りで頬をなぶり、髪をなびかせる風の匂いが変わってくる。緑豊かな平原がちらほらと目の端に入ってくる。夜の風は湿り気おびて、ことさら冷たく感じられる。それでも構わず東へとまっしぐらに進むと、いっときルート八〇を見失うが、気にすることはない。なにしろここはアメリカだ。
インディアナ、オハイオを過ぎれば、懐かしくもあり、なんだか憎々しげに思えているだろう、ルート八〇の看板がまた見えていくる。道はペンシルバニア州に乗り入れ、パーサイパニー=トロイ・ヒルズの先で、いよいよルート八〇ともお別れだ。少しばかり名残り惜しい気もする。そこからは、八〇の幹線を示すルートニ八〇に沿ってまっしぐらに進む。二桁だったものが三桁になっただけだ。末尾八〇にもそろそろうんざりしてくる。と、懶惰な気持ちをくすぶらせているうちに、すぐにその看板が見えなくなる。けれども慌てる必要はない。ここはアメリカだ。
突いているアクセルペダルから足を離したくもなるだろうが、ルート九五という表示を見つけたら、それに乗ればいい。ただし、末尾が奇数番号のナンバーは、大陸を南北に貫いているから注意が必要だ。当然、東西に走っているハイウェイのナンバーは偶数になっている。なんのことはない、ここはアメリカだ。合理主義の国なんだから素直に受け入れればいい。
そんなわけで少しばかり北へハンドルを切ってアクセルを踏みこむ。焦ってるわけじゃない、ただわくわくしているだけだ。目的地が近いからだ。しばらく行けば、道を横切っているハドソン川が見えてくるはずだ。運河のように広い川幅をもつ流れで、船がゆっくりと上ったり下ったりするのが見えることだろう。この川にはいくつもの橋がかかっているが、トンネルもある。そのどちらを通るかは気分しだいだ。できれば、モグラのように潜りたくはない。きっとあの子も嫌がることだろう。
とにかく川を渡ったら南に向かう。もう焦ることはない。わくわくは最高潮のはずだけれど、爆発しそうな気持をこらえながら六十キロも走れば、そこはニューヨークだ。
マンハッタンから南に下れば、ダウンタウンと呼ばれる、イーストヴィレッジやウエストヴィレッジがあり、その先にはチャイナタウンがある。北はいわゆるアップタウンで、ちょっと気取った地名が並んでいる。多分、あたしとあの子には似合わない。北西にはブロンクスがある。ニューヨークとブロンクスを繋ぐラインの東側には、ロングアイランドが横たわっている。その名の通り細長い島であり、東西おおよそ九十キロにも及ぶ。小さな州とはいえ、コネチカット州の幅と同じくらいの長い腕が、マンハッタンからにょっきりと伸びていると思えばいい。島の先端はなにかを指さすような形をしている。ただし、上下が逆さまだ。おっちょこちょいな島だといえる。
トゥラキアは記憶していたデータを頭の中で一気に回転させて、これからの計画を練っていた。
目的地はネバダのバベルタワーであり、リノに居るであろうメア夫妻ね……。時間をかけたくないのなら、リノへとジェットで飛べばいい。数時間で着くはずだけど、あの子がじっとしていなさそうだ。まさかそんなことはないだろうけど、ジェットから飛び降りられたりしたら、あたしの心に一生塞げない穴が開いてしまう。それにあれくらいの年代なら、冒険をすることも必要かもしれない。それなら……。
「とにかく本人しだいね。当ってくだけるとしますか」
それまで、一度たりとも自分の意に背くような決断をしてこなかった彼女からすれば、少しばかり選択肢が多いような気はしたが、それでいいと思えた。
あたしだけの人生じゃなくなってしまったんだからしかたないのよ。
彼女は鋭い臭覚で、すでにそれを確信していた。




