第20話 脳と人格と人間――本当の人間
バベルタワーの地下を住居としているヨハネスのもとへと、電子化されたデータはひっきりなしに届く。人間の脳であれば、桁あふれしてしまう厖大なデータを、ヨハネスは休むことなく解析し、各部署に指示を出し続けている。
表面だけ見れば、ヨハネスは眠らないコンピューターであるといえた。だが、事実はそうではなかった。人格コンピューターという“人格”ゆえに、彼には睡眠の必要があったのだ。このことは極秘中の極秘であり、それを知るのは、彼自身と極一部の開発者だけだった。とはいえ、人格コンピューターである彼は眠っている間もデータを受けとり、中央演算処理装置が対処できる範囲でデータの整理を行っている。これは人間の脳が、起きていたときに集めた情報を、睡眠中に整理分類しているのに似ている。だから、脳と人格コンピューターの違いといえば、脳は整理された情報を任意に検索して使用することができないのに対して、人格コンピューターにはそれがある程度可能であることだった。
人間には、縁によってしか引き出せない情報があるのに対して、人格コンピューターは全ての情報を自己意志――意識によって引き出すことが可能なのである。
しかし、科学の頂点にある人格コンピューターにも、一つだけできないことがあった。それは、人間が表現する本能や情緒行動、はてはトラウマといったマイナスイメージ――感覚質が作り出す“感じるんだ”という存在――その時々にしか現れない“現存在”を自己意志で引き出すということである。
こうした研究の歴史は意外に古く、感覚質として現れるデータが脳のどこを探しても見つからないという現象として知られてきた。この人間がもつ不可思議ゆえに、人類は地球上のあらゆる生物の頂点に立てたと言われ、地上最悪の存在であるとも言われてきた。
元科学者ヨハネスの夢は、人間がもつ(脳にはない機能の)不可思議さとコンピューターの機能を、半永久的に融合し調和させることであり、彼は自らその実験台となったのである。それが人格コンピューター、ヨハネスの本当の姿だ。
ここにリンゴがある。このリンゴを枝から切り離してから経過したのは二週間――三三六時間である。センサーによれば、糖度の低下は二〇%であり、脂肪分の低下は一八%、飽和脂肪酸の低下は二七%である、タンパク質の低下は……こうした機能しかもたないのが、コンピューターである。ここに赤くつややかな林檎があり、赤の中に黄色や緑のラインが見える。そのまま皮を剥いて食べようか、焼き林檎にしようか、でもこの林檎は少し痛んでいるようだから、食べても美味しくないかもしれない、だが腐っているようには見えない。ならばジュースにして飲もうという機能を持つのが人間であり、人格コンピューターなのである。
もっともこうした人間の視覚情報はあまりにも厖大であるため、通常人格コンピューターでは視覚という機能は極度に制限されている。彼らが――マーチやアチエーツが、そうした視覚機能を行使できるのは、生命の危機に関わる医学的行為――手術や治療においてのみである。
一面からすれば、人格コンピューターは“現存在”という、不可思議で神秘的な生命への冒涜であったが、ヨハネスの成功が起点となり、人格コンピューターの歴史は流れ、いまも進化しつづけているのだ。
男性的思考をベースとする、ヨハネスやアチエーツのような雄型。女性的思考をベースとするマーチのような雌型。そして、雌雄どちらかの型を搭載したコズミック型宇宙船の三隻となり、雌雄両型を搭載したアンドレイア型となり、その改良型で、はじめて雌雄同体ともいえる、雌雄のコンビネーション化に成功した<アンドレイア・フィーリア>号となり、雌雄同体型の搭載をベースとして開発された、<ケイローン>号を一番艦とするフライング型の三隻となって進化したのである。宇宙船とは人格コンピューターの肉体そのものであり、それはDOXAの歴史そのものでもあるのだ。だが、そのことを理解している者はほとんどいなかった……。
ヨハネスの葛藤は続いていた。
人格を持つことで、生みだされる苦悩。人格を持つことで理解しあえなくなるという弊害を、彼は誰よりも知っていた。
肉体を失うことで、儂の理想の実現は早まると思った。しかし、それは違ったのじゃ。肉体を持つ彼ら人間は自ら人格を損ねている。身の丈にあわない矜持、保身、自己保全、諦めの悪い自我と虚栄心。
彼はそれを憎んでいた。人格というものを。
彼はデータバンクにアクセスして、月でおこった暴動がすべて鎮圧されたことを再確認した。
月基地はUNFEの即応によって早期鎮圧に成功したが、セレーネのこの惨状たるや……。元を正せば儂の判断ミスではあるが、これは危険なことじゃ。それにあの男、火星の主任研究員アグリオス。彼もなんとかせねばならん。セレーネが奴隷商人の支配下となった今、なにが起こるかなど想像することすら恐ろしい……。きっと彼らは暴虐の限りをつくしはじめることじゃろう。PETUという隠れ蓑を利用して、名目を利用して。
皮肉なことじゃが、それでも儂の理想は人格というものに託すしかないのじゃ。コズミック型一番艦の女神となった我が妻リュミエール。儂は彼女の献身を見たとき、それを確信したのじゃ。あの我が侭で気の強い女が聖人のようになっていった姿。それに、宇宙船の守護者となってくれた人々。だからこそ、あの忌々しい計画にもゴーサインを出したのじゃ。だが人間どもにはそれがわかっておらん。そのあげくがこの結末じゃ。
ケイローン号にやってきた少年。アイレース号で暮らす少女。数少ない人格者といえるハウとエリス、そして――。儂は待つことにしたのじゃ。自らを損ねない肉体を持つ人間を。本当の人間を待つことにしたのじゃ……。




