第19話 生きる、ただ生きる
エヴシンの脳裏に閃いた温かい光景は、翌日、提案事項として<アイレース>号からDOXA本部に打電された。一つの冷凍睡眠カプセルを多人数で使用する、とはいってもそれは乳幼児や少年少女を対象とするものだが、本部はそれを討議検討して、実用化に踏み切ると回答してきた。実際それは、<アイレース>号の姉妹艦である、<アキレウス>号で実用化され、“アイレースの悲劇”が繰り返されるべきでないことを教える、実例となっていった。
ただ、そうした処置が今回起こった事件に適用されることはなかった。時間や設備の不足、様々な理由が現実を打ち破れなかったのである。
記憶を失った少女リビュアは、両親とともに地球を発ち、月で暮らしはじめた以降の記憶を完全に失っていた。貧しいながらも慎ましい暮らしの中で喜びを感じている少女。父は地球へと出稼ぎにゆき、母も彼女の学費を稼ぐために、彼女を連れ、研究員として宇宙船に乗り込み働いている。リビュアにある現実、今現在とはそうしたものだった。
ママは忙しいのです。だからといってあたしをないがしろにしたりはしません。時々とてももやもやして、一日中ママを追いかけ回すことがあります。それでもママは決してあたしを叱ったりしません。困らせているんだな、そんな風に思うこともあります。少し静かにしてなさいと言ったり、面倒くさそうな顔をするんです。眉毛のあいだに溝をつくったり、とても長い息を吐いたり、目を細くして目の端をさげたりするんです。このときの顔は泣きそうなときのあたしの顔と同じです。でも、ママは負けません。そんな顔をしたあと、いつもあたしを抱きしめてこう言うんです、ごめんね、と。その言葉を聞くと、あたしの中にあるもやもやがママを困らせてしまったのだという、なんだか情けない気持ちが消えてゆくのです。きっともやもやというのは、この情けないという気持ちのことを言うのでしょう。でもママは、ごめんねと言ったあと、必ずいつもの笑顔に戻るんです。あたしはそのママの笑顔を見るたびに、心の中で言うんです。ありがとうって。
リビュアが机にかじりつくようにして毎晩書いている日記。マーチはそこに綴られた言葉を読むたびに、文字から溢れてくる少女の感情を、リンジーに伝えるべきか悩んだ。人格コンピューターとなる前から、共に同じ方向へと歩いてきた夫のアチエーツに相談したこともあった。しかし、たどり着く答えはいつも同じだった。そっとしておこう、と。
今日はあたしの父さんがわりをしてくれているアチエーツと、色々お話をしました。アチエーツはとても物知りなんです。いつも勉強を手伝ってくれます。学校の先生でありながら、ときどき家、といってもそれは同じ船の中にあるので、どこかに出掛けたというわくわく感はないのですが、とにかくお家にいるときには、まるでお父さんのように宿題を手伝ってくれるのです。本当のお父さん。あたしはその人の映像を見たこともないし、顔も覚えていません。とてもぼんやりしているのです。でもちっとも淋しくないのです。そうそう、この前書いたもやもやという気持は、淋しいというものを表すときに使うのだそうです。お父さんに教わりました。それはそうと、アチエーツは学校では厳しくて怖い先生なのです。とても居眠りなんてできません。あたしは時々、眠くなる癖があるので困ってしまうのです。でも、家にいるときに宿題を手伝ってくれるアチエーツは、優しくて可笑しいんです。宿題を解くためのヒント、あれは傑作です。あたしはいつも吹きだしてしまい、大声で笑うのです。もちろん、父さんも笑います。なんだかとても不思議です。学校では担任の先生であり、家ではお父さんになるからです。はたしてどっちが本物のアチエーツなのでしょうか。時々わからなくなることがあります。でもきっと、どちらも本物のアチエーツなのだと思います。このあいだアチエーツ先生が言っていました。優しさと強さは同じなんだよって。きっとそういうことなのだと思います。なんだか今日の日記はわかりにくくなりました。これからは学校にいるときのアチエーツは、アチエーツ先生、お家にいるときのアチエーツは、お父さんと呼ぶことにしようと思います。
マーチは、リビュアの日記を読むたびに、涙し、微笑み、笑いをこらえられなかった。日々の暮らしの中で、言葉や気持ちを表現する術を学び取っていくリビュアの成長、それに感動することすらあった。しかし、医学的診断にあらわれる兆候、リビュアがこの船にやってきてからの記録、データバンクにある情報を閲覧するたびに、電子回路を一抹の不安という木枯らしが流れてゆくのを感じるのだった。
今日はあたしのもう一人の先生について書きます。マーチ先生です。先生は女性です。あたしやママと同じということです。あたしは週に一度先生に会いに行きます。会うといっても本当に会うのではないのです。先生は声だけの人なのです。でも先生は先生なのです。あたしのことを大切に思ってくれている先生です。声だけの人なんていない。先生に出会った頃はそんな風に思って、なんだかぞわぞわしたのですが、今はそういう気持ちがあたしの中に湧きおこることはありません。ぞわぞわというのは、信じられないとか、不安ということです。少し怖いという気持ちもまじっていると思います。忘れないように書いておきました。とにかくあたしは先生のことが好きなのです。ママのように触れると温かかったりすることはありません。リビュア、いまから注射をしますから、少しチクっとしますよと優しい声でいって、本当に痛いことをしたりするんです。ちょっと冷やっとしますからねと言うと、本当に背中に冷やっとしたものを感じたりします。スースーしますよとか、ほかにも色々あります。ママの持つ温かさとは正反対なのが先生なのです。痛かったり、冷たいのが嫌になる時もあるのですが、頑張っています。ママとは違う優しさを先生に感じるからです。今日は、ぜんしんりょうほうというのを先生とお話ししながら受けてきました。全身療法と書くのだそうです。意味はよくわかりません。温かい大きなお風呂に入って、先生と色んなことをお喋りしました。あたしはこの全身療法というのが大好きです。なぜってとてもお風呂は温かくて気持ちがいいからです。思わず楽しくなって泳いでしまい、先生に叱られました。先生ははしゃぎすぎたあたしのために、童話をいくつか話してくれました。『カシの木と神さま』『ライオンとネズミ』『ウシ飼いと神さま』を話してもらいました。来週また先生に会えるのが楽しみです。
時には誰かのために、控え目であること。恩を知り、恩を忘れないこと。そして――、マーチはその日伝えたかったことを思い出して、それにあの子は気づいたのかしら? と首を傾げながら、リビュアの素直で美しい心、真っ直ぐにものを見る目を愛おしんだのだった。
「ママ、ママー! ただいま~!」
いつもと変わらず、船内通路を駆けてくる足音のあと、扉が開いた。
「おやつあるのー!?」
リビュアが無邪気に見つめる先には、リンジーの姿があった。




