第17話 別離――白い閃光
ドッキングブームを通って無重量空間を漂い、<アイレース>号に向かったフェデリコは、ブームを抜けたあと、靴底に働く磁気の力を借りて艦橋の床に立った。
「いらぬスリルを味あわせやがって、でも完璧な操船だったぜ!」
「いや、今回ばかりはマーチとアチエーツの有能さを思い知ったよ」
「そう言うな、いい仕事をしたことは事実だ。自信を持て」
フェデリコとオズウェルの抱擁が終わるのを待って、エヴシンが、
「オジー、リコ、二人とも、ご苦労だった。だがこれからが大変だぞ。あまり気を抜かんでくれよ」
と、労いと鼓舞の言葉をかけた。
「やあ、トゥラキア、久しぶりだね。会うのは大学以来かな」
「なんだい、二人は知り合いなのかい?」
フェデリコが驚きの声をあげた。
「だったら、もう少し連携のあるドッキングができたんじゃないか? 他人行儀すぎるって思ったんだが。そうか、訳ありってことだったのか」
エヴシンは照れかくしとも苦笑ともつかない咳払いをした。肩越しにセラフィーナの射るような視線を感じたが、
「昔のことなんだが、どうにもやりにくくってね。実はアチエーツにも少しばかり協力してもらったという始末さ」
と言って両の掌を上にして見せた。
「あらそう。あたしは気にしてなかったわよ。なんだか懐かしいけどね。その自意識過剰なところ」
と、トゥラキアは平然として、皮肉とも冗談ともつかないセリフを投げた。
「あらまあ、失礼な人だこと。昔のことを持ちだされて平気な人はいないものよ」
「おお、怖い怖い。エヴシン、いい副長に恵まれたみたいね。わたしはケイローン号の船長、トゥラキアです、よろしくね。あなたは?」
「アイレース号の副長、セラフィーナです」
「そんなに怖い顔をしないで。わたしと彼とは何もありませんでしたよ。ただのクラスメートだったの。特別なことはなかったわ。あなたと彼はあるの?」
「特別なことって何ですか、意味がわかりません」
セラフィーナは顔を赤らめながら俯きかげんでトゥラキアを睨んでいた。
「そんなに怒るなよ。ラキアはストレートなだけなんだ。オレもはじめは戸惑った。とんだ悪女の船に来ちまったもんだ。そう思ったもんだよ。けど、悪いやつじゃないぜ」
と、フェデリコ。
「セラ、すまない、例の件を彼女といま少し話しておく必要があるんだ。それを優先させてもらって構わないかな?」
「構うも構わないもありません。あたしはただの副長ですから。船長の命令に従うだけです。船長も船長です。あたしに気を使うのはやめてください」
「どうにもこうにも……」
フェデリコが呆れたように首を振った。
「エヴ、例の件てリンジーの?」
「ああ、そうだ。正確に言えば違うが、彼女にも関係のあることだ。だから、ラキアの力がどうしても必要なんだ。いま説明することはできないんだが……ここで話すわけにもいかない。何かあったらこちらから呼び出しをかける。それまでは土産話の交換でもしていてくれ。じゃ、行こうか」
「ええ」
トゥラキアは簡素に答えた。
艦橋を出て行こうとするエヴシンのあとにトゥラキアが続いた。セラフイーナの横までくると、立ちどまって彼女の肩を軽くたたいたあと、薬指にはめた指輪をセラフィーナの頬に触れさせながら、耳元で囁いた。
「心配いらないわ。何もなかったし、これから先も何も起こらないわ」
彼女は冷たい感触を感じて、自分が思っている以上に熱くなっていたことに気づいた。
淡い空色をした<アイレース>号の船内通路にそって、二人はしばらく無言で足を進めていた。
「あの人、子供ね。あなたも大変ね」
「この船の乗員は気のいい連中ばかりだ。それだけに感情的にすぎたり、情深すぎるところがある。それがやりにくくってね。君のように冷淡にふるまえるクルーがいれば、わたしも少しは楽なんだがね」
同情と反撥の入り混じった息をひとつ吐いて、トゥラキアは言った。
「楽に見える? 冷淡に見える? 女だって言うだけであのとおりよ。男に囲まれて男以上に仕事をしなければならない。楽じゃないわ。だからって船長室でめそめそできて? そんな女にはなれないのよ」
ずれて重なりあわない靴音を響かせて、二人は病棟ブロックへと向かっていた。
「やれ教育ママだの、怖い船長だの、悪女だの、好き勝手を言われる。耳にたこができるほど聞いてきたわ。いちいちそれに反応してられないの」
「ラキア、そうカリカリしないでくれ。君は不器用なだけだ。だからこそ今回わたしは救われた気がしてるんだ。君は強い。非情に見えることを平気でできる人なんていやしない。痛みを感じながら自分を演じていることを、少なくともわたしは知っているよ。だからこそ今回のことでは君の力が必要なんだよ」
トゥラキアはエヴシンが右だという仕草に従って、十字路を曲がってから口を開いた。
「リンジーっていったかしら。その人、もともと感情移入が激しいの?」
「いや、今回は特別だ。わたしにしても君にしても、彼女と同じ状況におかれたら、どうなっていたかわからない。それほど目を覆いたくなるような状態だったんだ。だから、映像資料はあえて送らなかった。文字だけで正確に状況を掴んでもらうほうがいいだろう。そう思ったくらいだ」
「そうね、あの資料に子供たちの写真が添付されていたら、わたしも冷淡でいられたかどうかわからないわ。それで、わたしの受け持ちはどっちなの?」
緊急救命ブロックと病棟ブロックの境界を示す表示が見えた。やたらに甲高い靴音が耳につく。
「男の子だ。マーチの診断を聞くかぎり――」
「余計な話はいいわ。さっきから口数が多いわよ。――病室はここね」
エヴシンの声をさえぎったトゥラキアは、IDカードを取りだして、ドアのロックを解除した。二人は殺菌室で一分ほど立ちどまったあと、病室へと入っていった。
「リンジー、レックス、紹介するよ。彼女はケイローンの船長、トゥラキアだ」
「これはどうも、お噂はかねがね伺っています。リンジーです」
「レックスです」
儀礼的な挨拶がとたんに病室の空気を硬くさせたようだった。
リンジーの視線がエヴシンと、そこに立つ女を直視した瞬間、彼女の青い瞳は喪失を恐れるように見開かれて震えだした。
「エヴ……なんでこの人がここに来る必要があるの? あたし嫌よ。そんなこと許さない」
叫びに近い声に反応して、少女が目を覚ました。
「リンジー、わかってくれ。君にも状況はわかってるはずだ。気持はわからなくもない。だか我々にはすべきことがあることを思い出してくれ。君はわかってるはずだ」
「なによ、何のこと? 姉弟の絆や命のつながり以上に大切なものがあって? なぜそれを守ろうとしちゃいけないの? まさかレックス、あなたこのことを知っていたんじゃ……」
「すまない……」
「レックス、すべきことはわかってるな」
トゥラキアは腕を組んだまま、黙って感情がスパークしあう光景を眺めていた。
「大人が喧嘩するのは良くないこと。パパはそう教えてくれたわ。やめて」
リビュアが半身を起していた。姉の声を耳にしたからなのか、少年も小さくうなって目を覚ました。
「あなたのことは私が守るわ」
リンジーはリビュアの肩を抱きながら、反抗する意思を全身から発散しはじめた。
エヴシンがレックスに目で肯いてから言った。
「ラキア、連れて行ってくれ」
女は言われたとおりのことをするためにベッドに歩み寄り、少年の小さな体を抱き上げた。
「その子をどうしようというの」
「ヒューを連れていかないで、あたしの弟を連れていかないで」
リビュアはリンジーの腕を擦りぬけ、少年の元へ駆け寄ろうとして、ベッドから転がり落ちた。立ち上がって駈け出そうとしたとき、エヴシンが彼女の前に立ちはだかった。
リンジーが少年を奪い返そうと、女に飛びかかる気配がした。
「レックス!」
エヴシンが叫んだ。
少年も叫んだ。
「いやだ、姉さんと離れるのはいやだ! 離せ! 離せよ!」
「連れていかせはしないわ!」
「レックス!!」
リンジーの腕が宙をかいていた。
「レックス、なにをするの、離して、離してよ! あなたあたしの気持ち、わかってるはずじゃない。なにをしているかわかってるの!」
「ラキア、行ってくれ。早く!」
女が暴れる少年を抱きかかえて振り返るのが見えた。
「嫌だ、行きたくない、離せ! ボクは姉さんといたいんだ!」
「ヒューと一緒にいさせて。ヒューを連れていかないで!」
「おとなしくするんだ、リビュア。彼とはまた会える、約束する」
「離してレックス! その子を連れていかないで、お願い!」
「ヒューを連れていかないで! 一緒にいたいの!」
「リンジーわかってるはずだ。こうすることには抜き差しならない理由があることを、君はわかってるはずだ!」
「いやだ離せ! 離せよ!」
「やめて、やめてよ! 何をしようとしているか、わかってるの!」
「ヒューを連れていかないで! あたしの弟を連れていかないで! あたしの……」
暴れる少年を抱いたトゥラキアの姿が、病室のドアで隔てられて見えなくなったとき、エヴシンは抱きかかえている少女がぶつけていた抗議の力が、すっぽりと抜けていくのを感じた。
そのときリビュアが見たものは、恐怖と悲しみに満ちた色の違う二つの光だった。その光はやがてひとつに重なり、真白な閃光をはなった刹那、彼女の世界を焼き尽くした。あとには白い灰さえ残っていなかった。




