第16話 接舷――ドッキング
<ケイローン>号と<アイレース>号のあいだを飛びかった電波は、険悪になることもあったが、ようやく同意という波長にたどり着こうとしていた。<ケイローン>の船長にしても、エヴシンにしても、抜き差しならない理由があることを知っていた。緊急事態における生存。それを考えれば、出てくる答えは必然的でもあったのだ。
「そろそろモニターの送信範囲だ。アチエーツ、ケイローンとの交信を開いてくれ」
「かしこまりました。同型艦モードにて各回線接続。――接続確認しました」
「本当に君とフェデリコの二人だけでなんとかなるのかい?」
「やってみせますよ。それに俺たち二人じゃありませんよ。アチエーツっていう頼もしい存在がいますぜ」
操舵席に座ったオズウェルは、船長席にいるエヴシンに親指を立てて見せた。
セラフィーナとエヴシンは、こわばった笑顔を互いの表情の中で読みあっていた。
「こちらケイローン、通信担当のフェデリコだ。聞えるか? モニターはどうだ?」
艦橋前部にあるスクリーンを覆っているノイズが薄らいで、懐かしい顔が見えてきた。
「おいおい、ちょっとばかり太ったんじゃないか? リコ」
「ばかを言うな、こちとら肩身の狭い思いをしていたんだ。ぬかすなよ」
屈託のないやりとりが、ここしばらく船内に漂い続けていた、灰色の靄を吹き飛ばすような笑いがおきた。
「おれの可愛いリンジーの姿が見えないのは気のせいか?」
「何を言ってやがる。彼女は誰のものでもないぜ」
「まあそういうな、少しくらいカッコをつけさせてくれよ。ケイローンの連中はいい奴らだが、冗談が通じねえんだ」
<ケイローン>号の艦橋を捉えているスクリーンに映る人びとが、笑っていた。
「そうでもなさそうじゃないか。有意義な休暇だったように見えるが」
「さあな。だが土産話はあるぞ。けどそいつはドッキングをすませてからだ」
姉妹艦<ケイローン>号の後方から、<アイレース>号がゆっくりと近づいていた。
「あのお、そろそろ準備をして頂きたいのですが」
アチエーツが割ってはいった。
「了解だ」
音波と電波になった二人の声が同時に聞こえた。
「こっちはひたすら軌道を変えずに周回軌道を描く。やることは単純だ。ミスはしない」
先にランデブーモードに戻ったのはフェデリコだった。
「けど今回は半マニュアルだ。こっちがミスったら少しはサポできそうか?」
「厳しいな。月の引力の影響があるからな。下手に動くと衝突しかねない。できればサポなしで願いたい」
「了解だ」
<アイレース>号は時折りプラズマエンジンを発火して、姉妹艦との距離をつめていた。
アチエーツの寡黙な操作だった。
「V軸接近を開始する」
オズウェルはそう言うと、スロットルを開けた。
「短時間ですませる。一気にいくからな」
床が振動して、<アイレース>号が猛然と加速していることが足元から伝わってきた。
「臨界相対速度まで、あと10秒」
アチエーツの声が続く。
「8秒、7秒、6秒――」
「減速にうつる!」
オズウェルが開いたスロットルを絞り、逆噴射の位置へと動かした。
それまで続いていたものとは違う種類の振動が、足元から這い上がってくる。
「相対速度減少。50、30、20、10――」
「逆噴射解除」
オズウェルの額に玉のように汗が噴き出している。
「8、5、3、1、――」
アチエーツが相対速度を読む声はしだいに間隔が長くなっていった。
「V軸接近さえ間違わなければ、あとは古典的な操作だけだ」
額の汗を袖口で拭きながら、オズウェルが言った。
「0.1、0.05――」
「ドッキング機構、一番、二番、三番とも伸長。両性具有モードに変更。与圧開始10秒前。そっちはどうだ、リコ?」
「問題ない。与圧結合アダプタはこっちもアストロジナスに入れてある。すべて順調だ」
「0.01、0.005――」
「アチエーツ、R軸接近に移れそうか?」
「相対速度がマイナスになりしだいどうぞ。少しばかり姿勢の変更が必要ですが、それはこちらでやります」
「了解だ」
間断のない秒読みが続く。
「0、-0.003、-0.005。姿勢制御エンジン点火します」
一秒にも満たない時間、<アイレース>号の各部で、プラズマエンジンが透明な火を噴いた。
「相対速度、固定完了!」
緊張しきった艦橋の氷のような空気が、少しだけ溶け出すのがわかった。
<ケイローン>号と<アイレース>号は並んで航行していた。その下方には流れ去ってゆく月面が見えた。
「これよりR軸接近を開始する。ドッキング機構、軸合わせ開始」
「了解。――だめだな。もう少し高度を下げないと無理そうだ」
と、フェデリコ。
「少々ミスったんだ。加速がきつすぎて、つんのめったらしい。アチエーツここは任せるよ。やってくれ」
「かしこまりました」
<アイレース>号の上部にあるプラズマエンジンが瞬いた。
「ようし、いいぞ。さすがは人格コンピューターだ。ばっちりだ。ドッキング機構、軸合わせオーケーだ」
「ちったあ俺のことも褒めろよ。あれだけの加速でほぼドンピシャなんて奇跡みたいなもんだぞ」
「ああ、わかってる。だがそれは後だ、ハグはドッキングしてからの楽しみにしておけ」
「それじゃ、R軸接近、はじめるぞ。アチエーツ、舷側ノズル角度を確認してくれ」
「かしこまりました。――とくに異状はありません。いけますよ」
ふたたび、オズウェルの額に汗が滲みはじめた。
「それじゃーいく。左舷ノズル噴射。今回も一気にいくぞ!」
オズウェルはスロットルとは別のレバーを操作して、すぐに元の位置に戻した。
数秒間、<アイレース>号の側面から炎が噴き出し、姉妹艦の間隔が急速に狭まっていく。
「相対距離減少、100、80、60、40――」
「右舷ノズル噴射!」
ふたたびオズウェルの手が素早く動く。
「30、25、20、15――」
「ロボットアーム展開。――まずいな、間に合うか!?」
ドッキング機構にある折りたたまれたアームがくの字になり、やがて一直線になっていく。
「ギリギリだな。なんとか間に合いそうだ」
「アチエーツ、最後の修正は任せるぞ」
「かしこまりました」
プラズマの見えない火が船体の各部で炸裂し、接舷のためにきめ細かい姿勢制御が行われた。
アチエーツはケイローン号のドッキング機構が放っているレーザーをキャッチして、正確に軸線を合わせてゆく。
ほとんど慣性航行に移っている艦内には、何の振動も揺れもなかった。六つのアストロジナスドッキング機構の間隔がゆっくり狭まり、ロボットアームが動き、手と手を取りあったかとおもうと、ドッキング機構が次々に接触した。
軽快な揺れが床から伝わってきたが、それに不安を抱いたものは一人もいなかった。
「ドッキング完了です。蒸気循環システム起動しました。各部システム連結を確認。ドッキングベイ開放します」
アチエーツの声が万事上手くいったことを伝えていた。




