第15話 人格コンピューターというもの
自由と秩序、連帯感と個性、この相反するものを調和させることは容易ではない。
エヴシンはそんなことを考えながら、自室のベッドにもぐりこんだ。
乗員六名とゲスト一名という定員数、この船のシステムなんて考えたこともなかったな。でもこいつはなかなか上手く働いているんだろうな。例えば、多数決。乗員のうちそれなりの権威を持つ者といえば、やはり船長になる。だから、たとえ三対三になっても、船長の判断が優先される。しかしここにゲストという存在が現れることで状況は一変する。乗員とは違う立場にあるものの意見をどう取り入れるか、乗員に課された任務とは関係のないところにいるゲストのことを考慮するとなれば、たとえ四対二という賛否になったとしても、五体一という賛否になったとしても、船長の判断でゲストを保護すべきたと決断を下し、多数決さえ無視することもできる。もちろんそんな場合、乗員から信頼を失い、反発を招くことを考慮すべきだろう。
そうなると、ゲストがいかなる存在であるかは、この船にとって重要なことだと言えるわけだ。
どちらを選ぶんだ、わたしはどちらを選ぼうとしているんだ?
エヴシンがうつつから夢への道をたどっていたころ、オズウェルは忙しそうにキーを叩き、時々天井に向かって話しかけていた。
「父さん、俺の計算だとこんな感じだが、どうかな、いけそうかい?」
「少々お待ちください。いま確認しますので」
極彩色のインジケーターが瞬く機器に囲まれている部屋中に、いくぶん神経質な男の声がこだました。アチエーツの声だった。
彼が感じられるのは、船外を飛びかう様々な電波。迷路のように船内にはりめぐらされた通路を歩く人間が、床や壁に伝える感触と声。もちろんその声は、乗員同士、あるいは人格コンピューターであるマーチとアチエーツのプライバシーを守るために、全天通信モード、DOXAモード、部署モード、船内モード、個人モード、マーチとアチエーツだけを繋ぐ直通モードなどが存在する。とはいえ、マーチとアチエーツがその気になれば、何だって聞くことができる。盗聴が可能だってことだ。ところが不思議なことに、俺たちに父さん、母さんと呼ばれている“二人”は、決してそういう人権侵害をしようとしない。人格コンピューターというより、人間的コンピューターと呼んだほうがいいくらい高いモラルを持っている。だから、俺のように疑り深い男からすれば、逆に信用がおけないのだ。そんな賢人はいやしない。それが俺の考え方ってことだ。
マーチとアチエーツを受け入れているセラフィーナすら、時々聖賢ぶっているように見える。だがそれはそれ、これはこれ。俺って人間はどうにも出来が悪いらしい。つまり素直じゃないってことだ。それはそれ、これはこれとして、俺は人間も人格コンピューターも信用しているし、嫌いであるはずもない。だからこそ今だって、アチエーツに俺の計画がどうか尋ねているのだし、計画に変更が必要なら喜んで受け入れもするんだ。
そうだな、俺って人間は、人前にでると格好をつけてしまって、素直になれないってことかな。
「お待たせしました。大丈夫でしょう、特別大きな問題はないと思われますが」
アチエーツの言葉でオズウェルはわれに返った。
「ケイローンの乗員を無視してるようなプランになってるんだが、そこも問題ないかい?」
「いいのではないですか。彼らとしても干渉しあって面倒なことになることを望まないでしょうから。ドッキング作業は全てアイレース号の乗員が責任をもつ。少々失敗して、ロボットアームを破損してしまったとしても、請求書という形で苦情を申し立てることも知っているでしょうしね」
オズウェルは苦笑しながら、計画図表が映っているスクリーンの前から離れ、長椅子に腰を下ろして足を伸ばした。
「随分ドライな考えかただな。本当にそれでいけるのかい? ケイローンのペールやメールと話はしたのかい?」
「いいえ。それは禁止とまではいかないまでも制限されていますので」
「じゃ、ケイローンの乗員の意見は?」
そこで、アチエーツは楽しそうに笑ったあと、
「それはあなたがた乗員がされるべきことです。私のすべきことではありませんよ」
と言った。
「確かに、そうだ。こうやってあんたと話していると、ついつい頼り切ってしまうところがあるんだ」
「光栄なことですが、今回はすこしばかりご遠慮ください。ドッキングの際にはということです」
「そうだな」
と答えながら、オズウェルは傍らにある、ドリンクディスペンサーのボタンを押して、濃いコーヒーを注文しながら、
「俺自身感じてたことだ。便利なことに慣れ過ぎてるってね。たまには昔に戻って、一発勝負のドッキング作業をすることも重要だと気づいてる。その点は心配に及ばないよ」
と答え、緊張と安らぎのまじった表情で、ディスペンサーに届けられたコーヒーの湯気を見つめていた。
「であれば何の問題もないと思います」
「そうか、ありがとう。もし問題があったなら、いつでも言ってくれ。――とはいっても今までそんな事は一度もなかったがね。その場で完璧に近い解答をしてくれる。頼もしい限りだよ」
「なんだかこそばゆいですね。あなたがわたしを褒めるというのは」
「今はそういう気分だと思ってくれていい。すまないが、モードをプライベートにしてくれないか。少しくつろぎたいんだ」
「かしこまりました」
オズウェルは、熱いコーヒーをたっぷり時間をかけて味わってみた。なんだかほろ苦かった。
<アイレース>号の任務は、火星と木星のあいだにある、小惑星帯調査航行であることは、半年前にはわかっていることだった。その半年前、<ケイローン>号は一期三年というクルーズを終えて、月基地に着床した。汚れた船体を洗浄し、集めたデータを分析して整理したのだろう。その頃、俺たちは<アイレース>号に乗って次のクルーズへと向かうために、地球を発ってセレーネに着床した。そして数日前に起こった暴動。否が応もなしに飛びたつしかなかった。だが予定されていた情報交換のための乗員移乗は、ドッキングという形できちんと決着がつきそうだ。運命の輪をあやつるものがあれば、それに対抗して意志を貫こうとする者がいる。
俺はどっちの側なんだ? と考えている自分がオズウェルには可笑しかった。
運命なんかに翻弄されてたまるか!
とは思ってはみたものの、どうにもほろ苦さは消せなかった。
彼はまだ、運命の過酷さを知らないのかもしれないと、ふと思った。




