第10話 月面基地炎上――暴動勃発!
夜明けとともに、その作戦は実行にうつされた。その朝は、月の裏側の十八パーセントの部分で見ることができる、地球の姿が見えはじめる明けでもあった。セレーネに暮らす人々にとって太陽は、青く輝く惑星、地球であるといえたから、その朝は母なる日と呼ばれる祝祭の幕開けでもあったのだ。太陽の光が地球に反射して投げかけてくる、優しく柔らかい光はセレーネに暮らす人々にとって、唯一の慰めであり癒しでもあったのだ。
崖の上にいる、宇宙服姿の男が声をあげた。
「五分前だ、しめてかかれ!」
セレーネの都心部で、郊外で無線がわめいた。
「五分前だ、そろそろはじまるぞ!」
月基地の各所に潜伏している男たちの間で。
「五分前だ、いよいよだぞ!」
<のんだくれ>号の艦橋で、筋肉質の男がマイクを握って、
「五分前だ、良く聞け!」
と叫んだ。いや、それだけではなかった。<のんだくれ>号から発信された電波は月にいる同胞全員の耳に聞こえていたのだ。
「野郎ども、良く聞け! ついにこの日が来た。しがない奴隷商人であったり、PETUのはしくれとして苦渋を舐めてきた、お前らならわかるはずだ。今こそ、PETUにいる一握りの偉ぶった連中を打ち倒して、天下をつかみとる時だ! いつの時代だか知らないが、天下布武! と叫んだ男もいる。こんな時代だ、力ある者が下剋上に訴えるのは理の当然であり権利だ! いいか野郎ども、自信を持ってやるべきことをやるんだ、いいな! だがこれだけは忘れるな。明日があると思うなってことだ。もう一度いう、俺たちに明日はない! さあとりかかれ!」
こうして、暴動ともクーデターとも言えない無法の闇が月を覆ったのだった。それは夜明けでもあり、母なる日のはじまりでもあったのだが……。
「なによ、何がおこったの?」
まっ先に異様な事態に気づいたのは、DOXA所属の宇宙船にいた者たちだった。
「セラ、これは恐らく、PETUの下層連中による暴動だ。危険きわまりなことだよ」
エヴシンの眉間には皺が刻まれていた。
「とはいっても、今すぐ離床ってわけにはいかないわ。だってリンジーは船外にいるのよ。――とりあえず月基地にいるケイローンには退避勧告は送れるけど……」
すでに伝達の操作をしているのか、セラフィーナの制御卓からは、キーを叩く音が聞こえていた。
「やってくれ、ケイローンへの伝達は君に任せる。さて問題はこっちだな」
エヴシンが渋っ面を作って思案しようとしたとき、艦橋に二人の男が駆け込んできた。レックスとオズウェルだった。
「いったいどうした? 外がやたらに騒がしいぞ。火災やら爆発が起こってるみたいだが」
と、レックス。
「暴動じゃないのか? 巻き込まれないうちに飛び立ってしまったほうがいいぞ」
と、オズウェルは早口で言ったあと、乗員が足りないことに気づいて、
「おい、リンジーはどこだ? まさか街にいるんじゃないだろうな?」
と、まくしたてるように言った。
「そのまさかなんだよ……」
船長席には、こめかみを揉むようなしぐさをするエヴシンの姿があった。
そのリンジーは、すでにターミナルを離れて、着陸してきた<のんだくれ>号を目指して物陰から物陰へと疾駆していた。
冗談でも笑えない規模ね。船に戻った方が賢明なのはわかってる。けど、仕方ないのよね。
DOXA専用の発着場、もうひとつの宇宙港は、リンジーが今いる場所から遠く離れたところにあるのだ。
「おっと危ない。見つかったらあいつら平気で撃ってくるわ」
とにかくあの船を上手く使うしかないわ。どう見たって一人で離床させられるような優秀な代物じゃないけど、暴れてる連中は船に残る気はないようだから、きっとチャンスはある。――別にはじめての任務だから、何かしら獲物がないとってことじゃないけど、なんだかあの船は臭う気がするのよ……。
リンジーは本能に吸い寄せられるように、物陰から物陰へと走っていった。
「見つけたわ、彼女のビーコンを捉えたわ。リンジーは第一宇宙港にいるわ」
「いったい何のために?」
「さあ、わたしに聞かないでよ。休暇中に何をしていようと、それは彼女の自由よ」
「セラ、レックス、オジー、すぐに離床する。席についてくれ」
エヴシンの決断は早かった。そしてまた乗員たちも彼のやろうとしていることをすみやかに察知した。
「かなり無茶な方法だと思うが、まあなんとかいけるでしょう」
と、シートに滑り込んだレックスがベルトを締めながら、落着いた声で言った。
「ケイローンは離床したようよ。乗員は全員無事だそうです」
「了解、セラフィーナ。こっちも離床だ。急ごう」
月基地で、セレーネの各所で、地震かと思えるような揺れに襲われた人々は、すでに混乱状態に陥っていた。
「姉さん、なんだか外が急に騒がしくなって、静かになったよ。けどこの突き上げる感じ、これは船の起こすものじゃないよ」
「ヒュー、きっとあなたは覚えてないわね。花火はとっても綺麗なのよ。お腹に響いてくるあの感じ。それに似ているわね。あなたにも見せてあげるわ」
リビュアは朦朧とする意識の中に咲いた、光の花を杖にして立ち上がった。
「花火ってとっても綺麗なんだよ、ヒュー」
少女は、部屋のすみの暗闇に置かれた半透明の容器を取り上げると、足を引きずるようにして、扉へと向かって歩きはじめた。




