そらのいろが、こころのうらに。
腹が満たされたシズクは風呂に入る準備をしていた。全く整理されていないタンスのなかをごそごそと漁っている。
パジャマの上着を探しているらしいが、コートが出てきたり、ヘルメットが出てきたり、プラスドライバーが出てきたりしており、まるで四次元のポケットのなかからいろんな道具を出す青狸のようだった。
「…………ねえシズク、整理って言葉知ってる?」
呆れた顔でユリがそう言うと、タンスの中から金槌を取り出したところで崩れ落ち、ユリの方に振り向いた。
「……これゎぁ、かゎぃぃシズクちゃんからのぉねがぃなんだけどぉ……」
ユリは思わず拳を振り上げた。シズクは冷や汗をたらしながら、すぐにキリッとした顔になる。
「大変申し訳ありませんが、ワタクシの不注意でパジャマの上着をなくしてしまったので、ユリお嬢様のを貸していただけますでしょうか?」
「いいわよ。今から家に戻って着替えを持ってくるから。」
「ゎぁぃ★ぁりがとぅ☆ミ
ゎたし、まぢぅれし―--」
ユリは先程シズクが取り出したプラスドライバーを握りしめ、無言で睨んだ。シズクは静かになった。
ユリはため息をつきながら、出口に向かって歩き出した。部屋から出れば、壁には何も飾られていない廊下が現れる。よく見ると隅には埃がたまっていた。そこ以外はそれなりに綺麗である。大雑把な人が掃除したのだろうか。
…………大雑把な人。シズクにぴったりだ。
玄関に着いた。ユリは靴を履いて、出口のドアを開ける。途端、生暖かい風が足元をすり抜けていった。
体全体がゾッと冷たくなる。思わず振り向くと、先程までいた玄関と廊下が目にはいった。歩いてきた廊下とは反対側の廊下には、明かりがなく、只、闇の空間が広がっている。そこを暫くじっと見つめていたが、なんだか誰かに見られているような気味悪さと恐ろしさを感じたユリは、早足に外の夜の中へと歩いていった。
今日は新月なのだろうか。それとも街灯が老化しているのだろうか。黒々とした空気のなかで彷徨っているような感覚を覚えた。幼い頃、通い慣れた道であったのに。
『あの少女、シズクといったな』
ユリの肩のあたりで火影が呟く。ユリは周りをチラッと見渡してから火影を見た。
「ええ。そうよ。相変わらず、うるさい奴よ。」
ユリはため息をついた。シズクのあの大雑把なところは昔からであった。小学生のとき、『おどうぐばこ』というのがあったが、シズクのそれには、いらないものがつまっていたり、鉛筆ミサイルといった改造文房具が入っていたり(当然、先生に没収された。)、とにかく本人が『おどうぐばこ』の蓋にネームペンで書いたようにスーパーカオスワールドだった。
ユリがあきれて整理をしたものの、たったの一日でまたカオスワールド化していたことが印象に残っている。
『シズク、か。お前の幼馴染みだったな。』
「そう。小さな頃から一緒なの。」
そういった途端、火影の炎が揺れる。この時、丁度家の目の前に足を踏みいれていた。コンクリートの道から石が転がっている土に。足の裏に石を踏んだ感触が伝わっている。
『あの女、人の目をしていないな。』
ユリは家の扉の前に立っていた。扉の鍵をあけようと、手提げ鞄から鍵を取り出そうとしていた手を止めた。
声にして吐き出しそうになっていた衝動を飲み込んで、それをゆっくりと言葉にして吐き出す。
「…………それ、どういうことかしら」
火影はそれでも冷静だった。ユリの今の心とは反対の色をしている。
『お前も感じていただろう?…………違和感のある恐怖を。』
ユリは胸を針で射貫かれるような痛みを感じた。受け入れられず、忘れようとしていた記憶だったからだ。
見たことのない、幼馴染みの顔だった。あんなにぎらぎらと不気味に光る目をしたことはなかった。もし、あの話が聞いてほしくない内容だったら、彼女はあんな態度をとらない。あんな風に噛みつくように目を見てこない。
「あなたの見解だと、シズクが怪しいってことなの……?」
脳はその結論を否定していた。だが、それを受け入れざるを得なかった。
『……お前には信じられないことだと思うが、そういうことだ』
ユリは止めていた手を握りしめた。息をゆっくり吐くと、吹っ切れたように鍵を鷲掴みにすると、勢いよく鍵をさしこんでグリッとまわす。一気に鍵を引き抜いて家のなかに入った。
今夜、あの家を調べてみよう。
「疑い」を「確実」にするために。
「疑い」を晴らすために。