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その瞳はまるで

 昼休みの時間が来た。教室は話し声でいっぱいである。廊下も違うクラスの生徒どうしが何やら楽しそうにはしゃいだり騒いだりしている。そんななか、奇妙な雰囲気を醸し出している二人がいた。


 シズクとユウヤミである。


「まさか…………知っているのか、お主!」


「知ってるよー。あれでしょ?倒したと思ったら白い目玉から赤いなんかと一緒に赤い目玉が出てくるのがラスボスのやつで~すごいトラウマでうわああああってやつ~」


 大変物騒な話をしているが、この二人は毎回古いゲームやアニメのネタを知っているかどうか話し合っているだけである。なかには今の年代の子どもでは分からないような昭和ネタも出てきており、それを偶々たまたま聞いた先生が懐かしいと言っていたこともある。


「なんていうか、ホントにいまでもあそこはトラウマメーカーだよねー。子ども向けものかと思って幼い頃買ったけど、夜中トイレにいけなくなったよー。」


「へ~じゃあ、どうしたの?」


「…………我慢したぜ、朝まで。」


 トイレを我慢した過去を格好よく語っているシズクにユウヤミはぱちぱちと拍手をする。これを端から見れば武勇伝を語る女子に男子が拍手をしているように見えるだろう。実際は先程述べたとおりのしょうもない内容だが。


 一方、ユリは黙々と勉強をしていた。ヒササキはそれを少し身をのりだして見ていた。

 ユリが勉強しているのは理科である。教科書の進化のあたりのページをひらいて、問題集の解答欄をうめていく。全てうめ終わったら解答の冊子をひらいて丸をつける。それが終わったユリは、赤ペンをそっと置くと、ヒササキに話しかけた。


「……性選択の話をしていたわよね。それなら、私のはなしに興味がわくかしら?」


 ヒササキはそれを聞くなり頷いた。ユリは問題集をとじて、教科書のページを繰った。相同器官のページである。


「機能は異なるけど、基本構造などがそっくり……教科書ではヒトやコウモリの前肢が例としてでているわ。進化の証拠のひとつとしてね。

このほかにも、哺乳類の耳小骨の一つが爬虫類では顎を形成する骨だったり、サボテンのとげが他の植物では葉にあたる部分だったり。こんな風に祖先とは大きく違ったものになってしまう。生きるためにそこまで変われる。只、生きるために。

まったく、こうやって生き物は生きるために生きてきたのに、なんのために生きているとか、生きることの理由を考える人間はおかしなものね。」


 ヒササキは途中までは瞳を輝かせて聞いていたが、最後の方では硬い笑顔になっていた。その変化を心のどこかで感じたユリだったが、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。教室に戻る生徒達の急いた空気が流込んできた。それに流されたのか、ユリは教室の時計を確認した。当然、昼休みの終わりの時間を示している。


 それからもう一度、ヒササキの顔を見てみたが、あの時の表情は何処にもなかった。



「ねーーーーユリィィィィイイ…………」


 部活動が終わったシズクが待っていたユリに話しかけた。今日も校庭を走り回ったのか、彼女は項垂れている。


「なによ。アニメの放送時間に間に合わないから、私のことを担いで免許取り消し級のスピードで走っていい?とか言ったら亜音速で爪楊枝発射するわよ。」


 シズクは違う違うと言ってごそごそと鞄から教科書を取り出した。


「はぁーい、ユリちゃんお得意の理科でーす!はぁと。もうねー、教科書みたら生物とかナニソレオイシイノってなったからさぁ、しかもさ、これから部活が忙しくてさーー、だから、私の家に泊まっていいからさ、とにかく教えてくれないかなーって……じつは一学期の内容もあやふやで……」


 ユリはシズクの手から教科書を取ると、微笑んでから踵をかえしててくてくと歩いていった。シズクはそれを追う。

 道は暮れかけている太陽に照らされて、二人の影をうっすらとつくっている。蝉と蜩の声は混じって夏の終わりを謳っていた。蝉のような虫の死骸は道の隅で潰れているというのに、むし暑さはまだ消えることを知らない。

 そのなかを二人は他愛もないことを話しながら熱の沼に足をとられることなく歩いていく。楽しそうに笑う顔がそこにはあった。




 シズクの家に着くと、早速教科書と自主学習ノートを開く。シズクは電気をつけて筆箱からシャーペンと消しゴムをとりだした。額には『木っ端微塵』と書かれた鉢巻をしている。


「あなたのドリルを見たけど、基礎は大抵できてるわ。だけど、化学反応式がまだきちんとできていないみたい。あなたは中学生が習う範囲の元素記号は書けてるわ。これはね、図を書いてみると分かりやすくって…………」


 こうして、ユリの話がはじまった。これがおわるのは、時計の短針が6を指すころであった。







「ふぇーーー、お腹すいたーーーー。」


 勉強が一段落したところでシズクは伸びをする。ユリも鉛筆を置いた。


「もうそろそろ夕飯の支度かしら?私がやるわよ。」


 ユリが立ち上がると、シズクはテーブルに突っ伏して、お言葉に甘えて~と呟いた。




 夕飯の支度が終わり、勉強道具が片付けられたテーブルには、ほかほかの御飯と焼き鮭、豆腐の味噌汁が並べられていた。シズクは目を輝かせてそれらを見つめている。ユリが手を合わせていただきますを言うと、シズクもつられて手を合わせる。

 淑やかな食べ方のユリに対して、ガツガツと食べ、頬にいっぱい頬張るシズク。その顔は幸せに満ち溢れている。白米の柔らかな甘みと焼き鮭の丁度良い塩加減が絶妙なのだろう。ごくんと飲み込むと味噌汁をすすってからまた御飯と焼き鮭を頬張る。


「見事な食べっぷりね。良かったわ。冷蔵庫にぶちこんであった鮭を全部焼いて。というかあなた、去年よりも食べるようになったわね。部活でどれだけ動き回ってるの?」


 シズクは豆腐をちゅるんと飲み込むと、左上のあたりに視線をうつして暫く考え込んで、眉をひそめる。


「うーーーん…………掛け持ちは増えたけど……10分でローテーションして東奔西走してるからかな?…………それと、ユリの料理が犯罪的な旨さだからだZE★こんな旨いのは久しぶりだよー。」


 そう言うと、シズクはすぐに御飯を頬張りはじめた。

 ユリの箸が止まった。シズクの最後の一言である。シズクの両親は寝る頃に帰って来て、起きる頃には仕事に行ってしまうと聞いたことがあった。いくらそうであっても作り置きくらいしてもいいのではないだろうか。


(…………聞いてみたらどうだ?)


 ユリの頭のなかに火影の声が語りかけてくる。ユリは箸を置いた。


「ねぇ、シズク?お父さんとお母さんは作り置きしていってくれないの?」


 シズクの咀嚼が止まる。ゆっくりと視線をユリの瞳に合わせると、口のなかのものを飲み込んだ。

 天井から吊るされた蛍光灯がシズクの目のなかでギラギラとひかる。シズクはゆっくり箸を置いた。


「…………うちの親、メシマズなんだよね。だから、私から作り置きは止めてって言ったの。大丈夫、心配しなくていいの。ほら、美味しい料理が冷めちゃうよ。はやく食べよ。」


 ユリは思わず箸をとってしまった。

 御飯の味は覚えていない。


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