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 今日は雨が降っている。ユリは傘を差してシズクとの待ち合わせ場所まで歩いていた。火影はユリの肩の辺りをゆらゆらと飛んでいる。


「あなた、本当に私と『鳥籠と鍵』以外には見えないんでしょうね?」


 ユリは家からでる前に言われたことについて念のため問いかけた。『鳥籠と鍵』の使用者を特定するには火影の同伴が必要である。だが、火影の姿は火の玉だ。見られたらクラスメイトがパニックになりかねない。


『無論だ。俺は魂だからな。普通の人間には見えない。稀に見える人間もいるが、そういった人間はそのことを言わない。』


 ユリはそれはそうか、と思って軽く頷いた。

 道の端にある溝の水量が増している。雨に打たれて落ちた葉たちは水に揉まれ、流されていく。ユリはそれを横目に歩いていった。

 いつもの待ち合わせ場所に着くと、シズクが間違った傘の使い方をしながら待っていた。彼女は閉じた傘を頭上で高速回転させ、雨を弾いていたのだ。相変わらず、人並はずれた行動である。


「おはよう、シズク。傘は差すものよ。それとも某アニメの青狸が出す竹トンボ型飛行装置を再現するつもり?」


 挨拶をすると、シズクは傘を棍のように構えた。


「お、お主…………我が奥義、疾風傘回シ(スパイラルハリケーン)が見えるのか……ッ?ただ者ではな―――」


 ユリはシズクの頭を軽く小突くとシズクをおいて歩いていった。シズクは小突かれたところを押さえながら急いであとをおいかける。


「うー…………どうすんのさー。これ以上頭悪くなったらぁ~」


「大丈夫、これ以上悪くならないわ。」


「えっマジで?!よかった~これ以上テストで悪い点数とるとヤバ……………………ってそういうことかぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁああああああ!!!!!!!!」


 やっと意味がわかったようで、シズクの顔がホッとした顔から悔しそうな顔に早変わりする。まったく、喜怒哀楽が激しい人間だ。


「それはないでしょーーーーっ!これでも順位は下から数えるより中間から下にむかって数えた方が早いんだからねーーーっ!」


 シズクは歩きながらわちゃわちゃと騒ぐ。普通の人間なら転ぶだろうが、怪物級の運動神経をもつ彼女にとってはこのくらいは簡単にできる。過去に、歩きながらリフティングとドリブルをしつつ、頭に鞄をのせて下校したことがあるのだから。


「でも、結局は勉強した方がいい順位ってことよね。……勉強しなさい。」


「う゛ぅ…………私は現実など見ないぞぅ……見ないぞぉぉぉ…………!」


 シズクはため息をついてから閉じていた傘を差した。途端、傘が水を弾く音が二重になる。

 ユリはふと、小学生の頃シズクに傘の中に入れてもらったことを思い出した。下校時、予報はずれの雨が降ったのだ。昇降口に立ち尽くしていたユリに、外で傘を差したシズクが入ってこいと手招きしてくれた。そのときもこのくらいの雨が降っていた気がする。

 横断歩道を渡ろうとしたとき、丁度歩行者用信号が点滅し始めた。ユリは足を止め、信号が青になるのを待つ。

 ユリとシズクの前を沢山の車が横切っていく。どの車も忙しなくワイパーを動かしながら走っていった。何故かは分からないが皆憂鬱そうに走っている気がする。

 その憂鬱な空気を裂くように水の弾ける音が少年の声と共にやって来た。


「シズクせんぱーーーーーい!!ユリせんぱーーーーーい!!!おはようございまーーーーす!!!」


 声のしたほうに振り替えれば、そこには短髪の少年が傘と手を振りながら走る姿があった。シズクは手を振り替えしながら傘を閉じる。そして少年めがけて傘を投げた。傘は矢の如く少年の左胸に飛んでいく。しかし胸に刺さるかと思えたその傘を少年は振っていた傘で打ち上げる。 それにユリが気づいたときにはもう、少年はシズクの目の前まで間合いをつめていた。傘は槍のようにシズクの首めがけて突き出される。シズクはそれを腕の円運動で素早く払い、空いている少年の脇腹に拳を捩りこんだ。少年はそれを防ぐことができず、その場で蹲る。


「フン…………勇者ミゾレよ、その程度か?それでは貴様の両親の敵はとれんぞッ!!!」


 シズクがそう叫ぶと、ミゾレと呼ばれた少年は立ち上がった。


「はっ……魔王よ、俺を倒したつもりか?冥土の土産に教えてやろう。俺は秘奥義、エターナル・ダークネス・ブラックホールを使えるんだッッッッッ!!!

覚悟しろ魔王!!!エターナル・ダークネス・ブラックホォォォォォォオオオオォォオオオル!!!!!」


 ミゾレは某七つの願い玉集め漫画に出てくる青い波を放つようなポーズをする。


「ぐっっ!!!しかしだなっ、私はその技で死ぬ敵ではないっ!!!身長と背中あたりから生えてる尻尾が足りぬ!!!それに私はあんなにイケメンでもなく声に特徴もないっっ!!!腹を殴られたときと顔を殴られたときの声も使い分けられないっっっ!!!」


 シズクが必死に語っているところをユリは鼻を摘まんで停止させる。


「信号、青になってるわよ。はやく渡りましょう。」


 ユリはシズクの鼻から手をはなし、横断歩道を渡っていった。おいていかれたシズクは慌ててユリを追いかけていく。クスクスと笑いながらミゾレはシズクの後ろをついていった。





「シズク?もしかしてその男の子に厨二病うつしたの?」


 ユリはため息混じりに言った。しかしシズクは落ち込む様子もない。それどころか傘を持っていない方の手を腰にあて、胸を張った。


「はっはっはっは!少年は我のソウルメイト……そして、同じ邪眼の持ち主なのさ!」


 シズクがそう言い終わるや否やユリはシズクの額を高速でつつきまくった。


「邪眼はどこかしらねー。あるなら潰してみたいんだけれど。」


 シズクはうがーーっと叫びながらつつかれた額を押さえ、ミゾレの背後にまわる。すると、肩のあたりから目を出して、ユリを指差した。


「ミゾレっ……あやつは鬼じゃ…………悪魔じゃ…………この母であるワシをつつき殺そうとしたのじゃ…………!」


「大丈夫だよ……あいつは僕が倒すッッッ!!見よ!!我が奥義――――」


 謎の茶番劇をユリは無視して黙々と歩いていった。この展開はなんだか繰り返しな気がしたが仕方ない気がした。コンクリートと靴底の間で水が音をたてる。規則正しく刻まれる音。いつも通りの日常。シズクはいつものようにボケてくれる。ユリはそれに対応する。

 ずっと同じ事を繰り返しているようだ。心のどこかで既視感を感じていた。これはきっと、『鳥籠と鍵』のせいなのだろう。記憶を改竄されたのか時間を戻されたのか知らないが、なくなったことにされた自分の記憶が言っている。『鳥籠と鍵』が原因だと。

 ユリは立ち止まった。振り向けば、シズクとミゾレが駆け足でこちらに来ている。

 先程から気になっていた。馴染んでいるが、覚えていない。

 ミゾレ。この少年は何者だ?

 

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