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鍵穴

「いやぁー、楽しかったねー!!」

 

 学校紹介が終わり、ユリとシズクは下校していた。


「まったく……あなたは普通の人じゃ知らないようなネタを使うんだから……」


 ユリがため息をつくと、褒めたつもりはないのにシズクはドヤ顔になる。これだから毎日飽きないのだ。


「それじゃあ誰もが知ってそうなアニメネタでも一発かまそうか?」


 シズクは親指と人差し指をL字型にして、あごにあてたポーズをとる。ユリはそれに見向きもせず黙々と歩いた。


「そうだな……ほら、七つ揃えると願いが叶うやつとか。あれはみんな知ってるに違いないよねっ!」


 シズクはそう言ってユリの肩を叩いた。


「いっ……体重かけないでほしいわね……何だか骨にまであなたの攻撃が響いてきたわ……」


 最近、シズクの力が強くなった気がした。夏休み中に色んな運動部にかりだされたのだろうか。


「えー……そう?そんなこと無いと思うけど……」


 シズクは自分の手と腕をちらっと観察する。本人は気づいていないようだ。すると、彼女は何を思ったのか片足を大きく上げて、アスファルトに踏みこんだ。途端、シズクの足の下のアスファルトに小さな罅がはいる。


「ちょっ……!なにやってるのよシズク!」


 ユリは慌ててシズクの奇行を止めにかかった。シズクはただ、呆然と皹のはいったアスファルトを見つめている。


「あ…………どうしたんだろ…………ほんとだ、なんか強くなってる……」


 シズクは乾いた笑みを浮かべながら呟いた。


「……どうせ夏休み中に色んなとこにかりだされたんでしょう?それで筋力でもついたんじゃないの?」


 ユリが腰に手をあててそういうと、シズクは一瞬目を見開いた後、いつものような明るい笑顔になった。


「あーーー、そっかぁぁああ!!確かに!それだわーーー。なぁんだ、それかぁーー。」


 ユリはシズクのけろっとした態度に少々呆れたような顔をすると、何事もなかったように歩き出した。

 シズクは慌てて急に歩き出したユリについていく。それから帰り道が分かれるところまで、散々有名なアニメのネタを話された。




 ユリは家に帰ると勉強をし、夕御飯を食べた後、風呂に入って床に着いた。部屋の灯りを消して、布団のなかに潜りこめばあっという間に眠りの世界におちていく。

 深く深く暗い世界のなかに沈みこんでいく。普通ならいつの間にか朝になるのだが、何故だろうか。目が開けたくなって眠りと目覚めの境目で目を覚ました。


………………


 ユリは絶句した。

 

 目を覚ませばそこに広がるのは闇に染まった天井だろう。だが違う。ユリは寝ていたはずなのに立っていた。そして、広がっているのは白い空と、灰色と黒色の大地。

 やはり、自分は眠りに入っていて、おかしな夢でもみているのだろうか。いや、それならこんなに自分の意志がはっきりして、体が自由に動くはずがない。それなら、ここは何処なのだろう。とりあえず一歩踏み出してみると足の裏にひんやりとした感触がひろがった。



『やっと来たか』



 何処からか男の声がした。その声の主を探してユリは慌てて周りを見わたす。しかし、見渡す限り灰色と黒色の大地が広がっているだけ。気のせいかと思い、ため息をつくと、突然目の前に火の玉のようなものが現れた。ユリは驚いて一歩ひきさがる。


『そう恐れる必要はない。俺はお前側の者だからな。』


 鋭い声だ。だが、どこか冷たいようで暖かみがある気がする。自然と肩の力がぬけた。


「『お前側』って……どういうことかしら。それに、あなたは誰なの?あなたは私を知ってるようだけど、私はあなたのことは知らないわ。」


『まず、後者について答えよう。俺は火影(ほかげ)。お前の部屋に鳥籠のような形の灯りがあるだろう?そこに宿っていた魂だ。』


 ユリは鳥籠のような形の灯りと聞いてピンときた。あのお気に入りの灯りだ。紐を引っ張ると灯りがつく仕組みの……。


『そして、前者については……簡単に言えば騙している側と騙されている側の人間がおり、お前と俺は騙されている側だ、ということだ。』


 唐突。まさにその二文字だった。言っていることが受け入れられない。

 火影は話を続けた。


『前に、シズクというお前の友が「鳥籠と鍵」という都市伝説を話していたんだが……覚えていないか?』


 ユリは記憶を手繰り寄せた。「鳥籠と鍵」。聞いたことがあるような、聞いたことが無いような。そんな曖昧なことしか頭に浮かんでこなかった。


「ごめんなさい。覚えていないわ。」


『そうか……そうだったら、そういうものがあると思ってくれるとうれしい。

 この「鳥籠と鍵」は実在するものなのだ。誰かのせいで都市伝説となっているがな。真実はこうだ。俺、火影が宿る赤色の鳥籠。名前は忘れてしまったが、八方美人な女の宿る錠前。そして、マイペースでゆったりとした男が宿る鍵。これら三つにはそれぞれ能力がある。鳥籠には”夢を現実にする”能力。錠前には”記憶を改竄する”能力。鍵には”時間を戻す”能力。だが、これらを使うとそれ相応の代償が必要だ。俺たちはそれを副作用と言っている。俺の宿る鳥籠を使うと、”一生夢に囚われ続ける”という副作用がある。他の二つもそれなりの副作用があってもおかしくない。』


 火影の体が微かに揺らぐ。


『現実離れした話だな……すまない。今は受け入れられなくてもいい。ただ、これはわかって欲しい。実は、ここ最近、お前の近くで時間が戻っている。「鳥籠と鍵」を使っている人間がお前の近くにいるようなのだ。このままではその使用者は人間ではなくなるだろう。

―――そこで一つ、頼みたいことがある。』


 火影の体の炎が一瞬小さくなった。その行動の影に、悔しいような、悲しいようなものを感じた。


『まず、「鳥籠と鍵」の使用者をつきとめてほしい。そして…………これは俺の我儘なのだが、「鳥籠と鍵」をつくった”月夜”が誰に化けているのか知りたいのだ。あいつは俺のせいで「鳥籠と鍵」作ってしまったのだ…………』


 重く、深く沈んだ声。勿論現状は受け入れきれていない。だが、やらねばならないと強く思った。

 きっと火影に顔があったならとても沈んでいながらも、強い炎を灯した表情をしているのだろう。今、彼は自分ではどうにもならないことをどうにかする為に私の手を求めている。その思いにこたえなければ、今までの経験が全て無駄になるだろう。

 手を差しのべても届くことなく、二階の窓から飛びおりてしまった妹。今度こそ、誰かの心に届くように手を差しのべるのだ。


「分かったわ。やってみせる。」


 拳を強く握りしめる。ユリの目には決意の色が浮かんでいた。


『本当にすまない…………感謝する。』


 火影の優しい声がじんわりと胸の奥に染みていく。すると、景色が白くかすんでいった。どうやら夢から覚めるらしい。足元から風が巻き上がり、思わず目を閉じると、体が浮く感じがした。暫くしてから目を開けるとユリの体は布団のなかにあった。ムクッと起き上がり、掛け布団の上をぼんやりと見つめると、丁度真ん中あたりに部屋の灯りのカバーだった鳥籠のようなものがぽつんと置いてあった。ユリはそれを鳩尾まで引き寄せ、そっと抱き締める。


「あなたはここにいたのね……?ずっと…………」


 鳥籠のなかに夢に出てきた火の玉のようなものが現れた。


『そういうことになるな。今までは状況の整理がつかなかったから黙っていたのだ。だが、今は何となく掴めているからでてきた。……少し煩くなってしまうな。』


「大丈夫よ。うるさいのは友達で慣れているもの。」


 ユリは優しく微笑んだ。それから鳥籠を布団の上にそっと置き、立ち上がって窓のカーテンを開ける。起きた時間がはやかったようだ。うっすらとした光が部屋に差し込み、ユリと火影を照らす。


 これから始まるのだ。

 今までの違和感を紐解く物語が。



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