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学校紹介

「ユ…………いぃい……!」

 


 ぼんやりとした頭のなかに大きな声が響いた。



「ユーーーリぃぃいいい!!!」

 


 頭のなかに漂う靄がだんだんとはれてき

た。



「おーーーーきーーーてーーー!!!!Get upだよーーー!!!」

 


 体をおこしながら重いまぶたをを開いていくと、目の前に幼なじみのシズクの顔が現れた。その顔は少し困った表情をしている。


「どうしたのさー?!転校生が隣にきたってのに寝てるなんてー!」


 ユリははっとして周りを見渡すと、休み時間のような騒がしさがすぐそこにあった。そして、なかったはずの隣の席には黒髪の少年が座っている。その少年はこちらを漆黒の瞳でじっと見つめていた。


「…………さっきはごめんね?ユリ。なんか 嬉しくなってさ。」


「あぁ………………いいのよ、別に……」


 そう答えると、少年はそれならよかった、と言って微笑んだ。一方ユリは頭がまだぼんやりしているせいか、この少年が自分に対して何をしたのか思い出せなかった。


「もー、ドキドキしちゃったじゃん、ヒササキ少年!!急に女子の手を握っちゃうとか、どこの恋愛小説のフラグなのさ!!安いッッ!安いぞ主人公っっ!!!…………って、これって恋愛フラグ?!なにそれ、この先いろいろあるけど最終的にはこの子とこの子結ばれるよって暗示してるのっ?!ち……ちくしょぉぉぉおおおぉぉおおおお!!!!ちくしょぉぉぉおお!!こんなものっ……折れない恋愛フラグのことかーーーーーっ―――」


 ユリは一人暴走するシズクの鼻を摘まんだ。こうすればシズクは黙るのだ。案の定、シズクは首の皮をくわえられた仔猫のようになっている。


「シズク、ここは恋愛小説の舞台上じゃないのよ。メタな発言はこの場の空気をカオスにするわよ。」


 すると、シズクは鼻声で鼻を解放するように訴えた。ユリは仕方なく鼻を摘まんでいた手をはなす。

 こんなことをしていたが、ユリは今までのことを必死に思い出そうとしていた。勿論今日のことは思い出した。だが、それよりも前のことが思い出せない。昨日のことなら断片的であっても思い出せるはずだ。いや、思い出せないとおかしい。昨日、どんなことをしたか、何を食べたか、どんなことがあったか、そういったものが一切でてこないのだ。

 しかしこのまま思い出そうとしてもどうにもならない。ユリはとりあえずこわばった笑顔を浮かべ、ヒササキに言うべきことを言った。


「そういえばヒササキ君、今日の放課後に学校を案内したいのだけれど、予定があったりしないかしら。」


 ヒササキは暫く考えた後、上に向いていた目をこちらに向けた。


「特に予定はないかな。よろしくね。」


 ヒササキはニコッと笑う。その爽やかな笑顔はすんなりと心の中に溶けていった。だが、不思議なことにこの感覚に少し疑問が湧いた。どこかで見たことがある気がするのだ。

 開いていた窓から涼しい風がふく。ユリはその疑問を頭の隅に押し込み、シズクのいる方にからだの向きを変えた。


「シズク、準備はいいわね?」


「うっす!」


 シズクはビシッと敬礼をきめた。


「ユウヤミ君、あなたは大丈夫かしら?」


 前の席の男子生徒委員、ユウヤミに話をふった。彼は相変わらずのんびりとしたようすでこちらに振り向いた。


「大丈夫だー。問題ない。」


 72通りの名前があるやつが主人公の某ゲームの死亡フラグでボケるユウヤミ。そこにすかさずシズクが「○ーノック!それは死亡フラグだぞ!」とツッコミをいれている。

 夏休みあけの二学期のはじめ。暑さがまだ残っていて、教室のなかはムシムシとしている。誰かが窓を全開にしたのだろうか。滑らかな風が古ぼけたカーテンを高く舞い上げた。

 そのうっすらとした影が4人をすっぽり包み込む。

  

 ユリの優しく、淑やかな笑み。

 シズクの向日葵のような眩しい笑顔。

 ヒササキの明るくもどこか冷たい爽やかな笑顔。

 ユウヤミの穏やかで暖かな笑み。


 それらの裏に隠れた冷たく、鋭いなにかが一瞬、影に照らされた。今はまだ、その正体を知ることは誰にもできない。






 放課後が訪れ、ユリたちはヒササキを連れて学校中を歩いていた。シズクが音楽室の前でくるりと振り替える。


「ここが音楽室!夜中に肖像画がうごくとかピアノが人を食うとか、そういうオカルトな噂が無いかわりに、掃除用具入れからたまーに便所コオロギが出てくるぜ!」


 そういえばそうだったと思い出してユリはゾッとした。ユリは、蝶と蛾、竈馬だけは苦手なのだ。来るなと念じれば念じるほどこちらに来るのがとてつもなく嫌なのだ。


「そういやユリは便所コオロギ大嫌いだったねー……。まあ、虫の退治だったら私はスーパーヒーロー級だからねっ!ハエ叩きかティッシュ箱があれば鬼に金棒、勇者にレーヴァテインっ、魔法少女にニ○トコの杖っっ!!乳製品由来の特戦隊、赤いマグ―――」

「さて、次は体育館を案内するわ。」


 途中からセンスの無い決めポーズをとりはじめたのでユリは容赦なく体育館に歩き始めた。


「ちょ、まってよぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおぉぉおおおおぉユリの鬼ぃぃぃいいいいいいい!!!!!!」 


 シズクは一歩踏み出すと、床から変な音をさせてすっ飛んできた。


「おー、現実に空を飛んでるー。アンパンの正義のヒーローだー。」


 ユウヤミのゆるいボケでシズクは着地しそこない、盛大に大の字に転んだ。


「天災シズクちゃーん、新しい顔よー。それー。」


 ユリは棒読みでそう言いながら、軽く何かを投げるそぶりをした。

 それから体育館につくまでユリとシズクの言い合いとユウヤミの緩やかなボケが続き、廊下にはヒササキの小さな笑い声が響いていた。まるでこの四人はもうすでに知り合っていたと思えるほどに打ち解けていたのだ。

 





 体育館につくと、シズクが三人の前に出る。そして、私の出番だと言わんばかりの誇らしげな顔をした。


「ここが存じのとおり、体育館!夜になるとステージのほうから唸り声が聞こえたり幽霊が出るとか…………というのを解明しようとした先輩が体育館に泊まったんだが結局寝ちゃってね、明日の朝こっぴどく絞られた……ってのがあるね。あぁ、でもこの先輩朝にすごく弱いそうだから、先生から叱られた内容なんて覚えてないんだってね。」


 シズクは学校のことに関することについての噂なら右に出るものがいない。それは彼女に友達が多いからか、それとも地獄耳なのか……理由はともかく噂は流行る前から知っている。いや、彼女が噂の流行りと廃れを作っているといっても過言ではないのだ。

 ヒササキもシズクの噂話については少し驚いた顔をして聞いていた。


「おー、シズクさんは凄いねぇ。どうしてそんなに知ってるの~?」


 ぱちぱちと拍手をするユウヤミにシズクはドヤ顔を決める。


「ふふふっ、私の耳はデビルイヤーなのさ……あっ、一寸待って、デビルカッターできるかも。」


 腕でソニックブームをおこそうとするシズク。その頭をユリが軽く小突き、ため息をついた。


「ごめんなさいね。ヒササキ君。今の年代の子じゃ分からないようなネタを乱用しちゃって……」


 ヒササキは楽しそうに微笑む。


「いや、こっちの方が楽しくて良いよ。ユリは個性的な友達に恵まれているんだね。」


 ユリはふと、シズクとユウヤミがいる方に振り向いた。二人は昔のアニメの必殺技名を言いあって謎の戦闘を始めていた。確かにとてつもなく個性的な人が自分の傍にいる。だからこそ、退屈しないのかもしれない。毎日が楽しいのかもしれない。ユリはすこし微笑むと、ヒササキに向きなおった。


「学校紹介はここまでかしらね。どうだったかしら?」


 うっすらとした橙色の光のカーテンがヒササキを照らす。神秘的な彼の表情が少しだけ年相応の明るい顔になる。


「とっても楽しかったよ。ありがとう。」


 彼のこの言葉が、今日という劇場の幕を下ろした。

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