表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国の腕はいつも悩む  作者: 徳田雨窓
第二章 湖の町
18/24

帝国の頭

 もともとは使用人のための仮眠室だった一階の部屋。今はそれが俺の自室ということになっている。

 仮眠室という割にはそれなりの広さのある部屋で、俺がここを使う前は黒巫女セイラムがときどき寝ていたようだ。あいつはたいてい留守がちで、たまに帰ってきてはただここで眠っていたらしい。二階の二部屋は客人用として使っていたようだ。

 三つ並ぶ簡素なベッド。扉に鍵をかけた後、俺はその一つに腰をおろす。そして右腕の朋冠クラウンを高々と掲げる。

 ――朋冠クラウン。皇帝陛下の代理者たる執政官の証。

帝圏パルジ、共鳴!」

 俺の声に応え、朋冠クラウンが金色の光を放つ。それは金の魔紋様となり、渦を巻きながら俺の周囲を取り囲む。

帝圏ぱるじ、共鳴……)

 俺の声に少しだけ遅れて、もう一つの声がうっすらと俺の耳の内側で響く。

 同時に、俺の視界の右斜め上で瞬いていた金色の光がゆっくりと大きさを持ち始める。

 それは俺の朋冠クラウンの創り出した魔紋様と融け合うようにして膨らみ、やがて人のような形に収束した。


「半月ぶり……デしょう……カ。兄上」

 金色に揺らぐ人影が、聞き取りにくい雑音混じりの声を絞り出す。その頭の部分には目も鼻もないが、ただ口だけが声を発するときの動きを見せる。

「ああ。前の共鳴は俺が帝国パルジャノから発つときだったから、それくらいになるかな」

 ――帝圏パルジの『共鳴』。

 それは帝国パルジャノの執政官に与えられた朋冠クラウンが持つもう一つの『力』だ。

 執政官同士の帝圏パルジが共鳴し合うと、その力を互いに共有できるようになる。今俺の視界の中で金色に光る人影、これは俺の帝圏パルジと相手の帝圏パルジの交じり合ったものだ。

「で? 何の用だエイターラ」

 『帝国の頭』、エイターラ。

 帝国パルジャノの執政官の中では最も年若く、そして最も恐れられている切れ者だ。二歳にして執政官に選ばれ、まだ成人前にも関わらず帝国パルジャノの東の最前線で目覚ましい戦果を上げ続けている。

 長年に渡って帝国パルジャノが手こずっていた聖王国サンクチュールを滅ぼしたのもエイターラだ。


「兄上ノことガ……心配だったのデ……少し見に来ましタ」

「のぞき見は悪趣味だぞ。俺の目を使うときは事前に連絡をよこせと言ってるだろう?」

 それぞれの執政官の持つ『力』は異なる。

 俺の帝圏パルジがどんな場所にでも帝国パルジャノ領を現出させるのに対し、エイターラの帝圏パルジ帝国パルジャノのあらゆる民の五感を借用することができるのだ。

 さっき俺の視界の隅っこで光っていたもの、それがエイターラの帝圏パルジの魔紋様だ。俺の視覚を通じて、俺とトリスの食卓を盗み見ていたのだろう。

 今、俺とエイターラは互いの五感を共有することで会話している。俺の声は俺の耳を通じてエイターラに、エイターラの声はエイターラの耳を通じて俺に。

 エイターラはこの『力』ゆえに執政官の間の連絡役を担っている。そして広大な領土を持つ帝国パルジャノでは連絡役の持つ重要性は他の何とも代えがたく、その価値は計り知れない。

 いわば『帝国の頭』こそが我らが版図をまとめあげるための要であり、帝国パルジャノ帝国パルジャノとして強大であり続けている理由でもある。


「ここカらホーク辺境伯領宛に連絡するトなると二週間はかかってしまいマす……それでは意味がありませんヨ、兄上」

「その『兄上』という呼び方も止めろ。俺はお前の兄じゃない」

「兄上は兄上です……兄上」

 エイターラと俺に血のつながりはない。ただ、エイターラの父は俺の前任者――『帝国の腕』だった人物だ。

 そのこともあってか、エイターラは俺のことを兄上と呼びたがる。もちろん、本心から俺のことを兄と思っているわけではないだろう。こいつのことだから、何か後ろ暗い思惑があるに違いない。

「ところデ……兄上。先ほどノ方がトリスですか? そちらの公館の管理人の?」

「ん? ああそうだが……知っているのか?」

「もちろん。彼女は『ヨインツぎめ』の書ノ……関係者ですカら」


 『ヨインツぎめ』の書……だって?

 『ヨインツぎめ』の書というのは確か、あの『ヨインツぎめ』の戦役のことを記したものだ。和平の後に書かれたものを黒巫女セイラムが入手し、皇帝陛下へ献上したと聞いている。

 トリスがその関係者? いや、しかし……。

「トリスはあの戦いのとき、眠っていたと言っていた。だったら関係者というのはおかしい」

「いえ……おかしくはありマせん」

「彼女が嘘をついていると?」

「違いマす」

 エイターラはここで一度言葉を止めた。金色の人影が、考え込むかのように揺らぐ。

「もしかして兄上は……あれヲ読んでいないのですカ?」

「やめてくれ。俺はそういうのは信じないことにしてるんだ」

 読んだ者から漏れ聞こえる噂では、『ヨインツぎめ』の書には数々の不気味が記されているらしい。魔道の力で城門を破壊する超大砲、この世に存在しないはずの女司令官、魔来人マーライの予言、古の森の魔獣、数千の死者の軍勢、魔道大戦の生き残り、死者の魂を喰らう魔物、そして炎剣鬼フレアヴォーグ

 どれもこれも寝物語のような話ばかりだが、しかしそもそも『ヨインツぎめ』の書自体が、この世に未練を残した死者の魂が書いたものだと言う者すらいる始末だ。

 怖い。正直、そんなものを読みたくはない。


「そういえばエイターラ。お前、今までトリスを見たことがなかったのか? セイラムの目を借りればいつでも見られたはずじゃないか?」

 俺の言葉に、エイターラの小さな含み笑いが応えた。

「前に言ったと思いますガ……セイラムに帝圏パルジは通じませんヨ……兄上」

 そうか……そういえばそうだったな……。

 俺の後頭部に、あの黒巫女セイラムのかかとの感触がよみがえる。魔道の力を消し去る巫女の術。俺の帝圏パルジ黒巫女セイラムの前では無力だった。


「兄上の帝圏パルジと違い……私の帝圏パルジ帝国パルジャノの臣民にしカ、使えマせん。これまでセイラムは帝国パルジャノ民が……辺境伯領に足を踏み入れるこトを頑なに拒んできマした……ですかラ私も、彼女がいままでそこで何をしていたのか知らないノです」

「このホーク辺境伯領が抱えている問題は根深い……セイラムはそんなことを言っていた。あいつはあいつなりに何か考えがあってのことだったのだろう」

「ええ。恐らくは……」

 その黒巫女セイラムはいま西の最前線に向かっているのだろう。今となっては彼女の意図を聞いてみるわけにもいかない。

「……ですが、仮にも帝国パルジャノ領となったからには、私の目の届かない地のままというノは問題です」

「そうだな……だがエイターラ。この辺境伯領は我が帝国パルジャノ王国ブランの共同統治ということになっているようだぞ。他の土地と同じようにはいかないかも知れない」

「共同統治の件は知っていマす。だとすれば余計に、私の目が届くようにシておきたい……そろそろ時間切れですネ……兄上には一つ、お願いがありマす」

 帝圏パルジの共鳴が次第にその輝きを薄れさせ始めていた。共鳴は疲れる。長い時間、この状態を維持しておくのは難しい。

「辺境伯領に私の目となる者を数名……送り込みたいと思っていマす。そうすれば兄上の目を勝手に借りずにすみマすから……構いマせんか?」

「ああ。好きにすればいい」

「ありがとうございマす。準備はこちらで進めマす……ただ、セイラムが今まで拒んでキた理由も知っておく必要があると考えていマす。我が配下を送り込むにあたっては慎重を期シたく」

「そうだな……そちらは俺の方で調べておこう。辺境伯や王国ブランと何か調整が必要な場合には、手を打っておく」

「お願いします。では……」

 エイターラの言葉が薄れると同時に金色の人影は大きく揺らぎ、そのまま大気の中へと消え失せた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ