よそ様の子とうちの子09
「誰だ?」
「誰だろうね」
「お? 新しい後輩か? こっち案内してやれ、回、九」
頬をつつかれてキセトは目覚めた。何度か異世界らしき場所に飛ばされたことがあるキセトだが、目の前の三人を見て首をかしげる。
「あのっ」
「お前名前は!? 名前!!」
「俺の名前はキセト。たぶん君たちのいう後輩ではなくて、ただの迷子なんだ」
おそらく異世界がどうのこうのと言っても理解してもらえない。迷子としておいたほうが話がややこしくならなくてすむ。
キセトを引っ張っていた子供二人は、長身の男の前までキセトを連れてくると、今度はキセトの周りをクルクルまわり始めた。
「迷子? いっちゃ! この人迷子!!」
「迷子? こんなところで?」
「いっちゃ迷子!」
「俺は迷子じゃないって。えっと……キセト? そんな名前あったっけ」
悩む長身の男。キセトが訂正を入れようとしても元気な子供二人に妨げられてはっきり言えなかった。
「いなかったと思うんだけど。もしかして最新……、いやないか。貧相だし」
「ひんそー」
「そんなこと言っちゃだめだよ」
最後のフォローも空しく、キセトはすでに半泣き状態に成っていた。出会って数分の人にたたき起こされ、さらに貧相だと言われているのである。
「とりあえず間宮に聞いてみるか。ほーら泣くな泣くな」
「泣いてませんよ。すいません、お名前を聞いてもいいですか?」
「俺は伊波、さっきからチョロチョロ騒いでるのが九十九、笑ってんのが回桜」
よろしくと差し出された手を握り返す。キセトに負け劣らずの骨ばった手だった。
貧相だ貧相だと周りで騒いでいる九十九とキセトの後ろでにこにこわらっている回桜、そして案内すると言ってキセトの前を歩いている伊波。三人は会話をしているのだが身内の会話であり、キセトはそこに入れなかった。よくわからないが、れいな、かなみ、まみやと身内のことで盛り上がっているらしい。
「似たような服を着ている人が多いですよね。会社ですか?」
「会社……ではないかな。組織といわれると否定できないけど。あ、いたいた。間宮っ!」
「"まみや"……」
身内の話で"オカン"と称されていたので女性だと思っていたキセトは、呼ばれて振り返った男性を見て驚いた。"まみや"もキセトを見て少々驚いたらしい。ふむ、とメガネのズレを修正する。
「スーツ姿ですか。コレはまたややこしい立場かもしれませんね。すぐには思いつきませんが、調べ物でもしましょうか」
「いや、迷子だってさ。一応間宮んとこで預かってもらおうと思って連れてきたんだけど」
「迷子ですか。では客人ですね」
「迷子迷子~。いっちゃ迷子~」
「だから俺は迷子じゃないって、九」
「あ、キセトって言うらしいよ」
「そうですか。初めまして、キセトさん。騒がしい案内で申し訳ありません」
求められた握手に応えながらまともな人そうだと思った、のだが。
なぜか握られた手が放されない。むしろさらに強く握られている気がする。いや、握られているだけではなくて手を凝視されている気がする。
「……伊波、ちょっとこちらへ」
「お、おう?」
「隣へ。二人とも上着類を脱いでください」
「はい?」
キセトと伊波を並べ、唸りながら二人を見比べている。上着は半強制的に脱がされて、並べられている二人は揃って困り顔になるしかない。いや、伊波はなんとなく、なにを見比べているのかは察していたが逃げるには遅すぎた。
「回桜、九十九。どう思いますか?」
「ひんそー」
「いっちゃと同じぐらい」
「強敵ですね。上着を着ていいですよ、あちらにテーブルがありますからそちらでお茶でもどうぞ。お菓子もありますよ」
「あ、えっと、結構ですよ。この歳で迷子で迷い込んで迷惑おかけしている身ですから」
「いいえ。どうぞ食べてください」
強く言い寄られ、キセトがお菓子を一つとると間宮は満足気に微笑んだ。そしてその流れのまま隣の伊波にもお菓子を無理矢理渡している。回桜と九十九は言われなくても自分からお菓子を一つ取って去っていった。
「さ、俺ももどろーっと」
「伊波。それをここで食べていきなさい」
「捨てたりしないぞ?」
「誰かにあげるつもりでしょう?」
「………………、そんなことない!」
「その沈黙はどういうことですか! ちょっと伊波、待ちなさい!」
わかり安すぎる沈黙のあと、突然叫んで伊波は走って逃げていった。間宮とキセトだけが部屋に残されて、キセトは戸惑いつつ、間宮に話しかける。
「皆さんはどのようなご関係なのですか?」
「関係ですか。組織の一員といえばそれまでですし、家族とも言ってしまえばそうとも言えるでしょう。詳しくは個人によってかわります」
「組織の一員で家族ですか。一家で会社をしているようなものですかね」
「会社が一家になったというほうがしっくりしますけれど、そのようなものです。それで、お菓子食べないのですか?」
「あ、頂きます」
お菓子の封を切って饅頭のようなものを一口かじる。成人男性なら一口で食べてしまいそうな饅頭を何回に分けて食べるつもりなのか、という食べ方だ。
「美味しいですね」
「お茶もどうぞ。生憎、貴方のような人に出す飲み物や娯楽物は限られますけれどね」
「お茶でかまいませんよ?」
「それはよかった。先ほどのあの長身の男はあの不健康な体でさらに不健康な飲み物と不健康な娯楽を楽しんでいますからね」
「お酒と……」
「煙草ですよ」
慣れた手つきで出されたお茶を一口飲んでキセトは黙り込んだ。お酒は下戸のキセトには飲めない代物だとしても、煙草はわけが違う。今こそ禁煙してるとはいえ、過去はヘビースモーカーだ。健康診断などをすれば一発でわかる過去である。
「どこからきた迷子かわかりませんが、ゆっくりしていってください。あまりお構いはできませんけどね」
そう笑う間宮が、怖く見えたのはキセトの気のせいではないのだろう。