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29の夏  作者: 半月
3/3

花火

ある日、彼女は花火大会の話を持ち出してきた。

俺のマンションの一番上の階であれば見えるかもしれないと以前話したからである。

ただし、この日俺は遅番で花火など見に行けそうにもなかった。

彼女はそれでもいいんです、と言い張って譲らず、俺は場所を教えて鍵をわたし、大人しく部屋で待っているようにと伝えた。

実方さん・・・・・・この頃は魅織と呼んでいた。

その夜、彼女がいることを忘れて帰った俺が度肝を抜かれるほど驚いたのは言うまでもない。

彼女は淡い水色の浴衣を着ていた。

何故ここで着ているのか、と問えば、どうせ外で花火を見ても明日には覚えていないから意味はないという。

ならばなおさら何故室内で着ているのか、と問えば、俺が彼女の浴衣姿を「見たい」と言ったからだと言って、ベッドにちょこん、と腰かけた。

俺は魅織に促されるまま、魅織の横に座った。

どきん、と胸が鼓動する。

「似合う、かな・・・・・・」と恥ずかしげに魅織は俺を見上げた。

俺は顔を背けたくなる衝動をこらえて、魅織を直視すると、「可愛いと思うよ」とだけ告げた。

「よかった・・・・・・」魅織は、胸を撫で下ろしたと同時にバランスを崩し、ベッドに「きゃっ」と言って崩れ落ちた。

「大丈夫か?」と俺が問えば、帯で起きられないと彼女は答え、俺が手を差し出せば彼女は俺の腕を引っ張って、俺を彼女の上にまたがるような形にさせた。

その気にさせるなよ、と半分理性が飛びかけながら彼女を見ると、彼女は今にも泣き出しそうに顔を真っ赤にしていた。

その時、瞬時に思ったのは、蝶。

白いシーツの上に花柄をまとった水色の蝶が、俺を見上げていた。

何かが弾け飛ぶ音がして、口づけを落とすと、「逃げないと、襲うよ」と忠告をした。はなからもう、逃がす気などなかったくせに、だ。

汚してはいけない、でも、汚したくて仕方がない。

傷つけちゃいけない。でも、契ってしまいたくて仕方がない。

魅織はいっさい逃げるそぶりをしなかった。俺はそれを合図に、魅織の首筋に口づけて、手を浴衣に這わせた。浴衣は簡単にはだけて、白い肌が露になる。だが、浴衣は簡単には脱がせそうにはなかった。

そのまま蝶に赤い跡を残していく。

ピクリ、と魅織の体が反る。

くねる肢体を押さえ込み、逃がさぬように手を体に這わせる。

ついには、足元にたどり着いて声を圧し殺し、息をあらげる魅織に少しの苛立ちを覚え、刺激を強くする。

声にならない声をあげ、それでもまだ耐えようとする彼女の足元に顔を埋めると、ついに、「だ、だめっ!」という声を聞いた。

それを無視し、俺を遠ざけようとする手をとらえると、そのまま足を開いてだんだん抵抗の失せて受け入れ体制になる魅織をある意味冷静に眺めていた。

「はじめて?」と俺が問えば、彼女は戸惑ったように、「初めてって言ったら、引く?違うって、いった方が、気が楽になる?」と逆に問い返される。実際に密坪に指を押し入れていくと、ビクリッと今までになく体を震わせて、痛みゆえか顔を歪ませた。

キツイ・・・・・・だが、同時に嬉しさが込み上げる。

「もらっていい?」ととえば、彼女は、お好きなようにと、強がって、震える手で俺の体に触れた。

いつ脱いだのかも覚えていないが、すでに俺は上半身裸だった。

痛くならないように執着とまで言えるほどにそこを攻撃し、緊張が溶けてきたところでものを押し入れた。彼女は、とたんに俺の背中に爪を立て、「いっ!」といったっきり、堪えたのか、ぶるぶると震えながら俺から離れた。

思わず、大丈夫か?と声が漏れる。契ってしまうと、傷つけてしまうとわかっていながら逃がさなかったのは自分の癖に、だ。

直接ではないにしろ、魅織の中は俺のそれと同化しているかのようだった。

温かい。腰をゆっくりと動かせば彼女はそのたびに俺の背中に爪を立てた。

彼女の痛みを自分も味わっていた。

動くたびに心配になる彼女を前にし、ただ、獣になり下がった自分の一抹を知る。

そしてすべてが終わったあと、魅織も俺も一つのベッドで眠った。

幸せだった。

そんな、幸せも束の間だと知らずに。

翌朝、悲鳴で目覚めた俺は、すっかり怯えきった彼女を前に立ち尽くすことしかできなかった。

彼女は、俺を誰ですか、と他人行儀に問い、涙をためた目で何をしたと俺に問うた。

怯えきって動けなくなっている彼女になんと説明すればいいのか、俺にはわからなかった。

家に返してと泣き叫ぶ彼女に、俺は手もつけられずにいると、やがて泣きつかれたのか警戒心を解かないまま毛布にくるまっていた。

服を着るように促したがあなたの前では着替えられないと突っぱねられる。後ろをむいていると実行にうつしても、何故浴衣なんだとわめき始める。仕方なしに俺のシャツを一枚放り投げてそれを着せるとなにもしないとわかったのかようやく黙った。

今になり、「親しくなる人を傷つける」と発した魅織の言葉の意味がわかるとは。

だが、皮肉なものだ。本当に理解した頃には引き返す地点など、とおに見失っている。

彼女がいつも目にする日記というのも手元にはない。

どうすればいいのか分からないまま、家に送り届けた。

それからしばらく、彼女が俺の目の前に現れることはなく、俺は暗い失望の中をたださまよっているかのように感じた。

季節は移り変わり、秋になった。まだ暑いのに、心だけは妙に覚めていた。

鉄格子に触れてみてもまだあの頃と大差なく暑いというのに、なんなのだ、この妙な……。

「あの」少女の声がして、思わず振り向いた。魅織がいた。

彼女は、「手にやけど……していませんか」と俺に問う。俺は手の平を眺めた。あの時のようなやけどはない。彼女は慌てて、「変なこと言ってごめんなさい!」と言ってさろうとするので俺は慌てて「待って!実方、魅織さん、だよね……?」と呼び止めると、彼女はにわかに顔を泣きそうに歪ませ、じゃあ、本当に千把さん……?とつぶやく。俺はすべてを話した。焼け付くような夏の日にここで出会ったことを、そして、記憶障害を抱えていることを知っているということも、同時に自分が本能的になり何をしたかもすべて。その上で、嫌われたかと思った、と告げれば彼女は「酷いことをしてごめんなさい」と涙を流した。何も覚えていないのだと、それだけ気持ちを重ねた相手なのに日記からたった一日離れただけで俺をずたずたに傷つけたと。同時に、自分のことがわからない、と。

慰めたかったのに、時間がそれを許そうとしなかった。仕方なしに仕事場に戻ってみても何も手につかず上の空で怒られるしかなかった。

その夜、彼女にメールで屋上に呼び出された俺は、ただそわそわと彼女を待っていた。

だが、俺の目の前に現れた彼女は浮かない顔をしていた。

待ってたよ、といえば、彼女はごめんなさい、とうつむく。用件を聞けば彼女はただ一言、「別れましょう」と言った。

意味がわからず、はぁ!?と口走れば、彼女は「だっておかしいもの、一日しか記憶がないのなら、私はあなたを何度も傷つけることになる。私はすぐにあなたを忘れてしまうけれど、大丈夫、あなたならすぐにこんなガキなんかじゃなくて素敵な女性が見つかりますから」と早口に告げて去っていった。

引き止める余裕もなかった。ただ、意味がわからなかった。 

やがて数週間が過ぎ、頑なに彼女は俺の前に姿を見せなかった。

そしてある日、日記を外に放り出そうとしている彼女を見、思わず、「何してんだよ!」と叫んでその手を止め、俺の顔を見てから驚いたように目を見開いた。

彼女は俺の名を呼び、それから「放っておいてください!」と言った。

それがなくなったらまた困るのは自分だろ!と怒れば彼女はそうだ、と頷いた。だからこそ、どの一ページも捨てることができなかった、と。そして、そのせいで別れを告げたことが正しかったのかわからなくなるのだ、と言った。

最後に彼女は叫ぶように「でも、私はあなたのことを何も、何も知らないし、覚えてもいないのに!!」と言った。

感受性が豊かすぎる彼女はきっと自分の後悔した文章か何かを読んで迷ったのだろう。本当に別れを告げてそれでよかったのかと。だが、彼女の記憶は一日しか持たない。それは俺を傷つけることにしかならないと。なら、俺はこう返そう。

「迷うなら、そばにいればいい。迷うなら、俺はそばにいる。離れたほうが傷つくに決まってるから」

彼女は目を丸く見開いた。何度あなたを見失っても、何度傷つけても、何度も同じことを繰り返してもいいと、いうの?と問うてきた。

俺はただ頷いた。彼女はただ、微笑んだ。そして一言「ありがとう」と言った。

不意に俺は、あの蒸し暑い日の大輪の花火と花火の音を思い出した。

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