わたしの隣に君がいる
学校に行けばみんなから虐められた。
無視、落書き、陰口、暴力、なんでもされた。
家に帰れば母親からは空気のような扱いを受け、父親にはすぐに殴られた。
もういやだった。楽になりたい。こんな辛い、痛い思いをするなら死んだ方がましだよ。
それでもわたしは少しばかりの至福を持っている。
それがデパートの屋上での啓くんとの密会だ。
どうしてわたしと啓くんが知り合ったのかは秘密だけど、要するに啓くんもわたしと同じだった。学校ではのけ者にされ、家では暴力を受けていた。そんなわたし達だから、すぐに仲良くなった。2人とも友達なんか1人もいなかったし。
学校の帰り道でのたった10分間の密会。それはわたしの唯一の幸せであり、喜びだった。少しでも帰宅時間が遅れるとすぐ殴られるので10分間しか一緒にいれないけれど、それでもただひとつのの楽しみであり希望なんだ。
今日も隣には啓くんがいる。
いつもに増してわたしの服はぼろぼろになっていた。身も心もぼろぼろになって、涙が次から次へとあふれ出す。今日もひどい虐めにあったのだ。
「もういやだよ啓くん。死にたい。楽になりたい。つらいよ、つらいよ。ねぇ、何で私は産まれてきたの? 私の生きてる意味ってなんなの?」
膝を抱え顔を腕にうずめながら肩を震わせる。啓くんは黙って肩を並べて前を向いていた。こういうときに安易に慰めてこない啓くんをわたしは尊敬していた。下手に慰められると逆に辛いんだ。
少し落ち着くと、啓くんが声をかけてきた。
「ねぇ、I was born.って分かる?」
「え? 生まれたってこと?」
「そうそう。でもさI was bornって受動態だろ? だから直訳すると『わたしは産まされました』ってなるんだよ。つまりさ言い方は悪いけど、僕たちってお父さんとお母さんが出会って、たまたま産まれちゃったんだけなんだよね。だからさ生きてる意味なんて最初からないんだよ、きっと。これから自分達で見つけていけばいいんだと思うよ。ね? だから頑張って生きていこうよ。それを見つけるために。」
「そっか」
啓くんの言いたいことは十分伝わってきたし、啓くんの気持ちがうれしかった。でも、わたしはその言葉にショックを受けていた。
「そっか。やっぱりわたしは望まれた子じゃないんだね。お母さんとお父さんが出会って産まれちゃっただけなんだよね。やっぱりわたしはいらない子なんだ」
「いや、そうじゃなくてさ、え〜と……」
啓くんは明らかに困っていたけど、わたしはその気持ちをどうすることも出来なかった。ようやく止まっていた涙が再びあふれてくる。
しばらくそうしていると、啓くんがポツリと漏らした。
「そうかも……しれないね」
それを聞いておなかの下に重い石を載せられたような錯覚に陥った。
自分勝手な望みだけど、嘘でも良いから否定して欲しかった。ちがうよ、沙紀は愛されてるよ。ただ沙紀の親が子供の愛し方をしらないだけだよ。気休めでも、そういって欲しかった。
「でもさ……」
「僕は、僕には君が必要だから。僕にとって君は希望そのものなんだよ。だから、だからそんなこと言わないで。ね? 一緒に頑張って生きていこうよ」
そういうと啓くんはわたしの肩をそっと抱いた。
その手はとても暖かくて、気持ちが良かった。わたしが、雨宮沙紀が、産まれて初めて受けた愛情だった。
もう少しだけ、生きてみようかな……
優しい腕の中で、1人そんなことを思う。
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