07 私、美人も見るだけなら好きなんです。
銅をなんとか大人しくさせ、ふと気付けば白人風がもう一人増えていた。
どこから湧いて出てきたのか、ヨーロピアンよりも更に透き通るような肌の白さと、アメリカン並にゴージャスな金髪をした美人である。
奥に馬車があるから、あそこから出てきたのだろうか。お嬢様か。
一七〇センチは超えてそうな美人は私から見れば長身なのだが、他の六人は更に上背も厚みも横幅もあるから美人さんの華奢さが際立っている。か弱そうで儚げな感じだ。
パリコレなんかに出そうなモデルスタイルだし、キリリと形良く描かれた眉にアーモンド型の目はちょっと眦が上がっていて気が強そうだ。通った鼻筋、程好い薄さの唇とまさにこれぞ黄金比といった顔立ちが凡人である私には眩しすぎるっ。
イケメンといい美人といい、画面の向こう側にいるからこそ楽しめるのに、至近距離にいると楽しめないではないか。
まったく、イケメンも美人も目の前で見るモンではない。
そんな眩しい美人さんとはいささか距離があり、目の色までは分からないがこちらを見ているのは分かる。
あれ? と一瞬不思議に思ったのだが、闇の中なので確かめようがない。
些細な違和感を覚えて美人さんよりも近い場所にいるヨーロピアンの顔を見る。次いで美人さんの隣にいるアメリカンを見る。再度、美人さんを見る。
なるほど。距離があるのに眉がくっきりしているとか目がきりっとしているとか、何で分かったのかが分かった。
同じ白人風なヨーロピアンやアメリカンに比べて目と眉が濃いからだ。しかし、口紅はしていないようである。
化粧があるのか、と感心してしまった。というのも、他の六人はロビンフッドのエキストラでもしているのかといった装いなのである。
目の前のヨーロピアンとアメリカン、美人さんはフード付きの足首まであるクロークを着ている。皮でできたクロークの厚さは薄く、鞣ているのか着古しているのか汚れが酷くかなりみすぼらしい。
他の連中もみすぼらしさは同様で、猟師が着ているような毛皮っぽいチュニックに厚手の長袖シャツ、前腕には皮の篭手が巻かれ、薄汚れた皮のケープを纏っていた。
白人風三人以外は剣を持っているのでクロークだと邪魔なのだろうと見当をつける。
パッと見、時代錯誤も良いところなので化粧があるとは思いつかなかったのだ。
ヨーロピアンと私を斬ろうとした中近東風の男を除き、美人さんを中心にアメリカンと他の男どもが私を伺いながら何か話し合っている。
美人さんの言葉にアメリカンが動揺し諫めているっぽく、集まっている三人の男もアメリカンに同調しているようだ。
中近東風の男も振り返って声を上げたが、美人さんの諭すようなやんわりとした返事に押し黙ってしまう。
先ほどの一喝の声と美人さんの声が同じに聞こえる。見かけに寄らず案外声が低い。渋い美人だ。
一人静かに私を見ていたヨーロピアンが視線を逸らさずに何か話しかけてきた。と思ってキョドっていたら美人さんが答えていた。
私ではなく美人さんに話しかけていたようだ。
視線を合わせたままだから、私に話しかけたのかと思ったではないか。
というか、視線を逸らさないヨーロピアンは、私の挙動を見逃さないようにということか。
自分も目が離せないのでお互い様ではあるが、自分を棚上げしていささか不快に思う。
そんな風に思っている私をよそに美人さん達はまだ何かごそごそと話し合う中、ヨーロピアンが再び静かに何かを喋りだした。
今度は私に話しかけたようである。
害意はないですよとアピールするように柔らかな笑顔を浮かべつつ、クロークの内側から何かをゆっくりと取り出した。
海外の路地裏で、拳銃を持つ強盗と出会ったときに懐から財布を取り出すようなゆっくり具合である。
なるほど、と漠然とではあるが理解した。
先ほど中近東風の男が切りかかってきたのは正体不明の私が突然動き出したからとっさに防衛しようとしたようだ。
慌てふためいた日本人が素早く懐から財布を取り出そうとし、拳銃を取り出すと思った強盗が撃ってしまったという話を聞いた覚えがある。
それと似たような気がしてきた。
私も鞄を下ろすときはヨーロピアンのように静かにゆっくりと、相手を脅えさせないように動かなければならなかったのだ。
私は私が無害であると認識しているが、彼らが認識しているわけではないのだから警戒するのは当然だったのである。
ましてや背後にワイバーンを三頭も従えているように見えるのだから、私も迂闊だったのだ。
とはいえ、ゆっくりとだが歩み寄ろうとするヨーロピアンが怖くないわけもなく、当然私は背後の黒に擦り寄って警戒をする。
ヨーロピアンはちょっと困ったような笑みを浮かべ、もう数歩近寄り地面に取り出した何かを置いて元の場所まで下がる。いや、中近東風の男も引っ張って美人さんのところまで下がっていってしまった。
地面に置かれたのは銀の腕輪であった。
怪訝に思いつつ、腕輪とヨーロピアンを交互に見やっていると、ヨーロピアンがどうぞどうぞと勧めるように掌を揺らしている。
返事を期待したわけではないが、思わず縋れる黒を見上げると頬擦りをしてきた。違う。そういう意味で見たわけではない。とっさに黒の鼻面を押し返し、おそるおそる置かれた腕輪を取りにいき、ダッシュで黒の傍へと戻った。
再度ヨーロピアンを見れば、今度は右手の指で作った輪を左手首に通す仕草をしている。
この腕輪を嵌めろというのか。窄めた指先を輪に通す仕草をして見せると、疑って腹を探るのも馬鹿らしく思えるような笑顔で何度も頷いている。
人の良さそうな顔立ちとは色々と得だと思いつつ手にした腕輪を見下ろす。
硫化したシルバーのごとく黒ずんだ金属に、形の歪んだ一センチ大の赤いガラス玉が埋められた飾り気のない腕輪である。
シルバーというより、この黒み具合は鉛のように見えるのだが。釣りの仕掛けに使う、噛み潰し錘と似た質感と色合いである。
鉛ほど重くないのだが、長時間身につけていて害にならないだろうか? 鉛ではなさそうだから大丈夫か?
赤いガラス玉もルビーといった宝石ではなく、透明度の高い本当に玩具のようなガラス玉だ。
ヨーロピアンを始め、全員が固唾を飲んで私を見つめている。無駄にプレッシャーを感じる。
仕方がないので恐々と腕輪を嵌めてみた。少し、というよりかなり大きく、指を広げていないとすっぽり抜け落ちそうなほど大きい。
で? と思ったら、音もなく縮まって手首にフィットした! 何コレ怖いっ! ちょっ! 騙したのか、ヨーロピアン!!
慌てて抜き取ろうと焦っていると、赤いガラス玉の中から、穴から這い上がるかのようによいこらせと煙より濃い物体が出てきた!
ひぃぃぃっ! …………って、ヤモリだ。ニホンヤモリ! ちっさい羽の生えたヤモリが出てきた!
ボディは透けているけど煙より重そうな、濃いエクトプラズムみたいな感じである。
月光を受けてところどころ虹色に反射するのは光学迷彩か。君は素子か。
エクトプラズムなヤモリは円らな瞳を私に向けてジッと見つめてくる。
あらやだ、何コレ可愛い。
自分からは近寄れないが別に爬虫類とて嫌いではないのだ。できることなら動物類を愛でたいと思っているのである。この嫌な特技がなければ。
ほんの数秒のことだが見つめ合ったヤモリはペロッと細い舌を出す。と次の瞬間にはガラス玉からスルスルと出てきて、怪しい鉛の腕輪を一周しガラス玉の中へ戻っていってしまった。
何がしたかったのだ。途方に暮れる。というか、コレ外れないのだろうか。
手首に隙間無く嵌っているので爪を差し込む隙間しかない。
とてもではないが手の太い部分を通す余裕もなく、手首を切るか腕輪を切るかの選択しか考えられない。
ちくしょう、ヨーロピアンめっ! 苦笑浮かべるヨーロピアンを睨みながら無理矢理腕輪を回していると、ピシッと小さな亀裂音がした。
待て。そんな強い力で回していないではないかっ。金属としての誇りはどこへいった!!
焦る気持ちとは裏腹に小さな亀裂音は更に続き、腕輪には蜘蛛の巣のようなヒビが走る。
そして、アッと思う間もなくボロボロとこぼれ落ちて無くなってしまった。
いったい、なんなんだっ?!
擦りながら手首の様子を伺ってみれば、先ほどの羽付きヤモリと酷似した白い刺青が入っているのだがっ!
玉の肌に何すんだーっ! あ……刺青の舌がペロッと出た。
刺青なのに、なんかヤモリが動いているのだが?
ガラス玉から出たときは色のなかった円らな瞳が、今はガラス玉と同じ透き通った赤い瞳になっている。遠くから見たら、赤い黒子?
「……私の言葉が通じますか?」
呆然と口を開けたままであった私に、柔らかな声が問いかけてきた。
ハッ! と顔をあげるとヨーロピアンが再度声をかけてくる。
「言葉、分かりますか?」
日本語だ!!