05 私、案外肝が据わっているようです。
動物の多くが伴侶となる相手に何かしらアプローチをする。物を贈ったり、求愛ダンスを披露してみたりと様々であるが、どことも知れぬこの世界でも求愛活動の基本は同じようである。
黒は好条件らしい住宅を得意げに見せてくれ、銅はのた打ち回る首無しアナコンダっぽい生き物を持ってきてくれた。獲れたて新鮮フレッシュなものだから、長い尾が未だに激しくくねっていて非常に危険である。誉めて誉めてとばかりに咥えたまま近寄らないで頂きたい。察してくれ。もがくアナコンダの尾で黒が下顎にアッパーカットを喰らって少々不機嫌である。
白いのは熊っぽいのを持ってきてくれた。身体に綺麗な穴がたくさんついてるのだが、その尻尾の棘々で仕留めたのだろうか。フルスイングでもしたのだろうか。開いた穴の辺りがドドメ色に変色しているのだが、問題なく喰えるのだろうか。いや、喰う気はないのだが……いきなり解体ショーが始まった。鋭利な爪で熊の腹を掻っ捌き、取り出した内臓を差し出してくる。喰えというのか。熊の胆は確かに高級品だがそれは喰えるのか? フレッシュな赤が徐々にどす黒くなっていくのは毒なのではなかろうか。
彼らワイバーンは巨体なので、仕留める獲物もとうぜんとばかりに大型動物ばかりである。大型であろうと小型であろうと、ナイフも火ないこの状況では頂くわけにもいかないので気持ちだけ頂くということで丁重にお断りをする。
他、蒼と茶は岩を持ってきてくれた。岩の中に色のついた石が埋まっている。宝石か何かの原石と思われる。緑は歓迎の舞を披露してくれた。
雌雄の区別は付かないのだが、プロポーズというより大好きアピールと思われる。
君達の気持ちは重々に理解したので自重して頂きたい。
しかし、かなり陽も落ちてきて辺りが夕焼け色に染まってきている。
私の手よりも大きい虫が徘徊する場所で夜を過ごすのは正直引ける。いや、過ごしたくない。かといって、山の八合目、九合目辺りに位置するこの場所から徒歩で麓へ下りる気にもならない。頂上とは言っても洞を掘る関係上、この辺りが巣としては最高地なのだろうが、人間である私には関係のないことである。駄目元で彼らへ交渉を試みた。
翼を持つ生き物なので鳥目かどうかが気にかかる。肉食である猛禽類、梟は夜に活動していることもあり、少なくとも恐竜に近しいと思える彼らは鳥類とも思えないし、恐竜の類に鳥目があるのか分からないが大丈夫と思いたいところである。
体の大きさから黒いワイバーンがリーダー格と思われるので、試しに話しかけてみた。暗い夜でも飛ぶことは可能であるか? と。
黒のワイバーンはワッサと緩く羽を広げて傍らに居た仲間に目を向けた。
その仕草たるや、実に人間臭く私の琴線に触れる。
『おい、聞いたかよジョージ。キティちゃんが、俺らに夜でも飛べるかってさっ! 笑っちまうよな! 俺らを誰だと思ってんだよなぁ? ワイバーン様だぜ? ワイバーン様!』
『まったくだぜ! 俺らワイバーン様に不可能なんて無いのになっ!』
などと、ギャギャ姦しく鳴いたワイバーンどもは胸を張って私を見下ろす。鼻から吐き出された息が掛かってよろけそうだ。
自分でアフレコしておいてなんだがむかつく。
夜など関係なく飛べると見做す。ならば、どうか麓へ下ろして欲しいと、不平は堪えて下手に出てみる。
『なんで?』
とばかりに小首を傾げて瞬きする仕草が可愛いと思えなくもない。
食べ物が無いからと伝えれば、先ほど貢がれた首のないアナコンダもどきと開きになった変色熊もどきをワッサと片羽を広げて促された。召し上がれません。
いくら食い意地の張った日本人とはいえ、ひ弱な現代っこに現地の食材をいきなり生とか無理である。
海外旅行の第一項目でもあげられているほどだ。まずは食材に慣れてから生だろう。
それに君達はその分厚い鱗があるから問題ないかもしれないが、高い山の上で薄着の私がどれほど辛い思いをせねばならぬのか。その辺りを無駄に懇々と説くこと数十分、手を変え品を変え言葉を変え『散歩』のフレーズで渋々とだが漸く麓へ下ろしてくれることに承諾をしてくれた。
話が分かる連中で何よりだ。
唯一のよすがとなってしまったA4のファイルが入る大きな鞄をどうしようかとも思ったが、置いていく気にもなれないので学生のように背負うことにする。みっともないが、誰に見咎められることもないので開き直る。
地面にぺたりと長い首を伏せた黒のワイバーンへ失敬して鼻面から登り、首の付け根まで這ってなんとか落ち着く。命綱もシートベルトもないので非常に安定が悪く、身に纏ったリクルートスーツはミニでないとは言え、タイトな膝丈だから腿まで捲くりあげないといけないのが難点であるが止むを得ない。贅沢は言えない身の上である。
そんなこんなで何とか準備が整ったところで跨ったワイバーンへ声を掛けた。
落とさないようにと気遣ってか、黒いワイバーンはゆっくりと羽を広げ、逞しい脚で地を蹴り玄関口という名の崖から飛び下りる。
なぜか、茶と銅も続いて飛び下りてきた。肩越しに振り返ると、残りの三頭は食事をすることにしたようである。
薄闇に覆われだした空に、上体を起こして眼下の景色を眺める余裕など私にあるはずもなく、太く長いワイバーンの首に伏せて必死にしがみつく。
何せ両手両足を回しても届かない太さの首である。効果はさておき少しでも空気抵抗を減らしておきたいと思うところだろう。
風に乗り、少ない羽ばたきで緩く旋回しながら雲を抜けて大地に向かっていくが、垣間見える大地は木々に黒く覆われワイバーンが下りれるような場所が見受けられなかった。
私が穴に落ちた日は秋も真っ只中だというのに真夏日であったため薄着であった。よもや、このような事態に陥るなどとは想定しておらず、ワイバーンが気を使ってくれているとはいえ、長時間風に吹かれ続けるのは寒いのである。寒いのだよ。まじで。
地平線の向こうから微かに覗いている日の明かりも弱く、体感的には初冬と思える気温と吹き付ける風はあっという間に体温を奪っていく。
早々に麓へ到着してもらわないと、漏れなくやんごとなき下半身事情が発生してしまう。
漏れなく漏れる……いやいや、そうではなくて。などと上の空であった視界の隅に何やら光る物が一瞬見えた。
気のせいだろうかとそちらを見るとやはり光っている。
光っている――というのは語弊だろうか。
聳え立つ木々の中、だいぶ地面に近づいてきたのかぽつりぽつり開けた土地が見えてきた。
その開けた場所の一ヶ所で雲も無いのに紫の稲妻がパシパシと横に閃光している。上下ではなく横にだ。
更には、細い蛇のような炎が地面を走っては何かに当たったかのように弾けて火の粉を散らしている。
微かに人のような小さな影が幾つか見えた。
あれは一体なんだろうか?