04 私、悲観したいんです。
無事、というには語弊はあるが、辛うじて命を脅かされることなく大地に立ち、余裕を取り戻した私は改めて周りを見渡し絶望した。
なぜにワイバーン達があの場にいたのかといえば、私が落ちた辺りはどうやらワイバーンの生息地の上空だったらしく、取り囲んでいるワイバーン達の他にもカラフルなワイバーンが空を飛んでいたり、自前の巣穴に出入りしていたりするのが見えた。
小さい個体でもそのボディの幅が二メートルはありそうだし、羽を広げれば軽く見積もっても六メーターくらいはいきそうである。
全長に関しては、地に佇んでいても私の倍はあるから、ウィトルウィウス的人体図のように考えれば地面と接触する辺りを臍として頭のてっぺんまで三メートル越え、その倍で尻尾の途中までは七~八メートル、プラス尻尾の先まで入れてザッと十メートル。
ワイバーン相手に人体図が通用するとは思わないが、だいたい物の大きさを目測する基本にしているだけなので本当にアバウトな大きさである。
コンクリビルの一階は凡そ三メートル強、中層ならば三.五メートルといったところだから、小さい個体でも尻尾までの長さで三階ほどの高さというわけだ。
争奪戦ウィナーとなった黒は他の個体よりも一回り大きいので適当に十五メートルくらいと予想しておく。
ビル四階建てってところだ。うむ、実に大きい。
そんな巨体な連中の生息地なので、山一つに付き六頭前後という住宅事情らしい。
山の中腹以上が譲れない条件らしく、垣間見えた麓に巣は見あたらなかった。
山の高さにもよるがだいたい二層タイプで、下層には山の東西南北に穴を掘って四頭、上の層には二頭から三頭、更に高さのある山なら頂上付近に一頭が巣穴を作って、一つの山に六頭から八頭が一つの群れとして生息しているようである。
黒のワイバーンは連なる山の中でも特に高い部分に巣穴を設けているようで、雲が下に見えた。
つまり、酸素が薄いのではないかと思われる。高山病の症例を火急求む次第だ。私は自慢ではないが無知なのだ。
迫り出した崖が玄関に当たるらしく、下り立つ、飛び立つのはこの場所らしい。
のっしのっしと進んだ先は巣穴らしき洞窟となっており、大きな窪みには岩やら倒木なんかが敷き詰められている。
ふと、ペンギンの巣を思い出した。拾ってきた石を一生懸命敷き詰めて卵を暖める場所だ。
あれを十数メートルにまで拡大したような雰囲気である。
ペンギンが集める小石といった可愛らしさはない。大きい岩がゴロゴロ置かれている。
倒木もワイバーンのサイズからすれば小枝感覚なのだろうが、立派な木を薙ぎ倒して運んだ感が否めない。
折れた箇所が鋭利となっていて、危ないことこの上ないのだが。
黒のワイバーンはワッサワッサと羽ばたいて、呆然としていた私の意識を惹いてくる。
はっきり言ってギャーギャーと鳴くワイバーン語などを私が理解できるはずもないのだが、軽く胸を張って鼻息一つ吐き出すその表情は自慢そうである。
ドヤ顔しているワイバーンのアプローチを私流にアレンジして解釈してみた。
意訳すれば『見て見て! 超高層マウンテンビューなの! パノラマ、凄いでしょ? 高級物件なの! 俺、強いから。これくらいの巣なんて当然なんだぜ? 巣も見て見て? 兵庫県産の本御影に屋久島の杉を取り入れてみたの、オシャレでしょ?』といった具合だろうか。
実は、動物相手の垂れ流しフェロモンとは別に、動物の意向を汲み取れるという特技を合わせ持っていたりする。
ペットを飼っている飼い主ならば、食事や散歩、遊んでという催促はそこはかとなく感じ取れるだろう。
会話はさすがの私とてできないが、動物からのそういったアプローチを普通の人よりも正確に読みとれるというものだ。
以前、バウリンガルなる玩具が流行ったりもしたが、高性能なバウリンガルやニャウリンガルが内蔵されいるのだと思うことにしている。
この特技を活かして動物病院にでも勤めようかとも思ったりしたが、私と出会ってしまった動物達は必ず訪れる別れに泣き叫ぶ。
誇張一切無く、鳴くではなく泣き叫ぶ。
今生の別れのように、実際二度と会う機会は無いのだが、生木を裂かれるかのような叫びは、後ろめたいことは何一つ無いというのに罪悪感を募らせる。主に飼い主へ。
抱き上げる飼い主に四本の脚を目一杯突っ張らせ、必死に顔を背けて叫ぶペットの姿を見て、飼い主さんには本当に申し訳なく罪悪感に苛まされたものだ。
とてもではないが、動物と係わる仕事は無理である。
動物に懐かれやすいの、などと人に自慢出来る領域を越えている私であるが、さすがに想像上の生き物は手に余る。
穴に落ちたときから可笑しいオカシイとは思っていた。
現実から目を背け、夢なのだ、白昼夢なのだと思い込もうとしてみたところで無駄であった。
命を脅かされる危機がひとまず過ぎ去ったことで緊張が緩んだのか、今度はアイデンティティの喪失で自分を見失いそうになった。
現代社会でこれほど大きくカラフルな鳥類なんて聞いたことなどない。どう見ても鳥類とは思えないが。
日本ではない。仮に地球のどこかだとしても、もしかしたら現代でない過去の、白亜紀かもしれない。
得意げに見せられた岩と大木の間に見える薄汚れた白い棒は骨だろうか。
素早い動きで岩陰を走るのは何の虫だろうか。
文明の欠片も無いこの場所でどうしろというのだ。
冷静に考えれば考えるほど気が触れそうになる。
思わず腹の底から叫んでいた。
「やめっ! やめてっ! アンタ、今そこでトイレしたでしょ! 用が済んでから舐めていたでしょうがっ! その舌で舐めないでっ! 舐めんなーーーーっ!!」
顔を寄せて舐めようとしてくるワイバーンの鼻先を両手だけでは足りず、片足をもあげて必死に舌を出させまいと阻止する。
人が真剣に苦悩しているにもかかわらず、茂みの向こうで恍惚な顔をしていたのが横目に見えていた。
その長い首が下半身に曲げられていたのも見えた。
茂みで見えなかったとは言え、盛大な水音とその後の行動で何をしていたのかくらいは分かる。
舐めたいのっ! 舐められてたまるかっ! の攻防で、まずは私が辛くも一勝を収めた。
マジで危なかった。
その後、落ち込みそうになるたびにワイバーンが慰めようとしてか舌をのばしてくるため、幸か不幸か私は自分の不孝に浸るどころではなく、本当に幸か不幸なのか……自分を見失うことはなかった。
とは言え、絶望は去ったとは言い難く、人類未踏と思えるような山の頂上にいては遅かれ早かれ死んでしまう。
ライターも無い状況で火を興す術も知らず、鞄にあるのはペットボトル一本の水、携帯栄養食、飴一袋と訪ねる予定であったお客様への菓子折りだけである。
生菓子でないのは幸いだが、一週間ももたない。
何とかして文明のある場所へ行かないと――――そういえば、空から落ちていた時、建物というか集落よりももう少し大きい規模、町のようなものが見えた気がする。
遠くだったからはっきりは見えなかったが、家を建てる技術があるならそれなりに文明も発達していると思ってよいだろうか。
この際、高床式な建築技術でも構わない。
衣食住の確保をしなければのたれ死んでしまう。