03 私、玩具じゃないんです。
ギョッとして声の方を見てみれば、数頭のプテラノドンもどきが悠々と風に乗りながらというか、一緒に落ちながら不思議そうな眼差しで私を見ていた。
プテラノドンのようでいて図に描かれたプテラノドンほど嘴は長くない。寧ろ短い。比率は馬程度の鼻面の長さだろうか。
猫や爬虫類のような縦長の瞳孔に琥珀色の虹彩、目の下まで裂けた口から覗く牙は私の腿より太そうだ。
頭の上には二本の角、えらの辺りにも角のような棘のような硬そうな突起、そのボディはこれまた硬くて丈夫そうな鱗に覆われている。日の光を受けて反射する様子がいかにも硬質そうだ。
こんな顔をした動物、いや恐竜……でもなく生き物を見たことがある。映画とか、本の挿絵とか、つまりファンタジーなドラゴンによく似た顔をしているのだ。
私に並ぼうと羽ばたきを止めている翼膜はコウモリに似ている。正に映画で観るようなドラゴンのようでいて、前足はないが後ろ足の太腿はさぞかし脚力が凄いのだろうと思わせる逞しさ。
そして尻尾の末端には逆向きの棘が付いており、先端ともなると鋭利な槍の先を付けたような形が軽く引っかけただけで肉をたやすく抉りそうである。
尻尾の棘が生えている辺りから個体によってだが、黒ずんだ緑や紫の模様が入っていていかにも毒々しい。
以前やっていたファンタジーゲームで見たことあるような気がする。
そう、ドラゴンとはまた違う、ワイバーンというタイプそのものだ。
慌てて視線を転じれば、計六頭のプテラノドン改めワイバーンが付き合いよく落下している。
個体のボディは茶、蒼、緑、白、銅、黒と大変カラフルである。
その内の一頭、黒いのと至近距離でばっちり視線が重なる。あ、何か目が爛々としてきた。
そして、黒とは反対側にいた蒼いのがパカッと口を開けて素晴らしい牙を披露してくれた。
私も迷わずに口を開けた。
「ぎゃーーーーーーーーーーっ!!」
一口ではさすがに無理であろうが、二口、三口なら余裕でいけそうな大きな口を間近で開けられれば誰もが叫ばずにはいられないだろう。
私の叫び声に黒のワイバーンがパチクリと瞬き仲間に視線を向けた。
目配せのようなその仕草はやけに人間臭く感じたが、地面に叩きつけらるかワイバーンに噛み殺されるかという二者択一を迫られている私には気に留める余裕もない。
叫び続ける私をよそに、ワイバーン達も何やら騒ぎ始めた。
『ギャーーーー?』
『ギャアーー?』
『ギュアーー!』
刻一刻と地面が近づくこの状況で、けっして余裕があるわけではないのだが、彼らの鳴き声にアフレコを当てるとするならば――――。
『聞いた? ギャーだって、ギャー。可愛くね? ギャーッ!』
『聞いた聞いた。ギャー、良いな。ギャー!』
『イエーイ! ギャーーーーッ! 俺も今度からギャー使うーっ!』
こんな具合に直ぐ傍でテンション高く鳴き合うものだから喧しいことこの上ない。
思わず両耳を塞いでいると、傍らの黒いワイバーンが急降下をしだした。
何事かと目で追えば、かなりの距離を取ったあと、今度は私に向かって上昇してきたのである。
「っ……ひぃっ!」
とうとう喰われるのかときつく目を閉じたが、訪れたのは痛みではなく軽い衝撃と重力に逆らう浮遊感。
「……? ぁ、あれ?」
恐る恐る目を開けると、何と黒いワイバーンの背に乗っているではないか。
もしかして、このファンタジーな生き物にも私のフェロモンは有効なのか! 視線を巡らせ他の五頭の様子も見てみたが、喰ってやろうという意気込みは感じられない。
感じられないが、うっかり全部とバッチリ目が合ってしまった。
中でも一番大きいのが黒のワイバーンであったが、どのワイバーンの背も私が余裕で大の字になれる大きさである。
しかし、鞍も手綱もなく、ツルツルとした鱗ではしがみつきようもない私は非常に不安定な状況であり、彼らがそんな私の心情を酌めるはずもなく、景品は私という争奪戦が始まったのである。
あ、止めて。と思う間も無く蒼いのが黒いのに体当たりをし、宙へ投げ出された私を器用に白がキャッチ――しかけたと思いきや茶色いのが白の顎を蹴り上げる。白に掴まえてもらえず落下する私を待ち構えている緑がゴールと思わせて、銅が羽ばたいた翼膜でトスをする。
空中でバレーボールをするワイバーン達とボールになった私。
トスをやーめーてー! 誰か止めてー! 私のために争わないでー! というか私を玩具にしないでー!
彼らのおかげで私はミンチとならず、大地に下り立つことができた。
地面へ下ろしてもらった途端に膝が崩れ、盛大にかましてしまったことは後に良い思い出となるであろう。