28 私、まともに英語もできないのです。
ニレスさんが忙しいということで、私待つわ。時間が取れるその日まで、いつまでも――待っていられませんでした。一日も持たなかった。とはいえ、暇だからという理由で、忙しいニレスさんたちの時間を割いてもらうわけにもいかず、仕方がないので何か気軽に読める本をお願いしたところ、リィタさんから子供でも分かるグララド国史を貸して頂きました。が、読めませんでした。千早さんの機能は会話のみで、文字に反映されないということが判明。
いや、君のせいじゃないよ。君のせいじゃないからね? 千早さんはよくやってくれているよ? 凄く助かっているから! 千早先生! 尻尾伸ばして! しょげないでっ!
グルリと丸くなってしまった千早へ、心の内で必死に慰める。しかし、読めないものは読めない。時間も有り余っていることから、リィタさんとイアナさんの空いている時間を利用して、読み書きの勉強に付き合ってもらって二日目である。
ルーン文字のようなキアス文字のような、見覚えがあるようなないような文字のため、三十字からなる文字と数字表を作ってもらい、まずはひたすら書き取りを行った。これがまた暇つぶしにはもってこいなのである。これほどまでに時間を潰せたのであれば、もっと早くに訴えておけばよかった。無為に終わった仄めかし作戦を企てた自分が悔やまれる。
こちらのペンは割り箸ペンだ。いや、割り箸というには語弊があろう。長さといい材質が木であることとといい、見た感じは割り箸である。勿論、ニスらしきものが塗られているので、割り箸よりも触り心地は滑らかで段違いだ。
全体に彫りの細工が施され、手に当たる部分より上は少し膨らみがあり何かが掬えそうだ。割り箸というより茶杓の方が形は近いかもしれない。
ペン先にあたる部分にはインクを染み込ませる素材がついており、羽ペンと同じくつけたインクがなくなるまで書ける。
書き取りの練習に使う紙は、リィタさんにお願いして用意いただいた。紙質ははっきり言ってよろしくはない。わら半紙以下だろう。ペン先が引っかかりやすいため、この紙でスラスラと文字を書くにはかなりの練習が必要である。
日本で購入した紙もボールペンも抱えていた鞄に入っているのだが、いつ日本へ帰れるか分からない今、無駄に消費してしまうことを躊躇して借りたのだ。けしてケチというわけではない。ケチではないと思いたい。
無心となって書き取りを行っている私の背後には、本日の顔突っ込み隊である秋火がいる。空いたスペースではなく真後ろだ。私の真後ろに鼻を突っ込んでいるのだ。
椅子という障害物をものともせず、鼻の穴がお尻にくっついているといっても過言ではない、というほど迫っている。いや、もはや椅子は障害物にでさえなっていないと言えよう。生暖かい風が定期的に送られ、時間を追うごとにお尻が生暖かい湿り気に満ちていく気がする。そして、息を吸うたびに引っ張られるため、ただでさえ歪な文字が更に歪むのである。
それ以前に、一応私は女性という立場からして、お尻に鼻をくっつけられているという状況は、控えめにいっても好ましくないのだが。理解いただけなかろうか。
「…………秋火、せめて鼻の位置をずらしてくれないかな」
グゥという鳴き声に振り返ると、近すぎる距離で寄り目となっている秋火と目が合う。
「どうしたの。この間からみんなしてべったりしちゃって。何か不満でもあるの? ん?」
休憩がてら半身をよじり、片手を伸ばして秋火の鼻を叩く。ングングと喉を鳴らす秋火に首を傾げた。
向けられる眼差しから、何かを訴えているような気もするのだが今のところ正しく読み取れていない。単純なことであれば、何となくは分かるものの、込み入った事情だと理解に手間取る。巣へ戻りたいのだろうかとも思ったが、それも違う気がする。
ご飯は好き勝手に食べているので違うだろう。ワイバーンを置いてこの部屋から離れる場合、一声かけているので初日以降追いかけてくるということもない。
トイレやお風呂というのも理解しているようだ。正しくは、トイレやお風呂という音は、短時間で戻る合い言葉として理解しているようである。ならば何が不満なのだろうか。距離と時間が問題とは思うのだが、あれこれ考えてみても思いつかない。秋火を見据え唸っているとイアナさんが声をかけてきた。
「タテシナ様、そろそろ一息いれませんか? お茶を淹れてまいりましたので休憩になさってください」
「あ、ありがとうございます」
リィタさんは先程呼ばれて今は不在だ。イアナさんはお茶の準備を終えると、秋火の傍にそっと近より、これまたそろりと私が触れている鼻へ手を伸ばし軽く撫でる。
直ぐに離れて席に座るが、イアナさんの表情は会心の笑みである。撫でられた秋火も事前に言い聞かせているため、イアナさんの動きをジッと追うだけで特に嫌がる素振りもなく大人しい。
イアナさんは好奇心旺盛な女性らしく、思いの外ワイバーンたちが大人しくしているためか、触りたくてウズウズとしていたらしい。昨日、触っても良いかとお伺いをたてられたので、私が傍にいればという条件付きで頷いたのだ。
秋火と秋水が一緒であると調子に乗るきらいはあるが、単体であれば呑竜が一番大人しい。私が傍にいなくとも、他人が傍に寄って問題ないのは呑竜が一番妥当なところだ。
屠竜も大人しいことは大人しいのだが、予断を辞せぬことから次点である。いや、私の言うことを一番に聞こうとする飛燕の方が次点だろうか。
秋水と秋火は気分次第で他人が寄るのを嫌がったり、ちょっかいをかけたりといった具合だが、私の言うことを優先してくれる。一応、という注釈つきだが。
逆に、鍾馗に関しては他者が近づくことを毛嫌いしているので除外だ。イアナさんにも、鍾馗には近づかないようお願いしている。
「ご満足ですか」
「えぇ。町中でも騎獣に触れる機会はあるのですが、力のある強い騎獣は軍が所有しておりますので、私のように騎調士の資質を持たない者は触れる機会がないのです」
「町中にいる騎獣は騎調士の資質とか関係ないのですか?」
「はい。市民が持つ騎獣は草食系でして、大人しいので騎調士の資質がなくても扱い易いのです」
本日のお茶は花茶だ。乾燥した薄桃色の花弁が、水分を含んで開いていく。差し出されたカップを引き寄せ、微かに立ちのぼる甘い香りを吸い込むと自然に肩の力が抜けてくる。
「そうでした。タテシナ様、ニレスクル殿下より伝言を預かっておりますの。明日、ダウェル国の使者が見えられるそうです」
茶を一口含もうとしたまま動きが止まった。思わずイアナさんを見やれば、固い眼差しを返し頷く。
「そ、それは……毒竜たちがしでかしたことへの、損害賠償的な打ち合わせか何かでしょうか」
尋ねる声が戦くというのも仕方がないであろう。しかし、イアナさんは笑って頭を振っている。
「いえいえ。さすがにそのような恥知らずなことは言えませんでしょう。先日もリィタよりご説明いたしましたが、送出陣を使って他国へ渡ることは禁止されておりますが、仮に使用して渡った場合は教会が黙っておりません。……寄進の取りはぐれは本当に必死でして。というのはここだけのお話にしてくださいませ」
イアナさんはよほど教会に思うことがあるようだ。冗談交じりの囁きに、笑いながら秘密の共有を了承する。ここはやはり『薔薇の下で』とでも言うべきだろうか。いや、通じないと思われるので黙っていよう。
「ああ、私は直ぐに話が逸れてしまうのでいけませんね。今回、ダウェル国の使者が見えられるのは、森にいた軍の釈明ではないでしょうか。詳細に関しては私どもまで伝わってないので憶測でしかないのですけれど……。つきましては、タテシナ様にはダウェル国の使者が滞在している間、不便な思いをおかけして申し訳ないのですが、この部屋から極力出ないようお願いしたいとのことです」
伝言の内容が今更過ぎて思わず首を傾げてしまう。今でさえ引きこもりだというのに、これ以上となればトイレもお風呂も行くなということになってしまうのだが。
「フフ。そう構える必要はございません。普段と変わらずにお過ごしいただければ問題はありません。使者が滞在する場所は、タテシナ様が今いらっしゃるこの場所の反対側でもありますし、まず顔を合わせることはないでしょう。ですが、無用な揉め事を避けるためにも慎重を期すべきとのお考えのようです」
「分かりました。特別出歩く用事もありませんし、今はこうして書き取りの練習で机に張り付いていますしね。もし違う場所へ行く必要がありましたら、事前にリィタさんとイアナさんに相談いたします」
「はい。よろしくお願いいたします」
となると、ワイバーンたちはどうしようか。昼の明るいうちに飛び回れると都合も悪そうだ。彼らには、夜中に狩りをしてもらうようお願いしておこうか。
「そういったわけでですね、諸君。可能であれば狩りは日が沈んでから、できるなら昼間の狩りは避けてもらいたのですよ」
午後の勉強を終え、夕食までの間に庭へ出た私はワイバーンたちに声を掛けた。めいめいがてんでばらばらに寛ぐ中、ちょうど欠伸をした屠竜が口を開けたままこちらを見る。
「昼間の狩りは避けてもらいたいのですよ」
他、五頭に関して異論はないようであったが、屠竜が私を凝視しているので再度同じ台詞を口にした。すると、凝視したままカッと眼を見開くではないか。
『信じらんないっ!』
声を発しずとも眼差しが雄弁に語っていた。しかも、開いたままの下あごが微かに戦慄いている。そこまでか。そこまでしちゃうのか。
『あり得ない!』
バッサと翼を広げる屠竜に、やはり食事を減らすのはきつかったかと他のワイバーンを見るが、用は済んだとばかりに秋火と秋水は小突きあいをしている。 鍾馗と呑竜は互いの体を軽く噛んだり舐めたりと、グルーミングっぽいことを始めているし、飛燕が撫でてと鼻先を寄せてきている。屠竜だけが必死に羽をばたつかせて異議を唱えていた。
「えー? でも、みんな平気みたいよ? 駄目? 無理? お腹空いちゃう?」
『無理無理駄目駄目っ』
翼を広げたまま左右交互に脚を上げ、四股を踏む屠竜に別な方法はないかと思案する。夜の間に餌をここまで運んで昼間に食べるとか? 余所様宅の庭先に、腐土竜クラスの大きな獲物とか持ってきちゃったら? 仮に持ってこられたとして、後処理はどうする。マーセンさん呼ぶ? ただの骨とか引き取ってくれるかしら。いや、今の状況で残飯処理班を城内に呼ぶわけにもいかないし、庭で食べるという案は無理である。私の心の平穏と視覚的影響のためにも。
「うぅん……リィタさん。使者はいつ頃帰られるのでしょうか」
夕食のためにテーブルセッティングをしていたリィタさんを振り返り尋ねてみたが、彼女も答えあぐねて考え込んでしまう。
「そうですね……特に何も聞いてはおりませんが。話し合いの如何によっては内々の晩餐会が開かれるかもしれませんし……」
晩餐会なんて可能なのだろうか。侵略しようとした相手と? 首を傾げる私に、リィタさんは困ったような笑みを浮かべる。
「今回、ダウェル国がどのような主旨にて来訪されるのか、私どもは伺っておりませんので正直なんとも申し上げられないのです。ただ、ダウェル国の侵略行為を鑑みましても、釈明及び謝罪があるのではと思われます。また、他の思惑があるのかもしれませんが……。話し合いの末、互いに合意が得られた、或いは和平交渉が結ばれたなどの経緯がありましたら、小規模な晩餐会が開かれる場合もあるかと」
確かに、調印のような結果となれば、腹に思うことは一旦蓋をして晩餐会辺りは行いそうである。この辺りの細かい状況を、リィタさんに聞くのは少々厳しいであろう。受け持つ仕事が異なるのだからやむを得ない。
「おそらく……ではございますが、短くて三日。長くて七日といったところでしょうか」
「分かりました。――――ということだから、我慢して屠竜」
再度、屠竜を振り返り告げると、芸達者なことに長い首を反らしている。野生動物って、何日も餌が捕れない場合があるのではなかったか? それともワイバーンとは、きっちり三食三食取っているのだろうか。三食から一食に減るのは確かに厳しい……いやいや、他のワイバーンたちは平気そうじゃないか!
「じゃあ、二回! 夜、日が沈んだあとと、日が昇る前の明け方! このエリア内で! どうよ!」
部屋を背に、正面の景色に向かって私は両腕を広げてみせる。およそ、その角度九十度か百度辺りか。使者が滞在して行動するエリアは真後ろである。日中は厳しいかもしれないが、闇が覆われている時間帯ならば、反対側を飛ばなければ問題ないと思われる。
「このエリアだったら遠くまで行っても良いし。私の後ろの方向に行かなければいいから。あ、でも人間とか家畜は襲っちゃ駄目よ? なるべく物も壊さないようにね?」
ウググと屠竜が唸る。何を思って考え込むのやら。何が、どこが、不満なのだ。よもや、人とか家畜とか、壊すなんてところじゃなかろうな。
「……じゃあ、呼びに行くまで巣に戻っている?」
お互い妥協点がなければ、戻ってもらう以外はない。別に意地悪とか駆け引きで言っているわけではないのだが、巣に戻るという選択はないようで屠竜も渋々といった具合で了承してくれたのである。
【伝説】
グララド国は、比較的治安の良い国という評判を得ている。
集落の規模から国より一定数の兵士が駐在として派遣され、治安の維持や災害時の人員として活動をしているからだ。
幸いなことに、グララド国には活火山もなく地震も発生しない。自然が引き起こす杞憂されるべき事柄として、大雨の折に発生する川の氾濫、山崩れ、多くはないが雪による災害といったところだろう。
村と呼ばれる規模の集落に派遣された兵士の従事内容としては、道や農作地を囲う柵の補修や改善などのんびりとしたものだが、主となるのは害獣の駆除である。
グララド国で害獣といえば、鈍獣である。その名の通り、足の遅さが特徴だ。大人二人が両腕を伸ばしたほどの大きさ、高さも大人の男性ほどはある。男性が腕を回してなお太い足に踏まれれば、脆い人の身では呆気なく潰され圧死してしまう。下顎から天に向かう大きな牙は鋭く、また伸びた扁平な鼻も力強いため、足が届かないような柵などは容易く掘り起こし壊してしまうのだ。
夜に活動する鈍獣は雑食であり、農作物を食い荒らす食害はもちろんのこと、人も襲って食べるため、鈍獣が現われると兵士たちは駆除に慌ただしくなる。
冬が間近に迫ったとある日のこと。グララド国王都からほど遠い、とある村に鈍獣が現われた。遠見から鈍獣が村に向かっていると情報を得た兵士たちは、すぐさま深い落とし穴を掘る。同時に、王都及び近隣の村や町に駐在している兵士へも応援を要請した。運良く、土の祝術士が兵士の中にいたため穴を掘る作業は捗ったものの、鈍獣は愚鈍な動きに見合わず賢い。罠を回避する可能性もある。日が沈み、体の弱い者、老いた者、女子供は一番丈夫な建物へと既に避難させてある。兵士たちが倒れた場合を見越し、力のある青年たちは建物を護るよう待機させた。
力のある大きな鈍獣一頭を絶命させるには、最低でも三人が必要となるが、現在村にいる兵士は十名しかいない。一方、鈍獣は十五頭の群れだ。十名だけで倒すのは無理であろう。一刻も早く仲間が駆けつけてくれることを祈り、そして信じて持ちこたえなければならない。刻一刻と迫り来る鈍獣に、兵士たちは覚悟を決めて迎え撃つこととなった。
雲一つない空に浮かぶ月が煌々と地を照らし、夜のしじまに鈍獣の重々しい足音が兵士たちの耳にも届いている。掘った穴には油を撒き、鈍獣が落ちれば鏃に火を点けた矢を放つ算段だ。恐らく、落ちた仲間を踏み台として鈍獣たちは進んでくるであろう。鈍獣を相手に人数を要するのは、鎧のように硬い、なまじかな剣をも弾く皮膚だ。放った矢とて刺さるのか、不安が残る。仮に刺さらずとも火が点けば良い。兵士たちは固唾を飲み、鈍獣が落とし穴に嵌るのを待った。
ふと、上空から大きな羽音が聞こえた。王都より鷲獅団が援護に来てくれたのか。兵士たちは自ずと湧き上がる期待からそれぞれが上空を見上げる。輝く月を背に悠々と飛ぶ陰を見た兵士たちは、浮かびかけた笑みを凍り付かせ呆然とした。
大きな飛膜、鈍獣以上の巨体、長く揺れる尾の先には毒をもたらす棘がある。グララド国にはいないはずの生き物、噂でしか知り得ない毒竜が、時に力強く羽ばたきながら兵士たちの上空を旋回していたのである。
「な……なぜ、毒竜がっ」
鈍獣だけでも手に余るというのに、毒竜までもが現われたとなれば村は全滅である。例え、応援が間に合ったところで毒竜を相手にどう立ち向かえばよいというのか。しかも三頭も、である。ある兵士は絶望からうなり声を漏らし、またある兵士は絶念から闘志が削がれていった。
夜目にも美しい白、月光を反射し輝く蒼、明り差してなお闇に溶けそうな茶の鱗を持つ毒竜たちは、村の上を数度旋回しつつゆっくりと高度を下げているように見える。前方を見れば、落とし穴まで鈍獣が間近にと迫っていた。
下手に動けば毒竜たちの気を惹きかね、さりとて身じろぎもせずにいれば鈍獣が穴を超えてくる。鈍獣相手にでさえ心許ない矢で、鈍獣よりも硬いと言われる毒竜へ放つか。再び聞こえた大きな羽ばたきに、兵士たちの視線は上空へと向けられた。
「っ!」
茶の毒竜が勢いよく滑降してくる。兵士たちは息を飲み、慌てて地に身を伏せた。毒竜が過ぎるさいに巻き起こる風で、体を持っていかれそうになりながら、何とか堪えて前方を見れば、群れの要と思しき一際大きな鈍獣の体を毒竜が掴み上昇していった。
続いて巻き起こる風は白の毒竜。兵士の数人が風に煽られ飛ばされつつ、蒼い毒竜が更なる風を引き起こして鈍獣へと向かっていく。
それから――――兵士たちはただひたすら経緯を見守るだけであった。
鈍獣を掴み空高く舞い上がった毒竜は、徐に鈍獣を放し地面へと落とす。耳障りな鳴き声を上げて徒に逃げ惑うも、空を自由に翔る毒竜の前では足の遅い鈍獣は為す術もない。三頭の毒竜に、次から次へと上空へと連れ去れては地に落とされ絶命している。やがて、最後の鈍獣が落とされ、村には再び静けさが戻った。
ゆっくりと屍と化した鈍獣の山へ毒竜が下り立つと、兵士たちが固唾を飲んで見守る中、毒竜たちは鈍獣を貪り始める。兵士たちが伏せた場所から、毒竜までの位置はそう遠くない。個体それぞれの色がはっきりと認識できる距離で、兵士たちは毒竜の動向を注視する。
鈍獣の硬い皮をも容易く引きちぎるさまは、噂に聞き及んだ以上の恐ろしさであった。人が到底立ち向かえるような存在ではない。毒竜が食事を終え、再び飛び立つことをただただ祈るしかなかった。すると、一人の兵士が悲鳴を堪えて息を飲む。
気づけば、茶の毒竜が兵士たちの方を見ているではないか。鈍獣の肉を咀嚼しながら、ジッとこちらを見ている。ジッと見ている。咀嚼しながらジッと。
誰かの、生唾を飲み込む音が聞こえた。
夜の闇が煙り、地平線がぼんやりと見え始めた頃、ようやく食事を終えた毒竜が飛び立っていった。残された兵士たちの疲労はかつてないほどであった。
その後、グララド国王都近辺にて、鈍獣の姿はめっきり減ったという。人々から恐れられていた毒竜は、いつしかグララド国民にとって守護獣と呼ばれ、民から畏怖と同時に敬い慕われる存在へと変わっていった。