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WyvernCourier  作者: 市太郎
異世界はシビアです
27/34

27 私、使うより使われる側のほうが落ち着くようです。

 

 

 

 朝、リィタさんとイアナさんの呼びかけで起床。用意してもらった衣服と室内履きに着替え、洗顔を済ませたのちに運んでもらった朝食を取る。その後、リィタさんとイアナさんとワイバーンたちに見守られ、時に外履きへと履き替えて何もない庭を眺めて午前を過ごし、昼食を美味しく頂いたのちに、リィタさんとイアナさんと五頭のワイバーンたちに見守られながら、屠竜と阿武隈の戯れを眺める。更に、夕食を済ませて一息ついたら入浴、これまた用意してもらった寝間着に着替え、就寝までの時間をリィタさんとイアナさんと阿武隈と千早とワイバーンたちに見守られて過ごす。


 ――――を五日繰り返して根を上げた。五日もよく耐えたと思う。無駄に耐えたよ五日間。確かに、ローフさんへ全てが片付いてからでと言った。言ったが、放置し過ぎなのではなかろうか。いや、ローフさんも顔を出す余裕がないほど忙しいのだろう。至れり尽くせりな環境を用意してもらっておきながら、贅沢を言える身ではないと、重々承知してはいるのだがいかんせん暇すぎて辛い。辛すぎる。

 幸いと言ってよいのか、ワイバーンたちは比較的大人しくしてくれており助かっている。いずれか二頭を残し、交代で食事に出かけるのだが、ワイバーンによる被害が発生しているとも聞かないので、少し離れた場所で狩りをしているのだろう。しかし、昼夜問わず窓を閉めることだけは拒否されているため、篝火のような暖房器具と、高級羽布団が一枚追加され、寝間着も厚手な物に変えてもらった。

 一体、何だというのだ。窓のガラスとて曇っているタイプではなくクリアな物だ。私が何をしていようとも、つぶさに見えているというのに閉ざそうとすれば今生の別れかとばかりに鳴きだす。だが、トイレだ風呂だと部屋を不在にするときは大人しく待っている。嫌がるポイントがどこなのか、まったく理解ができない。大人しく待っていられるのなら、五日前も大人しく待っていてくれればよいものを。しかも、どれだけ近くにいれば気が済むのやら、高さの都合から額の辺りで引っかかるものの、長い鼻を室内に突っ込んでいるのだ。今の時間の当番は秋水らしい。眠そうに半分ほど瞼を閉じかけながらもこちらをじっと見ているため、リィタさんもイアナさんもやりにくそうにしている。まったくもって理解し難い。


 そんな感じで鬱陶しいながらも絶賛放置中な日々にて、千早は例のごとく手首を周回したりまどろんでいたりと変わりはなく、阿武隈も人の体から出たり入ったり出たり入ったり出たり入ったり――――。

「お ち つ き な さ い」

 ――――と、ある意味では通常運転だ。忙しない阿武隈を掴まえ、ワイバーンたちに向けて放ると、屠竜か鍾馗が阿武隈に付き合ってあげている。互いに口をパクパクさせている様子は会話でもしているかのようだが、どうやら阿武隈に風の使い方を教えているようだ。現に、くしゃみのように勢いよく頭を振った阿武隈から、飛び出す風の塊が見えた。あの、科学の実験で見かける、段ボールの箱を叩くと飛び出ていく空気砲のように。ただし、かなりヘロヘロとした勢いではあったが。阿武隈も日々成長しているのだな、と暇潰しにもならず、ぼんやり眺めていればリィタさんからお茶のお誘いを頂いた。


 グララド国で主流となるお茶は、どちらかといえば中国系に近い。黒や赤といった烏龍茶、もしくは日本ほど渋みのない緑茶っぽいものである。紅茶もあるにはあるが、グララド国での人気は薄くそれほど出回ってないのだとか。コーヒーらしき物にかんしては、豆ではなく大麦からなるコーヒーに近い気がする。少し甘みのある飲み物をお願いすると、フレッシュジュースが出されるといった具合だ。

 リィタさんもイアナさんも、初日から感じの良い人たちだとは思っていたが、三日目からはわりと親しくお付き合いをしてもらっている。寧ろ拝みこんでお願いをした。一人暮らしの休日で一切会話をせずに一日を過ごすのと、人が近くにいながら無為に会話もなく一日を過ごすのとでは大違いというものだ。共に食事は無理でも、せめてお茶くらいだけはと頼みに頼んだ結果、こうしてティータイムを一緒に過ごしてもらっている。そして私の大事なソース源にもなっていただいているのだ。

「それで、現状はどんな感じなのですか? いえ、ニレスクル殿下もローフさんもお忙しいとは思うのですが、ご覧のとおり状況が何も分からないので少々心配と申しましょうか……」 

 暇すぎる現状を打破すべき、その名も心配する振りで仄めかし作戦である。仄めかしになっているのか微妙なところではあるが、話を振ってみたところリィタさんとイアナさんは互いに顔を見合わせ、先に口を開いたのはリィタさんであった。


「そうですね……現在、ニレスクル殿下は捕らえ損ねた残党を追っておられるようです」

 それは確かに忙しい。私が二の次、三の次になっているのもやむを得ない。また驚いたことに、今回の騒動の主犯である前宰相及びその娘である王太后、ニレスさんの従兄はとんずらしてしまったのだとか。

「えっ?! 大丈夫なのですか?」

「はい。前宰相に荷担した者たちの殆どは捕らえられております。ただ、兵士が前宰相の屋敷へ向かったときには既に行方をくらましていた後でして……何でも屋敷に送出陣があったとのことです」

「恐らく、ダウェル国に繋がっているのでしょう」

「イアナ。憶測で言うことではないわ」

 ほんわかした雰囲気がなりを顰め、憤りを見せるイアナさんをリィタさんが窘める。が、あくまでも私の手前上窘めるのであって、リィタさんも同様な気持ちなのだろう。表情が厳しい。

「その、送出陣の先はダウェル国だとはっきりしているのですか?」

 誰かが試しに通ったのだろうかと、素朴な疑問のままに尋ねたが、リィタさんは緩く頭を振る。

「万が一、ダウェル国に繋がっていた場合、非がダウェル国にあろうとも、送出陣を使用して他国へ渡りますと、我が国が侵略したということになってしまいます」

 へぇ、そうなのか。と話の続きを待つ私と、なぜか私の反応を待つお二方の間で沈黙が訪れる。鍾馗と遊んでいたはずの阿武隈も訪れたので、取り敢ず掴んで庭に放り投げておいた。みんなに遊んで貰っていなさい。それで? と改めて二人に目を向けると、些か戸惑っている様子。あれ? と私も釣られて戸惑えば、リィタさんが合点いったとばかりに両手を合わせた。


「……ああ! そうでした。騎調士様は大陸の方ではありませんでしたね。送出陣の扱いは非常に厳しいものでして、市民が個人で持つことは許されておりません」

「え? でも、マーセンさんは」

「はい」

 と笑顔のリィタさんに制されてしまったので、大人しく話の続きを聞くことにする。質問は最後にまとめてですね。はい。

「まず、送出陣を作るのは各国の軍に所属する祝術士です。作られた送出陣は全て各々の国で管理されます。……騎調士様もご覧になられてご承知かとは思われますが、送出陣は準備さえ整えば軍を送ることも可能でございます」

 確かに。先日の森にいたダウェル軍を思い出して頷いた。

「そのため、大陸では他国間において、送出陣を使用した人や軍の所有する騎獣の移動は禁じられております。そもそも、人が移動できる大規模な送出陣を作るのは国でございますが、所有し管理するのは教会となります。これは送出陣を使っての侵略行為を防ぐためです」

 一旦言葉を切り、お茶で喉を潤すリィタさんに変わり、イアナさんが片手を添えて潜めた声で付け足す。三人しかいないこの場で、内緒話な仕草とはなかなかにお茶目な人だ。

「という名目ですが、実際のところは送出陣を利用するための費用が寄進となっている現状だったりします」

「こらっ」

「ですが、気軽に利用する金額じゃありませんもの」

 リィタさんに咎められ、肩を竦めてみせるイアナさんに頬が緩む。確かローフさんも、人が移動できる送出陣を利用できるのは富裕層と言っていたな。

「まぁ、教会については話が逸れますので今は省きますが、他国へ移動するために軍が利用することは、将来は分かりませんが現段階ではあり得ないということです」

 だからあの日、送出陣を利用できずに移動していたニレスさんたちと遭遇できたのか。理解しました。では、マーセンさんが持っている送出陣は何なのだろう。


「続きまして、商人のマーセンが持っていた送出陣ですが、国が有料で貸与しております。返すことが前提となっておりますが、料金さえ払っていれば、マーセンほどの商人になりますと永久的に所持できます。大きさはいくつか種類がございまして、一番大きいものでこれくらいでしょうか」

 そうリィタさんが手で象った大きさはスカーフよりも一回り小さい、オフィスの床でよく見るタイルカーペットくらいのサイズだ。五十センチ辺りだろう。

「小さい物ですと手紙とか小物を送れる大きさでしょうか。日常ではそう使いませんが、家族と離れた場所へ赴く者などがよく利用しております」

「あぁ、出稼ぎとか、一時的に家族と離れたときの連絡手段とかですか?」

「さようでございます。小さな物を送る場合、かえって費用が掛かりますので、一番小さい安価な送出陣を利用するほうが便利なのです」

 便利そうだからもっと普及すればよいとも思うが、大陸に送出陣が広まったのは最近とも言っていたことだし、一般的に広まるのはまだまだ先のようだ。どの世も、出回り始めというのは値が張るものなのだなと妙に感心する。


「えぇと……それで、前宰相の屋敷にあった送出陣の場所は不明だけど、十中八九ダウェル国へ逃亡したという見方なのでしょうか」

「はい。陛下も殿下もそのように見ておられるようです。先程もご説明致しましたが、送出陣を作るには国の許可が必要でございます。しかし、前宰相の屋敷にありました送出陣は不許可の物。また、ダウェル国の者が以前より屋敷に出入りしていたという話もございますので……」

 リィタさんが言葉尻を濁したが、イアナさんの言葉もあながち否定できないといったところらしい。

「現在、屋敷にありました送出陣は使用できないよう破壊されておりますし、城内への出入りは厳しく調べております。また捕らえ損ねた残党も直にニレスクル殿下が捕まえてくださいます。騎調士様には未だご不便をおかけして申し訳ありませんが、今暫くこちらにてお控え頂きますようお願いいたします」

「あ、いえ。とんでもありません。ニレスクル殿下が落ち着かれるまでお待ちいたしますので」

 結局、仄めかし作戦は不首尾となってしまった。

「あの。ところで、その騎調士様というのをできれば止めて頂ければと……」

 二人の目が、なぜ? とばかりに見開かれる。

「……では、祝術士様とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「いえ、その……私は、騎調士としても祝術士としても訓練はしたこともありませんので、そのような肩書きを名乗るのは皆様を騙っているとしか思えませんでして」

「まぁ……」

 えぇ、もう罪悪感というか。飲み屋のお姉さんに「シャチョサーン」と呼ばれるのとは訳が違う。医者だ議員だパイロットだと、高給取りな職業を聞いたときにちょっとだけ背筋が伸びるような――いや、そういうのとも違うな。

 リィタさんもイアナさんも、騎調士と口にするたび、何というか誇らしいものを感じるのだ。分不相応に尊敬の眼差しを向けられる居心地の悪さ。

 そう! どう見ても小娘である私に、高級ホテルの従業員が真顔で立科社長と呼んでくるような、思わず「はぁあ?」と言ってしまいたくなるような、そんな違和感なのだ。

 実際、ワイバーンたちや阿武隈に懐かれてはいるが、私は騎調士でも祝術士でもない。そう呼ばれることで、周囲への誤解が広まるのも避けたいところである。

「では、なんとお呼びすれば宜しいのでしょうか」

「普通に、タテシナと……」

 ニレスさんたちにも立科と名乗っている手前、薫と名乗るのも今更過ぎるので結局姓を告げる。戸惑いがちの二人は互いに顔を見合わせ、軽く頷き了承してくれた。

「かしこまりました。では、タテシナ様とお呼び致しますね」

「よろしくお願いします」


 話が一段落したところで、交代の時間になったのか秋水が引っ込み、呑竜が顔を突っ込んできた。呑竜は秋水や秋火が絡むと調子に乗り過ぎるきらいはあるが、こうして単体でいると物静かなほうである。

 私の居住空間というか、ベッドや調度品が置かれているのは厨房へ通じる扉側にあり、残りの半分以上ある空きスペースにワイバーンたちが顔を突っ込んでいる。

 徐に動かれると、リィタさんもイアナさんも驚くが、それでもかなりワイバーンの大きさとか距離に慣れてきてくれたように思う。現に、私と目があった呑竜が、ジリジリと顎を擦ってにじり寄ろうとする仕草に、イアナさんが頼もしいことに笑顔を浮かべてくれたのだ。ばかでかい恐竜の顔がにじり寄っているのに笑顔なのである。

「タテシナ様は騎調士ではないと仰いますが、我が軍の騎調士以上に騎獣から慕われてらっしゃるのだと私でも分かりますわ。タテシナ様と毒竜の様子を見れば、騎調士たちの士気も上がりそうですね」

 ウフフとイアナさんが笑い、リィタさんも堪えきれずとばかりに頬を緩めている。

「そ……そうでしょうか。恐縮です」

 呑竜の鼻の頭を撫でながら思う。だからですかね。昨日、一昨日から三階辺りの窓辺が鈴なりになっているのは。庭へ出て、ふと上を見れば、上階の窓から一斉に頭が引っ込む事象が多発している。女の人もいるのだろう。キャーと興奮した声が遠のいていくことがたまにあるのだが――。


 私の城内における今のポジションは、パンダクラスということなのだろうか。

 

 

 


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