表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WyvernCourier  作者: 市太郎
異世界はシビアです
25/34

25 私、ちょっと浮かれていたようです。

 

 

 

 腐土竜の腹部解体があらかた済んだ日暮れ間近な頃、再びわんさかと精霊軍団と実体のある騎乗動物軍団がやってきた。騎乗動物は様々な姿をした精霊軍団とは異なり、みな同じ姿をしている。上半身は猛禽類、下半身は大型の猫科、虎やライオンのような後肢がついているようだ。実際、地球には存在しない生き物だが、あの姿には覚えがある。ヨーロッパの紋章などで見かけるグリフォンだ。地球では存在しないグリフォンを間近で見られるチャンスか?! と少しばかり期待してしまう。しかし、彼等は真っ直ぐこっちに向かってくるように見えたのだが、途中から方向を変えだしワイバーンのいる場所を見事に避けて森へ向かっていった。

「…………」

 この、何とも表現しがたい心の内をどう受け流したらよいのだろうか。そこまでワイバーンたちを嫌わなくとも。いや、確かに嵩張るし、場所取るし、鬱陶しいし、言うことは聞かないし、と手に余る連中ではあるが、馬鹿な子ほど可愛い……いやいや、可愛いかどうかは彼等にとって知るよしもないことだ。それに、ワイバーンを恐れて近寄れる動物はまずいない、とマーセンさんも先ほど言っていたではないか。ここは一つ大人の対応で見送るべきだろう。見送るも何も、近寄りもしないのだから見送る以外に選択はないのだが。


 避けていく見事な統率っぷりは騎馬隊を彷彿させた。そんな精霊とグリフォン軍団の一行から、薄紫色の鳥が一羽だけ離れてこちらへとやってくる。近づいてくる姿に目を凝らして見つめていると、見慣れたエクトプラズムな――鳥は精霊であった。人が騎乗しているのでそれなりの大きさではあるが、やけにずんぐりむっくりとしたシルエットである。が、徐々に近づくその姿を見て思わず小さな悲鳴をあげてしまった。

「シ……シマエナガさんがあぁっ!」

 まさしくあの姿は! 大きさも、色と柄こそ異なるがその姿は雪の妖精と言われるシマエナガさんのようではないか! いや、ビッグになったシマエナガさんそのものである。尾が長いから柄長と言われる島柄長(しまえなが)だが、飛んでくる精霊の尾は更にその倍の長さがありそうだ。巨大なシマエナガさんがやってくる。かつては北海道に赴き、視界の範囲にいるシマエナガさんを片っ端から惚れさせ、シマエナガさんまみれになりたいと夢見たこともあった。熊まみれになるのを恐れて諦めたがっ。こ、これは! 顔がニヤけてしまうっ!


 もちろん、私は駆け寄った。あの愛くるしい、且つ巨大化したシマエナガさんを前にして冷静でいられようはずもない。私の耳にハァハァといかがわしい息遣いが聞こえてくるほどである。発信源は当然ながら私だ。地面に下りた紫色のシマエナガさんに騎乗していたのはローフさんだった。ということは、シマエナガさんはシュレイか。君は三頭身の姿でも可愛いが、ローフさんを乗せるときも可愛いのだな。この激しく荒ぶる鼻息を、変態じみた息遣いをどうしてくれよう。未だかつてここまで胸が熱く昂ぶったのは初めてだ。

 シュレイから下り、こちらへと歩み寄るローフさんへの挨拶もそこそこ、瞼のない円らな瞳で近寄った私を見つめるシュレイが小首を傾げる。鼻血の原因、キーセルバッハへのダメージが計り知れない。思わず鼻の下を押さえてしまう。大丈夫、垂れてはいない。私があまりに熱く見つめるせいか、恥じらうようにそっと視線を外し、伺うように再びちらりと私を見る仕草がとても、とっても可憐である。萌え殺されるとはこのことかと天啓にうたれた気分だ。

 

「…………タテシナ殿?」

 ローフさんの不審に満ちた呼びかけで我に返った。私の凝視がそれたせいかシュレイは元の人化した三頭身の姿に戻ってローフさんの袖の中へと隠れてしまった。後で時間ができたらじっくりシュレイの可愛さについてローフさんと語り合いたいと思う。

「あ、失礼しました。ご無事で何よりです」

 慌てて振り返り、目の前に立つローフさんを見るが特に怪我をした様子も見受けられずホッと安堵の息が漏れた。

「皆さんはご無事ですか?」

「ええ。陛下を始め殿下も皆無事です。ご心配おかけしました」

 それは良かったと心弛(こころゆる)ぶ私にローフさんは笑みを浮かべる。さっそくローフさんに状況を伺うと、予想外のアクシデントが幾つか発生しつつも制圧は思いの外すんなりと収めることができたらしい。アクシデントの一つは我らがワイバーンの飛来であったが、今となれば転機になったとのこと。

 聞けばクエリさんは先程の騎乗軍団に混じり、被害甚だしい森というかダウェル軍隊の様子を調べに行ったらしい。私の身柄はこれからローフさん預かりになるとのことだ。


 説明を受ければ当然のことではあるが、マーセンさんは王室御用達の商人とはいえ一般市民。居住はもちろん街中である。一般市民が生活する場へ六頭ものワイバーンを引き連れてお邪魔するわけにはいかない。という以前に空から見下ろしたときには六頭を自由にさせるような場所もなかったと思う。

 仮にワイバーンたちのフリーダムスペースがあったとしても、凶悪な顔をした六頭の恐竜が近所を睥睨していたら恐ろしい。心理的にも無理である。いたずらに市民を脅えさせるよりかはお城に置いていたほうが断然いい。城といえば兵士だ。兵士の人なら一般市民より性根が座っているに違いない。ワイバーンたちが闊歩しても気にしないでくれるだろう。多分。きっと。おそらく。

 ローフさんとマーセンさんが現時点での情報や、今後の予定などの摺り合わせを済ませたのち、私は職人さんたちへの簡単な挨拶と、マーセンさんへは再度会う約束を済ませて解体現場から城へと向かったのである。


 できたらシュレイに乗ってみたかったのだが、あいにくローフさんのような戦闘系祝術士は精霊に騎乗することはまずないのだそうだ。いざという場合、精霊に騎乗していると祝術の威力は半減してしまうらしい。先程のように、味方がたくさんいて祝術士が前線に立たなくてもいいとか、それでもなるべく精霊に騎乗しないことの方が多いみたいだけど、ワイバーンのように騎乗動物が近寄れないとかで止むを得ない場合に限ってなのだそうだ。説明ついでにマーセンさんが率いていた精霊軍団は、いわゆる国軍に属していない祝術士たちで、いざとなれば雇用主を護るため、または国が有事のさいに国軍の末席に連なるなど、戦闘に加わる場合もあるが主な仕事は騎乗も含んだ補助的な内容になるらしい。なるほど。

 シュレイに乗れないのは実に残念である。お城に行って時間あったらお願いしてみようかと心の内で算段しつつ、飛燕の上でローフさんの説明に頷いていた。


 城に近づく間、上空から見下ろした町の様子は甚大な被害を受けているようには見受けられなかった。城から離れるときにいくつか見えた火の手も今では既に消火されており、寧ろ、町中にくらべ市壁に設けられた門の近辺で被害が酷いように見える。市壁に設けられた門に関所の意味合いがあるのであれば、もしかしたらダウェル軍を引き入れるために反乱組織が門を襲ったのかもしれない。しかし、ダウェル軍が予期せぬ災厄――腐土竜とワイバーンとワイバーンとワ以下略――に見舞われた今、そう時間をおかずに機能も戻ることだろう。

 一方、一般市民の区画に比べ、城に近い区画は一軒の敷地が広いことや、家の大きさからも富裕層や貴族の区画と予想する。こちらに放たれていた火も既に消火が済んでいるようだが、一区画だけ被害がひどく、未だ燻りを上げている屋敷があった。しかし、それらも数日もすれば、元の通りとなるだろう。ニュースで爆撃の被害を受けた街に比べればという印象でしかないが。


 城までの距離は何とはなしに覚えているせいか、思いの外早く着いたと思う。上空から見下ろす十一角の星形要塞はやはり美しく見える。時計盤の数字と同じ方向に角が突き出ており、真上を十二時とし、偶数部分の角が大きく、奇数部分は小さい。六時の方向に突き出ている角は、大きな川にかかったアーチ橋は、六時の方向に突き出ている角へ吸い込まれるように繋がっている。そんな星形の城壁より一回り小さく、真下が切れたランドルト環のような円状の建物がいわゆる居館となる城だ。環の中心には庭園が設けられているし、星形の城壁との間にも造園が施されている。確か、星形要塞は防御に徹した要塞だったと記憶しているが、敵を迎え撃つ場所にも造園がされているのだから、戦から遠ざかりつつあったのだろうか。いや、地球とこちらの築城術では違いがあるのかもしれない。とはいえ、芸術も戦争も金のかかるものだ。同じ浪費にしても芸術は心を豊かにするわけであるから、ここ数十年戦から遠ざかっていたとニレスさんも言っていたことだし、あながち間違ってもいないような気がしないでもない。

 と、そんなことを漠然と思いながら近づく城を眺めていると、ローフさんから五時の方向となる一角に下りるよう促された。五時と七時の方向にあたる場所は造園がなされておらず、聞けば七時の方向にある広場は国軍所有の騎乗動物、鷲獅(しゅうし)――例のグリフォンの厩舎があるのだそうだ。五時の方向には軍人さんの練習場になるらしい。ついでに、外国から国賓が訪れると、六時の方向に伸びた通りにアーチ橋から軍人さんとグリフォンが整列して送迎するのだとか。圧巻であろう。ぜひ、一度見てみたいものだ。


「いいですか。大人しく! 静かに! 動いているものを! 無闇矢鱈と! 口に入れず! 待っていること! 分かった?」

 ローフさんと共に飛燕から下りると、行儀悪くも人差し指を突きつけながら、一言一句しっかりとワイバーンたちに言い聞かせる。分かったと、至極真面目な表情で頷き返す彼らに、その神妙とばかりの表情ゆえに些か不安を覚えつつ、かと言って城内に入らなければならない以上、ワイバーンたちを連れて入ることも見張っているわけにもいかず、非常に信用できない心持ちではあるがせざるを得ない状況から信頼することにし、城内へ入ることとなった。

事故(・・)は認めないからね?」

 特に、屠竜へは念入りに言い含めておく。真上を見上げるほど大きな扉をくぐる前、どうしても信用ならず、振り返った屠竜へ指を突き刺す。屠竜の、あたかも『俺?』とばかりにパチクリと瞬く様子は心外ですといった具合だ。無言のまま三度ばかり強く指さしてから城の中へと入ったがとてつもなく不安が残る。屠竜は、すっとぼけた顔でやらかしてくれるから、どうにも信用がならん。戻ったら、事故でとか言ってグリフォンをしゃぶってそうで怖い。

「タテシナ殿を見ていると、毒竜もそう怖くはないのではと勘違いしてしまいそうですね」

 ローフさんが、思わずとばかりの笑顔を浮かべている。確かに、ワイバーンたちの性格に慣れてきたためか、図体がでかいだけで威圧さや野生ゆえの恐ろしさはあまり感じない。が、やはりたかだか二日程度の付き合いだ。飼い慣らしたわけではないので、城内の人にはくれぐれも近づかないようローフさんにお願いをしておく。それこそ、うっかり事故で飲み込まれでもしたら居た堪れないどころの話ではない。

「さすがに騎調士が側にいない毒竜へ近づく粗忽者はいないと思いますが、念のため周知はしておきますね」

「お願いします」


 今夜の宿となる部屋へと案内してもらう。私が暫く滞在する部屋は三階にあるそうなのだが、その部屋へ向かうまで通る場所のすべてが豪華であった。

 一階の天井は高く、ドーム状になっていることからビザンチン様式を彷彿させるが、壁や柱に施された草木を模した細工はロココ様式にも、グロテスク様式にも見えた。そも、異世界の建築様式を地球に当てはめること自体間違っているのだが、馴染みがあるようでいてどこかしら趣が異なる意匠に、世界は変われど人が考えることは似たりするのかとも考え、何やら高尚な思考をする自分が凄いとか内心打ち震えてみたり。

 重々しい色合いの石を用いた城壁とは異なり、三階まで進んだ城内は極々淡いピンク、桜のような淡い色の大理石で統一されている。実際のところ大理石なのかは不明だが、つるつるした石といえば大理石しか思い浮かばない。床は濃淡を利用した寄せ木細工のように敷き詰められ、壁と柱は一枚岩かと思うほど繋ぎ目が見えない。悟らせない。素晴らしい技術である。

「特にご指定がなければ三階を、ご夫婦や年配の方は二階の客間を案内いたします。また、迎える季節によって用意する部屋も異なっているのですよ」

 夏は寒色で冬は暖色なのだと、ローフさんがニコニコと説明をしてくれる。幸いにも今通っている場所はテロの被害を免れたらしい。ヨーロッパの宮殿といった印象を与えるのは天井画である。アーチから次のアーチまでを一つのエリアとして、それぞれに趣の異なる絵が描かれていた。

 

「身の回りの世話をするメイドを二名つけましたので、何かありましたら彼女たちに申しつけてください。私は殿下のもとへ戻りますが、用がありましたらやはり彼女たちに伝えていただければ伺います。城内がまだ混乱を残しておりますので、殿下もなるべく早くタテシナ殿にお会いしたいようなのですが、なかなか時間が取れず申し訳ないとのことでした。改めて殿下より直接礼を告げたいと仰っておりましたよ」

「とんでもない。殿下はなすべき事をまずなされてから。気に掛けて頂くというだけで十分です。全てが終わってからでも私は構いませんので」

 宿泊的や食事的とか衣服的な意味合いで。もう、勿論、先送りになればなるほど。いえいえ、と片手を小刻みに揺らしつつ謙虚な姿勢を見せる私にローフさんが笑った。

「ハハハ。タテシナ殿は欲がありませんね」 

 とんでもございません。欲まみれです。

「さ、こちらがタテシナ殿のお部屋になります」

 大きな両扉の片側を開け、ローフさんが室内へと促す。

 まず目に入ったのは、右手にココア色の衣服を纏った二人の女性。ローフさんが先程説明してくれたように、通路の淡いピンクよりも暖かみを感じる淡いオレンジの壁。濃いオレンジと茶で何かの模様の織られた絨毯。よくよく磨かれた飴色に金の細工が施されているのは小型のタンス――コモードだろうか。壁鏡の下にはコモードと同じ色合いで、細工の美しいコンソール・テーブル。お茶を飲むためと思しきテーブルも濃い飴色だ。調度品は飴色で統一されているらしい。アルモアールのようにも見えるのは衣装ダンスか。テーブルとセットとなる椅子と長椅子は花柄のような張り地がされている。

 日本であれば欄間で馴染みのある場所に、これも一つのフリーズと呼べるのだろうか、右手から四季らしき移り変わりを描いた風景が描かれ、左手から存在をアピールしているのは、立派な細やかなレースっぽい天蓋のついたベッドである。天蓋付きベッド!

 真正面にはある大きな窓枠は額縁でも演出しているのか、続くバルコニーから望める美しい造園は唯一無二である一枚の絵だ。

 この豪華で贅沢な部屋を、タダで! タダで使えると聞いて喜ばない女性がいるのならばぜひ会ってみたい。

「うわぁ――」

 思わず頬が緩み、自然と小さくも感嘆の声が漏れた。

「――ぁあああああああああああ!」

 一枚の美しい絵に、棘のついた黒い尾が横切り、激しい羽音とともに『下りられない! 狭い!』とも聞こえる鳴き声が響いた途端、感嘆を悲鳴に変えた私は、メイドさんへの挨拶もすっ飛ばしてバルコニーへ駆けたのである。




「大人しく待っとれと言ったでしょうがーっ!」

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ