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WyvernCourier  作者: 市太郎
異世界はシビアです
24/34

24 私、地団駄踏みたい気分です。

 

 

 

 マーセンさんの従業員たちがやってくるのを待つ間、腐土竜にどれほどの価値があるのかを講義してもらった。

 まず前提として、人間が積極的に狩るのは翼魚くらいの大きさまでで、それ以上となる大きい生物に関しては狩らない。いくつかある理由の一つとして、大きいゆえに狩るための人間が多く必要になること。また、無傷で狩ることが難しいので受ける被害、死傷者が発生しやすいために補償の用意がないと人が集まらない、人を集める時間や掛かる費用を鑑みると、素材を売れば利潤は確かに得られるがコストパフォーマンスなどのデメリットが上回る。そして、一番の理由は仕留めるための武器が揃えられないという点だそうだ。


 では、どうやって巨大な生物の素材を獲ってくるかというと、死骸からである。腐土竜であれば、普段は地中にいるため人間では引きずり出すことはできない。しかし、今回のように腐土竜を食べる生物もいる。或いは寿命で死を迎える場合もある。それらの死骸を見つけて回収してくるのだそうだ。

 ちなみに、そういった死骸回収を専門としている方たちがいて、例えば腐土竜専門業者とかワイバーン専門業者とか細分化されており、それぞれが縄張りを持っているらしい。しかし、狩る武器はないというのに、そんな大きい死骸をどうやって処理するのか。正しくは、動き回る相手を仕留めるだけの威力を持った武器がないのだとか。単純なところでは落とし穴、網、トラバサミといった罠が思い浮かぶが、素人考えでも腐土竜やワイバーンの大きさを見ればかなり難しいと察せられる。罠に掛かれば当然暴れるわけで、急所へ近づく前に、即死クラスの打撲か圧迫が漏れなくついてくる。被害は少なく利潤は多く、はどの世界でも共通である。死骸を拾って儲けられるのだから、無理をする必要もない。

 一瞬、麻酔薬とか風の精霊を使って酸欠にしちゃえば楽なのでは? とも思ったが、素人の私が思いつくのだからとっくの昔に試して駄目だったのかもしれない。いや、翼魚に襲われたとき、祝術士がいたけれどワイバーンたちは平気だったから、やはり精霊の力では無理なのかもと一人腑に落ちる。


 ワイバーンも素材としては高値、というか基本として大きい生物の皮は質が良いのだそうだ。一様に皮というが、ワイバーンは鱗だし、腐土竜はどちらかといえばビロード状の毛皮に近い。甲殻の類もひっくるめた外皮を皮と総称しているのだとか。

 ワイバーンであれば牙や爪は主に武器、鱗は防具の素材として人気が高い。武防具で余った部分はワイバーン素材専用の工具、更に使い道が乏しくなった小さな素材では装飾品や美術工芸品へと流れていくらしい。人間の作る武器や工具では歯が立たない、使えることは使えるが直ぐになまくらとなってしまうため専用の工具が必要となり、その専用工具がワイバーン素材と高いこともあって加工賃がぐんと跳ね上がるのだそうだ。ダイヤモンドの加工のようだと説明を聞いていて思った。硬いダイヤをダイヤで研磨し形を整える手法と同様なのかもしれない。

 確かにワイバーンの鱗一枚は私の手のひらより大きい。場所によっては顔よりも大きいほどだ。レーザーでもなければ、百円玉以下のサイズまで小さくするのは労を要するだろう。叩く手法もあるらしいが、細かい部分はやはり研磨がメインとなるらしい。何となく、ガラゴロと回る砥石で削っているのを思い浮かべた。


 一方、腐土竜に関しては地中を徘徊し、時には水の中も泳ぎ、空を飛翔するという陸空海に優れた素材となるのだそうだ。表面を覆う短く細かい毛はビロード状な艶を帯びており、水を弾くし汚れもつきにくい事から外套などの衣服類に好まれて使われるらしい。しかも腐土竜の素材はなんと言っても土と水の精霊の加護がついてくる点である。ユーザー層としては怪獣死骸回収業者を始め、世界を飛び回る商人といったアウトドアな人々だ。たまに富裕層がファッション感覚で作らせる場合もあるとのこと。

 正直、加護があると言われても、どうですか? 見て下さい。まぁ、凄いですよ。暴風雨に晒してもこの通り! 今ならなんと! 精霊の加護も全部セットです! しかも! 金利は当社で全て負担いたします! というフレーズしか頭に浮かばない。

 さすがにそれはないだろうと眉間に皺を寄せていたら、理解していないと判断したマーセンさんが更に細かく教えてくれた。

「腐土竜に関して、効果が実感できるのは沼地です。ぬかるみでは水を弾きますし、泥は余程のことがなければつきません。特に優れているのは底なし沼に嵌ったときです。腐土竜の皮を纏っていると沈まないです。服を着ておりますから少々動きは鈍くなりますが、水面を泳ぐ要領で抜けられるのですよ」

 へぇ…………って、そんじょそこらにあるのですか! 底なし沼が! 恐ろしい!


「腐土竜の本体は敬遠されがちですが、加工してしまえば本体の名残もございませんので気にされる方はおりません。それ以上に、手触りや素材の柔らかさ、防寒服としても普通の動物から採れる毛皮とは異なります。また、下地の茶色も無難な上、あの金色の毛が光を受けると殊更美しく映えますから、貴族が冬用の外衣にと希望されることも多いのです。この光沢をどう活かすかは、職人次第で値段が変わってまいります。毒竜と異なり腐土竜はまだ加工しやすいので、工賃自体はそう高くありませんが何せ滅多に取れませんのでその分希少価値が高くつきますね。しかし、これほど大きな個体を見るのは私も初めてです。これも毒竜を従えるタテシナ殿のお陰ですな」

 もう、笑いが止まりませんとばかりにやに下がったマーセンさんが笑う。取りあえず一緒に笑っておいた。そろばんを持たせたらさぞかし似合いそうだ。いっそ持たせてこの世界のトニー谷となっていただきたい。


 会話が一段落したところで、マーセンさんがクエリさんのお呼びにかかり離れていった。オケラがねぇ、としみじみ貪り尽くされた腐土竜を見上げる。ワイバーンたちにとって、腐土竜の表皮は興味がないらしく、中身を粗方食べ尽くすと互いの顔や体を舐め合っていた。唯一の例外は、期待を外さない屠竜だけである。土を掘るため発達した腐土竜の前脚を掴んだまま、まだ胸部を舐め回している。君はどれだけ食べれば気が済むのだね。他のみんなは食べ終えているというのに。

 でもって飛燕よ。目玉はいらないから、咥えたまま小首を傾げて熱く見つめなくてよろしい。食べたいのならそのまま飲み込んでしまいなさい。早く食べなさいと邪険に手を振っていると、空から飛行物体がやってきた。その数、ざっと三~四十騎ほどである。


 私の知っている形に似ているが、明らかに違う形をした動物たちだ。カバに羽があるペガサスみたいなのもいれば、金斗雲に顔と手足がついた亀っぽいものとか、鶴の嘴に孔雀のような尾長がやけに長い鳥とか、角と手足のない龍みたいというべきか、蛇に鰭をつけたというべきなのか、そんな連中が空を駆けてこちらへと向かってくるのである。正直、かなり驚いたのだが、マーセンさんとクエリさんが慌てた様子を見せないところから、待っていたマーセンさん商会の人たちと思われる。

 近づいてくる彼等をよくよく見れば、人が二人あるいは三~四人で騎乗しているし、得体の知れない不可思議な生き物は、色は様々なれど一様にしてエクトプラズムだった。千早や阿武隈によく似ている。ということは、あれらは精霊なのか? 乗っている人たちは祝術士だろうか。

 マーセンさんに視線を向けると笑顔を返してくれた。

「ご安心下さい。彼等は私の店に所属する祝術士たちと解体を生業(なりわい)としている者たちです。毒竜のそばに寄れる騎乗動物はおりませんから祝術士たちに来てもらったのですよ」

 なるほど。精霊たちは次々と空から降り、祝術士たる主人が地面に足をつけた途端、グーロやシュレイのように小さな人型へと姿を変えて主人のそばにいる。何とも不思議な光景だ。そういえばグーロもシュレイも人型になっていたが、彼等も動物のような姿になれるのだろうか。逆に阿武隈が人型になることもありえる? 凛々しく見えたグーロを思い出し、阿武隈もいつかはグーロのように、と思ったら少々口の端が緩んでしまった。


 ところでだ。たくさんいる精霊さんたちが漏れなく私を見ている。激しく見ている。肩の上やら服の隙間からと、どこを見ているのか分からない目でガン見をしているのがヒシヒシと感じらる。何とも居心地が悪い。生まれてこの方、これほど視線を向けられたことがないので勘弁して欲しい。精霊たちが私を気にするものだから主人方も気になるらしく、チラチラと私を見る一方で毒竜のほうも襲ってこないかといった心配からか様子を伺っているのが分かる。配置からしてもよく分かる。ワイバーン、私、クエリさんを挟み彼等は一番離れた所を迂回してマーセンさんのそばへ向かったのだ。避けられている。心なしか彼等の表情もいくらか強張っているように見えるのはけっして穿ちすぎているわけではないと思う。

 彼等の見せる態度が一般的なのだろう。自分の置かれた状況は極めて特異であり、ニレスさんたちが普通に接してくれているからと、当たり前に思っていれば痛い目をみそうだ。意識を改めて引き締めつつ、お互い気分良く過ごすためにも少し離れていたほうがよいのかもしれない。

 そんなことを考えていると、祝術士と同乗していた人たちがマーセンさんの指示に従い、わらわらと腐土竜の死骸へ集まって作業に取りかかりだした。ワイバーン五頭は既に腹も満たされたのか、少し離れたところで銘々が寛いでいたこともあり、作業員はいささかワイバーンたちの動向を伺いながらの作業である。巨体に縄を掛け、足場を作り、運びやすさと保管の都合か分からないが解体を進めていく。途中、マーセンさんの指示を受けた現場監督が作業員たちに声をかけるなど、手際のよさからも彼等が解体に慣れているのだと伺えた。

 しかし、胸部に首を突っ込みんで内部を食しながら移動する屠竜はどこへ向かって行くのだろうか。広げた羽が外側に引っかかるから前へずれる、屠竜も前に進む、羽が引っかかるの繰り返しである。しかも、まだ前脚を掴んでいた。あまり遠くに行くと作業が大変になると思うから一周して戻ってきて欲しいものだ。


「タテシナ殿」

 初めてということもあり、専門とする職人の仕事を興味深く眺めているとクエリさんに声を掛けられた。

「はい、何でしょう」

「一旦、私は城へ戻ります。ダウェル軍の件について報告もありますし、生き残りの捜索や森の状況を確認するためにも人手が必要なので、その判断を仰いできます」

 そうだった。強引な開拓後の状況を確認しないといけなかった。ホウレンソウですな。もちろん、異論はないので了承と頷く。被害総額、はやぶ蛇になるので口にはしませんけど。

「その(かん)、タテシナ殿の身はマーセンに任せておきます。毒竜も祝術士もおりますし、危険なことはもうないと思いますが、万が一の際にはマーセンの指示に従って下さい。陛下もしくは殿下の指示を頂いたあと、私か或いは別の者がタテシナ殿を迎えにまいります」

「分かりました。クエリさんもお気をつけて」

「ありがとう」

 微かに目を細めたクエリさんが、なぜか私の肩をポンと叩いて離れていった。お互い頑張ったよな、バディー。そういう慰労の意味なのだろうか。しかし、表情筋の硬い人がちょっと微笑むように目を細めるとなかなかに威力がある。得した気分だ。例え鍋奉行であろうとも。

 既にマーセンさんとの話は済ませてあるのか、クエリさんはやってきた祝術士の一人と共に騎乗動物の姿になった精霊に跨がって城へと戻っていった。


 それから暫くクエリさんは戻ってこなかった。まぁ、城の方も混乱を極めているだろうし、そうそう人手を割ける状況ではないのだろう。時間の感覚からして、クエリさんが去ったのは昼前後と思われる。思えば日の出の頃にダウェル軍を発見し、昼前に結果として壊滅してしまったのだから、記録的な撃退ではなかろうか。そう考えると、クーデターも早期鎮圧の部類になるのだろうか。案外、手ぐすね引いて待っていたりして。日本に住んでいれば縁のないことばかりだから、早いのか普通なのか今ひとつ分からない。まぁ、長引くよりかは断然いいのだけれど。


 やることのない私は飛燕の足に腰を下ろし、職人さんたちの作業を眺めながらつらつらそんな埒もないことを思っていた。一方、マーセンさんはとても気が利く方で、食事やらお茶やらデザートやらと、大変かいがいしく面倒をみてくれている。昨夜、小休憩で簡易な食事を取っただけだったから感謝しきりだ。もちろん、飛燕からの差し入れについては丁重に断っておいた。しゃぶりつくされた目玉は、どんなにお腹が空いてようとも受け取る心積もりはない。が、マーセンさんは今にも揉み手をしそうな雰囲気でこちらを見ていた。欲しいのか。


 腹が満たされ一心地ついたその後は? 思う存分、遊ぶ時間らしい。飛燕は私の椅子に徹してお座りしたまま動かないからいい。屠竜もまだ前脚にかぶりついているからいい。出汁にもならないだろうと思うくらいにしゃぶりつくしているが、まぁいい。鍾馗は腹天で寝ているからいい。野生はどこへいったと思うが、これもまぁいい。

 秋火、秋水、呑竜が作業をしている人たちをやけに見ているなとは気づいていた。ただ、巨体な腐土竜を食べ終えたばかりで、さすがにもう満腹だろうという思いもあったのだが、まさか骨惜しみなく動き回る人たちにちょっかいをかけるとは思わなかった。

 ワイバーンからすれば人はとても小さい。その小さい人間が目の前をちょこまかと動いていたら気になるのかもしれない。しかしである。なるべくワイバーンから距離を取りつつ作業をしているのだが、やむを得ず近くを通らなければならないときがあったりする。そんなときは息を潜め、極力ワイバーンたちの気を引かないように努めている彼等をジッと見つめる。超見ています。ガン見しています。といった具合でプレッシャーをかけまくって見ている。それだけならまだマシだった。


 秋火が徐に翼を広げてみせ、その動きで驚きと脅えで尻餅をついた人間の動きが面白かったのか、秋水と呑竜まで加わり人間を驚かせているのである。

 作業員たちもやられた当初は警戒するのだが、数度通り過ぎて何もしないと安堵した頃合いに、いかにも噛みつくような素振りで秋水がいきなり首を伸ばし勢いよくガッと口を開ける。呑竜は後をつけ始めるなど、はっきり言わなくても仕事の邪魔である。

「秋火、秋水、呑竜! ちょっとこっち来なさい!!」

 いかにも、ヤベェといった雰囲気でやってきた三馬鹿へ指をつきつけた。

「彼等は君たちのおもちゃじゃないの。見ない、嗅がない、近寄らない! 人間と! 人間のそばにいる動物は食べちゃいけませんっ。分かった?」

『…………』

「…………」

 三頭は微かに顎を引いて視線を伏せる。実に神妙とも思える素振りに目を眇めた。ワイバーンとはかくもあざとく小賢しいのか。

「返事をしないで誤魔化そうとするんじゃありませんっ!!」

『でも、美味しいかもしれないし』

「まだ喰う気かっ! どんなに美味しそうでも食べるんじゃありませんっ!」

 ァングと鳴く屠竜に指を突きつけ一喝する。黙って脚を食べてなさい!

 鍾馗は薄目でちらりとこちらを見たが、そもそも鍾馗は人間に興味がないようで再び目を閉じ寝入ってしまう。腹を上にしたまま。自分の重みで羽は痛くないのだろうか。というか、頭上からは熱い鼻息がしきりに掛かってくる。

『目……』

「いらん! マーセンさんにあげてきなさいっ!」

 マーセンさんへあげるにはまだ惜しいらしく、飛燕はグゥと唸って黙り込んだ。

「人間を食べないと約束できないのなら、今すぐ巣に帰りなさいっ!」

『いやーっ!』

 三頭揃って悲痛な声を上げる。呑竜に至っては、腐土竜に吹っ飛ばされたとき以上の悲壮感溢れる声を上げた。何なの、この演技派。

「嫌ならちゃんと約束する。人間を食べない。分かった?」

 よほど巣には帰りたくなかったらしい。渋々、嫌々、不本意と言わんばかりであったが、取りあえず返事をしたので良しとする。これで一安心かと思ったら、屠竜が小さく鳴いた。




『うっかり、事故とか』

「吐き出せっ!!」



 


【阿武隈成長記録】

他の精霊と触れ合う機会も増えて感化されたのか、色々と小ネタを仕込んでいくらか力をつけた結果なのか、念願の人型に変化できるようになったので『見て見て!』と自慢しにきた。

格好いいとまではいかなくとも、せめて愛らしい姿を予想していたのだが、踏ん張って変化した姿は神社で厄払いに使われる雛形だった。

まんま、人が大の字になったような紙切れもどきが自慢気に自家風力で宙を漂っている。


節子、それ……いや、何でもない。

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