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WyvernCourier  作者: 市太郎
異世界はシビアです
20/34

20 私、人情があったようです。

 

 

 

 城も間近にと迫る中、会話は途切れたが殊勝な雰囲気に満ちていたところをぶち壊すのがやってきた。

 いきなり飛燕の体が傾くので何かと思えば、置いてきた阿武隈が猛烈な勢いで駆け抜けて行った。どこへ行くんだ阿武隈よ。そして、たかだか名前一つに今の今まで興奮をしていたのか。どれだけ興奮しまくっていたのか。一から十まで問い詰めたい。かなり行き過ぎてから慌てて戻ってきた阿武隈は、それはもう声が出ればさぞかしけたたましかろうという勢いで、私の目と鼻の先にて責める詰るまとわりつく。

『何で置いてくの? 何で? 何で? ねぇ! 何で?』

 実にうっとうしい。問い詰めたかった気持ちは未来永劫封印することにした。

「分かった、分かった。ごめんごめん。楽しそうだったから、ついね」

 もちろん嘘だ。はいはい、落ち着きましょうね。と阿武隈を掴んで服の中へと突っ込んだが、服の中では不服らしく、ひとしきり不満もはき出して満足したのか、飛燕の頭の上へと移動しお座りで寛ぎだした。ローフさんよ、本当にコレの加護が重宝するのか。機会があればじっくりと膝を詰め合わせて論議したいところである。


 私が疑念に苛まれている間もワイバーンたちは悠々と飛んでいく。大きな川を超えると森と思しき木々の一群があり、その先は平原となっている。眼下には街道だろうか。それなりに幅のある道が続いており、その先には濠に囲まれたグララド国の城壁が見えた。あっという間に超えた城壁を垣間見たときに門があったので、出入りする人をチェックする関所も兼ねているのかもしれない。


 グララド国の王都を上空から見下ろした第一印象は、計画的に整備された美しい町である。

 眺めて思ったのは川の流れが右腕を斜め上に、左腕は大きめのボールを抱えた人のような形に見えるということだ。左腕の肘から先、抱えるような内側が今しがた超えてきた森と平原だ。右手から頭上を通って左腕の肘まで弧を描くように聳える緑深い山は風で膨らんだストールのようにも思えてくるから不思議なものである。

 顔に当たる部分、正しくは口の辺りが五稜郭でお馴染み稜堡式城郭と呼ばれる類の城、首が城と町を繋ぐ大きなアーチ橋だ。一見、ボスニアのスタリ・モストやスロベニアのソルカン橋もかくやといった眺めである。実物を見たことはないが。実際見たことはないので正にかくやあらむだ。

 デコルテを見せる襟ぐりが開いたU字シャツのようなラインで城壁が囲み、首から胸の辺りまで町が広がっている。城壁都市というタイプになるのだろうか。

 王都は緩やかな傾斜地で当然といえば当然だが、一番高い場所に城が建てられていた。


 緩やかな傾斜に造られた町を見て、一言で言うならば千枚田だ。城を中心として広がる畦のようにも見える環状線は、道の幅からして各区画のメインストリート的な位置づけというイメージが浮かぶ。また、城壁から城へ続く道は環状線とぶつかるごとにずらされた放射状の道で区画され、その絵面が何かを彷彿とさせる。そう、円形迷路の図柄だ。

 更にはあちらこちらにずらされた放射状の道を縫って運河がくねっている。上から見ていると分かるのだが、この運河は首の位置にあたるアーチ橋の掛けられた川から引かれ、城壁を囲う濠へと流れている。水路に橋がかけてあるのは当然ながら、場所によっては水路が道の上を通っていたりとなんともいやらしい設計者である。縦横に流れる大小様々な運河と迷路のような道で、敵襲があったときなどは真っ直ぐ城へ向かえないようにという計らいかもしれない。実にいやらしい。


 しかし、こうも運河が多いということは木材関係の産業が盛んなのかもしれない。天然要塞も兼ねている山は緑豊かでそれだけ木の多さを物語っているし、少し遠くを見れば超えてきた森と同規模な木々の一群が点在している。その合間には大農園規模と思われる畑があった。

 再び城へと視線を戻す。視力検査の記号でよく見る下に穴が開いたランドルト環に近いが、五稜郭よりも角が多い十一角の星形要塞のようだ。丁度、時計盤の六の部分がアーチ橋にあたり、真ん中の空間はシンメトリーの美しい平面幾何学式庭園、奥にある建物を挟んだ山側は借景式のようである。これらを見る限りではグララド国はかなり裕福な国なようだ。また、グララド国の規模がこの世界でも一般的な水準だとすれば、想像する以上にこの世界の文明レベルは高いのではなかろうか。


 まだ日は昇り切っていない。だが、刻一刻と夜の闇が払われ、町に明かりが満ちてくる。かなり上空を飛んでいるため顔の識別などは無理であるが、疎らながらも人の姿が認識できた。空飛ぶワイバーンたちの陰が過ぎることで人々が気づくかもしれない。

 そんな中、一番城に近い大通りを一団が足早に進んでいるのが見えた。この距離でも武装していると分かる。件の反逆一味かもしれない。背後のニレスさんが息を飲む気配が感じられた。

「殿下、あれは……」

「分かっている。タテシナ殿、あそこの上をできる限りゆっくりと飛んでいただけますか。飛び下ります」

 クエリさんの言葉を遮り、アーチ橋とは真逆にある一際高い場所、おそらく城の要であろう天守閣の最上階に設けられたテラスを指してニレスさんが告げてきた。すでにアーチ橋を超え、辺りへとよくよく目をこらせば回廊などで争ってる人々が垣間見える。知らず、私自身も緊張に身が強張ってしまう有様だ。


「分かりました。……飛燕。あの場所、一番高いとろこにある張り出してるところへできるだけぶつからないようにゆっくりと近づいてくれる?」

 名を呼べば緩く私を振り返る飛燕へ、ニレスさんと同じようにテラスを指してみせるとググと喉を鳴らして答えてくれた。すぐに正面へと向き直った飛燕は軽い調子で一声上げる。すると、それまでは雁のようなV字隊列で飛んでいたワイバーンたちが飛燕と同じような調子で鳴き声を返し、 縦一列のトレイル編隊へと変わっていく。一晩の付き合いではあるが、馬鹿だし、呆れるほどマイペースだし、徹底した我関せずだし、と個性豊かなワイバーンたちだが、こういうところは感心するほど賢いし統率が取れている。やはり、数頭で群れて狩りをしているのだろう。しかし、ワイバーンたちはどうやって私の言葉を理解しているかいささか疑問に思う。大いに助かってはいるが、聞き分けよすぎるのが不思議である。

 着地地点となるテラスが目前に迫ってきた。


「タテシナ殿、お世話になりました。面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ない。身の安全が確認できるまでクエリがタテシナ殿をお守りします。万が一の場合はクエリの指示に従ってください。また、後のことはマーセンにも任せてありますので、彼の元へ身を寄せていればまず安全でしょう」

 ゆきずり同然な私のことをそこまで考えてくれるとは。十九歳だというのに、度量の広さに感服しきりである。が、ニレスさんの人柄に酔っている場合ではない。胸中に様々な思いはよぎるが結局口にできたのは礼の言葉だけであった。実に不甲斐ない。何か気の利いた言葉はなかろうかとテラスを睨んでいると、とつじょ人がわらわらと出てくるのが見えた。


 成人女性と少女、二人を守るように囲んでいる武装した男性が数人。そして、彼らを追ってやってきたのは甲冑をまとった団体だ。男性だけでもその数はざっと倍、更に倍。

「っ……母上! ラエナっ!」

 思わずとばかりに声を漏らしたニレスさんをとっさに振り返った。予定通りに飛燕を寄せるか、それともいったん離れて様子を見るか。だが、問うまでもなく意図を察したニレスさんから小さな頷きを返された。

「構いません。そのままテラスへ向かってください」

 飛燕はテラス正面から右手へと旋回する。数度大きく羽ばたき、その余力でテラスへ向けて下降を始めた。巨体な六頭ものワイバーンが近づいてくればさすがに気づかれる。テラスにいた全員がこちらに顔を向けた。すでに個々の顔が識別できる距離である。


 ニレスさんのお母さんは、すこぶる美人だった。妹と思わしき少女はニレスさんに面差しが似た美少女だった。

 美人は万人の潤いであり、美少女は人類の宝である。そんな美人と美少女を脅かすなど言語道断である。正義はニレスさんで当然至極だ。

 腰を浮かせ落下姿勢に入ったニレスさんに、私は思わず振り返って告げた。早々に逃げ出す私ごときがとも思うが言わずにはいられなかった。別に美人がいたからというわけではない。

「ニレスさん。ご武運をお祈りいたします」

 叶うことなら無事な姿でもう一度会いたい。何もできないがそう思ったのだ。

 厳しい表情を浮かべていたニレスさんは驚いたのか、一瞬目を見張ったがすぐに笑みを浮かべた。

「ありがとう。必ず、もう一度お会いいたしましょう」

 危地へ向かうとは思えないその魅力的な微笑みは、年下とは思えぬほどとても……正直とっても不整脈状態です。二十数年の人生において、XY型の染色体をもつホモサピエンスと個別に念入りに微に入り細に入り親しくしたことも、する機会もなかった私にとって、動悸息切れ眩暈の発作を引き起こすには十二分である。一言で言えば惚れてしまいそうだ。裏を返せば、免疫ってとっても大事だという事だ。


 動悸の激しい私を知ってか知らずか、いや知るどころの状況ではないが、クエリさんに後は頼むと告げ、ニレスさんはもっともテラスに近づいた瞬間、やや体を傾けていた飛燕の背を蹴り飛び下りていった。

 速度を緩めているとはいえワイバーンの体は大きい。ぶつからない距離ではあったが、それでも風圧は強く、テラスにいた全員が銘々に身を庇う。しゃがむ者もいれば腕をあげて目を庇う者もいた。身を立て直す暇もなく、マーセンさんの乗る屠竜が続きワロールさんが飛び下りる。更に、続いた秋火からはリラバさん、ローフさん、へルートが飛び下りていった。


 グーロの加護によりニレスさんたちの落下速度は緩やかだ。幸いと言うべきか、遠射武器を持っている人間はいないようである。とはいえ相手もただ指を咥えて見ているわけではなかった。いち早く体勢を整えた者が槍を番える。――――が、それらはシュレイが雷にて撃退している。ニレスさんたちがなんとか無事にテラスへ着地したのを見届けて思わず息が漏れた。しかし、元々女性二人を守っていた人数は少なく、ニレスさんたちが加わったところで相手の人数はまだ倍以上である。

 テラスへ向け下降した飛燕たちは再び高度を取り始めた。


「タテシナ殿。いったん、あちらに下りてマーセンと今後の予定について話を詰めましょう」

 そう言ってクエリさんが指した場所は、さきほど通り過ぎてきた平原である。生返事で答えながら、ニレスさんたちが気になり肩越しに振り返った。女性二人を守りながらの多勢に無勢だ。苦戦している様子が伺える。何か、彼らの意表をついて突破口を見いだすことはできないだろうか。

 もう一度飛燕を下降させるか? 曲がりなりにも彼らとて兵士である以上、そう何度も同じ手が通じるとは思えない。それに飛燕が近づけばすぐに気づかれるだろうし、そうなれば意表を突くという主旨から外れる。また、無茶をしてニレスさんたちの動きを封じてしまうなどはもちろんだが、女性たちに怪我をさせるなどは本末転倒だ。


 何か彼らの意表を突く突拍子もない――――――――のが目の前にいるじゃないか! 期待を裏切らずに突拍子もないことをしでかしてくれるのが!

「飛燕! もう一回テラスの上を旋回してくれる?」

「タテシナ殿、いったい何を……っ」

「阿武隈おいでー!」

 クエリさんには答えず、阿武隈を呼ぶ。飛燕の頭でのんびり風を浴びていた阿武隈が『なーにー?』といった調子でやってくる。

「ほら、あそこにニレスさんいるよね? グーロのご主人様、わかる?」

 指さしたテラスに顔を向けた阿武隈が私に向き直り緩く尾を振る。

『いるね!』

「ニレスさんたちに剣を向けている人たちいるよね」

 再びテラスを見て私を見た阿武隈が尾を更に振る。

『いるね!』

 ちょっと大丈夫だろうかと不安はよぎるが、負けない。

「あの人たちに、高い高いしてあげようか」

 ゆるゆると振ってた尾が一瞬ピタリと止まり、すぐに激しく尾を振り回す。実に分かりやすい。パカッと開いた口からして嬉しそうだ。感情の伺えないツルリとした目も爛々としているような雰囲気がビシバシと伝わってくる。

『い い の か ?』

 今にも駆け出しそうな阿武隈を宥めつつ更に続けた。

「全員を高い高いするの、楽しそうでしょ? あ、でもいきなり高いところから落としたら駄目よ? そうねぇ……ほら、あそこの山あるじゃない? 高い高いしながらあそこにそっと下ろしてあげるの。阿武隈にできるかなー?」

 城の背後を守る山を指しながら告げると同時に、阿武隈はかっ飛ぶ勢いでテラスへと向かって行った。

『できるのおおおぉぉぉぉぉぉ!』

 ドップラー効果が今にも聞こえてきそうな喜びようである。思う存分、力の限り、精根尽き果てるまで、夜はぐっすり眠れるほどにやってしまうがいい。精霊が夜も寝るのかまでは知らないが。しかし、勢い余ってかお尻についたつむじ風が大きくなっている。風の精霊というより韋駄天の申し子だ。韋駄天台風急接近中である。


 城の上空で緩やかに飛燕が旋回してくている間、安全圏ということもあって阿武隈のしでかす様子を見届けようと思ったわけなのだが、自分で命令しておいて言うのも何ではあるが、気の毒な有様になってしまった。いや、阿武隈は期待に応えて兵士全員を高い高いしてくれている。

 幼き頃、ストローやパイプで息を吹いてピンポン球を浮かせるというおもちゃがあった。兵士たちは正に浮いては沈むを繰り返すピンポン球状態だ。阿武隈の張り切り具合がその半端ない高低差で如実に示されている。しかも早い。とてつもなく早い。高い高いというよりも、紐なし高速バンジーアンド逆バンジー永久に。といった遊技のようだ。同情を禁じ得ない。気の毒の一言に尽きる。

 浮力、重力、遠心力を存分に応用したアトラクションなどないと思われるこの世界にて、彼らは初めて体験したに違いない。さぞかし楽しかろう……阿武隈だけが。私とてあの様子を見ていたら体験したいとは思わない。実に涙を誘う光景であった。

 阿武隈なりの高い高いを、阿武隈だけが存分に堪能したあと、竜巻に巻き込まれたかのような兵士たちと共に城の主塔を何周も駆け回り、そして山へと向かっていく。兵士たちの嘔吐いてるとも思える雄叫びを響かせながら。

「………………」

 王子に付き添っているのだから、近衛の中でも先鋭と思われるクエリさんでさえもが言葉を失っていた。ふと視線を眼下に向けると残された人々の唖然とした雰囲気の中、ニレスさんが片腕をあげているのが見えた。私も手を上げて振り返す。

 互いの無事を見届けた。

 そしてなすべきことをするために、ニレスさんたちは城の中へ、私は飛燕に告げてクエリさんの言う平原へと向かったのである。

 

 

 

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