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WyvernCourier  作者: 市太郎
異世界はシビアです
19/34

19 私、自分が可愛いんです。

 

 

 

「野心溢れる好戦的なダウェル国の力を借りて簒奪が成功したとしても、いずれはダウェル国の侵略を許す布石でしかないというのに。愚かなことを考えたものです」

「その……簒奪を計画している連中というのは見当ついているのですか?」

 もうここまできてしまえば、聞いてしまったほうが色々と楽だ。女は度胸だ。潔く腹を括って気になることは聞いてしまおう。

「嘆かわしいことですが」

 と、説明してくれた二レスさんには申し訳ないのだが、皇太后とか前王とか現王とか王位継承権がどうとか聞き慣れない言葉が多すぎて困った。

 色々はしょって結論だけ言えば、第一王位継承者であったニレスさんの従兄が呑む打つ買うの放蕩三昧な馬鹿殿と化し、グララド国と王家我が命の具現ともいえる親衛隊、もとい元老院からの異議申し立てにより継承権剥奪となった逆恨みによる行動らしい。というのが建前。ニレスさん自身、といっても実際に動いていたのはマーセンさんなわけだが、集めた情報によればダウェル国が焚きつけた可能性が高い。さきほど襲ってきた翼魚で確信を得たが、いかんせん証拠はないとニレスさんは口惜しく零していた。

 しかし、素人である私でもそんな他国の力を借りて王座を奪ったところで、結局はよくて傀儡、悪くていずれは殺されるのではなかろうかと思うのだが。その辺を突っ込んでみるとニレスさんもしっかりと頷いていた。それが先の侵略云々に繋がるのだろう。

「詳細な事情も知らないタテシナ殿でも懸念するというのに、なぜに我が従兄殿はこのような奸計に乗ったのか……」




 王城へ着くまでにはまだ少し間があるということで、今回のクーデターにいたった原因とグララド国および周辺国の歴史についてニレスさんが語ってくれた。

 この大陸にて大小様々な国が建国してから、そう歴史は古くないようだ。といっても、地球に比べたらという基準だが。

 最初は少人数であった集落へ人が集まるようになり、いつしか国の礎ができてリーダーが立つ。人が増えればそのぶんルールが必要となり、綱紀を整え、国として成り立ってきたころには人々も余裕ができてくる。そこで辺りを見回すと隣国への欲が出る。資源、農耕地、領土拡大など様々な思惑から戦国時代に突入だ。

 とはいえ、長く戦争に明け暮れていれば国が疲弊するのは必然。いい加減に領地が荒れてきたところでそれぞれの国がちょっと休戦でもしましょうか、といった雰囲気になったのはグララド国王三代前の頃だとか。

 それからは戦場で剣を交えるのではなく、互いの腹を探りつつ利権をいかにせしめるか机上で弁を交わすといった流れに移り変わっていった。政略結婚なんかもこの辺りから盛んになっていったらしい。まぁ、この辺は余談。

 暫定的ではあったが、国民はもちろん国もこのまま休戦状態でいいのではないか? といった時代に生まれたのがニレスさんのお父さんとそのお兄さんである。ニレスさんのお父さんはどちらかといえば頭脳よりも武力。一方、ニレスさんの伯父さんは武力よりも頭脳。一見押しに弱そうないかにも無害といった容貌と雰囲気ではあったが、なかなかに弁の立つ人だったらしい。長男であったし、力よりも知恵といった時代でもあったためにニレスさんのお祖父さんが引退後は、国民ともども異論なしの満場一致で伯父さんが王位に就いたわけである。

 その頃、お隣の懐事情がとっても豊かな商業国家スルエル国からお姫様が遊学という名のお見合いをしにやってくる。最初は伯父さんのお妃にという話だったらしいが、ニレスさんのお父さんと互いに一目惚れ。スルエル国側と伯父さんお祖父さんその他の許しを得て結婚。伯父さんは時の宰相の娘と結婚。やがて伯父さんには件の従兄が生まれ、その三年後にニレスさんのお兄さんが生まれる。国民からも慕われる賢王、さらには跡継ぎにも恵まれたし、スルエル国とは強いパイプもできて順風満帆、グララド国安泰かに思えたが伯父さんは四十歳目前という若さで夭折となる。

 当然のことながら五歳になるかならないかの子供が王座へ就くわけにもいかないので、ニレスさんのお父さんが王様となる。しかし、お兄ちゃん大好きだったニレスさんのお父さん、甥っこが王として相応しく成長していれば成人した暁には王位を譲りたい。俺、武闘派だし、他国と腹の探り合いとか駆け引き苦手だし。みたいなことを宣言する。

 そんな事情も相まって、従兄は帝王学、いずれは従兄の右腕となるべくニレスのお兄さんは次期宰相への勉強に勤しむことになったのだが、ニレスさんのお兄さんが前王タイプだったらしく幼いながらに頭の回転は早いわ弁は立つわで何かと比べられていたらしい。この辺はニレスさんもまだ生まれてなかったので見ていたわけではないらしいけれど、ニレスさんが物心つくころには従兄はすっかりグレちゃっていたようである。

 成長するにつれて行動範囲が広がり、お忍びで城下に行っていたのがおおっぴらとなり、酒を呑んで暴れるやら無銭飲食するやら女をはべらかすやら博打に入れ込むやらでたちまち鼻つまみ者へと成り下がっていった結果、元老院の異議申し立てにより王位継承権が剥奪されてしまったのが五年ほど前のことなのだとか。


 一方、未亡人となった従兄の母親である王太后だが、暫定とはいえ次期王様の母親ということもあり城内にある離宮でひっそりと暮らしていた。とはいえ、先日まではファーストレディ、社交界の女主人だった人である。かつての人柄までを私が知るよしもないことではあるが、徐々に箍が外れていったらしい。

 新たな女主人の実家イコール自国はとってもお金持ち。大陸随一の商業国家と謳われるだけあって、各国の品や珍しい品に高級品などが選り取り見取りで流通している。個々の思惑は様々であろうが、目端の利く者なら新たな女主人に擦り寄っていくだろうというのも想像できる。しかも、後ろ盾は前王崩御により隠居した元宰相。現役の頃ならばそれなりに幅も利かせられただろうが遠からずして淘汰されていく老人である。華々しく浴びていたスポットライトからいきなり舞台の袖まで押しやられた心境たるやといったところだろうか。私には縁のない矜持なのであくまで想像の範囲でしかないけれど。

 王太子の愚行と同調するように、王太后も護衛という名の愛人を入れ替わり立ち替わりで囲いだしたのだとか。そこまで聞いてちょっと違和感を覚えたのだけれど、口を挟まずに大人しく続きを聞く。なにせ、代わり映えのない風景なのでニレスさんの話に耳を傾けてないとうっかり寝てしまいそうで危ないのだ。

 結論としては城の風紀を乱したというのもあって、王太子が王位継承権を剥奪されたのを機に城を去っている。その後は息子と一緒に城下にある元宰相別宅に住んでいたが、元王位継承者、王太后とは思えないほど随分と爛れた生活を送っていたらしい。


 そんな二人の保護者である元宰相はといえば、自分の領地に引っ込んで隠棲しているかに思われた。

 明敏と言われた前王であったが老獪たる各国の王とやり合うには経験の浅さが心許なく、そこをサポートしていたのが海千山千の元宰相である。ニレスさんのお父さんが王位に就き、新たな宰相に引き継ぎを済ませたあとは食えぬ狸とまで言われていたのが一転して、精彩を欠いた様子で領地に戻って行ったのだとか。

 当然であるが元老院の採決を素直に従ったかといえばそうでもなく、王位剥奪の一件以降はとある機関が隠密に動向を注意していた。が、彼らはそれ以前と同様、むしろいっそう爛れた生活を送っていたため徐々にその監視も当初に比べて緊張感はなくなっていったらしい。

 息子は街に出れば飲んだくれてクダを巻き、湯水のように博打で金をつぎ込む。母親は複数の愛人を別宅に囲い込む。王室という枷がなくなったのか余りある金で放蕩三昧。すっかり腑抜けてしまった元宰相は引きこもり。数年に渡ってそんな状態であれば監視が弛むのも致し方ないのかもしれないが、脊髄反射で決起するほうが珍しいとも思ったりするし、どうなのだろう。


 そんな王室スキャンダルも人々の記憶から風化されつつあったとある日のこと。マーセンさんと懇意にしているスルエル国の商人がちょっと気になることがあると話を聞かせてくれたのだそうだ。この商人という方は、スルエル国では指折りの豪商らしくスルエル国王室とも懇意にしている上、ニレスさんのお母さんの大ファンということもあってニレスさんのお兄さんとも個人的に親しくしているのだとか。一瞬、人前では話せない密談をする料亭の図を思い浮かべたが今はどうでもいい事だ。で、その豪商が勘ぐりすぎかもしれないけれどという前置きで話してくれた内容が、領地に引っ込んだ元宰相へ納品される武器の数なのだという。

 軍という規模には満たないが、領地を持つ貴族ともなればそれなりの護衛を抱えるのは一般的であり、いざ戦争ともなれば国軍の次に戦地へ赴くのが彼らなのだとか。日常の仕事としては、要人護衛はもちろんのこと、領地運営を円滑に進めるためにも自然災害が発生すれば現地に向かって早急な復旧を行ったり、犯罪防止のために領地見回りなんかも行ったりする。一応、日本でいう警察にあたる機関も別にあるらしいのだが、自衛隊と警察が一緒になったようなものかなと思う。

 そして、日頃の鍛錬も日常の一環である。使えば武防具が摩耗するのは当然であり、修繕に出したりもするが、定期的に新しい武防具の購入も目くじらを立てて気にかけることではない。ないのだが、この納入の数がちょっと気にかかるという豪商が言う。話を聞けば確かに消耗品だから減れば足すのは納得なのに、なぜそこが気になるのか? と首を傾げる私にニレスさんが簡単に説明をしてくれた。

 例えば、毎年十本の剣を納品する。領地の広さイコール護衛の数なので本来はもっと多いし、納入する数はいくらか前後するものではあるが、元宰相のところへ届けられる数が毎年増えているとのこと。例年十本前後だったものが、十五本、二十本、二十五本といった具合で少しずつ増えている。そのことに気づいた者が遡って調べてみると、納品は増える一方で減った年はこの十年以上ないのだとか。更に不信に思って調べると前王の死を境に増え続けている。ちなみにと総計を取れば小規模な軍が編成できそうな数まで溜め込んでいるのではなかろうかと。更に更にと調べれば、鉄なども気にとめるほどではない量が、例年増加傾向で領地に届けられている。ちょっと気になるよねと言う豪商の言葉をきっかけに、マーセンさんからニレスさんへ報告があがり、ニレスさん独自で色々と調べ始めたのだそうだ。

 王妃の地元から疑われるような物を仕入れるのだろうかとも思ったが、武防具に限らず農耕具を作るための鉄などはこの近辺では採れにくく、スルエル国近辺の諸国は質の良さや量からしてもスルエル国の市場に頼りがちであるというのが実情だそうだ。その辺りが小国でありながらもスルエル国が他国から一目置かれている由縁かもしれない。ちなみに、元宰相は耳打ちしてきた豪商の店と直接やりとりしているわけではない。ニレスさんのお母さんの大ファンである豪商が、他の商人に一言目をかけといてと勝手に言っていた結果である。こういうところまで目端が利くから豪商になったのだろうか。

 それはさておき、マーセンさんよりもニレスさんのお兄さんと親しくしている豪商の話であるからして、この件に関してはニレスさんのお兄さんも把握済みだろうし、ニレスさんのお父さんも承知していると思われる。というのがニレスさんの言葉。

 折しも、ニレスさんは友好関係にあるルンセ国へ遊学することとなり、後はマーセンさんに引き続きお願いをしたのだが、出るわ出るわ疑い出すときりがないきな臭さ。


 例えば王太后。城下別宅に囲っている愛人の身元を徹底的に調べると、かつては傭兵だったが臑に傷を持っていたりとか、元王太子とつるんでいるならず者も以下同様であったりとか、極めつけが別宅で働く人々だ。

 元宰相ともなれば貴族の中でも最上位な上流貴族、大貴族様である。下働きをするメイドとは別に中流下流貴族の子女が行儀見習いを目的として奉公に上がる。大貴族様のお宅でお世話になりましたの。と一言あるとないとでは就職先や嫁ぎ先が雲泥の差になるらしい。大貴族様の家に勤めるため、当然ながら身元を確認し保証された上で奉公にあがるわけだが、元宰相別宅にいる貴族の子女たちの身元が不確かであったこと。下流貴族の娘として奉公に上がっているのだが、実は奉公する直前で縁組みされた養女であった、更に身元を追うとダウェル国へ行き着くといった有様であったとか。下男下女の身元も同様だとかでマーセンさんが直接ニレスさんに報告へ向かったわけだ。しかし、ソルベリア国へ到着して間もなく、どうやら元宰相の動きが活発になったという報告で急遽秘密裏に帰国し、お兄さんやお父さんと相談する予定は道中様々な邪魔が入ることで阻まれる。とうとう馬をやられて腹を括ったときに私と出会って以下今に至るのだそうだ。

 元々、監視していた機関が節穴というわけではない。腐っても元宰相。あちらのほうが上手だったのである。ここまでの情報を集めるのに、マーセンさんとてかなりの時間を要したのだとか。

 

 説明してもらっている身で何ではあるが、聞き慣れない硬い言葉を必死で理解に勤めたのでちょっと放心、いや飽和状態だ。

 何とか流れを飲み込んだところで、でもと思う。事情は分かる。理解もできる。でも、ニレスさんはまだ十九歳である。一般的な日本人であればまだ学生で青春を謳歌している年頃なのだ。なぜに自ら危地に向かうのか。私から見れば、ニレスさんは『まだ』という年齢なのだ。しかし、ニレスさんへ私の釈然としない気持ちを伝えたところで迷いのない答えが返ってくるのも分かっている。短時間ではあるが、ニレスさんの人柄を想像できるくらいには触れたつもりだ。

 ああ、違うな。私は自分が高みの見物でいられるからこそ、ニレスさんに怪我をして欲しくないのだ。後々になって、寝覚めの悪い思いをしたくないから痼りを感じるのだ。

 しかし、やはり十九歳であろうとニレスさんはニレスさんである。私のもやもやとした気分を察したのか、毅然とした声で言うのだ。

「私はグララド国王の息子でありますが、それ以前に国王へ忠誠を尽くす一臣下です。王に危機が迫っているのであれば、何を置いても、誰になんと言われようとも、駆けつけお守りいたします」

 揺るぎない凛とした言葉に、なぜかストンと心に落ちてしまった。私がやきもきしたところで、ニレスさんはニレスさんのなすべき事をなし、その結果がどうなろうとも後悔はしないのである。しないように信念を貫くのだ。ならば、私はニレスさんの憂いがないように自分のなすべき事をすればいい。全力で逃げます!

 ああ、それにしてもニレスさんが眩しい。後ろにいるけど、眩しい。物理的にも眩しい。朝日が昇ってきているからだが。藍色の空が次第に朝焼けに移り変わる様は、本当に燃えているかのようだ。徹夜した目には少々厳しいものがある。

「見えてきました。あれが我がグララド国の王都です」

 ニレスさんが示すその先に、グララド城がそびえているのが見えた。

 

 

 


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