18 私、問答無用で巻き込まれるようです。
ワロールさんとマーセンさんのそばへニレスさんが駆け寄った。
ローフさんも駆け寄ろうと一歩踏み出したが、隣に居た私の存在を思い出してか徐に振り返り幾分強張った笑みを浮かべながら飛燕へと促される。
「直ぐに出立となりそうですので、タテシナ殿。先に、毒竜へ乗られているとよろしいでしょう」
何があったのかと首を突っ込もうとは思わないが、あからさまな蚊帳の外扱いは寂しい。というのは冗談だが、思うところは無きにしも非ずである。
まぁ、身軽な皆様と比べて時間は掛かるので、素直にローフさんの手を借りつつ今度は飛燕の太ももから乗り込んだ。
首の付け根へ跨った私を確認した後、ローフさんも話し込んでいる皆のところへと向かって行った。
ワロールさんとマーセンさんの報告に耳を傾けるニレスさんと、三人を取り囲む護衛たちの緊張をはらんだ表情を見て、ガラス張りの会議室にて喧々囂々(けんけんごうごう)と論議している重役たちの図を想像する。声は聞こえませんがね。誰かが何かを言えば誰かがそれに意見をしている様子が喧々って感じに見えるのだ。
これが本当に会社で重役たちが会議しているといった様子ならば、真剣な表情から何か予期せぬ悪いことが起きたのだろうと不安を覚える。といった緊張感である。
さて、問題はその悪いことが私自身に振りかかるかどうかなのだが、どうだろうか? 重役の誰かの減俸あるいは左遷程度で済むのか、もしくは会社倒産とあいなって私自身まで被害が及ぶのか。重役の責任でどうにかなるなら構わないが、倒産となるなら心構えが欲しいところである。身の振り方を考えないといけないからな。
失業手当の手続きやら次の就職活動やらとしなければいけないことが多々ある。とは言え、この世界にハローワークがあるとも思えないので、心構えも何もあったものではないが、事前に聞いているのと聞いていないのとではやはり余裕は雲泥の差だろう。
事情を聞いたら教えてくれるだろうか? と、私なりの自分勝手な事情を考えている間に話はまとまったようである。
散った皆がワイバーンたちへ向かう中、ヘルートがニレスさんに詰め寄って何か訴えている。が、ニレスさんの返答でヘルートは黙ってしまった。やり込められたらしい。で、なぜヘルートが私を睨むのだろうか。ここは睨み返すべきか、それとも日本人の特技である誤魔化し笑いを浮かべるべきか迷う。迷っている間にヘルートが背を向けてしまったのでタイミングを逃してしまった。
そして、ニレスさんが足早に私の下、飛燕に向かってくる。ニレスさんの後にはマーセンさんとクエリさんもだ。ヘルートは来ないのだろうか? 内心、首を傾げてヘルートの背を見ると秋火へ向かっている。ということは、ヘルートとクエリさんが交代するらしい。
「タテシナ殿!」
些細な疑問はニレスさんの声で遮られた。
「はいっ」
「申し訳ないが急がねばならなくなりました。これからは休憩を挟まず一気にグララド城までお願いしたい」
そう告げながらニレスさんが飛燕に乗り上がってくる。というか、城? はい? どういうこと? このでかい図体を六頭も乗り付けて大丈夫なのか? 疑問を口にする雰囲気でもなく、咄嗟に詰まってしまったのだが返事をするタイミングでマーセンさんが声を発した。
「金に糸目はつけません! どうか宜しくお願い致しますっ!」
「分かりました」
あ……いや、金の件で返事をしたわけではないのだが。あたかも金に乗せられて請け負った感が否めない。違うと言う前にマーセンさんは屠竜へ向かってしまったので、今更声をかけたところで取ってつけたようにしか思えない。どうしよう……まぁ、いっか。金はないよりあった方が良いし、ビジネスライクに徹した方がお互い気分が良いという場合もあるだろう。この場合に当てはまるかは分からないが。第一、私には先立つ物が必要なのだ。下手に遠慮して路頭に迷うことは避けるべきである。まぁ、金よりも伝手とか情報も欲しいところだが、どちらにしてもグララドに着いてからでないとどうしようもない。
そんな私の葛藤をよそに、ニレスさんとクエリさんは既に飛燕へ跨り準備が整っている。他の皆も用意はできているようだ。ニレスさんが皆の様子を一瞥して私を促す。
「タテシナ殿、お願いします」
「はい」
飛燕の首筋を軽く叩いて出立するようお願いする。
グッと沈んだ飛燕の体が浮き上がり力強く羽ばたいて地面から離れ、間をおかずして秋火に屠竜、秋水、呑竜、鍾馗が続いた。
ある程度上昇し、ワイバーンたちが高度を保った辺りで再度ニレスさんが声をかけてきた。
「グーロに風で後押しをさせますので、落ちないように気をつけてください」
「あ、はい。……毒竜たちは大丈夫ですか?」
いきなり風で煽られたりしないだろうかと肩越しにニレスさんを振り返り尋ねると、微かに目を細めて頷いてくれる。
「毒竜もですが、翼を持つものは風の精霊と相性が良いのです。自然と感じ取るようですから特に注意を促す必要はありません。上手く風に乗ってくれるでしょう」
なるほど。ならば、私は落ちないようにしっかりと掴まっていれば良いだけである。分かったとニレスさんに頷いてみせると、間もなくして飛燕が大きく一度羽ばたいた。風の加護を受けているので直接に風を浴びたりはしないが、後ろから押された勢いを感じる。ニレスさんの言うとおり、ワイバーンたちは上手く風に乗ったのだろう。眼下を流れる景色が休憩前に比べて確かに早かった。
再び沈黙が訪れた中、いくつか気になることを聞くべきか否かという思いが浮上してくる。
城へ乗り付けろとニレスさんは言ったが、ワイバーンというか毒竜って気性が荒いと認識されているのに、政の中心部へいきなり行って大丈夫なのだろうか。国会議事堂の上を他国の戦闘機が集団で旋回しているようなものだと思うのだが。
建前としてはマーセンさんが献上品を届けるということだったけど、この話もさすがに胡散臭く思える。
まさかテロ行為とかじゃないよね? えぇ、どうしよ。右も左も分からないのにいきなり指名手配とかいう落ちは勘弁して欲しいのだけどなぁ。ニレスさんへ、テロしに行くのですか? なんて聞くわけにも行かないし。正義を振りかざされても私にはそれが正しいのか分からないしなぁ。事情を知っていて巻き込まれるのと、事情を知らずに巻き込まれるのとどっちがマシだろう。
すっかりニレスさんたちを犯罪者扱いしていたりするけど、いざ逃げなくてはならないとなったら漏れなく目立つ六頭を引っさげている身としては切実だったりもするし。
だって、お城に乗り付けろですよ? 皇居正門にF-22が下りたりしたらどう考えても即逮捕だよね? 裁判沙汰だよ。情状酌量認められるかな。いきなり死刑とか? あり得ないとは言えないし言い訳も聞いてもらえないなら、事情を知っていて巻き込まれるほうがマシか?
「タテシナ殿」
人権とか文明レベルを真剣に悩んでいたらまたもやニレスさんに声をかけられた。私が鬱々しているのが分かったのだろうか。
反射的に名を呼ばれたので肩越しに振り返り、ニレスさんを見ずとも話しはできるのだからと正面へ向き直りかけて思わず二度見してしまった。
ニレスさんが禿げている!
いや、つるっ禿げではなく、長くてゴージャスな金髪のかわりに、項辺りまで短く切られた栗毛になっていた。金髪はいずこへと思ったらニレスさんの手にあった。
驚きのあまり体勢を崩しかけたが素早くニレスさんに支えてもらい落ちずに済む。
「す、すみませんっ」
「いえ、驚かせて申し訳ない。今回、タテシナ殿にグララドまで送っていただく際、城門に程近い場所でおろしていただこうと予定しておりましたが、一刻でも早く辿り着かねばならなくなりました。タテシナ殿は私たちの事情には関係の無い、たまたま通り掛っただけの方ですので詳細は伝えぬままのほうが良いと思ったのですが……毒竜を城の近くまで寄せれば貴女の姿を見られる可能性もありましょう。私たちを降ろした後はマーセンに任せてありますので、万が一の場合はマーセンを頼ってください」
え? 万が一って何? 禿げ、じゃなくてヅラというよりウィッグ? の説明もすっ飛ばして身の危険ですか? いや、ウィッグより危険のほうが重要だけど。私が戸惑っているのを知ってか知らずか、更にニレスさんの言葉が続く。
「互いの為と思い偽りを語っておりましたが、ご覧のとおり私はマーセンの娘ではなく現グララド国王の第二子、ニレスクル。後ろにいるクエリを始めマーセン以外は私の近衛兵です」
「は?」
身を捩ったまま仰け反るという器用な格好に思わずなってしまった。いや、男だろうとは思ったけど、王子とか想定外なのですがっ。確かに、歳に見合わず貫禄はあったけど――ええーっ?! 私の知っているセレブって、せいぜい我が部の部長クラスなのですがっ。どう接すればよいのか分かりませんっ。
ニレスさん、いやニレスクル王子と呼ぶべきか? 驚愕に仰け反る私の様子を見て微かに笑みを浮かべる。
「マーセンは本物の商人です。日頃から懇意としておりましてね、色々と便宜を図ってもらっていたのですよ」
そうなのか。へぇ、と思わずマーセンさんへ視線を向けるが距離があり過ぎて顔は判別できなかったので再びニレスクル王子へ視線を戻す。
「半年ほど前から私はグララドと友好のあるルンセ国へ留学をしておりましたが、半月前に簒奪の計画が遂行しているとの情報をマーセンから聞き、グララド国王と王太子へは身辺の注意を怠らないように伝えた後、私は身代わりをルンセ国に留め、先鋭である彼らを供として密かにグララドへ戻っているところでした」
「……え……あ、その途中で私と出会ったのです、でなくて、でございますか」
最高敬語なんて滅多に使わないから、私の付け焼刃な敬語をニレスクル王子は頷きながらも笑っている。
「今は無理に言葉を正さなくても構いません。見栄が必要となる場でご協力を頂ければ十分です。どうぞ今までどおりニレスとお呼びください」
公の場では弁えてくれってことですか。そんな機会は無いと思いますが畏まりました! しかも気遣ってもらってありがとうございます! これからは最高敬語も嗜んでまいりたいと思います!
笑みで和らいでいたニレスさんの表情がふと真剣なものに変わる。
「秘密裏の帰国であったため、相手に悟られる送出陣は使用できませんでした。ですが、ルンセを発って暫くしてから頻繁に襲撃を受けています。私がルンセを発ったことは相手も既に把握しているのでしょう。遅かれ早かれ気づかれるとは思っておりましたので想定内ではありましたが……先ほど翼魚の襲撃を受けましたよね?」
独白めいたニレスさんからいきなり問われてぎこちなく頷いてみせる。
「翼魚の生息する地域は限られています。ダウェル国にある湖がもっとも多く、翼魚を騎調できる技術はダウェル国が随一です」
えーっと……つまり?
「簒奪計画の裏にはダウェル国が絡んでいると思って間違いはないでしょう」