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WyvernCourier  作者: 市太郎
現地人との遭遇です
16/34

16 私、新たな才能が芽生えたようです。

 

 

 

「あぁ、食事の支度ができそうですよ? 腹拵えを済ませたら引き続きグララドまでよろしくお願いしますね」

 三馬鹿のせいで聞きそびれたようなはぐらかされたような、何だか居心地の悪い思いを感じつつも、背を軽く押されてしまったので大人しく促されることにする。

 煮えた鍋を車座になって囲んでいる皆の間、自然の流れで空いた場所へ腰を下ろすローフさんの隣に座る。せめて配膳くらいは手伝うべきかとも思ったが、クエリさんの雰囲気が鍋奉行を醸し出していて手伝いがしにくい。ほかの皆も手を出す気配も見せていないので大人しくしておくことにした。リラバさんから例の硬いプチパンが順に回されていくなか、それぞれが小さな声で話している。主にニレスさんを挟みマーセンさんとワーロルさんが先ほどの翼魚の襲撃やこれからのことについてボソボソと話しているようだ。時折リラバさん、或いはヘルートが口を挟んでいる。ニレスさんとは対面に座っている私は当然ながら話に加われるわけがない。

 私の座った近くにはマーセンさんの送出陣が広げたまま置かれていた。手持ち無沙汰と物珍しさもあってしげしげと布に描かれた模様を眺める。五重の円と思ったが線で描かれているわけではなく、細かな模様が円状に描かれているようだ。中央には蓮の花びらのようにこれまた細かな模様が象られている。タペストリーとしても良いと思える意匠なのだが、小さな模様や幾何学的な模様が淡く光っていることに気づいた。目を細めて見つめると、赤ん坊の爪みたいに小さく丸い毬藻が飛び跳ねている。薄ぼんやりとした光は色様々で、気づくだけでも白や黄色、青に緑に茶色に赤や紫と大変にカラフルだ。少し勢いをつけて跳ねた毬藻もどきが隣の模様へと移動していたりする。声が聞こえたわけではないが、キャラキャラと子供が楽しげにはしゃいでいるように見えるのだ。

「タテシナ殿?」

 ローフさんに呼びかけられ、ハタと我に返るとクエリさんが木のお椀とスプーンを差し出してくれていた。給食に出ていたようなスプーンだ。鉄色の金属でできていて、先が鉾のようになっている。給食でついてくるスプーンより切れ込みが深いからフォークとしても使えそうだ。

「あ、すみません。ありがとうございます」

「いえ」

 クエリさんは素っ気なく一言こぼして隣にいるローフさんへ椀を渡し離れていく。同じ黄色人種っぽいのにつれない。一抹の寂しさを感じながらも皆に椀を回し終えたクエリさんが座ったこともあり、せっかく頂いたので温かいうちに食べることにする。小さく頂きますと呟きスプーンを取り直すも回りの静けさに違和感を覚えて顔を上げた。

 皆が胡座を組み座禅のように椀を持つ手を臍の辺りに置いて瞑想をしている。

 これはいわゆる、食事の前の祈りを捧げるというものだろうか。日本人の能力を発揮すべき時であろう。右に倣えで皆が食事を始めるまで薄く瞼を伏せる。思いの外、長く祈りを捧げている感じを受けていると、ようやく皆が顔をあげて食事を始めた。

 立ち上る湯気に鼻先をくすぐる香り食欲を刺激してくれる。スプーンで具材をかき回すと、パッと見た限りではポトフのようだ。スープの色は白濁とし、ジャガイモ、人参、タマネギ、キャベツに似た野菜と、厚みのある肉が入っている。ジャガイモは見た感じ色も白っぽくホクホクとした食感を想像させるのだが、親指ていどで小さく細長い。人参も色は華やかなオレンジなのだがこちらは私の知るジャガイモのようにゴロリとした大きさである。煮込まれて透き通ったタマネギと思える具材をスプーンの先で突つくと金糸瓜のように細長く崩れた。キャベツに至っては一口大に刻まれているので形が定かではなく、葉に厚みがあり青汁よりも緑が濃い。キャベツではなくケールのような色合いだが、芯と葉の雰囲気がキャベツを彷彿させた。肉は肉だと分かる。皆が配られたパンをそのままスープに浮かべるのを見て自分も真似た。

 未知なる食材ではあるが、とにかく振る舞われた以上は食べるべきだ。まずは椀に口をつけてスープを啜る。口に含んだ温かさに強張っていたわけではないが自然と肩の力が抜ける。野菜の甘みと肉の出汁、あとは塩で味を調えているようだ。ポトフよりも少しこってりした感じはラーメンを思い起こすが、ラーメンよりもくどさがない。ほっこりとしていると思ったジャガイモはシャッキリとしていて長芋のような食感で根の物のような土臭さがあるも私は気になるほどではなかった。人参は味も香りも癖がなく噛まずとも舌と上顎で崩れるほど柔らかい。タマネギのような金糸瓜は糸こんにゃく並の弾力で甘みがある。キャベツも歯ごたえがよく、シャクシャクとした感じでタマネギよりも薄いが甘みが感じられた。肉が旨い。圧力鍋でも使ったのかという柔らかさである。表面は硬そうに見えるのだが噛めば簡単に千切れ、舌で味わえばホロリと溶けながら肉汁が溢れでてくる。下拵えでもしてあるのだろうか。スープの塩加減とは少し濃さが違うように感じる。あっさりめと思えたスープを再度啜れば肉の味わいと相まってコクが増す。いい感じにスープを吸い込んだパンも独特の甘みと塩気、それにコクも加わり柔らかく解れてこれまた旨い。カラカラに乾いていたさっきのパンとは同じと思えないほど、焼き上がりはさぞかし甘くて美味しそうだと思わせるパンになった。

 舌鼓を打ちながらいかにしてクエリさんを嫁にするかの算段に心馳せていたところ、ローフさんが静かな声音で話しかけてきた。

「随分と熱心に見入っていたようですが、送出陣が気になるのですか?」

「いえ……あー、気になります。何かキラキラと綺麗だったもので」

 ローフさんが肩越しに送出陣を一瞥し、再び私に視線を戻す。

「もしかしたらタテシナ殿は祝術士としての資質も持ち合わせているかもしれませんね」

「と、言いますと?」

「送出陣に集まっている精霊は契約をしていない、力弱い精霊です。資質がないと見えません」

 あぁ、そう言えば契約をしている精霊は誰にでも見えると言っていたな。というか、力が弱い? 手首に張り付いている千早やローフさんやニレスさんの精霊とはまた違うのだろうか。

「そうですね、どうお話をしましょうか。タテシナ殿は精霊のこともまるっきりご存知ではないのでしたね」

 疑問を口にした私へローフさんは椀を持つ腕を下ろし思案気に首を傾げてみせた。

「まず、精霊には力があるもの、力が弱いものと二つに分けられ、力があるものでも更に二つへと分けられています。間単に言ってしまいますと日常で加護を受けると便利な精霊、荒事に向いた精霊とに分けられるのです。見分けかたは簡単で、力のある精霊は個性のある形を持ち力の弱い精霊は一様に綿毛のような形をしております。タテシナ殿に宿った精霊も力あるものですが、日常では便利な精霊に区分され、ニレス様や私が契約した精霊は戦闘に特化しているとなるわけです。軍に所属する祝術士や富豪の私兵、今回のように護衛を勤める傭兵に属する祝術士は戦闘に特化した精霊と契約しております」

 ふんふん、なるほど。

「本来、精霊の力を借りるには契約が必要となります。契約については長くなるので省かせてもらいますね。ですが力の弱い精霊とは契約を結ぶことができません。と言いますのも、力が弱すぎて祝術士と契約を結べないこと、また祝術士の願いが理解できないからと言われています」

「つまり、あの送出陣にいるのは力の弱い精霊ということですか?」

 ローフさんがニッコリと笑みを浮かべた。送出陣で楽しげに跳ね回っている毬藻を思い返す。あれらを見ているとなぜか積み木で遊んでいるような子供を彷彿させるのだ。

「例えるなら力の弱い精霊は赤ん坊みたいなところでしょうか」

「良い例えですね。その通りです。力が弱いというのも人間の決めたものなのですが、幼いという表現がしっくりしますね。一つ一つの力は弱く契約には至りませんが、数が集えば幼い精霊であっても我々は恩恵を受けることができるのです」

「その結果が送出陣なのですか?」

 尋ねておきながら行儀悪くも食事を進めた。なにせ移動の途中なので、そうのんびりと寛いでいるわけにはいかない。ローフさんも食べる傍ら答えてくれている。

「はい。あの送出陣の描かれた布は精霊が好む素材を用いています。描かれた祝詞の殆どは精霊を集めてその場に長く留めるといった意味です。送出を行う祝詞はたったの一文なのですよ。先ほどもお話しましたが、まだまだ改良の必要がある祝術でして、手当たり次第に引き寄せた精霊の力を借りているという代物なのです」

 祝術士ゆえなのか、悩ましい溜息をローフさんが零す。

「え。そんな行き当たりばったりな物で大丈夫なのですか?」

「一応、安全性に関しては大丈夫です。力の弱い精霊はあらゆる所におりますので使用時には精霊が足りないといって困ることはないのですが、どの属性を持つ精霊が送出に最適なのか、また必要数などはまだはっきりとは判明していないのですよ。足りないよりかは余っているほうがマシだろうといった具合で数多とある精霊を呼び寄せる祝詞が描かれているのです。ですから、異なる属性の精霊と契約している祝術士が多く必要となり、人数を集める時間、費用がかかるので一般には出回っていないのです」

 色々と凄いものだなと感心する。ローフさんの講義を受けながらの食事を終え、使った椀はローフさんが受け取ってくれた。手伝わなくてすみません。

 汚れた食器はどうなるのだろうかと見ていると、鍋の中へ無造作に重ねられクエリさんが下げていた水の入った袋と一緒に件の送出陣の上に置かれた。マーセンさんが何やら呟くと鍋諸共食器が消え、代わりにたっぷりと水が入っていると思わしき袋が現れた。マジックショーみたいだ。私も一回やらせて欲しい。とはさすがに言えず、羨望の眼差し送るだけに留めた。

 それぞれが再び出立の準備をする中、これといってやることのない私は先ほど受けた精霊講義に疑問が浮かぶ。講師であったローフさんを見れば、支度は済んだのかのんびりと構えていた。

「ローフさん」

「はい、なんでしょう」

 柔和な笑みに荒げたことが無さそうな穏やかな声をしたローフさんは、優しく答えてくれそうなのでついつい頼ってしまう。

「先ほど、精霊には形があると言っていましたけど、ローフさんが契約をしている精霊も、私に宿った精霊のような姿なのですか?」

「そうですよ。お見せしましょうか?」

 過去、離れたくないと悲痛な鳴き声をあげる余所様のペットや、断りもなく棲まいを変えた千早が一瞬浮かぶ。え? いや、ちょっと待って! と言う間もなく、ローフさんが掌を差し出してきた。

 慌てふためく私を余所に、フッと姿を現したのは掌サイズの人だった。しかし、人と言ってよいのだろうか。

 確かに、頭と身体に手と足があって、顔には目と鼻と口もついている。淡い紫色をした全身はエクトプラズムで向こう側がぼんやりと透けて見えていた。雷の属性ゆえなのか、時折パチパチッと体の回りにプラズマ放電が走っている。

 瞼も虹彩も瞳孔もない大きな目は一部の人に人気なグレイを思い起こさせたが、首から下はフワフワとした毛に覆われていた。口を薄く開けた驚きと思える表情は、性別があるのか分からないが女の子といった印象を受ける。暫し見つめ合っていたが、ハッと我に返った様子で紫色の精霊はローフさんの袖の中へ逃げ込んでしまった。

 私の特技は人以外の者でも人の姿であれば効果がないようで思わず肩の力が抜ける。と、同時になぜか釈然としない気持ちも湧いてくる。なぜ、動物ばかりにモテるのだろうか。いや、ローフさんと精霊を引き離すこととならずに済んだのだから良かったと思おう。

 と思っていると、袖口からソロソロと精霊が顔を出してくる。目が合うとピャッと隠れる。再びソロォと顔を覗かせたと思えば、キャーッといった調子で隠れる。

 

 何これ可愛い。

 

 堪えきれずに緩む口元を掌で隠す私と精霊の様子にローフさんが笑った。

「どうやら私の精霊はタテシナ殿が気に入ったようです。本当にタテシナ殿は変わってらっしゃいますね。普通、契約をしている精霊はあからさまに他の者を気に入ることはないのですが」

 はにかむ精霊に笑みを浮かべながらも不思議そうに言うローフさんと、袖口でモジモジしながら私を意識している精霊に乾いた笑いが漏れそうになる。そうか。ワイバーンほどではないが、契約している精霊にもそれなりに効果があるのか。いや、どうだろ? 千早の例もあるし、今後のためにも聞いておくべきだろう。

「契約をしている精霊が離れていく、ですか? そうですね……滅多にないことではありますが、契約といいましても拘束力はそうありませんので可能でしょう。精霊の嫌がることを強いる祝術士などは精霊自ら離れていくこともありますので、精霊を使役していると驕る者は遠からず精霊に見放されます。横暴、自分勝手な祝術士から精霊が離れるといった話はたまに聞きますが、それ以外の理由で離れるというのは聞いたことがないですね。あぁ――ですが、精霊にも好む人間がおりますので、好ましい相手がいるからといって離れることはありませんが、近くに居れば加護を与えてくれますよ」

 ローフさんの袖でほっかむりをしている精霊がウンウンと頷いている。

「私の精霊は雷の属性ですが、例えばここに落雷があったとします。契約を結んでいる私を助けてくれるのはもちろんなのですが、タテシナ殿も気に入られておりますから、私がお願いするまでもなく精霊が落雷を避けてくれるでしょう。精霊の力が及ぶのであれば好意による加護が受けられるのです」

 任せて、とばかりに両手を握りしめて力強く頷いてくれた精霊と、相好崩してそれを眺めるローフさん。

「可愛いですね」

 そう私が告げると、パッとローフさんの笑顔が輝いた。まるで、お宅のお嬢さん可愛いですよねと誉められた父親のようである。

「タテシナ殿もそう思われますか? 精霊としては若い方になりますが力も十二分にありますし、何よりも器量良しですし健気ですし」

 器量が良いのか私には基準がないので分からないのだが、饒舌になるローフさんの表情が脂下がってきた。

「私には過ぎた精霊なのですが相性も良く契約をしてくれました。未熟な私を懸命に補おうとしてくれまして、本当に出来た可愛い精霊なのですよ」

 親馬鹿ここに極まれり、である。

 

 

 


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