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WyvernCourier  作者: 市太郎
現地人との遭遇です
15/34

15 私、職業訓練を検討すべきなようです。

 

 

 

 なんとか白を正面に向き直らせ、衝突を避けて無事に地面へ下り立つことができた。辺り一面は膝丈まで伸びた草が生い茂っている。女性と騙るニレスさんは大変ジェントルマンでワイバーンから降りる際にも手を貸してくれた。

 なぜ男性なのに女性と偽っているのか気になるが、聞いて良いものかどうか悩むところである。

 マーセンさんがニレスさんを娘と紹介したとき、護衛組は特に驚いた様子を見せなかった。私でさえ気づくくらいなのだから護衛組が気づかないでいるというのも腑に落ちない。ニレスさんが女性と偽っていることは承知なのだと思う。つまりは訳有(わけあり)であると。

 ある意味、物を知らないというのは諸刃の剣だ。知らなくて良いこともあれば、知らずにいて困ることもある。この場合は余計なことへ首を突っ込まないほうがベターだろうか?

 そんなことを思いながら手を貸してくれたニレスさんへ、飛燕から飛び下りてくれたことも併せて礼を告げる。風の加護により衝突死を回避できるとはいえ、傍に誰かが居るのと居ないのとでは大違いだ。聡い人だから、咄嗟に機転を利かせてくれたのだと思う。私よりも年下とは到底思えない。寧ろ十九という歳を思えば落ち着きすぎているようにも思える。

「毒竜はタテシナ殿の言うことしか聞かないようですし、打算があってのことですよ」

 私が気負わないようにとの配慮か、柔らかな笑みを浮かべてニレスさんが答えた。何度見ても眩しい微笑みである。

 実際、私の手を離れたワイバーンたちは、騎乗者の言うことを殆ど聞かずに勝手気ままと振る舞っていたようで、マーセンさんを始め表情を強張らせた護衛組がワイバーンから降りてくる。うむ、みんな無事で何よりだ。日頃から鍛えているのだろうと伺えるヘルートも、地面へ立ったときには若干ふらついているように見えた。

 とりあえず、例え経緯はどうであれ結果として翼魚を追い払ってくれたのだからワイバーンたちを誉めてやらねばと、私は飛燕に駆けより寄せてきた鼻面を撫でてやる。

 矢やら石やらが当たってたと思うのだが、頑丈な鱗のお陰か傷を負ってる様子は見えない。

「ご苦労様。ありがとうね」

 叱るときと誉めるときは直ぐに行うべしと犬の躾の本にあった気がする。犬ではないが、誉められて機嫌を損ねる生き物はいなかろう。飛燕も嬉しそうに尾を揺らしているので問題はない。

 次いで秋火に駆けよると彼は食事中であった。落とした翼魚を無事に回収できたのだろう、ガツガツと貪り喰っている。

 駆けよる私に気づき顔を上げた秋火の口は血だらけで毟られた羽がくっついていた。これが、猫と雀ならそうダメージも受けなかったと思う。生きている以上、何かを食べねばならない。どの世界であろうとも摂理である。しかし、自分よりも大きな翼魚の身体を咬み千切り咀嚼している様子が平気かと言えば平気なはずもなく、自然と酸っぱいものがこみ上げそうになった。二の足を踏み、嘔吐を堪えようと顔を背けて口を覆う。

 だから! その口を寄せてくるのは止めて。止めてって言ってるでしょうがっ!!

 無邪気に顔を寄せた秋火に嘔吐どころではなくなった。

「ご飯! ご飯の最中だからっ! ご飯に集中しなさいっ!」

 必死に秋火の鼻先と舌を避けて難を逃れる。

『えー?』といった様子で人のことを見ながらご飯を食べるのは止めてもらえないだろうか。移動しても視線が合うとか、お前はモナリザか。

「とりあえず、秋火が頑張ってくれたお陰で助かったから。ありがとう。怪我してない? いや、舐めなくて良いからっ!」

 羽の一部とかに少し煤がついているようだが、秋火も傷を負ってる様子はなく安堵する。

 皆に遅れて地上へ降りた屠竜も拾ってきた翼魚を晩飯としているようだが、こちらは口の回りがさほど汚れていない。食事の仕方でも個性が出るのだろうか。見習え秋火。

 怪我が見受けられなかった屠竜にも労いの言葉を掛けると『うん』と一声鳴いて食事に専念する。君は本当にマイペースだな。

 秋火のお陰で気が削がれたとはいえ近くで見てて気持ちよいものではないため、皆の傍へ戻ろうと踵を返したところ白と蒼と緑に囲まれていた。

 うん、分かった。名前だったな。分かった。分かったからどつかないでくれないか。

 ピンボールのように鼻先で小突かれ、いい加減面倒になってきた。一応、ひ弱な人間を相手にしているとは理解しているようで、手加減をしてくれているがそれでも力が強い。小突かれてはよろけ、倒れる前に小突かれる。

秋水(しゅうすい)! 呑竜(どんりゅう)! 鍾馗(しょうき)!」

 目を回す前に、蒼、緑、白の順に指を突きつけ名前をつけた。と、視線を感じる。あまりそちらを見たくはないのだが、存在感がない癖にやたらと熱視線である。気づかない振りを続けてはみるが、次第に哀愁を感じられ仕方なく手首を見ると、瞼のない円らな瞳が恨めしげに私を見ている。しかも身体を丸めて拗ねている様子だ。

 お前も名前が欲しいのか。内心でそう突っ込むと、丸めた尾の先をピコピコと振ってくる。

千早(ちはや)は?」

 溜息混じりに囁くと今の今まで拗ねてたというのに、ご機嫌な様子で人の手首を周回しだした。相変わらず這い回られる感触はないので妙な感じである。

 名付けた三頭も異論はないようで満足気に尾を揺らしながら喉を鳴らしている。

 無駄にくたびれた気分で皆のところへ戻るとローフさんが近寄ってきた。

「タテシナ殿、あの三頭も従えておられるのですか?」

「……えー……結果的には、そうなる……のかな?」

 へらりと笑う私へ向けるローフさんの眼差しが痛い。驚愕と驚異の入り混じったような、異質な者を見るような眼差しというのだろうか。ローフさんが次に発する言葉が私を否定されるような内容であったらどうしよう。そんな思いで緊張していたが、ローフさんは感嘆とした様子で息をついた。

「毒竜一頭でも凄いというのに、六頭とは……恐れ入りますね。どうでしょう、騎調士を目指してみては? 学ぶ場所であれば、私にも伝手(つて)があります。飼い慣らすこともなく毒竜にこれほど懐かれるのですから、扱いさえ学べば一流の騎調士になると思いますよ?」

 存在否定ではなく勧誘の言葉を頂いてしまった。とりあえず日本に戻る手立ても探さなければならない身の上でもあるし、騎調士ともなれば滞在期間中の収入はなんとか賄えそうな気もするのだが、いかんせん私の特技は節操がない。

 のべつ幕なしに動物を(はべ)らかせ、挙げ句の果てには余所様のペットまで(たら)し込む可能性が大いにある。ありがたい申し出ではあるが、断ざるを得ない。恐縮に思いながら丁重に辞退をする。

「そうですか? ……まぁ、無理強いするものではありませんね。ですが、その気になられたら是非(・・)とも声を掛けて下さい」

 柔和な笑顔の割には力の籠もった言葉へ、ぎこちないながらも頷いて返す。そこはかとない下心を感じるのだが、一応は引いてくれたので気にしないでおこう。

 話題を逸らしたいこともあり、辺りに視線をさまよわせるとマーセンさんが馬車より持ち出してきた袋から風呂敷を取り出し広げているのが見えた。

 その近くでは草を刈り取った場所に、クエリさんが簡易な竈を作り火を熾している。

 この場でご飯となるらしく興味深く見つめていると、マーセンさんが広げた風呂敷へ何かを呟いた。途端、鍋と食器一式が現れた。

 ただの鍋ではない! 切り刻まれた具材が入った鍋だ! 何、あれ!!

「ロ、ローフさんっ! あれは、いったい何ですか?」

 皆は平然と各々勝手にしており、クエリさんが腰に下げていた袋を傾け鍋に水を注いでいる。

「アレとは?」

「あの、マーセンさんが広げた布ですっ。鍋が出てきました布ですよ!」

 大きさは一升瓶などが包める昔ながらの風呂敷サイズだが、真っ白い布に五重の円と文字と思わしき記号が幾何学的に描かれている。

「あぁ、送出陣(そうしゅつじん)のことですか?」

「送出陣?」

「はい。あれは基本的に二つ揃って使われる物でして、遠く離れた場所でもあの陣の中へ置いた物を転送させることができる祝術が織り込まれているんです」

『秋水だって! 俺、カッコイイ!』

 何てことのない調子でローフさんが説明してくれた。背後からは秋水の小さな鳴き声が聞こえてくる。しかし、テレポテーションというか、ワープというかSFチックだ。いや、祝術という魔法があるのだから当然なのか? ファンタジー、凄いっ!

『俺、俺、呑竜! 呑竜もカッコイイ!』

「大陸ではまだ比較的新しい祝術なのです。大陸の西、海を渡った諸島は精霊界にもっとも近しき場所と言われてまして、国交が結ばれたことにより初めて西から大陸へ渡った祝術です。携帯可能な送出陣は大変高価な物で、平民でもマーセン殿ほどの富裕な商人でなければ手にすることはできませんね」

 へぇ、凄い。何でも転送できるのだろうか。疑問をそのまま口にするとローフさんは親切に教えてくれる。

『俺の名前のがカッコイイ! 秋火が一番カッコイイのっ!』

「えぇ、あのように布に織り込まれた物は大きさに限りはありますが、送出陣の大きさに見合ったものであれば何でも転送できますよ」

 感心しながら説明を受けていたが、あれ? と疑問を感じた。人というのは便利な物に対して貪欲だと思う。

「何でもってことは、生き物……人間もですか?」

 好奇心が赴くままに問いかけると、ローフさんは不思議そうな眼差しで私を見下ろしている。

「え……っと? ローフさん?」

「あ、いや。失礼しました。タテシナ殿は本当に祝術のことをご存知ないのだなと思いまして」

 嘘をついていると疑っていたというより、改めて認識しましたといった風にローフさんが呟く。

「いえ、気にしないで下さい」

 私は頭を振ってローフさんへ先を促す。

『秋水のがカッコイイに決まってんだろ』

『そうだそうだ。秋水のがカッコイイ。次、呑竜がカッコイイ。秋火は一番最後!』

『違うのっ! 秋火が一番カッコイイのーっ!』

「人間も転送が可能か、ですね。結論から言えば可能です。ただし、送出陣を作るためには多額の費用がかかりますし、完成までには日数もかかります。人を転送するにあたっては安全であると確認はされておりますがまだ改善が必要ですし、ある程度の大きさも求められますので携帯用に比べて更に時間を要します。一人一人を転送していたら効率が悪いですからね」

 なるほど。と相槌を打ちながらも、ワイバーンたちの鳴き声が次第に大きくなり、ローフさんの声が非常に聞き取り辛い。気のせいではなくかすかに地面も揺れている。バンバンと尾を叩きつけたり地団駄を踏んでいるのは秋火、お前か。

「基本、一般人が使用できる送出陣は各地にある神殿の敷地内と決められています。お金を払えば誰でも利用は可能なのですが、かなり割高なので急を要する富裕層しか利用していません。もう少し送出陣を作る課程が改善され安価なものになればという反面、物流の相場が崩れるのではという声も上がっております。その折り合いもあって一部の権力者のみが使用しているといった現状なんですよ」

『秋火は一番馬鹿なのーっ!』

『バカなのーっ!』

「あぁ、なるほど…………」

『真似すんなっ! バカ言う方がバカ! 呑竜のバカ!』

 さすがにギャアギャアと騒ぐワイバーンたちが気になったのか、ローフさんが肩越しに振り返った。いや、ローフさんだけでなく皆が三頭のワイバーンを見ている。喧しい三頭の傍では屠竜が我関せずと食事を楽しんでいた。君はゆっくりと食事をするタイプなのだね。本当に、私は言葉もないよ。

「…………でも、各地にその送出陣があるなら、見ず知らずの私に頼るよりそっちを使った方が早かったんじゃないんですか?」

「現在、グララドにある神殿は改工中で送出陣が使えないのです」

 笑顔で即答された。素朴な疑問のつもりだったんだが――。

『秋火は役に立ったの! 誉められたのっ!』

 というかさ。

「喧しいわーっ!!」

 私の張り上げた声に、秋火、秋水、呑竜がピタリと動きを止める。秋火は羽を広げて器用に片足を上げたまま、秋水と呑竜は何か言い返そうと口を開けたまま、三頭が目を丸くして私を見た。

「うるさいでしょう。静かにしてなさい!」

 秋火が羽を畳み、三頭が揃って『はーい』と気の抜けた鳴き声を返す。

「お騒がせしてすみません」

 恐縮しながら皆に謝罪をすると、ローフさんが苦笑しながら慰めてくれた。

「いえいえ。……やはり騎調士の訓練を受けてみたらどうですか?」

「はぁ……訓練受けた方がいいですかね」

 騎調士の訓練を受けたらワイバーンたちを纏めることも簡単になるだろうか。

『秋火が騒ぐから怒られた』

『怒られた』

『違うっ。秋水と呑竜のせいっ!』

「うるさいと言ってんでしょうが! 呼ぶまであっち行ってなさいっ!」

 私に怒鳴られ、互いに羽で小突きど突き合いながら渋々と距離を取る三頭を眺め、騎調士については前向きに考えようかと思った。

 食事を済ませた屠竜が満腹気に盛大なゲップを出し、飛燕が寛いだ様子で大きく欠伸をしている。鍾馗は細めた目で離れて尚揉めている三頭を眺め、『三馬鹿』と嘲笑のように鼻から一つ息を零していた。

 やはり騎調士の訓練を受けるべきかもしれない。

 

 

 

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