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WyvernCourier  作者: 市太郎
現地人との遭遇です
14/34

14 私、戦争を知らない大人なんです。

 

 

 

 飛燕を始め、屠竜と秋火も頑張ってくれてはいるのだが、状況があまり宜しくないように思える。

 一つは、騎調士という能力の差が原因なのかもしれない。

 私はド素人であちらは優秀そうだ。実際、優秀なのかは分からないが、ワイバーンの攻撃を際どくも翼魚が回避し続けているのである。

 本来、獰猛ではあるがワイバーンへ進んで襲うことはないという翼魚がこうも果敢に攻めてくるのだから、何かしらの要因があるのだろうと思わざるを得ない。

 それが騎調士の能力なのだろうと推測する。

 なにせこちらは全てをワイバーンの本能にお任せしお縋りしているわけであり、訓練された翼魚は甘く考えてよい存在ではないと、今更思っているわけである。

 しかし、気付いたからといって既に上へ下へ右へ左へとアクロバティックに飛び交う現状で、私が何かできるかと言えば否なのだ。

 翼魚へ咬み付こうと飛燕が首を伸ばすと背がうねり、乗っている私の体が浮き上がる。背後に回った翼魚を長い尾で叩こうと腰が(ひね)り、浮いた身体が右へ左へと流される。

 必死に身体を伏せて飛燕にしがみついてはいるもののコレである。

 素人はロデオに挑むものではない。今、強く実感している。特別スポーツをするでもなく、優しく採点をつけるならば二の腕にほんのりと、ほんのりと! 自前で用意された余肉という名の振袖がついている、そんな(やわ)で一般的な女なのだ。つまり、しがみつく力がまるっきりないのである。

 なので、飛ぶ。当然、飛ぶ。とにかく、飛ぶ。左右へ滑りそうになるたび、浮き上がったままどこかへ飛んでいきそうになるたび、背後にいるニレスさんが覆い被さり押さえてくれているのだ。

 私の手首を掴み、伸ばした腕、背に被さる身体全体で体重をかけて押さえ込んでくれている。

 その傍ら、相手の攻撃を交わして風の祝術で応戦している。ヘルートは剣しか持っていないようで、もっぱらニレスさんに飛来してくる石や矢を叩き落としてガードに徹底している。

 とは言え、あちらは攻撃に特化しており、こちらと言えば攻撃ができるのはニレスさんのみ。しかも私を庇いながらときている。非常に不利な状況なのだ。

 相手も私がただ庇われる足手纏いな存在と気付いたようで、私を集中的に攻め始める。当然、背後にいるニレスさんが私を庇うのだが、その隙を狙ってニレスさんを攻撃するという流れに変え始めた。

 受け身になりがちな状況では埒が明かないと思ったのか、ニレスさんが攻撃に転じようと上体を起こした途端、相手から飛来してくる石と矢に身体を傾けた飛燕が急旋回にて避ける。

 一瞬の出来事だった。

 背後からの押さえを無くし、浮いた私の身体が飛燕の旋回で流れる。

 あっ! と思ったときには遅く、しがみつこうと腕を伸ばしたまま私は飛燕の身体から宙へと滑り落ちてしまったのである。

 驚愕に目を見開き片腕を伸ばしたニレスさんと見つめ合いながら、距離が開き私は落下していく。

 何もかもがゆっくりに見えた。

 ヘルートも見張った目で私を一瞬見るがすぐさま相手に視線を戻す。

 私に意識を向けているニレスさん目がけて飛来する矢を、飛燕が強く羽ばたくことで叩き落とす。

 なぜか、私はニレスさんと見つめ合いながら出会いはで始まるフレーズが脳内を駆けめぐっていた。

 スローモーションに感じるこれこそが走馬灯というものか、と余裕をかましていたわけではない。現実逃避である。

 しかし、浮いた身体は慣性に従って落下していくが、スピードは乗らずに寧ろ下から風が速度を削いでいるようだ。いや、ようだではなく実際に削がれている。

 ニレスさんの言っていた祝術のお陰なのだろう。ならば、墜落死だけは避けられるだろうと心に余裕が持てたそのとき、何を思ったのかニレスさんが飛燕の背から私目がけて飛び下りたのだ!

 ゆっくりと落下する私とは異なり、勢いに乗ってニレスさんが近づいてくる。思わずとばかりに伸ばした腕を掴み抱き寄せられた。

 服で確証が得られなかったとはいえ、さすがに背から被さる体格や、力強い腕は同じ女性とは思えない。薄々男ではなかろうかと思っていたが今確信を持って男だろうと断言できる。

 勢いを付けて落下してきたニレスさんだったが、私を抱えたことでゆっくりとした落下に変わる。

 なまじゆっくりなだけに緊張感の薄い私の脳内は、エンダーなフレーズに切り替わった。現実逃避ゆえである。沈没ではなく落下ではあるが。こんなときでも乙女心を忘れない私は自分を自画自賛すべきだろうか。

 私を掴まえたニレスさんは安堵の表情を一瞬浮かべ、直ぐに厳しい表情で上空を睨む。釣られて私も上空を見上げる。

 飛燕が怒っていた。もう、それは容赦なく。未だ背に乗っているヘルートの身体が激しく上下をしているのが見えた。

 寧ろ、ヘルートの存在など無きが如しの暴れようだ。暴れ馬ならぬ暴れワイバーンである。

 一羽の翼魚がこちらへ滑降してくる。もう一羽の騎乗者が飛燕の気を引こうと攻撃してくるが、物ともせずに飛燕も滑降してくる。

 一羽と一頭、特に飛燕の怒りの形相は凄まじく、3Dもかくやといった迫力で近づいてくるのだ。

 勢いよく迫ってくる血走った飛燕の目に顔が引き攣り、ニレスさんに思わずしがみついてしまう。いや、思わずの行為であり下心はないと断言しよう。

 翼魚に乗る一人が弓を番えたが、大きく口を開けた飛燕が直ぐ真後ろに迫っている。

 ニレスさんが咄嗟に私の後頭部を掴み、胸へと押しつけるのと同時に悲鳴が聞こえた。翼魚と人間の悲鳴である。

 結果として、矢は放たれずに転回して急上昇する飛燕からの風を柔らかく感じただけだった。

 危機は去ったのかと思ったが、しかし回されたニレスさんの腕が強ばったのを感じる。更に上空では激しい羽ばたきと人間の悲鳴が聞こえ、怖いもの見たさというか状況を確かめたいという本能からか、顔を上げようとしたところへとつじょ足下に支えができた。

 ゆっくりとした落下から緩やかに浮上する。

 しがみついていた腕を緩め、慌てて下を向けば白い地面――いや、白いワイバーンの背に乗っていた。

 反射的に顔を上げてみれば、未だ根性でしがみついているヘルートの身体をシェイクさせている飛燕と、蒼いワイバーンが祝術士の乗った翼魚を甚振っている。

 旋回し逃げを打つ翼魚の先に蒼のワイバーンが広げた羽で行く手を(さまた)げ、更に転回しようとする翼魚の鼻先へ飛燕が尾を振り払う。態勢を崩しかけた翼魚へ咬みつくかのように蒼の顎が掠り、滑降で避けようとした翼魚の腹へ、飛燕が先に咥えた翼魚で反動をつけて放り投げた。避けようもなく仰け反る翼魚へ蒼が余裕綽々といった様子で棘の立った尾で叩き落とす。乗っていた二人諸共だったように見えたが、ワイバーンたちの助けが無ければ死んでいたのはこちらである。軟弱な私にはショックが強すぎる。全身に震えが走り鳥肌も立っているが見なかったことにしよう。そうしよう。

 生唾を飲み込み、深く息を吐き出し、自分を律しながらそう言えば屠竜と秋火はどうしたかと視線を転じる。

 白と蒼が揃っているのだから緑も来ていると思うのだが。と見てみると、最後となった一羽の翼魚でバレーボールに興じていた。

 私のときとは打って変わり、屠竜が咥えては放り投げ、秋火が尾で叩き上げて緑が更に咥えてワイバーンキックをしている。彼らはどんなときでもフリーダムだった。

 逃げる素振りもなく飛ぶ力を失った翼魚は既に事切れているようで、おそらく騎乗していた人間は生死不明だが落下したと思われる。

「タテシナ殿……大丈夫ですか?」

「あ、すみませんっ」

 騎乗のための至近距離と、真っ正面から抱きつく至近距離は似て非なるもので、内心慌てながらそっと距離を取った。慌てふためいてワイバーンの背からまたもや落ちるといった目には合いたくはない。お見合い状態でいるのも気恥ずかしさを覚えるのでゆっくりと向きを変える。

「何とか翼魚も追い払えました。タテシナ殿もお辛いでしょうし、あの辺りでいったん下りて休憩を取りましょう」

 背後からニレスさんが指した所は空から見ると木々がちょうど切れ、六頭のワイバーンが下りても余裕がある草原らしき場所だった。

「また襲ってくるとか、大丈夫ですか?」

 数時間の間で立て続けに二度も襲われるほどだ。休憩するのは構わないが、また襲われるとか正直勘弁してほしいところである。

「おそらく大丈夫です。あれほどの腕を持つ騎調士はそうおりませんし、騎乗できるほど訓練された翼魚自体が稀です。地を駆ける騎乗種に至っては、軍でいかに訓練を積んだとしても一定の距離以上は毒竜に近づこうとは致しません。仮に体制を整え再度襲ってくることになったとしても時間を要します。彼らが追いつくころには我々は空の上ですから問題ないでしょう」

 ニレスさんの言葉を受け、騎乗している白のワイバーンに地上へ下りるようお願いをする。

 二度あることは三度あるともいうし、ニレスさんの言葉を全面的に信用するわけではないが、不慣れな長時間の飛行と、日常とは無縁な生死を賭けた修羅場で心身共に疲労している。休憩が取れるのならばそれに越したことはない。

「飛燕、秋火、屠竜、下りるよー」

 てんでばらばらに飛び交っているワイバーンに声をかけると、白のワイバーンがグゥと喉を鳴らしてきた。蒼も緑も寄ってくる。なぜか、翼魚を咥えた秋火も寄ってきて得意気に喉を鳴らしていたりする。

『名前貰ったんだぜーっ! いえーい!』と自慢している風の秋火に、蒼が『何それ、何でお前が名前貰ってるわけ? 馬鹿の癖に!』と牙を咬み鳴らし、緑が『馬鹿の癖に馬鹿の癖に』と唸り声を鳴らし、秋火が『馬鹿じゃないしっ! あっ!』と反論に口を大きく開けて吼えた途端、当然ながら落ちていく翼魚を慌てて追いかけていった。騎乗していたリラバさんにローフさんとクエリさんの小さな悲鳴が聞こえたような気もする。

 屠竜といえば『ごっはーん』と思わしき一鳴きを残し、一頭離れて引き返すように高度を下げていく。騎乗していたマーセンさんとワーロルさんも無事な様子で、何やら叫んでいる気もするが直ぐに戻ってこられるだろう。と願っておく。すみません。フリーダムな彼らを纏め上げるなど、私には果てしなく無理です。

 屠竜と秋火に騎乗している連中へは心の内で謝罪を送っておく。

 飛燕は白に私が乗っていることが気に入らない様子で鼻息荒く、羽がぶつからない距離で右往左往と果ては上へ下へと鬱陶しくしている。ヘルートの引き攣った顔を見て、少しだけ気の毒に思った。けっして、もっとやれなどとは思っていない。

 蒼と緑からの『俺にも名前ーっ!』と思わしき咆哮をあげ、白は物憂げな眼差しで見つめてくる。見つめるを通り越してガン見してくる。しかも哀れみを誘う鳴き声つきで。

 分かった。分かったから。下りたら君らにも名前を付けるから。頼むから前を見てくれ。振り返ったまま高度を下げないでくれ。

 地面、もうそこだから! 前を向かんかーいっ!!

 

 

 


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